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6章 湧き出る盗人

1、正念場

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     ◇
 
 夜が明けはじめていた。
 シノは看守を終えて、デュアメルらと交替すると、後方の寝台車量を通り抜けて、家畜車両の中を進んだ。

 木の柵で車体を覆った家畜専用の車両では、馬が風景の目まぐるしい変化に驚かないよう、目の高さにぐるりと板を張り巡らしている。
 それ以外は柵の間隔をあけ、風通しをよくしてある。

 レナとのっぽの兵士は馬の足元に腰かけ、柵の隙間から外の様子を伺っていた。
「どっちかと見張りを代わろう」
 シノは二人を見て言った。
「隊長だって休んでないんでしょう?」
 レナが心配そうな顔をあげる。
「向こうは三時間おきに休憩を取っている」
「それはそうでしょうけど……」
「遠慮するな。これだけ人員が減ったんだ。俺とて隊長である前に隊員なんだから」

「分かったに。それならのっぽちゃんを休ませてあげてください。私はこのまま残ります」

「それでいいか?」
「分かりました」
 のっぽの兵士は言うと、どこか疲れた様子で寝台車の方に戻って行った。

「だいぶ減っちゃったに……」
 レナが呟くように言った。

「トウセキを捕まえるんだ。犠牲は覚悟の上だ」
「犠牲はしょうがないけど、後手後手に回ってるのが気になるに」
「半分は俺のせいだな。任務のことだけを考えるのなら、トウセキを殺して、龍鉱石をダンらにやってしまうのが良いんだろうが……」

「そんな、それはあり得ないに!! あの石はあいつらのものでも何でもないに!! それを奴らに渡すなんて、全然正義じゃないに」

「俺たちは正義の味方ではないんだがな」

 シノの顔には感情のかけらも浮かんでいなかった。
 正義について考えてはいけない。そう教え込まれた暗殺部隊出身者の顔だったが、そうきっぱりとは割り切れないようで、冷酷な瞳とは裏腹に目尻には深い憔悴の色が見て取れた。
 シノはレナを見た。
 彼女も同じ感情を抱いているようだった。

 正義でなければ、この犠牲はなんだというんだ。
 正義でなければ、どうしてトウセキに裁判を受けさせることにこれほどこだわらなくてはいけないんだ。
 レナが今にもそう詰め寄ってくるのではないかと思った。
 仮にそうなった場合、シノは彼女の納得できる答えを持ち合わせていなかった。
 レナは悲しそうな顔をぶんぶん振り、物事の明るい面を考えようとした。

 現状、トウセキを捕まえることができている。

 任務が達成に近づいているのは確かだと思った。

「でも、順調に進んでるよね!!」

「まあ……な」
「だって、最初の戦闘で群盗と全面衝突して、全滅する可能性もあったに。それを考えればトウセキを捕まえれているだけでもうまくいってるに!」
「群盗が追ってくる可能性も考えてはいたんだ。俺の想定ではもう少し引き離せると思ったんだがな」
「次の駅についたら、そんな心配もいらないに。燃料をうんと積んで、ベルナードまでひとっ走り。ベルナードまで付けば、さすがの群盗も手が出ないに」
「そうだな」

 シノも燃料さえあれば、任務は半分達成したようなものだと考えていた。

 シノはひそかにため息をついて外を見た。
 列車は山間を縫うように走っていた。
 商業都市ベルナードから開拓地に至る最初の難関だった。

 死の渓谷と呼ばれるこの地では、痩せた岩山が何キロも続いている。そのため線路を敷くにあたって、鉄道会社はかなりの無茶をやってのけたようだ。

 比較的平坦な谷間は、本来行商人が利用していた抜け道であったのだが、そこに鉄路を引いてからは、徒歩や馬ではより厳しい道を取らなくてはならなくなった。

 ヴァスケイルが新興都市として栄えながらも、周辺の地域が未だに大きな発展を見せないのは、この山々が障壁となっていた。

 列車が死の渓谷の中頃まで差し掛かったとき、濃い霧が出始めた。

「イヤな霧だに……」

 レナが深刻な表情で言った。
「レナの耳が頼りだな」
「わたしは、クォーターだに。期待されるほどよくないに」

 獣人族は人間の血が混じった時点で、その鋭敏な感覚器官は大幅に退化させる。恐らくは視覚の発達に伴って、嗅覚、聴覚の役割が半減するからだろう。
 あるいは人間社会が視覚に頼ってデザインされているため、嗅覚や聴覚を研ぎ澄ます必要がほとんどないからかもしれない。
 実際、レナの嗅覚、聴覚は、じゅうぶんに人並み以上ではあったが、獣人族としてはお粗末なものだった。

「それでも俺よりは役に立つだろう」
 霧は一段と濃くなった。

 周辺の警戒も難しくなり、シノとレナは耳をそばだて、群盗の襲来を察知しようとした。

 嫌な予感がした。それはシノの中で確信に近づいていた。

 俺が奴らなら霧が出始めた今を逃しはしないだろう。

 シノは神経を研ぎ澄まし、できるだけ遠くの音を聞こうと、いち早く馬の匂いをかぎ分けようと努めた。

 ここが正念場だぞ、とシノは思った。

 次の駅に着いたら、燃料を補充して全速力で列車を走らせることができる。次の駅までのここが勝負だと。
 
 シノは自分の勘が当たらないことを願っていた。
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