71 / 71
最終章 やめられない旅人
11、異世界列車囚人輸送
しおりを挟む
パンッ――
オモチャみたいな安っぽい音がして、トウセキの眉間にはほら穴のような穴が空いた。
そこから血がちょろちょろとこぼれ落ち、トウセキはどこか人懐っこい笑みを張り付けたまま動かなくなった。
パンッ、パンッ、パンッ、パンッ――。
ユーゴは弾切れを起こすまで、トウセキの身体に銃弾を撃ち続けた。
鼻、首、胸、腹と。急所とされるところをすべて撃ち抜いた。
トウセキの顔から次第に表情が抜け落ち、やがて彼は丸太を転がしたように、ごろりと横たわった。
(おいおい、結局殺しちゃうんじゃねえか。それならあたしにもやらせてくれよ)
ユズキエルが名残惜しそうな顔を覗かせた。
心身の浸食に応じて、ユーゴの身体を鱗が覆い始める。
「だから、君には出て行ってほしかったんだ」
(なんだよ、あたしに殺されるくらいなら自分で殺してやるってことだろう? 底意地の悪い痛み分けだ)
「そうじゃない。人を殺すなんて最悪だ。楽しくともなんともなかったよ」
ユーゴは自分の手のひらを見つめた。
実際、人を殺すのは、野犬を殺したり、野鳥狩りに出かけるのと変わらなかった。どんな理由があれ、命を奪ったことに変わりはない。
ただ、死者の魂が静かに鎮まってくれることを願った。
人間だから、というのはつまらない感傷だ。
それだけに自分がこれまで殺してきた大勢の生き物が背後にずらりと顔をならばせ、また一つ、その中に死者が加わったという実感があった。
(暗いねえ……。じゃあ、なんであたしにやらせてくれなかったんだよ)
「決断をしなくちゃいけなかったんだ。俺が、この世界で生きていくという決断だ」
(ろくでもない世界で?)
「誰か一人の我慢で平和が担保されるなんてことは本来あり得なかったんだ」
ユーゴは言った。
ずっと考えていたことだった。
アンナがトウセキの女になれば、村は襲われずに済む。これは一件、筋が通っているように見えるが、とんでもない間違いだ。
アンナがどこに居ようとも、群盗は気まぐれ一つで村を襲うことができる。相手が意思を持った人間である以上、そんなことで平和が訪れるのはあり得ない。
公正で平等な手続きを取れば、略奪者は納得する?
そんなのは群盗の気まぐれ一つで、踏みにじられる納得だ。
なぜ、略奪者を納得させる必要がある?
略奪者は納得一つで村を襲わなくなると本当に思ってるのか?
アンナは自分の犠牲を台無しにはしたくなかったし、現状の平和を壊したくはなかった。
「だが、違ったんだ。ユズキエルが俺の中に入ってきたことによって、それがうっすらと分かったんだ」
(あたしが? あたしはそんなふうに理屈づくでは考えないけど)
「ううん、僕はこの国の正義を過大評価していたんだ。罪を犯せば、騎士団に捕まえられて、裁判を受けて裁かれる。でも、その正義はこんな辺境な場所までは届かないし、仮にここまで来たとしても、国境を越えてしまえば、それ以上は手出しができない。そんな正義が正しいと思ってたんだ」
(ま、確かにドラゴンはそんなふうには考えねえな。殺るか、殺られるか。自分が襲われてるときに、正当な手続きなんて知ったこっちゃねえ)
「君の考えが、ちょっとだけ俺の心に入り込んできたんだ。俺たちがするべきだったことは、トウセキを殺し、ダンを殺し、オウカンを殺し、俺たちの集落を襲う人間がいれば、徹底的に戦うことだったんだ。村を襲うやつらがいなくなるまで、村を襲うことがとんでもない代償を払うことになると、奴らに骨の髄まで分からせるべきだったんだ」
「それができない人間は滅んでいくだけだ」
アンナを救いたい。
アンナを守りたい。
ユーゴは心の底から思った。
彼女は頼りない、見せかけの平和のために、二年も苦悩を強いられたんだ。
自ら死を選ぶほどの屈辱に。
だが、彼女がそこまでして守ろうとした平和も実際のところは、いつ崩壊してもおかしくなかった。
「頼む、ユズキエル!! 俺と戦ってくれないか? 俺に力を貸してくれ」
ユーゴはユズキエルに語り掛けた。
(ん? あたしも一緒にやるのかい?)
ユズキエルが意外そうな表情をする。
「そのために俺の身体を半分、君にやる」
(ほう、言ったな?)
「君は力を養い、再び、自分の身体を取り戻せるまでそこにいて良い。その間、俺の身体を楽しめばいい。美味いものを好きなだけ食って、眠たいときには好きなだけ寝て、惰眠の快楽にふければいい。だから、俺に力を貸してく」
(じゃあ、ユーゴの性欲もすっかり堪能させてもらうぜ。この体はどんなふうに反応して、どんなふうに蕩けるのか)
「好きにすればいいよ」
(それなら決まりだ。じゃあ、それでまずは何をするんだ?)
ユズキエルが急にやる気になり、それに伴って力が湧いてくる。
「アンナを助けに行く。アヴィリオンから救い出して、故郷に連れ帰る。それに逆らうやつは一人残らず殺してやる。オウカンだろうが、他の群盗だろうが」
(よっしゃ、それなら飛ばすぜ!! この体がアンナを求めて、苦しいほど疼いてるんでね)
胸のメノウが熱くなり、ユズキエルが身心を侵食していく。
鱗が全身を覆い、犬歯が鋭くなり、ユーゴは激しい暴力の衝動に再び身を焼かれる。
それでも身体の半分明け渡すと決めてからは、ユーゴの理性は浸食を免れ、頭の片隅に小さく居座ることができた。
背中から翼が生えると、ユーゴは意のままにそれをはためかせた。
身体が揚力を得て、浮かび上がる。
次第に、地面が遠く、地平線の先に隠れた山々がその姿を現し始める。眼下の荒野は遠く、トウセキの死体が豆粒大の大きさになる。
ユーゴは一層表情を引き締め、自分の選択には強い覚悟が必要になることを悟った。
それでも、ここがユーゴの生きる場所だった。
法律は形骸化し、騎士団の庇護もない過酷な大地だ。
「行くよ、ユズキエル」
(おうよ、相棒)
ユーゴは翼をひと振りはためかせ、豊饒な土地の自然豊かな草原から飛び去った。
『異世界列車囚人輸送』〈了〉
オモチャみたいな安っぽい音がして、トウセキの眉間にはほら穴のような穴が空いた。
そこから血がちょろちょろとこぼれ落ち、トウセキはどこか人懐っこい笑みを張り付けたまま動かなくなった。
パンッ、パンッ、パンッ、パンッ――。
ユーゴは弾切れを起こすまで、トウセキの身体に銃弾を撃ち続けた。
鼻、首、胸、腹と。急所とされるところをすべて撃ち抜いた。
トウセキの顔から次第に表情が抜け落ち、やがて彼は丸太を転がしたように、ごろりと横たわった。
(おいおい、結局殺しちゃうんじゃねえか。それならあたしにもやらせてくれよ)
ユズキエルが名残惜しそうな顔を覗かせた。
心身の浸食に応じて、ユーゴの身体を鱗が覆い始める。
「だから、君には出て行ってほしかったんだ」
(なんだよ、あたしに殺されるくらいなら自分で殺してやるってことだろう? 底意地の悪い痛み分けだ)
「そうじゃない。人を殺すなんて最悪だ。楽しくともなんともなかったよ」
ユーゴは自分の手のひらを見つめた。
実際、人を殺すのは、野犬を殺したり、野鳥狩りに出かけるのと変わらなかった。どんな理由があれ、命を奪ったことに変わりはない。
ただ、死者の魂が静かに鎮まってくれることを願った。
人間だから、というのはつまらない感傷だ。
それだけに自分がこれまで殺してきた大勢の生き物が背後にずらりと顔をならばせ、また一つ、その中に死者が加わったという実感があった。
(暗いねえ……。じゃあ、なんであたしにやらせてくれなかったんだよ)
「決断をしなくちゃいけなかったんだ。俺が、この世界で生きていくという決断だ」
(ろくでもない世界で?)
「誰か一人の我慢で平和が担保されるなんてことは本来あり得なかったんだ」
ユーゴは言った。
ずっと考えていたことだった。
アンナがトウセキの女になれば、村は襲われずに済む。これは一件、筋が通っているように見えるが、とんでもない間違いだ。
アンナがどこに居ようとも、群盗は気まぐれ一つで村を襲うことができる。相手が意思を持った人間である以上、そんなことで平和が訪れるのはあり得ない。
公正で平等な手続きを取れば、略奪者は納得する?
そんなのは群盗の気まぐれ一つで、踏みにじられる納得だ。
なぜ、略奪者を納得させる必要がある?
略奪者は納得一つで村を襲わなくなると本当に思ってるのか?
アンナは自分の犠牲を台無しにはしたくなかったし、現状の平和を壊したくはなかった。
「だが、違ったんだ。ユズキエルが俺の中に入ってきたことによって、それがうっすらと分かったんだ」
(あたしが? あたしはそんなふうに理屈づくでは考えないけど)
「ううん、僕はこの国の正義を過大評価していたんだ。罪を犯せば、騎士団に捕まえられて、裁判を受けて裁かれる。でも、その正義はこんな辺境な場所までは届かないし、仮にここまで来たとしても、国境を越えてしまえば、それ以上は手出しができない。そんな正義が正しいと思ってたんだ」
(ま、確かにドラゴンはそんなふうには考えねえな。殺るか、殺られるか。自分が襲われてるときに、正当な手続きなんて知ったこっちゃねえ)
「君の考えが、ちょっとだけ俺の心に入り込んできたんだ。俺たちがするべきだったことは、トウセキを殺し、ダンを殺し、オウカンを殺し、俺たちの集落を襲う人間がいれば、徹底的に戦うことだったんだ。村を襲うやつらがいなくなるまで、村を襲うことがとんでもない代償を払うことになると、奴らに骨の髄まで分からせるべきだったんだ」
「それができない人間は滅んでいくだけだ」
アンナを救いたい。
アンナを守りたい。
ユーゴは心の底から思った。
彼女は頼りない、見せかけの平和のために、二年も苦悩を強いられたんだ。
自ら死を選ぶほどの屈辱に。
だが、彼女がそこまでして守ろうとした平和も実際のところは、いつ崩壊してもおかしくなかった。
「頼む、ユズキエル!! 俺と戦ってくれないか? 俺に力を貸してくれ」
ユーゴはユズキエルに語り掛けた。
(ん? あたしも一緒にやるのかい?)
ユズキエルが意外そうな表情をする。
「そのために俺の身体を半分、君にやる」
(ほう、言ったな?)
「君は力を養い、再び、自分の身体を取り戻せるまでそこにいて良い。その間、俺の身体を楽しめばいい。美味いものを好きなだけ食って、眠たいときには好きなだけ寝て、惰眠の快楽にふければいい。だから、俺に力を貸してく」
(じゃあ、ユーゴの性欲もすっかり堪能させてもらうぜ。この体はどんなふうに反応して、どんなふうに蕩けるのか)
「好きにすればいいよ」
(それなら決まりだ。じゃあ、それでまずは何をするんだ?)
ユズキエルが急にやる気になり、それに伴って力が湧いてくる。
「アンナを助けに行く。アヴィリオンから救い出して、故郷に連れ帰る。それに逆らうやつは一人残らず殺してやる。オウカンだろうが、他の群盗だろうが」
(よっしゃ、それなら飛ばすぜ!! この体がアンナを求めて、苦しいほど疼いてるんでね)
胸のメノウが熱くなり、ユズキエルが身心を侵食していく。
鱗が全身を覆い、犬歯が鋭くなり、ユーゴは激しい暴力の衝動に再び身を焼かれる。
それでも身体の半分明け渡すと決めてからは、ユーゴの理性は浸食を免れ、頭の片隅に小さく居座ることができた。
背中から翼が生えると、ユーゴは意のままにそれをはためかせた。
身体が揚力を得て、浮かび上がる。
次第に、地面が遠く、地平線の先に隠れた山々がその姿を現し始める。眼下の荒野は遠く、トウセキの死体が豆粒大の大きさになる。
ユーゴは一層表情を引き締め、自分の選択には強い覚悟が必要になることを悟った。
それでも、ここがユーゴの生きる場所だった。
法律は形骸化し、騎士団の庇護もない過酷な大地だ。
「行くよ、ユズキエル」
(おうよ、相棒)
ユーゴは翼をひと振りはためかせ、豊饒な土地の自然豊かな草原から飛び去った。
『異世界列車囚人輸送』〈了〉
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
異世界転生したおっさんが普通に生きる
カジキカジキ
ファンタジー
第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
応援頂きありがとうございました!
異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界
主人公のゴウは異世界転生した元冒険者
引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。
知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?
転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする
初
ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。
リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。
これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
魔道具は歌う~パーティ追放後に最高ランクになった俺を幼馴染は信じない。後で気づいてももう遅い、今まで支えてくれた人達がいるから~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界転生者シナグルのスキルは傾聴。
音が良く聞こえるだけの取り柄のないものだった、
幼馴染と加入したパーティを追放され、魔道具に出会うまでは。
魔道具の秘密を解き明かしたシナグルは、魔道具職人と冒険者でSSSランクに登り詰めるのだった。
そして再び出会う幼馴染。
彼女は俺がSSSランクだとは信じなかった。
もういい。
密かにやってた支援も打ち切る。
俺以外にも魔道具職人はいるさ。
落ちぶれて行く追放したパーティ。
俺は客とほのぼのとした良い関係を築きながら、成長していくのだった。
少し冷めた村人少年の冒険記 2
mizuno sei
ファンタジー
地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。
不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。
旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる