臭いモノには花

植澄 紗

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第三章【疑念】

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 結局私が料理をすることになった。

 台所で調理を始める私の隣では興味津々にこちらを見つめる彼女が居た。網とスプーンを使い、簡単に味噌を溶かす。それさえも彼女にとっては初めてのようで感嘆の声を漏らす。

「双橋様。これ、なんていうお料理ですか?」

 今まで料理もせず、山から出なかったという少女だ。どんな食事を取ってきたのかも私には考えようが無い。大方鳥の丸焼きでも食していたのだろう。山、という単語から連想される偏見に過ぎないが。それにロシェという名前も西洋の響きだ。西洋の料理を食していた可能性もある。

「味噌汁だよ。その様子じゃ見たことはないようだが、名前も聞いたことは無いかい?」

「ミソシル…?ええ。その土のような塊も、茶色い水もどんな味がするのか見当もつきませんね。スウプとはまた違うものですか?」

「ああ、そうだね。似ているのかもしれない。味噌汁スープと呼ぶ人も居る。」

「成程。ではちゃんとしたお料理なのですね。」

 彼女は味噌汁を知らないようで、覚えようと何度も何度も連呼した。隣からは呪文のように「ミソシル。ミソシル。」という言葉が囁かれている。味噌汁を知らない、増して興味深々に味噌汁という言葉を唱えるものだからおかしくてしょうがない。新鮮な光景だ。

「ふふ。ただの味噌汁さ。現段階ではね。」

「…現段階?これから何か変わるのですか?」 

「ご名答。」

 里芋、ごぼう、にんじん、白菜、大根、しいたけに豚肉。具沢山な野菜と肉をたっぷりとその味噌汁へ投下する。そこにだんごを加えるのだ。だんごと言っても丸い球体のものではない。粉と湯を加えて手捏ね、平べったい棒状の大きさに伸ばすのだ。その間も視線をずっと手元に感じていた。

「…ロシェ、やってみるかい?」 

「はい!」

 漸く料理に参加した彼女は不器用ながらも懸命にだんごを作っていた。なんだが小さな料理教室でも開いているかのような気分だ。そうして、練り終わった幾らかのだんごを注ぎ入れる。火は危ない、そう伝えても身を乗り出して彼女は刮目していた。こんなにも楽しそうにしてくれれば何とも作り甲斐がある。段々と湯気は立ち上り完成が近づく。

「双橋様、なんだか優しそうな顔をされていますね。」

「え?…あぁ、思い出したのかもしれないね。これは私の郷土料理だから。」

「えっと、きょうど…?」

「郷土料理。所謂母の味ってやつだね。昔はよく作ってくれていたんだ。」

「母の味…。」

「嗚呼。故郷を思い出す料理がロシェにもあるだろう。」

 そう言うと彼女は懐かしむように口元が緩んだ。ふるさとをどこか大切に思う感情はどんな人も同じであるようだ。例えそれが山で育った人間であったとしても。自称山羊に育てられた人間であったとしても、だ。



「はい。」



 もう親とも絶縁し、正直地元なんて虐められていた悪い思い出ばかりであるが、少女が懸命に父様母様と慕うものだから。そんなもの当の昔に忘れたはずの感情が思い起こされる。優しかったこの味を私もどこか追い求めている。矢張り私も、確実に変化しているのだ。


「この茹でただんご、一口食べてみるかい?」

「良いのですか?」

 そうして目の前でだんごを熱そうにほうばる彼女は口の中が火傷しそうになりながらも美味しい、美味しいと感想を伝え続けてくれていた。途中途中は飲み込まないまま喋るもので聞き取れない部分もあった。

「料理は逃げないよ。ゆっくりお食べ。」 

 リスのように膨らんだ頬を笑って眺めた。



「あ、双橋様が笑った。」


「そりゃあ私も人間だもの。笑うくらいはするさ。」  

「そうじゃなくて、好きなのです。ヒトの笑った顔が。」

 恍惚とした表情で私の目を見て語る彼女に、どこか愛くるしさを感じ始めていた。まるで家族のようで、温かくて、放したくなくて。もうこんな感情、二度と手には入らないと思っていた。

「そうだ、今の話も手紙に書きましょう。」

「君は本当に手紙を書くことが好きだねぇ。」

「ええ。父様と母様と距離は遠くても繋がっている気がするもの。ずっと傍で見守ってくれている感覚がするでしょう?」

「…そういうものだろうか。」

 私には親に手紙を寄こすなど洒落た風習は生憎持ち合わせて居なかった。そんな感覚はちっとも判らない。

「ええ。さ、今日のミソシルも、ダンゴジルのことも書いてしまいましょう。」

 そう言って見覚えのある一筆箋と鉛筆をジーンズのポケットから取り出す。その道具は見覚えのある物であったがまさか持ち歩いているとは思うまい。自らの部屋に置いてきていると当たり前のように決めつけていたのだから。




「…ロシェ。君の染みついた癖にはいくつか言いたいことはあるが、まずはそのどこでも手紙を書く癖はどうか辞めて頂きたい。」






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