きざみちゃん

よん

文字の大きさ
25 / 32
時辰儀なき戦い

時辰儀なき戦い 4

しおりを挟む
 仮にも任侠団体が所有する車なのだから、黒塗りのベ○ツを想像するのは当然じゃなくて?
 何よ、このひょうきんなハッチバックは!
 しかもパステルカラーの藤色ってそこらへんの女子大生じゃあるまいし。
 お金だけでなくセンスも致命的に欠落しているわね。
 でも、まだそれはマシな方だった。
 運転手の田中氏と助手席を陣取るは舎弟頭の政吉。
 それ以外の男衆は、何と東京メトロを利用して組事務所へ戻って行ったもの。
 ここへ来たのも現地集合だったのね、彼ら。

 後部座席はあたしとお母様(砂翁)、それに黒猫(猫目)と炊飯器(空腹丸)の総メンバー。
 何しろ仮にも腐っても任侠団体の巣に乗り込むのだから、役立たずとはいえ猫の手と炊飯器のコンセントくらい借りたいところよね。

 それにしても、お爺様……
 何の用があって今更お母様に会いたがっているのかしらん。
 時辰儀組サイドからしてみれば、ギリシャ神話の時を司る神であるお父様の存在は知らないのだから、お母様は今の今まで独身を貫いていたと認識していた。
 即ち、夫婦の愛の結晶であるあたしのことも寝耳に水な筈。
 なのに、このあたしを連れてまでもお母様を呼び寄せるだなんて、余程のことに違いない。

 まあ、いいわ。
 今この場であれこれ考えても詮無きこと。
 なるようになるしかないもの。
 それよりも、目の前に直面する疑問点を指摘してみよう。

「ちょいと、運転手の田中氏あなた
「何だ、クソガキ?」
「あらあら、言葉遣いには注意した方がよくてよ? あたし、そちらの話が事実ならば一応は組長の孫にあたるのでしょう?」
「そうだぞ。俺もイマイチ信用してねーが、一応は丁重に扱え」
「へえ、わかりやした」

 政吉の言葉は絶対なのね。
 一構成員に過ぎない田中氏、バックミラー越しにペコリと頭を下げてあたしに訊ねる。

「……で、何か御用で?」
「ハンドル握るあなたの指、綺麗に生えてるわね」
「おう、あんがとよ」
「褒めてないから。皮肉よ。あなた、そのスジの人間ならばエンコ詰めとかしないの?」
「しないよ。だって痛いのやだもん」

 即答してんじゃないわよ。
 そんなの誰だってそうでしょうに。

「政吉、あなたはどうなの?」
「だから呼び捨てすんな! 俺も同じだ!」

 両手をヒラヒラさせて、後部座席のあたしに10本の指を見せつける舎弟頭。

「でも、入れ墨くらいはしてるのよね?」
「んなモンしてねーよ。温泉入れなくなるじゃん」

 駄目だこりゃ。
 社会人としては至極真っ当だけれど、ヤ○ザとしてはかなりイケてない。

「あなた達、見かけだけでも"街のダニ"らしさを醸し出しなさいよ。今のままだと時辰儀組はおっさん達の寄り合いでしかないわ」
「ところがそうでもないんだな。同じ時辰儀組でも俺達とは一線を引く武闘派が存在して、そこのトップは嬢ちゃんの望む通りエンコ詰めてんぜ」
「まあ素敵! それこそ極道って感じがするわ」
「素敵なもんか! 野郎、"マジックハンドの銀二ぎんじ"って影で笑われてんだぜ?」
「……マジックハンド???」
「エンコ詰め過ぎて、両手とも親指と人差し指しか残ってねえ」

 ま、ひどい話だこと。

「蟹じゃあるまいし」
「蟹の方が食えるだけマシだ」
「そうね。月とすっぽん、蟹とダニね。ところで、政吉率いる軍団は何派なの?」
「俺達はマイルド派だ」

 マイルドな極道って何よそれ?
 カタギとどう違うのかしら……。『お控えなすって』も言ってくれないし。


「伯父貴はもう長くない」


 いきなり、政吉が神妙な面持ちで告白し始めた。
 すぐさまバックミラーでお母様の反応を探っていたけれど、残念ながら肝心の相手は小指で鼻をほじって無関心極まりない。
 それを見て落胆する政吉。
 しょうがないわよね。
 だって中の人は時辰儀組とは全く無関係な砂の妖怪だもの。

「お母様は記憶を失ってて、おまけにお爺さんの幽霊に憑依されていると言ったでしょう(嘘だけど)。ここは潔く諦めて、いい加減にあたしを”交渉の窓口”とお認めになった方がよろしくてよ?」
「釈然としねえが、そうするしかねえみたいだな。要は後継者争いよ。伯父貴が亡くなられた後、その次は誰が継ぐかで組は大きく揺れている」
「つまり、銀二率いる武闘派か、政吉率いるマイルド派かってことね?」
「そういうことだ。銀二は組の顧問で身分的には俺より上だが、如何せん行動が荒っぽいから、伯父貴からの信頼はひどく薄い」
「マイルドと蟹……極端なのよ、あなた達」
「だから一向に気が合わねえ。そして後継者争いでは悔しいが、蟹の方が一歩リードしている」
「組長の信頼が薄いのに?」
「ああ、何せ武闘派だから、強引に味方を集めてやがる」

 なるほど。
 このままだと時辰儀組は蟹のもの……だからトップの一人娘であるお母様を呼び寄せたのね。

「少し都合がよすぎるのではなくて? こんな切羽詰まった時にだけお母様を利用するなんて」
「そいつは心外だな。俺は勿論のこと伯父貴だって姐さんを邪険に扱ったことは一度もねえ。それが証拠に、姐さんが開業するためにかかった費用は全て伯父貴が出している。それに俺だって……姐さんのことが好きだった。いや、今も好きだ」
「おぬし、ワシを抱きたくて辛抱堪らんのぢゃな? かまわんぞ。銭さえ払えば」「砂翁! ややこしくなるから黙りなさいと言うのに!」
「さおう……?」
「政吉も黙らっしゃい!」

 そうこう言っているうちに、ひょうきんな藤色ハッチバックは時辰儀組へ到着。
 想像以上に立派な日本家屋だわ。
 門構えには見る者を威圧する物々しい木の表札が、これでもかとばかりドーンと掛かってある。
 長針と短針が10時10分の位置にある時計の家紋――ここがお母様の実家なのね。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

処理中です...