異世界列車囚人輸送

先川(あくと)

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最終章 やめられない旅人

2、夜の一幕

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 打ちひしがれたようなうめき声にユーゴは自分が眠っていたことを悟った。
 そうか、自分はやられたんだ。
 ユーゴは当初、そのうめき声を自分のものだと解釈した。眠っている間にトウセキが自分を叩きのめして、銃を奪って立ち去ったのだろう。
 だから、自分は完膚なきまでにやられて、弱々しいうめき声を漏らしているのだと。

 あるいはもう虫の息なのかもしれない。

「ううう……クソッ……こんな体じゃなきゃ……」

 声の主が苦悶の声をあげながら、そうぼやいたとき、ユーゴははじめてそれが自分の物ではないと悟った。
 ヤバい、起きなきゃ。
 ユーゴは目を覚まして、ホルスターに手をあて、銃を確認した。それから、トウセキの方に視線をやる。
 彼はうめき声にも無頓着な様子で眠っていた。
 続いてユーゴはユズキエルを見た。
 彼女は自分の身体を抱くようにして、縮こまり、ガタガタ震えていた。

「どうしたんだ? ユズキエル」
「すまねえ……起こしちゃったみたいだな」
「ううん、起きてなきゃいけなかったんだ。君は?」
 ユーゴはユズキエルの腕に触れた。

「冷たっ」

 思わず手を離すほど彼女の身体は冷え切っていた。
 無理もなかった。
 夜も更けて荒野はすっかり冷えこみ、洞窟の入り口からは身のすくむような外気が入り込んでくる。
 そのうえ、ユズキエルはほとんど裸の状態で、薄い鱗が大事なところを隠しているに過ぎない。

「寒いんだろう?」
「少しな……」
「ちょっと待ってて」

 ユーゴはユズキエルに自分のベストを着せてやると、洞窟を出て周囲を見渡した。
 月の光で外は明るかった。

 ユーゴは周辺に生えていた針葉樹林の枝をナイフで切り落とすと、それを使って簡易のすだれを作り、それで洞窟の入り口を覆った。それをするだけで冷たい風が入り込んでくるのをいくらか防ぐことができた。

 ユーゴはそれをすると枕にしていた背嚢の中を覗いてみた。暖を取れそうなものは一つもなかった。

 火を起こすのはやめておこうと思った。
 火を起こせば、煙の臭いや火の光から自分の居場所を悟られてしまう恐れがあった。

「ユズ、これを下に敷くといい」
 ユーゴは背嚢の中身をとりだして、地面に敷いてやると、ユズキエルをその上に寝かせた。

 それからユーゴは、洞窟の床をナイフで掘り始めた。
 地面は砂利の層になっていて、ナイフを使えばなんとか掘り進めることができた。固い岩石の層でなかったのは幸いだったが、それでも必死で掘り進めていくうちに、爪に石が食い込み、手のあちこちに擦り傷ができた。

 ユーゴは痛みに歯を食いしばりながら穴を掘り続けた。

 ユズキエルが奇妙な眼差しを背中にあびながら、ユーゴは深さ五センチ、直径一メートルほど地面を掘り下げた。
 それを終えると、息を切らしながらユズキエルの隣に座った。彼女を温めるように体を寄せる。

「ユーゴ、あんた何をしたんだ?」

「ん?」

 ユーゴは激しい疲労感に苛まれていたが、満足そうな表情をしていた。

「そこに穴を掘ってさ、掘ったからには何かするんだろうと思って見てたら、そのままじゃないか。なんであんなことをしたんだよ」

「ああ……」
 ユーゴは照れくさそうに笑った。

「どれくらい効果があるかは分からないんだけど、寒いときは地面を少し掘り下げておくだけで、冷たい空気をそこにためておくことができるんだ」
「冷たい空気を貯める?」
 ユズキエルは顔をしかめて繰り返した。

「うん、空気は下にいくほど冷たくなるから。地面に座ると一番冷たい空気に触れていることになる。だから、冷たい空気を貯めるように、ちょっとだけ地面を掘り下げたんだよ」

「人間はみんなそうするものなのか?」
 ユーゴは思わず噴き出した。

「まさか。普通は温かい家に住むんだよ。風の吹きこまない、暖炉で温められた家にね。これは生き残るための知恵だ。知っている人は少なくないかもしれないけど、実際にやる人はそう多くないだろうね」
 ユーゴは懐かしそうに目を細め、自分がこの知識を得たときのことについて話し始めた。

「俺の住んでた集落は、山の上にあって冬は結構冷えるんだ。村の年寄りがよく、雪山での寒さの凌ぎ方を教えてくれたんだ。まず、雪や風を防げるような洞窟を探し、入り口を何かで塞ぐ。それから、洞窟の地面を少し掘り、一番冷たい空気を貯めて置く。それをするだけで生き延びられる可能性がずっとあがるそうなんだ」

「人間ってのは本当におかしなことを考えつくんだな」

 ユーゴは燻製肉を食べたときも同じような台詞を口にしたが、今は皮肉っぽいニュアンスは含まれていなかった。

「寒いだろう。もっとそばによるといいよ」
 ユーゴはユズキエルを抱き寄せ、自分にもたれかかるようにしてやった。

「君も大変だな。ドラゴンの姿なら、こんなことにはならなかっただろうに」

「まったくだよ、畜生、この傷、早くなんとかしちまわないとな……」
 ユーゴは忌々しそうに悪態をつくユズキエルを見た。

「本当は今すぐ君を解放してあげたいんだけど、君もこんな荒野に放り出されても困るだろうし、悪いけど今はトウセキの枷の意味合いもあるから、不便だろうけど我慢してくれよ。ベルナードに着いたら、きっと逃がしてあげるから」

「分かってるぜ、ユーゴ。あたしもあんたがいてくれなきゃ凍え死んじまうところだからな」

「体力を消耗しないうちにもうおやすみ。明日また歩いてもらうよ」

「おう」

 ユーゴはユズキエルの肩を寄せて、彼女が温かく眠れるようにしてやった。

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