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4章 最後の囚人
1、出発の時間だ
しおりを挟む翌日。
アヴィリオンの面する旧街道に駅はなく、四人は囚人用の列車に乗るために新街道の宿場駅イーシャに向かった。
幸い、トウセキを掴まえた後は、イーシャで一泊した後にベルナード行きの列車に乗る計画だった。
そのため三時十分のベルナード行きをイーシャのホテルで待つはずだったのを、朝早くにアヴィリオンを出発し、
半日をかけてイーシャに向かうと変更するだけでよかった。
朝、八時、手錠をはめたまま眠らされた三人は、デュアメルに起こされることになった。
宿屋の二階の床で眠らされたユーゴは腰を伸ばそうとぎこちなく身体をねじった。
手錠をさせられているため、腰をさすることもできなかった。
身体の節々がきしむように傷んだ。
「出発の時間だ」
見張りをしていたデュアメルが亜麻縄のロールを弄びながら言った。
デュアメルはユーゴに近づくと、ユーゴの手錠の鎖に縄を通し、手慣れた手つきで縄を結わえると、それをアントンの鎖に結わえ付けた。その後、その縄を持ってトウセキのもとに近づいた。
「手を出せ」
トウセキはデュアメルを見据えたまま微動だにしなかった。
「手を出すんだ!!」
デュアメルが声を荒げた。
が、トウセキはデュアメルを値踏みするような目でじっと見つめていた。
トウセキは未だにクマの頭骨を被っている。クマの骸骨が背後からトウセキの頭を飲み込もうとしている格好で、上顎の牙がトウセキの額に食い込んでいるように見えた。
頭骨からはたてがみのような白い毛が伸び、それがトウセキの背中を蔽っている。
昨日、討伐隊の兵士がそれらの装飾品を脱がそうとしたのだが、どこでどうつながっているのか髪の毛と一体化しており、どうにも脱がすことができなかった。
その服装からして、トウセキはかつてこの辺りに暮らしていた獣人族にルーツを持つのだろう。
もっとも純血の獣人族は二百年前に滅ぼされていた。
人間との混血が進む現代でも獣人族と人間の間には遺恨が残っており、そこに様々な利害関係がからんだ結果、起こったのが去年の一年戦争だった。
トウセキはデュアメルに従うことなく、じっと彼を見つめていた。
赤い装飾品が耳の後ろで揺れている。
「自分の置かれている状況が分かってないようだな。抵抗しても痛い目を見るだけだぜ」
「ブタの後は勘弁してくれ。ブタの後ろに繋がれるなんて見られたザマじゃないだろ?」
トウセキは脅し文句に怯えたふうでもなく、泰然として言った。
「ブタの方がよほど上等だ。あんたはブタの後ろで光栄だと喜ぶべきなんだ」
デュアメルは唇を歪めて笑った。
「俺の部族は下卑た卑怯者のことをブタと呼んで蔑むんだ。ブタは愚鈍で、醜悪で不潔だ」
「何もブタのケツを舐めろって言ってるんじゃない。手錠を縄で繋ぐだけだ」
「俺にも見栄というものがある」
「ばかばかしい見栄ね。ここではあなたはただの囚人よ?」
ジョーが口を挟んだ。
「男勝りのハンバーグ・ジョーのことだから、分かってくれると思ったんだがな」
「分かったところで、あなたの希望がかなえられることはないわ。さっさと手を出しなさい」
ジョーはトウセキの手錠を掴むと、躊躇なくそれを引っ張り、デュアメルの前に突き出した。
デュアメルは鎖を縄で結わえ付けた。
結わえ付けられた縄を興味深そうに覗き込んでいたトウセキが不意に天を仰いだ。
「ははは……ふははははは……」
周囲の視線がさっとトウセキに集まった。
トウセキは声をあげて笑い続けた。
ユーゴはトウセキを忌々しそうに見つめていた。
手錠をされ、武装した騎士に囲われ、なすすべもなく吊るし首になろうとしているこの状況でも、トウセキは傍若無人の怪物のままだった。
それはすぐに予想外の形で証明されることになった。
トウセキがふらりと身を傾けたかと思うと、反動をつけて身を回転させた。
次の瞬間、鋭い回し蹴りが駄豚のアントンの腹部に突き刺さった。
ビュエエエエエエエエエ。
けたたましい悲鳴とともに蹴り飛ばされたアントンは壁にぶつかって痙攣をはじめた。
トウセキは地面を蹴ってアントンに詰め寄ると、薄汚れたピンク色の腹に何度も蹴りを入れた。そのたび内臓が体内でかき回されては、溜まったガスが口から迸るような痛ましい悲鳴が聞こえた。
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