異世界列車囚人輸送

先川(あくと)

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4章 最後の囚人

4、最後の治癒魔法

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「この国にドラゴンを狩れる冒険者なんているに?」
 レナは疑わしそうな視線を前方に向けた。
「さあな、いるとしたらマティアスだろう」

 シノは誰もがよく知る冒険者の名前を口にした。

「あの様子じゃ近づけませんよ。どうです? 一キロほど東へ迂回しては」
 御者の提案をシノはにべもなく断った。
「ダメだ、三時十分にイーシャ発の列車に乗ることになっている。そのまま進むんだ」
「このままじゃ巻き添えをくらいますよ」
「良いから進め! 酒手をうんと握らせてやる」

「その言葉を楽しみに行かせてもらいますがね、いつどこに雷が落ちてきたって不思議じゃないですよ」
 御者は嫌がる馬を無理に駆り立て、荒野を突き進んだ。
 ドラゴンと戦っているのは案の定マティアスと呼ばれる冒険者だった。ドラゴンに家族を殺された男で、ドラゴンだけをただひたすらに狩り続けている冒険者だ。

「昨日言ってた、教会の火事って……」
「ああ、やはりドラゴンの仕業だったのだろう」

「まったく、あいつらの教会嫌いは手が付けられないに」

 レナが困り顔で言った。
 有史以来、人間とドラゴンの戦いは、秩序と混沌の戦いでもあった。かつて人間とドラゴンは共生していたこともあったそうだ。
 しかし、宗教の発展とともにドラゴンと人間は道をたがえるようになった。
 恐らくは宗教の邪悪な一面を敏感に感じ取ったのだろう。
 それゆえ悪魔と同一視されることも多いが、悪魔とドラゴンが直接手を組んだことは一度もない。悪魔は放縦と堕落を求めるのに対して、ドラゴンはただ欺瞞に満ちた秩序を嫌うのだ。
 すぐ手の届きそうな距離で、戦闘が繰り広げられていた。

 マティアスは執念深い目つきで、ドラゴンを見据えると炎の息をジャンプしてかわし、ドラゴンの背後に回った。
 そのままドラゴンの尻尾、背中と駆け上がり、ドラゴンの脳天に達すると、鋭く剣を振り下ろした。
 ドラゴンは尻尾を鞭のようにしならせると、頭の上に立つ人間に向けて、鋭く尖った先端を突き刺した。
 冒険者はドラゴンの額から伸びる一本角に向けて、白い光と化した剣を振りかざした。
 それと同時にドラゴンが苦しげな咆哮をあげた。見ると、角は無残に叩き切られ、その根元からどす黒い肉が露出している。

「狩ったに?」

「いや、マティアスの負けだ」
 シノは呟いた。
 冒険者は背後から串刺しにされ、奇妙な体勢で硬直していた。
 彼は錆だらけのブリキ人形のように首をもちあげると、腹部から突き出したドラゴンの尻尾を見つめた。
 彼は自分の身に起こったことを理解したようで、自嘲的な笑みをこぼした。
 冒険者は腰に巻いたサバイバルベルトから輪胴式魔銃を取り出すと、角を折られ、じくじくと体液をにじませる龍の頭部に弾丸を撃ち込んだ。

 ズンッと地鳴りのような音が響いた。
 次の瞬間、竜の額から激しい光が放射し、世界を包み込んだ。
 ドラゴンのシルエットが、粘っこい呻きをあげながら、光の中をのたうち回った。

 龍の影はねじれ、歪み、たわんだ。そして、それが次第に小さくなっていくのが見えた。
 それと同時に鮮やかな燐光が周囲に霧散していく。
 風船からガスが抜けるように、ドラゴンのシルエットは粒子を振りまいてしぼんでいく。
 やがて、光が収まると、地面には二体の人間が転がっていた。
 馬車はそのすぐ隣を走り抜けた。

「シノ!」
 しんがりを務めていたジョーが、馬を馬車の横につけた。

「なんです?」
「ちょっと、様子を見てみるわ」
「分かりました。おい、止めてくれ。レナ、囚人を頼む」
 シノは馬車を降りると、ジョーを追った。

「どうです?」
「二人とも、まだ息がある」

 鱗をまとった少女が、さきほどのドラゴンだと分かった。
 彼女の額は痛々しくえぐれ、中から角の根元と思しき硬化した角質が覗いていた。もっともそれは血肉にまみれ、もとの色がどんなだったか判然としない。
 角の根元には深く弾丸が突き刺さっていた。

「それ――取り除くんじゃないぞ。ドラゴンを――封印したんだから」
 冒険者が息絶え絶えに言った。
「封印した?」
「知らないのか? ドラゴンの角を折り――中に銃弾を撃ち込めばドラゴンを封印することができる。じゃないとこんな姿になるかよ」

 冒険者は隣で横たわる少女を指さした。

 彼女の体は皮膚におおわれていたが、胸とへそを覆うように鱗が張り付き、そのまま下半身に続いていた。剝がれかけた体表はカットスカートのように広がっているが、そこらじゅうが破けているため、そこから白磁のようなつるりとした肌が覗いている。
 目のやり場に困る光景だった。

「ジョー様、治癒魔法を使ってください」

 シノは血だらけの冒険者を指さした。

「構わないけど、シリンダーが三本しかないわ」
 ジョーはドレスのスリットをまくり上げ、太ももに巻いたガーターから、紫色の液体が入ったシリンダーを取り出した。
 魔晶石を液化し、その濃度を極限まで高めた携行用のポーションだった。体内の魔力を補うことができる。

「これを使い切ったらもう魔法は使えない」

「命を差し出すものには、あらゆるものを差し出さなくてはいけない」

 シノは古い諺を口にした。
 マティアスは命を懸けてドラゴンを封印した。
 その行動に応えるべきだと思った。

「それはそうだけど……」
「規則です。俺たちは何千年間もこの言葉に従って生きてきた。そうするべきでしょう?」

 ジョーはシノの頑固な物言いに顔をしかめた。
 命を差し出すものには、あらゆるものを差し出さなくてはいけない。
そのことわざはこの国で、もっとも有名なもので、出典は創世神話にまでさかのぼる。
 神の国から降り立った一人の戦士が、地の国の住民から様々な支援を受けて、地の国にはびこる魔物を倒して回るという話だ。
 命を差し出すものには、あらゆるものを差し出さなければならい。
 そのことわざは単なる処世訓ではなかった。
 それはこの国の精神でもあった。

 開拓者や冒険者にその村に伝わる伝説の武器や、法具を託すことは珍しくなかったし、それらがない村でも、食事や休息の場を提供することはあった。
現に、トウセキ討伐隊として王都から派遣された道々でも、シノらは様々なもてなしを受けた。

「この男がドラゴンを封印したことで、どれだけの修道院が救われたか分からない。彼には治癒を受ける正当な権利がある」
「正当な権利ね……分かったわ」
 正当な権利――正当な手続き――。

 ジョーは心配そうにシノを見た。
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