異世界列車囚人輸送

先川(あくと)

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最終章 やめられない旅人

4、荒野の狂熊

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 銃口が火を噴き、ユーゴは弾があたったことを確信した。
 しかし、血しぶきはあがらず、トウセキはよろめくことすらしなかった。

 続けざまに、二発、三発と銃を撃った。
 当たらなかった。
 ――なんで、なんで当たらないんだ。
 ユーゴは激しく焦った。

 絶対に当たるはずだった。トウセキはユーゴに背を向けて、ユズキエルとイレギュラーな格闘戦に興じていた。

 標的は確かに絶えず動いているが、狙えないほどではない。

 銃を撃ったことは初めてではない。

 この距離で外すことなんてありえない!
 ユーゴは一発、二発、三発と引き金を引いた。
 しかし、トウセキにはかすりもしなかった。

 なんで、なんで当たらないんだよ!

 まるで、トウセキが魔法のヴェールに覆われていて、そもそも弾に当たることがあり得ないかのようだった。
 ユーゴは恐怖に押しつぶされそうになった。

 ユーゴは自分が焦りのあまり、標的に近づききれていないことに気が付かなかった。

 手がどうしようもなく震えていることも、連射すればするほど、反動で銃口が上を向いていることも気が付かなかった。

「ハア……ハア……ハア……」

 再び、引き金を引いたが、今度は拍子抜けするほど手ごたえがなく、爆発音さえ響かなかった。

 ユーゴは慌てて、ポケットに手を突っ込み、弾を入れ替えた。

 一発、二発、三発と弾を入れて行くが、途中で手が震えて弾が入らない。五発目の弾を地面に落とし、構うものかと次の弾に手を伸ばすが、今度は弾が手につかず、ポケットから出したのをみな落としてしまった。

「クソ!」

 ユーゴは諦めて、ナイフを拾った。

 トウセキに向かって突撃した。

 だが、どこを刺していいか分からなかった。

 とにかく彼を大人しくさせなければいけなかったが、殺してしまえば何もかもおしまいだと思った。

 彼に裁判を受けさせたがっていたシノの顔が浮かび、アンナの物憂げで、朽ちた倒木のようなまなざしが浮かんだ。

 頭はダメだ……脇腹か? いや、下腹部か?

 ナイフを突き刺して安全な場所など一つも浮かばなかったし、といっても、無力化できなければ意味がなかった。

 ユーゴの迷いはそのまま刃先に現れていた。

 陽光のきらめきが一瞬、さまよったのちに、ユーゴはがむしゃらにナイフを突き出した。

 トウセキが振り返り、悪魔のような視線をユーゴに向けた。

 トウセキは振り向きざまに裏拳を食らわせ、ナイフを易々と奪い取ってしまった。そのまま自らとユズキエルを結ぶ縄を切断すると、ユズキエルの腹部にナイフを突き刺した。

「ぐはっ……」

 戦慄の表情の中で、ユズキエルの舌が奇妙に泳ぐのが見えた。
「死ね、死ね! お前のクサさがずっと気に入らなかったんだよ! 汚らわしいドラゴン!! お前は泥沼の底で一生眠ってろ!」
 トウセキはユズキエルの身体をめった刺しにした。ナイフは柄の部分までもが赤黒く染まり、元の色がなんだったかさえ分からなくなっていた。

 血の滴る刃先をなんども彼女の素肌に刺し、次第に切れ味を失くしたナイフは体表を無残に破く。

 傷口では無数の赤黒い皮膚片が毛羽立っていた。
 ユーゴはトウセキが荒野の狂熊と呼ばれている所以を思い知った。

「あ……、あ……」

 ユズキエルは瞳を痙攣させた。

 もはやされるがままになっていた。

「やめろおおおおおおおおおおおおおおお」

 ユーゴは叫んで、トウセキにとびかかった。
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