きざみちゃん

よん

文字の大きさ
7 / 32
突撃! あなたが晩ごはん

籠る男 2

しおりを挟む
 軟禁生活29年。
 今までろくすっぽ外出などしたことないけれども、そんなあたしにも一張羅いっちょうらというものが一応はある。

 白のフリル襟に鶯色うぐいすいろのベルベット・ワンピース……

 こんな昭和レトロ丸出しの服、一体誰が着るのよ?
 靴もこれまた昭和チックな黒いエナメルのパンプスだし。
 けれど、こんなのまだいい方。
 普段着なんて昭和どころか江戸の雰囲気漂う黄八丈きはちじょうってどういうこと?
 ……お母様、御自身はとてもエレガントな着こなしでらっしゃったのに、どうしてきざみの服はこんなにもダサいの?

 などと、他界したお母様に今更愚痴を漏らしても詮無きこと。
 鶯のベルベット・ワンピースと黒のパンプス……このどうしようもない地味な配色に、あたしは差し色となる赤のセクシー・ブラポシェットをコーディネート。
 いかが?
 これで少しは街のおしゃれさんに近づけたかしらん。



 丑の刻の深夜2時。
 一張羅を纏ったあたしは1匹の黒猫に導かれ、ひんやりとした空気に浮かぶ孤高の月桂を浴びながら夜の街をひたすら突き進む。
 こんな時間に幼女が一人だなんて物騒極まりないけれども、そこは大丈夫。
 黒猫は猫目、ブラポシェットの中身は砂時計の砂翁、そしてあたしが小脇に抱える像印の炊飯器は空腹丸――いまいち頼りにならないけれども、それでも三妖怪があたしを守護しているんですもの。
 特に猫目は人の気配を察する能力に長けているようだから、夜間を巡回する警察の方や、幼女誘拐を目論む変態さんに遭遇する心配は全くないのだそう。
 ……安心なのはいいけれど、ちょっぴり残念。
 何故って?
 だって、危険に晒される懼れもないと同時に、イケメンにナンパされる機会チャンスも奪われてしまったのだから。

 イケメン……じゅるり。魅惑の響き。
 きたるべききざみの初夜は、是非ともイケメンにご指導を賜りたいものだわ。

 不本意かつ不謹慎ながらドキドキする。
 今からあたしが寿命を奪おうとする殿方は、果たしてどのような目鼻立ちなのかしらん?
 時と場合によっては、今回の標的ターゲットから外してもよくってよ。
 だって、猫目は言ってたもの。
 ニートなんていっぱいいるって。
 あたしの目的はたった24杯の米齢時まいれいじを食べる(貯める)こと……即ち標的ターゲットはイケメンである必要なんてまるでないのだから。
 
 先を行く猫目の四足がピタリと止まり、おもむろにこちらを振り返って「にゃあ」と鳴く。
 どうやら着いたようね。
 目の前の家はどうってことのない、至って普通の一軒家。
 駐車場にはこの国を代表する白の大衆車ファミリーカー、軒先に吊られた季節外れの風鈴が、秋風に吹かれて寂しくチリンと音を立てる。
 午前中に偵察を済ませていた猫目の情報によれば、ここの家族構成は父・母・兄・妹の4人。
 父は某食品メーカーの営業職で母はパート勤務、妹は高校受験を控えた大事な時期で、部活を引退後は塾通いと恋愛の板挟みで大変らしい。
 順風満帆ではないにせよ、それでも彼らは社会から与えられた役割をそれなりにこなしていると言えよう。

 問題は長兄。

 聞くところによると、この男は一浪して苦労した末に漸く合格した私立大学をタダの一度も通ってないご様子。
 父親にはシカト対応、母親には暴力を含む八つ当たり、そして妹には……あろうことか密かに恋心を抱いてるのですって。
 何とまあ破廉恥な!
 この男、典型的な内弁慶の穀潰し……どうしようもないクズね。
 はっきり言って、これでよほどのイケメンでなければ生きてる価値などありゃしないわ。
 とりあえず、会ってみないことには話にならない。
 さりとて、男の部屋は2階で況して、こちらは不法侵入者の身。
 ピンポンと呼び鈴チャイムを鳴らして威風堂々と面会するわけにもいかず。
 ならば、直接2階へ向かえばよろしい。
 ブラポシェットから砂時計を取り出し、あたしはシモベに命ずるの。

「砂翁、階段に変化へんげなさい」
かしこまりですぢゃ」

 瞬く間に砂時計の白砂はみすぼらしい脚立へと様変わり……
 え、脚立ですって?
 あたし、階段って言ったじゃないの、この耄碌もうろくジジイ!
 まあ、よろしくってよ。
 これから間男よろしく忍び込もうってのに、デザイン性に優れた純白の螺旋階段を想像したあたしの方が間違っているのだわ。
 だからと言って、脚立ってのもお粗末じゃなくて?
 屋根の修繕に挑むDIY親父じゃあるまいし。
 お尻がヒヤっとする。
 嫌だわ。
 もしも誰かに下から覗かれたら、おパンツが丸見えじゃないの。
 小脇に炊飯器を抱えているため、片手でワンピースを抑えることもままならない。
 "見せパン"ならまだしも……

 ――はッ!?

 抜かったわ。
 Iカップに憧れるあまり、今の今まで"下の勝負下着"って概念がまるで欠落していたじゃない。
 さすがに、おパンツまでお母様のお下がりってわけにもいかないから新調するのが当然の流れなのでしょうけども、上がセクシーブラで下がウサちゃん柄ショーツではアンバランスにも程があるわね。

 閑話休題。

 丑の刻も過ぎようとしているのに、標的ターゲットの部屋にはいまだ照明あかりが煌々と射している。
 引き籠りのくせに早く寝なさいよ。
 電気代が勿体ないじゃない。
 月明かりと間違えた金蚉カナブンじゃあるまいし、あなたは何のために光を欲するの?
 窓に手を触れると、生意気にも鍵が掛かっている。
 脚立を上ってきたお胸プリンプリンの喪服女、それに爺さんに戻った砂翁と目配せする。
 窓の上部にあるスライド開閉式の換気口――そこもやはり閉まっていたのだけれども、細かな粒の集合体である砂翁はそんな僅かな隙間も見逃さない。
 事も無げに侵入すると内鍵をこっそり開ける。
 勿論、に夢中になっている男は、そんなことなど露知らず。
 再び猫化した猫目が、砂翁の開けたスペースから第2の侵入。

「にゃあ」

 そこには聞こえる筈もない猫の鳴き声……驚いて声を上げようとする男の口に、第3の侵入を遂げたあたしが間髪入れずに右腕をこれでもかと喉の奥まで突っ込んだ。

「……お静かに願います。"時間泥棒"です」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

処理中です...