異世界列車囚人輸送

先川(あくと)

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最終章 やめられない旅人

3、次の駅だ

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     ◇

 翌朝、軽い朝食を取るとユーゴは針葉樹のすだれの隙間から外の様子を伺った。この洞窟は、ベルナード行きの鉄路からそう遠くないところにあり、群盗が近くを走っている可能性はじゅうぶんにあった。
 ユーゴは重々しい馬の蹄の音を聞き分けようとしたが、風が木の葉を揺らす音以外、何も聞こえなかった。
 ユーゴは針葉樹のすだれを取り払うと、急いで外に出て、周囲を確認した。

「さあ、行こう」
 ユーゴはトウセキの縄を引っ張った。

 死の渓谷を抜けると、周囲は再び茶色い世界に包まれた。地平線の向こうまで岩に覆われた大地が続き、ところどころ背の低い草がわびしげに色を添えている。

 ユーゴは線路の上を歩いていくことにした。

 開けた大地にいては、身を隠せる進路を取ることができなかったし、運よく後ろから列車が来て、それに乗せてもらえる可能性もあった。

 シノらはどうなっただろうと思った。
 ユーゴが出発するとき、火夫が魔晶石を寝台車に運び込んでいるところが見えた。

 恐らく、燃料のもえかすまで使って怪我人の応急処置をしたのだろう。それが済めば死の渓谷のどこかに身を潜め、救援が来るのをじっと待つはずだ。

 列車は線路に置き去りにすることになるから、次の列車はそれを撤去するか、燃料を補給して走らせるかして、進むことになる。

 最もこのあたりは日に二本しか列車がないので、そう運よく後ろから来た列車に出会えるとは思わなかった。

 次の駅につけば、特別に貨物列車でも、バラス運搬車でも出してもらえればいい。トウセキを連れていると言えば、鉄道会社も嫌がりはしないだろう。

 ユーゴはそう自分を励まして、道を進んだ。
 午前中、歩き通しで、ときおり小川を見つけてはその水を飲んだ。
 徐々に、周囲の景色が変わり始め、川や草原が現れるようになった。視界の先にある山々を見ても、緑に色づいている。

 三人は深く、流れの急な川にぶつかった。

「どうするんだ、ユーゴ」
「鉄橋を渡ろう」
「後ろから電車が来たら?」
「そのときはそのとき考えるよ。どっちにしろ、橋を探してる時間はないんだ」

 トウセキに一メートルほど前を歩かせながら、ユーゴは振り返って、黒い煙が見えないか確認した。
 それから線路の敷かれた鉄橋を三人は一列になって渡り切った。
 川の向こう岸に到達すると、景色は一変して緑に包まれた。
 相変わらず起伏が激しいものの、土手は豊かな植物に満ち、鳥の鳴き声が聞こえてくる。
 前を向くと、なだらかなカーブを描いて続く線路の向こうに、比較的新しい木造建築の駅舎が見えた。

 次の駅だ。

 ユーゴの心はふいに緩んだ。
 駅まで行けば、大勢の助けが得られることを確信した。列車にさえ乗れば、じきにベルナードまで着くことを知っていた。

 しかし、トウセキにとってもこれが脱走を図る最後のチャンスだということまでは思いいたらなかった。

 反応が一瞬遅れた。

 気が付いたときには、トウセキがとびかかってきていた。

「お遊びはここまでだ、坊主」

 トウセキの声が鼓膜にへばりついていつまでも響いていた。
 ユーゴはとっさに輪胴式魔銃を突き出した。
 しかし、トウセキはその腕に手錠を絡み付け、軽々とひねりあげた。
 鎖の軋みが骨にまで伝わり、ユーゴは恐怖に陥った。

 トウセキは両腕を使って、ユーゴの利き手を封じると、前蹴りを浴びせた。ユーゴはかわすことができずに、それを食らいながらも、左手で腰のナイフを探った。

 死のイメージが瞬時に脳内に広がった。

 なんとかしなければ死ぬ。
 殺さなければ死ぬ。
 冷静さもなければ、明鏡のような研ぎ澄まされた感覚もなかった。

 腹の底がぐらり、ぐらりと揺れている。

 すさまじい武者震いの中、すがるようにナイフを掴んでいるに過ぎない。

「クソ……、クソ……」

 ユーゴはナイフを振り回し、鋭く突いた。

 人体に深々と突き刺さる恐怖に侵されながらも、実際には一突きも食らわせることができなかった。

 ナイフのきらめきがチラチラと視界を彷徨い、ユーゴを激しくイラつかせた。

「お前ひとりで俺を輸送する? そんなことができると思ってたのかよ」
 トウセキはユーゴの利き手をひねりあげた。肘も肩もあらぬ方向に曲がり、ユーゴは絶叫した。

「やめやがれ! このケダモノが!!」

 ユーゴは自身の絶叫の中で、ユズキエルのどら声を聞いた。
 ユズキエルがトウセキにとびかかるのが見えた。
 トウセキはユーゴを解放すると、ユズキエルに向き直った。

 二人は手錠をしたまま、紐で繋がれていた。

 一メートルとない間合いで、肘を突き出し、激しく打ち合った。トウセキはこの状態では、殴るより蹴るより、肘を使った方が効果的だと心得ていた。

 ユズキエルは顔面に、二三発の攻撃を貰い受け、自らもトウセキに倣った。

「動くな!!」

 ユーゴは慌てて輪胴式魔銃を拾い上げた。

「撃ってみろ」

 トウセキは全く動じず、ユズキエルに猛然と向かっていった。

 ユーゴは狙いを定めて、引き金を引いた。
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