異世界列車囚人輸送

先川(あくと)

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最終章 やめられない旅人

1、洞窟での晩餐

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   ◇

 ユーゴは自分が身に余る使命を託されたことを理解していた。

 手錠からは解放されたものの、トウセキを一人で護送するのはユーゴにとっては荷が重すぎた。

 トウセキは手足に鎖をして自由を奪われていたが、ユーゴには自分が優位な立場にあるとは到底思えなかった。
 レナから借り受けた輪胴式魔銃一つで、この獣の言うことを聞かせなければいけなかった。
 トウセキは当分の間は大人しく歩いた。

 日が暮れてきたところで、ユーゴはちょうどいい洞窟を見つけた。

 それは死の渓谷のちょうど出口にあって、かつては大勢の旅人がそこで夜明かしをしたのだろう。洞窟の中には古い灰の塊が散乱していた。

「ここで夜を明かそう」
 ユーゴは背嚢を下ろすと、中から干し肉を取り出した。それを三等分にちぎって、トウセキとユズキエルに渡した。
 ユズキエルは干し肉を受け取ると、サンドイッチを買ってもらった子どものようにそれを受けとった。
 竜人族らしく豪快にそれを噛みちぎった。

「ん……中々悪くないな。珍しい香りがする」
 豪快な食べっぷりに反して、ユズキエルは興味深そうな顔で、干し肉を慎重に咀嚼した。
「食べたことないのかい? それはたぶん、一度燻製してるんだと思うけど……」

「燻製? なんだそれ」
「食材をしばらく煙に晒しておくんだ。それで独特の香りが付く」

「何のためにそんなことをするんだ?」
 ユズキエルが顔をしかめた。

「食材を腐らせないようにするためだよ。保存して、長期間、食べられるように」
「ふーん、人間ってのは不便な生き物なんだな。そうでもしないと腹をこわすのか……」
 人間の叡智もこの竜人族にとっては、ひ弱さの証明にしかならないようだ。
 ユズキエルは哀れむようにユーゴを見た。

「ほかにはなんかないのかよ。晩飯はそれだけってわけじゃないだろうな?」
 トウセキが急き立てるように鎖を鳴らした。
「急いでたから」
 ユーゴは淡々と言った。

 高圧的に出たところで、怯えを見透かされるだけだろう。
 それなら無表情を装うほうがいい。
 トウセキに弱気なところをみせまいという思いはあったが、そんな些細な立ち振る舞いでトウセキが態度を変えるとは思えなかった。

 彼は討伐隊に囲まれて、銃床で殴られたときでさえ、大人しく従うようなことはなかった。
 彼が現状大人しくしているのも、一時の気まぐれにすぎないのかもしれない。
 もっとも手足を拘束された状態で、銃を持つ相手に立ち向かうのはトウセキといえど気が進まないのは確かだろう。

「獣人、これだけで十分じゃないか。あたしは食事にありつけただけで満足だね」

「はっ! 臭い爬虫類女は納得してるのか。このガキ一人が手錠を外してもらって、今度は俺たちを従わせようっていうのを!」

「この体じゃ、そこの坊主に守ってもらうしかないんでね」

「俺が守ってやるよ。この鎖さえ外してもらえたらな。竜の女、いっちょ協力しないかよ。俺と一緒にこいつから武器を奪って、どこへでも好きなところに行こうじゃねえか」

 トウセキがユズキエルに近づいた。

「お前は嫌いだ。それ以上、近づくなよ」

 ユズキエルが鋭い声で言った。

 夜が更けてくると、ユーゴは一人寝ずの番をすることになった。

 正直、かなり疲れていたし、何もせず夜を明かすのは辛い時間だった。

 ユーゴは意識がどんよりとしてきて、船を漕ぎだすたびに頭を振って、眠気を追い払おうとした。寝たら殺されるぞ、と何度も自分に言い聞かせた。

 それに対して、トウセキとユズキエルは気持ちよさそうに寝息を立てている。

 ユーゴは寝るまいと努力したが、夜が更けるころには意識を失っていた。

 どれくらい経っただろうか。ユーゴは自分が眠ってしまったことに気づかずにいた。むしろ夢見心地の中、必死に

 トウセキらを監視しており、自分の仕事によく取り組んでいるとさえ思っていた。

 最初に気が付いたのは、低いうめき声だった。

「ううう……う、ふううう……」
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