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時辰儀なき戦い
時辰儀なき戦い 4
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仮にも任侠団体が所有する車なのだから、黒塗りのベ○ツを想像するのは当然じゃなくて?
何よ、このひょうきんなハッチバックは!
しかもパステルカラーの藤色ってそこらへんの女子大生じゃあるまいし。
お金だけでなくセンスも致命的に欠落しているわね。
でも、まだそれはマシな方だった。
運転手の田中氏と助手席を陣取るは舎弟頭の政吉。
それ以外の男衆は、何と東京メトロを利用して組事務所へ戻って行ったもの。
ここへ来たのも現地集合だったのね、彼ら。
後部座席はあたしとお母様(砂翁)、それに黒猫(猫目)と炊飯器(空腹丸)の総メンバー。
何しろ仮にも腐っても任侠団体の巣に乗り込むのだから、役立たずとはいえ猫の手と炊飯器のコンセントくらい借りたいところよね。
それにしても、お爺様……
何の用があって今更お母様に会いたがっているのかしらん。
時辰儀組サイドからしてみれば、ギリシャ神話の時を司る神であるお父様の存在は知らないのだから、お母様は今の今まで独身を貫いていたと認識していた。
即ち、夫婦の愛の結晶であるあたしのことも寝耳に水な筈。
なのに、このあたしを連れてまでもお母様を呼び寄せるだなんて、余程のことに違いない。
まあ、いいわ。
今この場であれこれ考えても詮無きこと。
なるようになるしかないもの。
それよりも、目の前に直面する疑問点を指摘してみよう。
「ちょいと、運転手の田中氏」
「何だ、クソガキ?」
「あらあら、言葉遣いには注意した方がよくてよ? あたし、そちらの話が事実ならば一応は組長の孫にあたるのでしょう?」
「そうだぞ。俺もイマイチ信用してねーが、一応は丁重に扱え」
「へえ、わかりやした」
政吉の言葉は絶対なのね。
一構成員に過ぎない田中氏、バックミラー越しにペコリと頭を下げてあたしに訊ねる。
「……で、何か御用で?」
「ハンドル握るあなたの指、綺麗に生えてるわね」
「おう、あんがとよ」
「褒めてないから。皮肉よ。あなた、そのスジの人間ならば指詰めとかしないの?」
「しないよ。だって痛いのやだもん」
即答してんじゃないわよ。
そんなの誰だってそうでしょうに。
「政吉、あなたはどうなの?」
「だから呼び捨てすんな! 俺も同じだ!」
両手をヒラヒラさせて、後部座席のあたしに10本の指を見せつける舎弟頭。
「でも、入れ墨くらいはしてるのよね?」
「んなモンしてねーよ。温泉入れなくなるじゃん」
駄目だこりゃ。
社会人としては至極真っ当だけれど、ヤ○ザとしてはかなりイケてない。
「あなた達、見かけだけでも"街のダニ"らしさを醸し出しなさいよ。今のままだと時辰儀組はおっさん達の寄り合いでしかないわ」
「ところがそうでもないんだな。同じ時辰儀組でも俺達とは一線を引く武闘派が存在して、そこのトップは嬢ちゃんの望む通りエンコ詰めてんぜ」
「まあ素敵! それこそ極道って感じがするわ」
「素敵なもんか! 野郎、"マジックハンドの銀二"って影で笑われてんだぜ?」
「……マジックハンド???」
「エンコ詰め過ぎて、両手とも親指と人差し指しか残ってねえ」
ま、ひどい話だこと。
「蟹じゃあるまいし」
「蟹の方が食えるだけマシだ」
「そうね。月とすっぽん、蟹とダニね。ところで、政吉率いる軍団は何派なの?」
「俺達はマイルド派だ」
マイルドな極道って何よそれ?
カタギとどう違うのかしら……。『お控えなすって』も言ってくれないし。
「伯父貴はもう長くない」
いきなり、政吉が神妙な面持ちで告白し始めた。
すぐさまバックミラーでお母様の反応を探っていたけれど、残念ながら肝心の相手は小指で鼻をほじって無関心極まりない。
それを見て落胆する政吉。
しょうがないわよね。
だって中の人は時辰儀組とは全く無関係な砂の妖怪だもの。
「お母様は記憶を失ってて、おまけにお爺さんの幽霊に憑依されていると言ったでしょう(嘘だけど)。ここは潔く諦めて、いい加減にあたしを”交渉の窓口”とお認めになった方がよろしくてよ?」
「釈然としねえが、そうするしかねえみたいだな。要は後継者争いよ。伯父貴が亡くなられた後、その次は誰が継ぐかで組は大きく揺れている」
「つまり、銀二率いる武闘派か、政吉率いるマイルド派かってことね?」
「そういうことだ。銀二は組の顧問で身分的には俺より上だが、如何せん行動が荒っぽいから、伯父貴からの信頼はひどく薄い」
「マイルドと蟹……極端なのよ、あなた達」
「だから一向に気が合わねえ。そして後継者争いでは悔しいが、蟹の方が一歩リードしている」
「組長の信頼が薄いのに?」
「ああ、何せ武闘派だから、強引に味方を集めてやがる」
なるほど。
このままだと時辰儀組は蟹のもの……だからトップの一人娘であるお母様を呼び寄せたのね。
「少し都合がよすぎるのではなくて? こんな切羽詰まった時にだけお母様を利用するなんて」
「そいつは心外だな。俺は勿論のこと伯父貴だって姐さんを邪険に扱ったことは一度もねえ。それが証拠に、姐さんが開業するためにかかった費用は全て伯父貴が出している。それに俺だって……姐さんのことが好きだった。いや、今も好きだ」
「おぬし、ワシを抱きたくて辛抱堪らんのぢゃな? かまわんぞ。銭さえ払えば」「砂翁! ややこしくなるから黙りなさいと言うのに!」
「さおう……?」
「政吉も黙らっしゃい!」
そうこう言っているうちに、ひょうきんな藤色ハッチバックは時辰儀組へ到着。
想像以上に立派な日本家屋だわ。
門構えには見る者を威圧する物々しい木の表札が、これでもかとばかりドーンと掛かってある。
長針と短針が10時10分の位置にある時計の家紋――ここがお母様の実家なのね。
何よ、このひょうきんなハッチバックは!
しかもパステルカラーの藤色ってそこらへんの女子大生じゃあるまいし。
お金だけでなくセンスも致命的に欠落しているわね。
でも、まだそれはマシな方だった。
運転手の田中氏と助手席を陣取るは舎弟頭の政吉。
それ以外の男衆は、何と東京メトロを利用して組事務所へ戻って行ったもの。
ここへ来たのも現地集合だったのね、彼ら。
後部座席はあたしとお母様(砂翁)、それに黒猫(猫目)と炊飯器(空腹丸)の総メンバー。
何しろ仮にも腐っても任侠団体の巣に乗り込むのだから、役立たずとはいえ猫の手と炊飯器のコンセントくらい借りたいところよね。
それにしても、お爺様……
何の用があって今更お母様に会いたがっているのかしらん。
時辰儀組サイドからしてみれば、ギリシャ神話の時を司る神であるお父様の存在は知らないのだから、お母様は今の今まで独身を貫いていたと認識していた。
即ち、夫婦の愛の結晶であるあたしのことも寝耳に水な筈。
なのに、このあたしを連れてまでもお母様を呼び寄せるだなんて、余程のことに違いない。
まあ、いいわ。
今この場であれこれ考えても詮無きこと。
なるようになるしかないもの。
それよりも、目の前に直面する疑問点を指摘してみよう。
「ちょいと、運転手の田中氏」
「何だ、クソガキ?」
「あらあら、言葉遣いには注意した方がよくてよ? あたし、そちらの話が事実ならば一応は組長の孫にあたるのでしょう?」
「そうだぞ。俺もイマイチ信用してねーが、一応は丁重に扱え」
「へえ、わかりやした」
政吉の言葉は絶対なのね。
一構成員に過ぎない田中氏、バックミラー越しにペコリと頭を下げてあたしに訊ねる。
「……で、何か御用で?」
「ハンドル握るあなたの指、綺麗に生えてるわね」
「おう、あんがとよ」
「褒めてないから。皮肉よ。あなた、そのスジの人間ならば指詰めとかしないの?」
「しないよ。だって痛いのやだもん」
即答してんじゃないわよ。
そんなの誰だってそうでしょうに。
「政吉、あなたはどうなの?」
「だから呼び捨てすんな! 俺も同じだ!」
両手をヒラヒラさせて、後部座席のあたしに10本の指を見せつける舎弟頭。
「でも、入れ墨くらいはしてるのよね?」
「んなモンしてねーよ。温泉入れなくなるじゃん」
駄目だこりゃ。
社会人としては至極真っ当だけれど、ヤ○ザとしてはかなりイケてない。
「あなた達、見かけだけでも"街のダニ"らしさを醸し出しなさいよ。今のままだと時辰儀組はおっさん達の寄り合いでしかないわ」
「ところがそうでもないんだな。同じ時辰儀組でも俺達とは一線を引く武闘派が存在して、そこのトップは嬢ちゃんの望む通りエンコ詰めてんぜ」
「まあ素敵! それこそ極道って感じがするわ」
「素敵なもんか! 野郎、"マジックハンドの銀二"って影で笑われてんだぜ?」
「……マジックハンド???」
「エンコ詰め過ぎて、両手とも親指と人差し指しか残ってねえ」
ま、ひどい話だこと。
「蟹じゃあるまいし」
「蟹の方が食えるだけマシだ」
「そうね。月とすっぽん、蟹とダニね。ところで、政吉率いる軍団は何派なの?」
「俺達はマイルド派だ」
マイルドな極道って何よそれ?
カタギとどう違うのかしら……。『お控えなすって』も言ってくれないし。
「伯父貴はもう長くない」
いきなり、政吉が神妙な面持ちで告白し始めた。
すぐさまバックミラーでお母様の反応を探っていたけれど、残念ながら肝心の相手は小指で鼻をほじって無関心極まりない。
それを見て落胆する政吉。
しょうがないわよね。
だって中の人は時辰儀組とは全く無関係な砂の妖怪だもの。
「お母様は記憶を失ってて、おまけにお爺さんの幽霊に憑依されていると言ったでしょう(嘘だけど)。ここは潔く諦めて、いい加減にあたしを”交渉の窓口”とお認めになった方がよろしくてよ?」
「釈然としねえが、そうするしかねえみたいだな。要は後継者争いよ。伯父貴が亡くなられた後、その次は誰が継ぐかで組は大きく揺れている」
「つまり、銀二率いる武闘派か、政吉率いるマイルド派かってことね?」
「そういうことだ。銀二は組の顧問で身分的には俺より上だが、如何せん行動が荒っぽいから、伯父貴からの信頼はひどく薄い」
「マイルドと蟹……極端なのよ、あなた達」
「だから一向に気が合わねえ。そして後継者争いでは悔しいが、蟹の方が一歩リードしている」
「組長の信頼が薄いのに?」
「ああ、何せ武闘派だから、強引に味方を集めてやがる」
なるほど。
このままだと時辰儀組は蟹のもの……だからトップの一人娘であるお母様を呼び寄せたのね。
「少し都合がよすぎるのではなくて? こんな切羽詰まった時にだけお母様を利用するなんて」
「そいつは心外だな。俺は勿論のこと伯父貴だって姐さんを邪険に扱ったことは一度もねえ。それが証拠に、姐さんが開業するためにかかった費用は全て伯父貴が出している。それに俺だって……姐さんのことが好きだった。いや、今も好きだ」
「おぬし、ワシを抱きたくて辛抱堪らんのぢゃな? かまわんぞ。銭さえ払えば」「砂翁! ややこしくなるから黙りなさいと言うのに!」
「さおう……?」
「政吉も黙らっしゃい!」
そうこう言っているうちに、ひょうきんな藤色ハッチバックは時辰儀組へ到着。
想像以上に立派な日本家屋だわ。
門構えには見る者を威圧する物々しい木の表札が、これでもかとばかりドーンと掛かってある。
長針と短針が10時10分の位置にある時計の家紋――ここがお母様の実家なのね。
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