掌の上の園

すずしろ

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マージナ領の思惑がハッキリしないと対策が講じられないため、暫くは今厄介になっている客室で引き続き滞在することが決まった。

(事案発生)
見晴らしの良い屋外でしゃがみ込み瑠璃は煙草を吸いながら青ざめていた。
(お世話になってる邸宅が幽霊屋敷だった件)

先程すっころんだのは何かに躓いたわけでも、瑠璃が何も無い所で転ぶドジっ子だったわけでもない。

(さっき誰かに足首摑まれた)
鼻血は止まり打ち付けた額の赤みも引いた。しかし足首にくっきりとどす黒く何かに摑まれたような跡が残っていた。痛みは無いが無意識に瑠璃は足首を摩る。

大きく息を吸ってニコチンを摂取する。ニコチン不足と一緒にここ最近の度重なるストレスが解消された気になった。

(幽霊は苦手なんだよな)
頬杖をして咥えた煙草を上下に動かす。
(物理が利かなそうだから)
何とも脳筋的思考だった。
(誰かに相談してみるか?)
瑠璃はカインやカラヤンを思い浮かべたが直ぐさま首を振り却下する。
(手の平を返すように襲ってきたらどうする!)
露見した途端『見~た~な~』とかのっぺらぼうの『こんな顔で?』とかいった風に本性を出すかもしれないと瑠璃はやや古風な想像した。

(いやでも、少なくとも二人に脚はあったな。触れられるし)
都合の良い事実を思い出し冷静に
(いけるか?)
物理的解決の思考に切り替わった。
(そもそも私の足首を摑んだ輩にも条件次第で物理的に接触が可能では?)

(いけるな!!)
極端な結論に達した瑠璃は立ち上がり携帯灰皿に煙草を押し付けて消した。

煙草休憩を終え室内に入ろうとしたが足を止めた。
「猫?」
猫の鳴き声が聞こえたような気がしてキョロキョロと探す。
(犬には会った。あわよくば猫にも)

(触りたい!)
手や指を変態的な動きをさせて周囲を探る。
(犬のがっしりした安定感のある体躯。猫のしなやかな肢体)

(どちらも違ってどちらも良い!!)
球体を摩る動作を繰り返しながらスキップしつつ猫を探した。

「こっちか」
また聞こえた声を的確に拾い、声のする方向へと進んでいった。







「結構歩いたな」
庭園を歩いていた瑠璃は自分の原位置を測るため建物を見て
「おおぅ」
慄いた。お屋敷と呼ぶに相応しい豪邸だったからだ。
(内装から屋敷だとは思ってたけど外から見ると圧巻)
城のような規模では無いが流石国王の住まいといったところだった。

(もう少し態度を改めよう)
国王相手にざっくばらんすぎた。そう瑠璃は反省した。
(まあ、当の本人は嫌がりそうだけど)
その辺のさじ加減が難しい。当人が良しとしたとして周囲までもがそうとは限らないからだ。
(追々変えていこう)
自分一人で納得し猫探しを再開した。

その後すんなり声の主が見つかった。が、
「猫じゃない!!」

見つかったのは猫では無く人の子だった。植木の影で蹲るのは3・4歳と思しき幼子だ。
(猫の鳴き声と赤ん坊の泣き声はよく似てるけど…)

(幼児の声と聞き間違えるとは)

「なんたる不覚!!」
そこはかとない敗北感を滲ませ瑠璃は叫んだ。
「?」
瑠璃の声に反応して幼子は膝に埋めていた顔を上げた。黒い髪の隙間から覗く翠色の目と目が合った。

幼子の顔は真っ赤で涙と鼻水でグチャグチャ。しゃくりを上げ、一寸の刺激で号泣しそうだ。
「ダレだお前」
(至極ご尤も)
幼子の訝しげな問いに瑠璃は頷く。しかし
「“お前”呼びは感心しない」
容赦なく幼子の頬をつねり上げ苦言を呈した。

「止めろ!さわるな!」
幼子は必死に抵抗するが瑠璃は意に介さない。
「あ」
しかし瑠璃は一声発して手を放した。幼子の真っ赤に腫れ上がった脚を見たからだ。

「うわっ。痛そう。これ折れてない?」
「……折れ」
不用意な瑠璃の台詞に幼子は両眼を大きく開けた。絶望を体現したような表情に大慌てで取り繕う。
「いやいやいや。折れてない折れてない。全然折れてない。ヒビぐらいだ。きっと」

「ひっっ」
しゃくりを上げたかと思ったら間髪入れず大泣きを始めた。大号泣である。瑠璃から客観的事実を告げられてしまい何とか我慢しようと押さえ込んでいた感情が爆発したのだ。

痛み。折れたかもしれない恐怖。帰れない絶望。誰にも見つけられず朽ちる未来。色んな感情でグチャグチャになり泣くに振り切った形になった。

「待って待って待って。大丈夫だ。ほぉ~ら。痛いの痛いの遠くのお山へとんでいけ~!!」

直接触らないように気を付けながら撫でさする動作をし最後にボールを放り投げる形をした。
「いたあああぁぁあああいいいい!!!」
「ですよねえええ!!!」

おまじないで何とかなる怪我の程度では無いので当然である。幼子は一層酷く泣き叫び、瑠璃も突っ込み混じりの声を上げた。
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