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時辰儀なき戦い
時辰儀なき戦い 5
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先頭に黒猫(猫目)、ここの一人娘であるお母様(砂翁)が続き、殿は炊飯器(空腹丸)を小脇に抱えたあたしがドラクエのパーティよろしく縦一列となって、古色蒼然たる時辰儀組の奥へと案内される。
にしても、ひどくカビ臭いわ。
室内塵てんこ盛り状態。
立派なのは門構えだけで、住居としては広さだけが取り柄の"地方の古民家"と評してもいいくらい。
リフォームもままならないほど貧乏なのね。
車がアレだから想像に難くないけれども。
黒猫の更に先を歩く政吉が、突然立ち止まって振り向き様に言う。
「早速で申し訳ないけれど、姐さんには伯父貴に会ってもらいます」
「そうね。もう死んじゃうものね」
政吉、あたしの目線までしゃがんでギロリと一睨、
「嬢ちゃんが先に逝くか?」
「ふふふん、マイルド派が凄んでみせたところで怖くも何ともないわ。だって事実なんでしょ? だからあたし達はここに呼ばれたのだから」
「正確には姐さんを招いたんだがな。嬢ちゃんはあくまでオマケでしかない。……それと、この先が伯父貴の寝室だ。そこには防犯カメラが設置してあるから、くれぐれも余計なマネすんじゃねーぞ?」
「あら、嫌だ。映ると何かまずいことでもあるのかしら?」
「疚しいことがねーなら大丈夫だがよ。病床に伏してらっしゃるが、伯父貴の権威はいまだ絶大だ。俺の連れてきた嬢ちゃんが伯父貴に無礼を働き、それで心証を害したら困る。ましてやその映像が武闘派の連中に渡ったら……その時点で俺達マイルド派はおしまいだ」
マイルド派……別の言い回しはないのかしらん。
部外者であるあたしが言うのはいいとして、仮にも任侠団体の舎弟頭がマイルドを自認しているってどうなの?
「ここにお母様を呼び寄せたということは、つまり武闘派に傾いている勢いをどうにかしてほしいのよね?」
「ああ、何しろ姐さんは時辰儀の血を継ぐ唯一のお人だからな」
「だからって、お母様は政吉とは結ばれないから」
それを受けパッと赤くなる政吉。
思春期か。
「わ、わ、わ、わかってるよ! そんな目的で呼んだんじゃねえから! 俺はどうしても伯父貴と姐さんに仲直りしてほしかっただけだ!」
その言葉に嘘偽りはないと思うわ。
けれども、あわよくば……だったんでしょ?
なのに、自分と一緒でずっと独身を貫いていると思い込んでいた時辰儀麻理はあたしを産んでいた。
さぞ落胆したことでしょうね。
そんなの、こっちは知ったこっちゃないけれど。
「伯父貴、政です。お連れしました」
ノックをする政吉に対し、か細い声で「入れ」と返す老人の声。
ドアを開け深々と一礼するや否や、そそくさとベッドに横たわる人物に耳打ち……多分、あたしのことを説明してるのだわ。
"伯父貴"と呼ばれた老人――間違いなく、あの人がお母様のお父様であたしのお爺様。
経鼻栄養チューブがその寿命の短さを連想させる。
そのお爺様、あろうことかお母様(砂翁)のIカップに釘付けだわ。
馬鹿じゃなくて?
久方ぶりに会う愛娘の顔ではなく、お胸に夢中だなんて……死に損ないだと言うのに男って本当にクズな生き物ね。
「麻理……麻理……おまえ、本当に麻理なのか?」
「おぬしの目にそう映るのであればそうであろう」
「お、お、おぬし……!?」
あら。
驚いている様子からして、政吉はまだ|記憶喪失&爺霊の憑依までは説明してなかったようね。
「おぬしで通じんならば"貴様"でどうぢゃな? どうやら貴様もワシの乳の虜のようぢゃが、親子とて容赦はせぬぞ。乳を揉みたければ銭を払うのぢゃ」
最悪だわ、砂翁……。
もはや怒鳴る気力も失せた。
慌てて、お爺様に情報を補足する政吉。
遅いのよ、あなた。
「そうか。事情はわかった」
は、早っ!? もうわかったのっ!? 呑み込み早過ぎじゃない?
でも、その方が楽でいいわ。
「麻理のことは仕方がないとして……お嬢ちゃん、お名前は?」
「きざみです。はじめまして、お爺様」
ベルベット・ワンピースの裾をつまんでご挨拶。
「驚いたよ。麻理の幼い頃に瓜二つだ。綺麗なおかっぱといい、気の強そうな目つきといい……そうだな、政よ?」
「はい」
同意する政吉。
もしかしたら2人は幼馴染設定?
まさか、許嫁とか?
だったら、政吉はもう少しあたしという存在にドキドキしてもいいんじゃなくて?
多分、それよりはお母様なのだけれど。
「きざみちゃんは幾つかな?」
「5つよ」
「そいつは妙だな。麻理は今年54……そうなると、娘は50前にきざみちゃんを出産したことになるが?」
どうしようかしら?
超高齢出産だと白を切ろうかしらん。
この際、真実を打ち明けた方がいいかもね。
信じてくれるかどうかは別問題だけれど。
よし、決めたわ!
そのためにあたしはこのシモベを連れて来たのだし。
「お爺様の初孫としてお願いがあるの」
「何かな?」
「身内だけでお話できなくて?」
これに驚くは政吉。
「わかんねーな、嬢ちゃんよ。どうして俺を邪魔者扱いするんだ?」
「勘違いしないでくださる? お母様代理であるあたしはまだあなたの味方ではなくてよ? 中立の立場でここの敷居を跨いだの。武闘派につくかマイルド派につくか……これから客観的にお爺様とお話させて頂くわ。あたしのお父様についても説明したいし」
それを聞いたお爺様、無言でサッと右手を上げて政吉を払う。
さすが飲み込みが早い。
それとも、御自分の寿命がわかってらっしゃる?
そう、この人にはもう残された時間がないのだから。
納得いかない表情の政吉だけれど、親分の命令は絶対。
そのまま退室しようとした彼に対し、瞬時にあることを思いついたあたしが手招きで呼び止める。
「何だよ?」
「ちょっとお使い頼まれてくれるかしら? あなたでなく下っ端の田中氏でいいから。お駄賃も弾むわよ」
そして、今度はあたしが耳打ちする番。
「え? 何だってそんなものを……」
「使うかもしれないし、使わないかもしれない。でも"備えあれば憂いなし"って言うでしょ? だからお願いね」
あたしは不服そうな政吉の背中をどんと押し、そのまま部屋から追い出した。
さあ、面白くなってきた♪
にしても、ひどくカビ臭いわ。
室内塵てんこ盛り状態。
立派なのは門構えだけで、住居としては広さだけが取り柄の"地方の古民家"と評してもいいくらい。
リフォームもままならないほど貧乏なのね。
車がアレだから想像に難くないけれども。
黒猫の更に先を歩く政吉が、突然立ち止まって振り向き様に言う。
「早速で申し訳ないけれど、姐さんには伯父貴に会ってもらいます」
「そうね。もう死んじゃうものね」
政吉、あたしの目線までしゃがんでギロリと一睨、
「嬢ちゃんが先に逝くか?」
「ふふふん、マイルド派が凄んでみせたところで怖くも何ともないわ。だって事実なんでしょ? だからあたし達はここに呼ばれたのだから」
「正確には姐さんを招いたんだがな。嬢ちゃんはあくまでオマケでしかない。……それと、この先が伯父貴の寝室だ。そこには防犯カメラが設置してあるから、くれぐれも余計なマネすんじゃねーぞ?」
「あら、嫌だ。映ると何かまずいことでもあるのかしら?」
「疚しいことがねーなら大丈夫だがよ。病床に伏してらっしゃるが、伯父貴の権威はいまだ絶大だ。俺の連れてきた嬢ちゃんが伯父貴に無礼を働き、それで心証を害したら困る。ましてやその映像が武闘派の連中に渡ったら……その時点で俺達マイルド派はおしまいだ」
マイルド派……別の言い回しはないのかしらん。
部外者であるあたしが言うのはいいとして、仮にも任侠団体の舎弟頭がマイルドを自認しているってどうなの?
「ここにお母様を呼び寄せたということは、つまり武闘派に傾いている勢いをどうにかしてほしいのよね?」
「ああ、何しろ姐さんは時辰儀の血を継ぐ唯一のお人だからな」
「だからって、お母様は政吉とは結ばれないから」
それを受けパッと赤くなる政吉。
思春期か。
「わ、わ、わ、わかってるよ! そんな目的で呼んだんじゃねえから! 俺はどうしても伯父貴と姐さんに仲直りしてほしかっただけだ!」
その言葉に嘘偽りはないと思うわ。
けれども、あわよくば……だったんでしょ?
なのに、自分と一緒でずっと独身を貫いていると思い込んでいた時辰儀麻理はあたしを産んでいた。
さぞ落胆したことでしょうね。
そんなの、こっちは知ったこっちゃないけれど。
「伯父貴、政です。お連れしました」
ノックをする政吉に対し、か細い声で「入れ」と返す老人の声。
ドアを開け深々と一礼するや否や、そそくさとベッドに横たわる人物に耳打ち……多分、あたしのことを説明してるのだわ。
"伯父貴"と呼ばれた老人――間違いなく、あの人がお母様のお父様であたしのお爺様。
経鼻栄養チューブがその寿命の短さを連想させる。
そのお爺様、あろうことかお母様(砂翁)のIカップに釘付けだわ。
馬鹿じゃなくて?
久方ぶりに会う愛娘の顔ではなく、お胸に夢中だなんて……死に損ないだと言うのに男って本当にクズな生き物ね。
「麻理……麻理……おまえ、本当に麻理なのか?」
「おぬしの目にそう映るのであればそうであろう」
「お、お、おぬし……!?」
あら。
驚いている様子からして、政吉はまだ|記憶喪失&爺霊の憑依までは説明してなかったようね。
「おぬしで通じんならば"貴様"でどうぢゃな? どうやら貴様もワシの乳の虜のようぢゃが、親子とて容赦はせぬぞ。乳を揉みたければ銭を払うのぢゃ」
最悪だわ、砂翁……。
もはや怒鳴る気力も失せた。
慌てて、お爺様に情報を補足する政吉。
遅いのよ、あなた。
「そうか。事情はわかった」
は、早っ!? もうわかったのっ!? 呑み込み早過ぎじゃない?
でも、その方が楽でいいわ。
「麻理のことは仕方がないとして……お嬢ちゃん、お名前は?」
「きざみです。はじめまして、お爺様」
ベルベット・ワンピースの裾をつまんでご挨拶。
「驚いたよ。麻理の幼い頃に瓜二つだ。綺麗なおかっぱといい、気の強そうな目つきといい……そうだな、政よ?」
「はい」
同意する政吉。
もしかしたら2人は幼馴染設定?
まさか、許嫁とか?
だったら、政吉はもう少しあたしという存在にドキドキしてもいいんじゃなくて?
多分、それよりはお母様なのだけれど。
「きざみちゃんは幾つかな?」
「5つよ」
「そいつは妙だな。麻理は今年54……そうなると、娘は50前にきざみちゃんを出産したことになるが?」
どうしようかしら?
超高齢出産だと白を切ろうかしらん。
この際、真実を打ち明けた方がいいかもね。
信じてくれるかどうかは別問題だけれど。
よし、決めたわ!
そのためにあたしはこのシモベを連れて来たのだし。
「お爺様の初孫としてお願いがあるの」
「何かな?」
「身内だけでお話できなくて?」
これに驚くは政吉。
「わかんねーな、嬢ちゃんよ。どうして俺を邪魔者扱いするんだ?」
「勘違いしないでくださる? お母様代理であるあたしはまだあなたの味方ではなくてよ? 中立の立場でここの敷居を跨いだの。武闘派につくかマイルド派につくか……これから客観的にお爺様とお話させて頂くわ。あたしのお父様についても説明したいし」
それを聞いたお爺様、無言でサッと右手を上げて政吉を払う。
さすが飲み込みが早い。
それとも、御自分の寿命がわかってらっしゃる?
そう、この人にはもう残された時間がないのだから。
納得いかない表情の政吉だけれど、親分の命令は絶対。
そのまま退室しようとした彼に対し、瞬時にあることを思いついたあたしが手招きで呼び止める。
「何だよ?」
「ちょっとお使い頼まれてくれるかしら? あなたでなく下っ端の田中氏でいいから。お駄賃も弾むわよ」
そして、今度はあたしが耳打ちする番。
「え? 何だってそんなものを……」
「使うかもしれないし、使わないかもしれない。でも"備えあれば憂いなし"って言うでしょ? だからお願いね」
あたしは不服そうな政吉の背中をどんと押し、そのまま部屋から追い出した。
さあ、面白くなってきた♪
応援ありがとうございます!
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