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最終章 最高の逆転劇
88話 泥棒、再び
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その日、俺たちはスライムの討伐を終え、温泉に来ていた。普段なら荷物を置いて、家で休憩してから、温泉に来るのだが、その日は頭からスライムの体液を被ってしまい、ダンジョンを出たところで、すぐに温泉に向かった。
例の大蛇の巣があるという温泉で、その日も入浴していたのは俺たち二人だけだった。
ミーノは相変わらず長風呂で、ゆっくりと温泉を堪能していたが、俺は汗をかくのが嫌で、体を洗うとすぐに温泉を出る。小屋で服を着ると、前の切り株に腰を下ろし、夕日に染まった集落を見ていた。
集落の奥には街道があり、王都に行く人はまばらになりはじめ、反対に王都から帰ってくる人の数が多くなる。
民家からは飯を炊く煙が立ち上って、あたり一面に霞が立ち上るようだ。俺がそんな景色をのんびり眺めていたころだった。
集落の中を一人の男が、歩いてくる。俺はぼんやりしていたため、その人影に焦点が合うのが一瞬遅れた。
遅れて、その人影に目を向ける。
それはすでに集落の一番端、俺から見て一番手前の民家の前に立ち、中の様子を伺っている。その背格好に俺はハッとした。
「あの男だ――」
思わず立ち上がった。あの男が懲りずに梅干しを盗ろうとしている。
「クソ!! もう仕事はしないんじゃなかったのかよ!!」
俺はそう毒づいて気が付いた。そうか。あいつは俺を出し抜いたのだ。あいつは人を出し抜くのが好きだと言っていた。もう盗みはしないと言って、俺が油断しているところで、俺にさらに罪をかぶせようという腹だろう。俺が後になって、男の言葉をすっかり信じて、バカを見ることを想像してほくそ笑んでいるのだ。
俺は男に向かって手を振った。何も挨拶をしようと思って横に振ったわけじゃない。贔屓の野球チームの四番バッターがツーアウト満塁で三振をしたときのような、乱暴な振り方だった。
「やめろ!! 盗むな!!」
俺はミーノに気づかれないよう、口だけを動かした。
男は俺に気が付くと、にやりと笑みを浮かべて、手をあげた。そして、それを合図にするかのように、さっと民家に侵入した。あそこの家は腰の曲がったおばあさんと、五十になる息子さんの二人暮らしだ。おばあさんは耳が遠いし、息子さんは今頃、村に一軒ある酒屋で酒でも飲んでいる頃だろう。
「ふー、いいお湯でした。今から服を着るので、ちょっと待っててくださいね」
背後でミーノの声がした。ミーノは体にタオルを巻いた状態で、小屋の中に入っていく。
「悪い、ミーノ、ちょっと先に帰ってるわ」
「え、駄目ですよ、ヤグラ君! ミーノが見張ってないと、いつ泥棒の虫が起きだすか分からない。すぐに着替えますので、もう少しだけ待っててください」
「それができないから、言ってるんだよ。ごめん、本当に大丈夫だから」
俺はそう言って、走り出した。
全速力でなだらかな坂道を駆け下りる。背の低い雑草が足に触れガサガサと音がする。風の音が轟き鼓膜が震える。風がいつもより強い。海辺の灯台に立っているみたいだった。
視界の奥では暗くなり始めた川に、ホタルの弱々しい光がふわふわと漂っては闇に溶けていく。いやに不吉な光景だった。俺は全速力で走り、村はずれのおばあさんの家にたどり着いた。俺は裏口から台所に侵入すると、男の肩を掴んだ。
「思ってたよりも早いじゃないか。よほど必死で走ったんだな」
男は驚くでもなくゆっくり振り返った。やはり、王都でひと悶着あったあの男だった。
「大切な人の信頼を失いたくないんだ」
「信頼を失いたくないなら、わざわざ無実の泥棒をかって出ることもなかっただろう」
「こっちにもいろいろ事情があるんだ」
俺が男の手からツボを奪い取ろうとすると、男はひらりとかわして後ろに飛び退いた。
「いっそのこと正直に話したらどうだ? 見栄を張ったのか、悪ぶりたかったのかは知らないが、泥棒をしたというのは嘘でしたって言えばいいじゃないか。そしたら、俺はこの家から梅干しを盗めるし、あんたはしてもいないことで、あれこれ悩まなくて済む。人のやることを邪魔する必要はないんだ」
「それができないから言ってるんだよ」
俺は頭をかきむしった。すぐにミーノのもとに戻らなければ、また泥棒を働いたと思われる。しかし、ここでこの男が梅干しを盗っていくのを見過ごしては、やはり泥棒を働いたと思われる。俺はなんとかしてこの男に泥棒を諦めさせなければならなかった。そして、それを成し遂げるのに、ほとんど時間がないことも分かっていた。
例の大蛇の巣があるという温泉で、その日も入浴していたのは俺たち二人だけだった。
ミーノは相変わらず長風呂で、ゆっくりと温泉を堪能していたが、俺は汗をかくのが嫌で、体を洗うとすぐに温泉を出る。小屋で服を着ると、前の切り株に腰を下ろし、夕日に染まった集落を見ていた。
集落の奥には街道があり、王都に行く人はまばらになりはじめ、反対に王都から帰ってくる人の数が多くなる。
民家からは飯を炊く煙が立ち上って、あたり一面に霞が立ち上るようだ。俺がそんな景色をのんびり眺めていたころだった。
集落の中を一人の男が、歩いてくる。俺はぼんやりしていたため、その人影に焦点が合うのが一瞬遅れた。
遅れて、その人影に目を向ける。
それはすでに集落の一番端、俺から見て一番手前の民家の前に立ち、中の様子を伺っている。その背格好に俺はハッとした。
「あの男だ――」
思わず立ち上がった。あの男が懲りずに梅干しを盗ろうとしている。
「クソ!! もう仕事はしないんじゃなかったのかよ!!」
俺はそう毒づいて気が付いた。そうか。あいつは俺を出し抜いたのだ。あいつは人を出し抜くのが好きだと言っていた。もう盗みはしないと言って、俺が油断しているところで、俺にさらに罪をかぶせようという腹だろう。俺が後になって、男の言葉をすっかり信じて、バカを見ることを想像してほくそ笑んでいるのだ。
俺は男に向かって手を振った。何も挨拶をしようと思って横に振ったわけじゃない。贔屓の野球チームの四番バッターがツーアウト満塁で三振をしたときのような、乱暴な振り方だった。
「やめろ!! 盗むな!!」
俺はミーノに気づかれないよう、口だけを動かした。
男は俺に気が付くと、にやりと笑みを浮かべて、手をあげた。そして、それを合図にするかのように、さっと民家に侵入した。あそこの家は腰の曲がったおばあさんと、五十になる息子さんの二人暮らしだ。おばあさんは耳が遠いし、息子さんは今頃、村に一軒ある酒屋で酒でも飲んでいる頃だろう。
「ふー、いいお湯でした。今から服を着るので、ちょっと待っててくださいね」
背後でミーノの声がした。ミーノは体にタオルを巻いた状態で、小屋の中に入っていく。
「悪い、ミーノ、ちょっと先に帰ってるわ」
「え、駄目ですよ、ヤグラ君! ミーノが見張ってないと、いつ泥棒の虫が起きだすか分からない。すぐに着替えますので、もう少しだけ待っててください」
「それができないから、言ってるんだよ。ごめん、本当に大丈夫だから」
俺はそう言って、走り出した。
全速力でなだらかな坂道を駆け下りる。背の低い雑草が足に触れガサガサと音がする。風の音が轟き鼓膜が震える。風がいつもより強い。海辺の灯台に立っているみたいだった。
視界の奥では暗くなり始めた川に、ホタルの弱々しい光がふわふわと漂っては闇に溶けていく。いやに不吉な光景だった。俺は全速力で走り、村はずれのおばあさんの家にたどり着いた。俺は裏口から台所に侵入すると、男の肩を掴んだ。
「思ってたよりも早いじゃないか。よほど必死で走ったんだな」
男は驚くでもなくゆっくり振り返った。やはり、王都でひと悶着あったあの男だった。
「大切な人の信頼を失いたくないんだ」
「信頼を失いたくないなら、わざわざ無実の泥棒をかって出ることもなかっただろう」
「こっちにもいろいろ事情があるんだ」
俺が男の手からツボを奪い取ろうとすると、男はひらりとかわして後ろに飛び退いた。
「いっそのこと正直に話したらどうだ? 見栄を張ったのか、悪ぶりたかったのかは知らないが、泥棒をしたというのは嘘でしたって言えばいいじゃないか。そしたら、俺はこの家から梅干しを盗めるし、あんたはしてもいないことで、あれこれ悩まなくて済む。人のやることを邪魔する必要はないんだ」
「それができないから言ってるんだよ」
俺は頭をかきむしった。すぐにミーノのもとに戻らなければ、また泥棒を働いたと思われる。しかし、ここでこの男が梅干しを盗っていくのを見過ごしては、やはり泥棒を働いたと思われる。俺はなんとかしてこの男に泥棒を諦めさせなければならなかった。そして、それを成し遂げるのに、ほとんど時間がないことも分かっていた。
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