60 / 71
6章 湧き出る盗人
12、次の駅へ
しおりを挟む◇
「俺は……五回とも討伐隊に加わった。暗殺なんかじゃなく、公然と彼を逮捕できるようになるためだ……」
シノは単に法的な手続きを重視するために、トウセキに裁判を受けさせようとしているわけではなかった。法で裁くことこそが正義だと考えているわけでもなかった。
アンナが納得して故郷に帰れるよう、何の心配もなく幸せに暮らしていけるように、生きたまま護送することを望んだ。
そんな、個人的な思惑を部下たちに納得させるために、規律にうるさい指揮官を演じていた。ユーゴを一貫して囚人として扱ったのも、この国の不文律ともいうべきことわざに従って、冒険者を助けたのも、「生きたままトウセキを護送する」という至上命題を部下に納得させるためだった。
シノはかすれ声で話し続けた。
彼は何度もつまり、咳き込み、血を吐きながらも、決して話すのをやめようとしなかった。
「五回だ!! アンナは討伐隊が派遣されたと聞くたびに期待しただろう。……今度こそ……俺がトウセキを捕まえて……裁判のもとに彼を裁き、自分は自由になれると。盗賊の女という卑しい身分から解放されると……」
「だけど、俺は五回とも失敗した……もし、アンナが我慢しきれなくなって、期待しては、裏切られることに耐えかねて、自殺したのだとすれば……それは俺のせいなんだ」
シノの目から、涙が零れ落ちた。
妹と同じ、緑色をした瞳が涙で歪んでいた。
「だから、頼む!! ユーゴ! 任務は失敗だ。あとはもう命からがらに撤退するしかないんだ。だけど、俺とお前は途中でやめられないんだ。そうだろ? ユーゴ」
「分かった」
ユーゴは無意識にシノの手を掴んでいた。
そうだ。途中でやめられないんだ。
ユーゴは自分に言い聞かせた。そもそも、最初から選択肢そのものがなかった。自分に残されていたのは、死に物狂いでもがき、あがき、地べたを這ってでも進んでいくことだけだ。
次の駅へ。
トウセキをベルナード行きの列車に乗せるために
ユーゴの目つきが変わったのを見て、シノは安心したように表情を緩ませた。
「ありがとう、ユーゴ。ジョー、出発の準備を手伝ってやってあげてください。俺の背嚢を使わせて、欲しがるものはなんでも持たせてあげてください」
ジョーはシノの背嚢に、食料、水、わずかばかりの銃弾を入れて、ユーゴにもたせてやった。ユーゴはそれを背負うと、シノに急かされるようにして出発した。
ユズキエルとトウセキは、細引きヒモで繋がれ座らされていた。彼らの前には足から血を流したレナがいて、力ない目で監視を続けていた。
「出発しよう。ここからは歩いて、次の駅へ向かう」
「おい、お前は俺たちと同じ囚人じゃなかったのかよ」
「状況が変わったんだ。逆らうなら、君を撃ってもいいと言われている」
ユーゴは静かに言い返した。
「ふん、そうかい。まあいいさ。ちょうどじっと座ってるのも疲れたところなんでな。ここらでハイキングと行きましょうか」
ユーゴはトウセキの減らず口を無視して、彼の縄をぐいっと引っ張った。
ユズキエルはどうしようかと思ったが、一緒に連れて行くことにした。
トウセキ一人よりも、彼女と繋がれていた方が逃亡しにくいだろうと思ったし、ユズキエルはトウセキをひどく嫌っていて、二人で協力してユーゴに抵抗するとも思えなかった。
「悪いけど、俺に従ってくれ。ベルナードについたら君は解放してあげるから」
ユーゴはユズキエルにそう耳打ちした。
「あいよ。どっちにしろ私は、今は無力な身の上なんでね。守ってくれよ、騎士さん」
ユズキエルが冗談めかして言って、ユーゴの肩をぽんと叩いた。
寝台車の扉をくぐり、ステップを踏んで、地面に着地した。それから銃で二人にも下りてくるように合図を送った。
「気を付けるのよ、少年」
ジョーが見送りに立っていた。
「ジョーさんは大丈夫ですか?」
「ええ、直に夜も暮れるでしょうから、それまでに応急処置を済ませて、闇夜に紛れるとするわ。この隊はしぶといから、生き延びるだけなら何とかなるでしょ。それよりも問題は君よ」
「俺?」
「ええ、群盗は駅を目指して追跡を続けるはずだから、まっすぐ行くのが得策かどうか。といっても、下手に遠回りなんかすれば追いつかれるだけ。トウセキの行動には注意しておきなさい」
「分かりました。ありがとうございます」
「じゃあね、無事で」
ユーゴは列車に背を向けて、険しい山間の道を歩き出した。
0
あなたにおすすめの小説
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!
椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。
しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。
身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。
そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
竜皇女と呼ばれた娘
Aoi
ファンタジー
この世に生を授かり間もなくして捨てられしまった赤子は洞窟を棲み処にしていた竜イグニスに拾われヴァイオレットと名づけられ育てられた
ヴァイオレットはイグニスともう一頭の竜バシリッサの元でスクスクと育ち十六の歳になる
その歳まで人間と交流する機会がなかったヴァイオレットは友達を作る為に学校に通うことを望んだ
国で一番のグレディス魔法学校の入学試験を受け無事入学を果たし念願の友達も作れて順風満帆な生活を送っていたが、ある日衝撃の事実を告げられ……
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣
織部
ファンタジー
ノルドは、古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。母セラと二人きりで暮らし。
背は低く猫背で、隻眼で、両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。
母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痣がある。彼女はスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。
セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。
彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。
セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。
「セラ、ウミ」
「ええ、そうよ。海」
ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します!
カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる