異世界列車囚人輸送

先川(あくと)

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5章 運ばれゆく罪人

14、竜人ユズキエル

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      ◇

 車室は再び静かになった。
 デュアメルとジョーは黙ったまま檻の中を観察し、トウセキは一度目を覚ましたものの、すぐにまた眠りについてしまった。

 アントンは腹が膨れたのか、敷き藁に鼻を突っ込んで眠っている。

「静かになったなあ……」

 ユズキエルが呟いた。

「お前、どうして止めなかったんだ?」

 ユーゴは怒りに任せてそう尋ねた。
「ちょっと待った。人間風情があたしに口を聞くなとは言わないがね、お前ってのはいい心地がしないな」
「なんて呼べばいいんだよ」
「ユズキエルで良い。そう呼ぶのなら、話をしてやる」
「ユズキエル、どうして止めなかったんだ? トウセキがあの兵士を殺したとき、あんた起きてたんだろう」
「ああ、起きてたさ。血の匂いがプンプンしてたからね。だけど、あたしもあのよだれくりの音が気に入らなかったんだよ。正直、あの男が殺してくれたときは、これで少しは落ち着けると思ったね」

 ユーゴは小さく頷いた。

 大方、そんなところだろう。それに関してはいくらでも理由を想像できた。しかし、もう一つの疑問がどうしても気になっていた。

「じゃあ、なぜ逃げ出さなかったんだ?」
「なに?」
「あのとき、あの兵士が檻を開けて中に入ってきた。ぐらぐら・ウィリーは完全に眠っていたし、俺はトウセキに羽交い絞めにされていた。ユズキエル、きみだけはあのとき逃げられたんじゃないか?」
「逃げ出したところでどうなるというんだ?」
「どういうことだ?」

 ユズキエルは「察しが悪い坊やだな」とからかうように言った。

「考えてみろ。あたしが竜人としての力を発揮できるなら、今頃こんな檻、破壊してどこへでも行ってるさ。それができないのはなんでだと思う?」

「角を折られたからか?」
 ユーゴはユズキエルの額に空いた痛々しい傷口を見た。
「そうだ。角を折られ、そのうえ角のあった場所に銃を撃ち込まれた」
「だから、力が出ないのか?」
 ユズキエルと刺し違えた冒険者によると、ユズキエルは魔力や妖力の一切を封じられ、身体能力も人間とほとんど変わらないという。

「分かっただろう? 力もない状態でこんな夜の荒野に放り出されたら、オオカミに食い殺されるのは目に見えてる。だから、弾を抜いて角が生えてくるまでは、大人しくしておくしかないのさ」

「そうか……」
「あんたこそどうしてこんな檻の中にいるんだ? 見る限り、大それたことをできるようには見えないけどね……。カッとなって人を殺したか?」

「知り合いの女が自殺をするのを止めずに見てたんだ」

「人が死ぬのを見てみたかったのか?」
 ユズキエルは人情の機微を分かりかねて首をひねっていた。

「そうじゃない。知り合いの女の子が、生きることに絶望して死ぬことにしたんだよ。でも、一人で死ぬのは心細いから、穏やかに死ねるよう俺に見守っていてほしいって言ってきたんだ」

「ひえええ、厄介なことを頼まれたんだな。それであんたは、ハイ分りましたって見てたのかい?」

「まさか、何度も止めようとしたけど、手錠で繋がれて、抱きしめられて、身動きができないまま彼女が死んでいくのを見ているしかなかったんだ。結果的には町の人たちが駆けつけてきて、彼女を医者の家まで運んだんだけど、息を吹き返したかどうかも分からない。俺はその前に町を出ることになった。あとは見ての通り。この場合の罪を問うためにベルナードに連れていかれているんだ」

「それは叶わぬ恋ってやつだ。その女はあんたのことが好きだったんだろう? でも、一緒になれないから、せめて死ぬのを見届けてほしいと」

 ユズキエルは難しいパズルを解きあかしたように得意げになって言った。

「どうかな、その子の気持ちまではなんとも」
「なんだいそりゃ、じゃあ、誰でもよかったのか?」
「さあね。彼女は俺に見守ってほしいって言ってたけど……」
「あんた、呆れるほどのお人よしだね。人間は何をしてもバカだが、あんたみたいなバカは見たことねえな」

「そうかもね」

「それに比べて、その女はイヤな女だよ。死ぬ時まで他人を巻き込むなんてね」
 ユーゴは小さく頷いた。
 ユズキエルの評価は一面的なものでしかない。その彼女が二年間も辺境の集落の平和を守ってきたのだ。すべてを犠牲にして。

「なあ、頼みたいことがあるんだ」


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