異世界列車囚人輸送

先川(あくと)

文字の大きさ
1 / 71

1話 連れ去られた娘

しおりを挟む
    ◇プロローグ

 ユーゴはアンナの話を聞きながら、落ち着かない様子で周囲を見回していた。

 川べりに群生する雑草がカサカサと風に揺られて音を立てる。
 鳥が危険を感じ取ったように一斉に飛び立ち、遠くの方では野犬が狂ったように吠えている。
 異常な緊張感とはうらはらにアンナの声は穏やかだった。

 アンナは何も知らないのだ。ユーゴだけが次に何が起こるかを理解している。
 それでいて、いつも身動き一つ取れずに、アンナの話を聞いていることになる。
門限が早すぎるとか、友だちと街に行くのでさえ、すぐに迎えを寄越そうとするとか。そういった些細で微笑ましい愚痴だ。

「でしょう? お母さんっていつまでたっても子ども扱いするんだから」
 アンナは口を尖らせ、ユーゴは「うん」と頷いた。
「きっとお父さんが物静かな人だからよ。お父さんが放任主義だから、一人で二倍も、三倍も私にかまうの」
 ユーゴの住んでいた集落は山の中の扇状地と呼ばれる平野にあった。
 長年、川が氾濫を繰り返し、山の土砂を扇形に振りまいてできる平地だ。
 そこは牧草に適した植物が多く自生しており、馬の産地として有名だった。
 長閑なだけが取り柄の辺鄙な小規模集落だった。

「あーあ、早く大人になりたいな」

 アンナはこの平和な日常がずっと続き、いつか誰にも縛られることのない自由な大人になれると信じている。
 犬の鳴き声が一層激しくなり、ユーゴはハッとして振り返った。
(来る……)
 アンナが何も気づいていないのがもどかしい。
 アンナは、犬の威嚇など何一つ聞こえていないように拗ねた表情をする。

「逃げて!! 今すぐここから逃げてくれアンナ!!」

 ユーゴは叫ぶが、その声はアンナには届かない。
 次の瞬間、集落の入り口から何十という馬がなだれ込んでくる。

 その背中には野蛮な大男が乗っており、輪胴式魔銃をぶっ放し、ナタを振り回す。
このあたりの村人とは背丈からして違っており、赤ら顔で、髭におおわれており、祭りのような嬌声をあげている。

「来たっ……」

 ユーゴは戦慄する。

 群盗だ。

 ラッセル領の外側からやってきて、あらゆるものを奪いつくしては、国境線を超えてうまく逃げおおせてしまう。
山のふもとで、深刻な被害をもたらし、噂は常々聞かされていた。警戒もしていた。

 だが、この村まで来ることは今までに一度もなかった。

 群盗は物見櫓に火を放ち、銃を取りに向かった村の男を後ろから切りつける。
 それを見た男たちは女子供を家の中に避難させる。

 しかし、もう間に合わない。

 家から出て、戦闘に加わろうとしたところを馬上からの鋭い一刺しを食らって倒れこむ。
 子どもの泣き声、女の叫び声、あちこちに火が放たれ、そこら中でバチバチと炎が爆ぜる。

 勇敢な男が銃を手に持って反撃を試みる。

 群盗の一人を倒すが、次の弾を装填しているところを馬でひき殺されてしまう。
 群盗の一人が、呆けたように立ち尽くすアンナを見つけて笑う。

「アンナ、逃げろ、逃げるんだ!!」

 ユーゴは叫ぶ。
 その先には、もう救いのない不条理が待ち受けていることを知っている。
 アンナの隣で母親の愚痴を聞くことさえ貴重な時間だった。
 あのときはまだ、ささいなことに怒って笑うアンナを隣で眺めていられたのだ。
 それはもう取り戻すことのできない幸せな時間だった。

     ◇


 ユーゴは「うわあっ」と叫び、目を開け、荒い呼吸をしながら飛び起きた。

 またこの夢かとため息をつき、額の汗をぬぐう。
 心臓の鼓動が早い。

「なんで今さら……もう終わったんだ」

 ユーゴの口から自嘲的な笑みが漏れた。
 ユーゴは着替えを済ませて部屋を出る。
 気分は最悪だったが、やることはいつもと変わらない。
 今さらできることもなかった。
 あの集落を出てから二年が経っており、すべてはもう遠い過去の出来事だった。

「おはようございます」
「ああ、おはよう。すぐにご飯ができるわ」

 裏口から外に出るとき、コンラッド婦人と挨拶を交わした。

 馬小屋に入ると、馬を外に出し、掃除を済ませて馬草を変える。それからもう一度馬を入れ、朝食を取るためにリビングに向かう。
 食卓ではコンラッド婦人が朝食の準備をしていて、牧場主のコンラッドさんがユーゴに馬を買いつけに関する相談を持ち掛ける。
 先日、収税吏で、野鳥狩り仲間のダグラスがやってきて、ロックヒルに関する噂を教えてくれたのだという。

 ロックヒルのオヤジが手強い相手にやられて、二束三文で馬を買い戻すことになったそうだ。

「今ならその馬を安くで買えるかもしれない」

「この後、町まで行ってきましょうか。朝食のあとすぐに出れば、昼過ぎにはつくかと」
「そうしてくれ。ただし、切り札は最後まで取っておくんだぞ」
 コンラッドさんは抜け目ない男だった。
「難しいな……」
「なにも難しくないさ。いいか? まず初めに容赦ない値段を吹っ掛けるんだ」

「それじゃ喧嘩になりますよ」

「なに、交渉の常套手段だよ」

 コンラッドさんは続けた。

「こっちが一歩も譲らないことを示して、ロックヒルのオヤジは徐々に態度を軟化させるだろう。それくらいで譲るんじゃないぞ。とにかく、向こうがもう、これ以上はどうにもならないと言う段階になって、その馬が二束三文の馬だってことを最後につきつけてやるんだ」

 ユーゴは困ったように笑う。

 田舎育ちのユーゴは、コンラッドさんほどがめつい交渉はできない。
「やってみることはやってみますけど……」
 と言って人のいい笑みを浮かべた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!

椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。 しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。 身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。 そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...