異世界列車囚人輸送

先川(あくと)

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最終章 やめられない旅人

11、異世界列車囚人輸送

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 パンッ――

 オモチャみたいな安っぽい音がして、トウセキの眉間にはほら穴のような穴が空いた。

 そこから血がちょろちょろとこぼれ落ち、トウセキはどこか人懐っこい笑みを張り付けたまま動かなくなった。

 パンッ、パンッ、パンッ、パンッ――。

 ユーゴは弾切れを起こすまで、トウセキの身体に銃弾を撃ち続けた。

 鼻、首、胸、腹と。急所とされるところをすべて撃ち抜いた。

 トウセキの顔から次第に表情が抜け落ち、やがて彼は丸太を転がしたように、ごろりと横たわった。

(おいおい、結局殺しちゃうんじゃねえか。それならあたしにもやらせてくれよ)
 ユズキエルが名残惜しそうな顔を覗かせた。
 心身の浸食に応じて、ユーゴの身体を鱗が覆い始める。

「だから、君には出て行ってほしかったんだ」

(なんだよ、あたしに殺されるくらいなら自分で殺してやるってことだろう? 底意地の悪い痛み分けだ)

「そうじゃない。人を殺すなんて最悪だ。楽しくともなんともなかったよ」

 ユーゴは自分の手のひらを見つめた。
 実際、人を殺すのは、野犬を殺したり、野鳥狩りに出かけるのと変わらなかった。どんな理由があれ、命を奪ったことに変わりはない。

 ただ、死者の魂が静かに鎮まってくれることを願った。
 人間だから、というのはつまらない感傷だ。
 それだけに自分がこれまで殺してきた大勢の生き物が背後にずらりと顔をならばせ、また一つ、その中に死者が加わったという実感があった。

(暗いねえ……。じゃあ、なんであたしにやらせてくれなかったんだよ)

「決断をしなくちゃいけなかったんだ。俺が、この世界で生きていくという決断だ」

(ろくでもない世界で?)

「誰か一人の我慢で平和が担保されるなんてことは本来あり得なかったんだ」

 ユーゴは言った。

 ずっと考えていたことだった。

 アンナがトウセキの女になれば、村は襲われずに済む。これは一件、筋が通っているように見えるが、とんでもない間違いだ。
 アンナがどこに居ようとも、群盗は気まぐれ一つで村を襲うことができる。相手が意思を持った人間である以上、そんなことで平和が訪れるのはあり得ない。
 公正で平等な手続きを取れば、略奪者は納得する?
 そんなのは群盗の気まぐれ一つで、踏みにじられる納得だ。

 なぜ、略奪者を納得させる必要がある? 

 略奪者は納得一つで村を襲わなくなると本当に思ってるのか?

 アンナは自分の犠牲を台無しにはしたくなかったし、現状の平和を壊したくはなかった。

「だが、違ったんだ。ユズキエルが俺の中に入ってきたことによって、それがうっすらと分かったんだ」

(あたしが? あたしはそんなふうに理屈づくでは考えないけど)

「ううん、僕はこの国の正義を過大評価していたんだ。罪を犯せば、騎士団に捕まえられて、裁判を受けて裁かれる。でも、その正義はこんな辺境な場所までは届かないし、仮にここまで来たとしても、国境を越えてしまえば、それ以上は手出しができない。そんな正義が正しいと思ってたんだ」

(ま、確かにドラゴンはそんなふうには考えねえな。殺るか、殺られるか。自分が襲われてるときに、正当な手続きなんて知ったこっちゃねえ)

「君の考えが、ちょっとだけ俺の心に入り込んできたんだ。俺たちがするべきだったことは、トウセキを殺し、ダンを殺し、オウカンを殺し、俺たちの集落を襲う人間がいれば、徹底的に戦うことだったんだ。村を襲うやつらがいなくなるまで、村を襲うことがとんでもない代償を払うことになると、奴らに骨の髄まで分からせるべきだったんだ」

「それができない人間は滅んでいくだけだ」
 
 アンナを救いたい。

 アンナを守りたい。
 ユーゴは心の底から思った。

 彼女は頼りない、見せかけの平和のために、二年も苦悩を強いられたんだ。

 自ら死を選ぶほどの屈辱に。

 だが、彼女がそこまでして守ろうとした平和も実際のところは、いつ崩壊してもおかしくなかった。

「頼む、ユズキエル!! 俺と戦ってくれないか? 俺に力を貸してくれ」

 ユーゴはユズキエルに語り掛けた。

(ん? あたしも一緒にやるのかい?)

 ユズキエルが意外そうな表情をする。

「そのために俺の身体を半分、君にやる」

(ほう、言ったな?)

「君は力を養い、再び、自分の身体を取り戻せるまでそこにいて良い。その間、俺の身体を楽しめばいい。美味いものを好きなだけ食って、眠たいときには好きなだけ寝て、惰眠の快楽にふければいい。だから、俺に力を貸してく」

(じゃあ、ユーゴの性欲もすっかり堪能させてもらうぜ。この体はどんなふうに反応して、どんなふうに蕩けるのか)

「好きにすればいいよ」

(それなら決まりだ。じゃあ、それでまずは何をするんだ?)

 ユズキエルが急にやる気になり、それに伴って力が湧いてくる。

「アンナを助けに行く。アヴィリオンから救い出して、故郷に連れ帰る。それに逆らうやつは一人残らず殺してやる。オウカンだろうが、他の群盗だろうが」

(よっしゃ、それなら飛ばすぜ!! この体がアンナを求めて、苦しいほど疼いてるんでね)

 胸のメノウが熱くなり、ユズキエルが身心を侵食していく。

 鱗が全身を覆い、犬歯が鋭くなり、ユーゴは激しい暴力の衝動に再び身を焼かれる。

 それでも身体の半分明け渡すと決めてからは、ユーゴの理性は浸食を免れ、頭の片隅に小さく居座ることができた。

 背中から翼が生えると、ユーゴは意のままにそれをはためかせた。

 身体が揚力を得て、浮かび上がる。

 次第に、地面が遠く、地平線の先に隠れた山々がその姿を現し始める。眼下の荒野は遠く、トウセキの死体が豆粒大の大きさになる。

 ユーゴは一層表情を引き締め、自分の選択には強い覚悟が必要になることを悟った。

 それでも、ここがユーゴの生きる場所だった。

 法律は形骸化し、騎士団の庇護もない過酷な大地だ。

「行くよ、ユズキエル」

(おうよ、相棒)

 ユーゴは翼をひと振りはためかせ、豊饒な土地の自然豊かな草原から飛び去った。



                                
                                  『異世界列車囚人輸送』〈了〉
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