断罪は決定済みのようなので、好きにやろうと思います。

小鷹けい

文字の大きさ
3 / 18

3話

しおりを挟む
第一王子殿下直々にサロンの立ち入りを禁じられてから数日。
想像以上に噂が広まったようで、高等部にいる兄様にもいらぬ心配をかけてしまうことになった。
婚約破棄は近いとか無責任に囁かれるそれら一つ一つを把握してるわけじゃないけど、元々の僕の悪評も相まって学園内で過ごしにくいったらない。
破棄される確率が高いとはいえ、一応はまだ王太子殿下の婚約者だ。
表立って嫌がらせしてくるほど神経が図太いバカがいないのはなにより……と思ってたのに。
「おい、お前」
耳馴染みのある低い声に呼び止められてため息を吐く。
お前って……。仮にも僕の方が身分は高いのに。名乗りもせず、第一声がそれとかどうなってんだ。
「……なんでしょうか」
絡まれたからには面倒くさくても対応しないと、またいつかもっと酷く付き纏われるってわかるだけに嫌々振り向いた。
「パージュに嫌がらせをしているって言うじゃないか」
僕の悪評、すなわちコレ。
『あの可愛らしいパージュを虐めている』『レオンハルト第一王子殿下の寵愛を失って、嫉妬に狂った愚か者』
半年ほど前から、まことしやかに囁かれて今じゃ学園内で知らない者はいないってくらいに広がっている。事実無根でしかない。
据わった目で相手を見上げ、一旦目を瞑って細く息を吐き出す。
「……しておりません。一体誰がそんな無責任な噂を?」
「言い逃れとは見苦しいな。みんな言っている。知らないのか?」
緩く首を振って否定した僕のセリフに被せるようにして言葉を返す相手の顔をもう一度見上げた。
レオンハルト様の……というよりもパージュの取り巻きその1。
ケルネールス・ベラスコ伯爵令息。
他者を圧倒するような鍛え上げられた体格だけでなく、闇夜の如き漆黒の髪と同色の眼に見下ろされると身が竦むまでの威圧感を覚える。
陽に灼けて浅黒い頬には子供時代に負ったらしい傷痕があり、なんとなくそこを見つめているとあからさまに嫌な顔をされた。
不躾な視線を送っていたことに気づいて小さく謝意を表し、話を戻す。
「存じております。ただ、僕は好き好んで殿下の婚約者になったわけではありません」
「口ではなんとでも言えるだろ」
顔つきも口調もどことなくバカにしたような色を帯び、まるで吐き捨てるように告げられた一言にまた反論した。
「社交界でも公然の事実として囁かれてるようですが、殿下とのお話をいただいた際。僕は二度ほどお断りしているんです」
「……は?」
あれ?本当に知らなかったのかもしれないな、この人。って感じるような反応を目の当たりにして言葉を付け足す。
「嘘ではありません。あの頃は兄様のお嫁さんになることしか考えていませんでしたし、今も殿下より兄様の方が好きです」
唖然とした、って表現がピッタリハマるような形相をした相手から、マジマジと見つめられすぎて居心地が悪い。
これ、あれかな。さらに何度か婚約の白紙撤回を求めています、って言ったら……いや。信じてもらえそうもないか。ポツポツだとしても人通りのあるところで、わざわざ言うことでもないし。
痛いほどの沈黙が落ち、この人をこのままにして僕はそろそろ行ってもいいかな……なんて考え始めた時。
「本当かい?嬉しいよ、エル」
突然後ろからフワリと抱きしめられて、一瞬身構えた。
けど、僕を包み込む落ち着く香りと、柔らかな声を耳にし安堵のあまり力が抜けた。
「兄様……、あの。できればもう少し早めに迎えにきて欲しかったです」
場を占めていた空気の重さに、兄様が悪いわけじゃないとは思いつつも恨み言を呟いてしまう。
「ごめんね。教室を出る間際に先生に捕まってしまってね」
申し訳なさそうに囁かれ、そのまま耳に口付けられてこそばゆさに肩を竦めた。
「くすぐったいです、……兄様」
耳元でクスクス笑われて唇を尖らせ文句を言ったあと、離して欲しくて身を捩る。
でも、思いの外ガッチリ抱えられてるらしく腕の力は緩まない。……基本的に距離が近いんだよな、この人も。
仕方なく、兄様の腕に抱え込まれた状態でケルネールス様の方へと向き直った。
「あの。父様の周辺で聴き込みをすればすぐにわかると思うので言いますけど、僕は何度も婚約の白紙撤回を申し出ているんです。ご覧の通り、ラインハルト様はパージュ様に好意を抱かれているようですし」
言わないつもりだったけど、兄様の登場で我に返った様子のケルネールス様がまた疑いの眼差しを向けてきたので仕方なく真実を明かす。
往来でこれを言っちゃうと、下手したら愛のない政略結婚でしかないことが公になるわけで。
国王陛下と妃殿下の仲睦まじさで庶民にも親しまれる王室になっているのに。僕たちの仲は冷え切っています。単なる政略結婚でしかありません。ってのが広まると、せっかく定着しかけているいいイメージが崩れてしまう恐れがある。
「は??そうなのか??」
疑いの眼差しは消え去ったものの、今度は心底信じられないものを見るような目つきに晒されることになった。
「なぜか、撤回してくださらないんですよね……」
僕も困っています、ってことをしおらしい顔と態度で示す。
しかし、この反応は。もしかして本気で知らなかったのか。みんな、知った上で僕のことを悪様に言ってるんだと思っていた。断るなんて不敬だ。何様だとか、お高く止まっているとか。
でも確かに、学園を卒業したら騎士団に入って騎士団長を目指すとか常日頃から豪語してる人だもんな。
その宣言通り、婚約者を探すでもなく夜会に顔を出すわけでもなく。社交界とは程々に切り離された世界で生きてそうなマイペースな人だ。知らなかったとしても、不思議はない気がする。
元々真面目が服着て歩いてるような人だし。
時々あらぬ方向に突っ走りはするが、その実直な人柄もあってレオンハルト様が信頼を置いているのも知っている。
それなら、僕が言うよりよっぽど効果的かもしれない。
思って、改めて姿勢を正し面を上げた。
……相変わらず、背中に兄様を張り付けてはいるけど。全然格好がつかない。兄様のせいだ。
「ケルネールス様。レオンハルト様の婚約者である僕の代わりは掃いて捨てるほどおります。ですが、殿下の大切なご友人であらせられる貴方様は違います。良き友人として、時に厳しく殿下を諌めてくださいませ。あのままでは、パージュ様は王太子妃の座につくことはおろか、婚約者候補としても名が上がらないでしょう」
「……ハッ、それが本音か」
「当然です」
見れば一発で不合格なのがわかるだろ、とは言わない。というか、パージュの取り巻きたちに対しては間違っても口にしてはいけない。
あと、婚約者候補は掃いて捨てるほどいる。ってのも嘘だ。おいそれと見つからないからこそ、未だに僕との婚約撤回が叶わないわけで。身分とか、年齢とか。きっと。色々、諸々。
正直なところ、何を基準にしているのか僕もわからない。だって、年齢や家柄、成績含めてつり合うはずの令嬢令息がこの学園内には幾人も存在する。どれだけ厳しい条件をあげつらったとしても、数人はクリアしていそうな気がするんだけど。
一体なにが……って、今考えてもしょうがない。
蔑むように眇められたその目をまっすぐ見据えて軽く顎を引く。……途端に頭頂部に乗せられた兄様の顎がゴリゴリ当たって若干痛い。ほんと、じゃれつくにしても今はやめて欲しい。真面目な話をしてる最中なんだから。
「家格の違いはどうにでもなりますが、あの成績では王妃教育について行くことができません。王室に上がってからパージュ様が能力以上のことを求められ苦労なさるのは、レオンハルト様にとっても不本意なことだと思われるのですが」
「……パージュが、貴様……エーベル、様の代わりに王太子妃になってもいいというのか?」
どうも僕の背後にいる兄様が睨んだかなにかしたらしく、大仰に顔を引き攣らせたケルネールス様が『貴様』呼びを改めた。
この半年で久しぶりに呼ばれたよ、エーベル様って。なんだか懐かしくて小さく噴き出してしまった。
「……なにを笑っているんだ」
「いえ。……ケルネールス様に、名前を呼んでいただけたのは随分久しぶりだなと思いまして」
「な……っ、」
馴れ馴れしくも笑ってしまったのが気に食わなかったのか、わずかに赤らんだ顔を顰めた相手が勢いよく一音発してから言葉を失う。
「さて。そろそろ行こうか、エル。座る席がなくなってしまう」
「さすがにそれはないんじゃないですか?」
生徒数に対し、何倍のテーブルと椅子が用意されてると思っているんだろう。
ケルネールス様と話してる途中で、背後から僕の横に移動してきた兄様に腰を抱かれて促される。
「俺の可愛いエルは人気者だからね。隣に座りたがる奴が無限に群がってくるだろう?」
「そっちの方が、ありえない話ですね……」
どれだけ兄バカなんだろうか、この人は。
はぐらかすような笑みを浮かべるだけ浮かべてとっとと歩き出した兄様に引っ張られる形で、結局挨拶も碌にできないまま別れたケルネールス様とはそれ以後一週間くらい話す機会もなかった。
……穏便に婚約を撤回するためにも、大事な話だったのに。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

BLゲームの主人公に憑依した弟×悪役令息兄

笹井凩
BL
「BLゲーの主人公に憑依したら、悪役令息の兄が不器用すぎてメロかった」……になる予定の第一話のようなものです。 復讐不向きな主人公×ツンツンクーデレな兄ちゃん 彼氏に遊ばれまくってきた主人公が彼氏の遊び相手に殺され、転生後、今度こそ性格が終わっている男共を粛清してやろうとするのに、情が湧いてなかなか上手くいかない。 そんな中、ゲームキャラで一番嫌いであったはずのゲスい悪役令息、今生では兄に当たる男ファルトの本性を知って愛情が芽生えてしまい——。 となるアレです。性癖。 何より、対人関係に恵まれなかったせいで歪んだ愛情を求め、与えてしまう二人が非常に好きなんですよね。 本当は義理の兄弟とかにしたほうが倫理観からすると良いのでしょうが、本能には抗えませんでした。 今日までの短編公募に間に合わなかったため供養。 プロットはあるので、ご好評でしたら続きも載せたいなと思っております。 性癖の近しい方に刺されば、非常に嬉しいです。 いいね、ご感想大変励みになります。ありがとうございます。

嘘つきの婚約破棄計画

はなげ
BL
好きな人がいるのに受との婚約を命じられた攻(騎士)×攻めにずっと片思いしている受(悪息) 攻が好きな人と結婚できるように婚約破棄しようと奮闘する受の話です。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

ネガティブなΩがスパダリαから逃げる

ミカン
BL
オメガバース

おしまいのそのあとは

makase
BL
悪役令息として転生してしまった神楽坂龍一郎は、心を入れ替え、主人公のよき友人になるよう努力していた。ところがこの選択肢が、神楽坂の大切な人を傷つける可能性が浮上する。困った神楽坂は、自分を犠牲にする道を歩みかけるが……

巻き戻った悪役令息のかぶってた猫

いいはな
BL
婚約者のアーノルドからある日突然断罪され、処刑されたルイ。目覚めるとなぜか処刑される一年前に時間が巻き戻っていた。 なんとか処刑を回避しようと奔走するルイだが、すでにその頃にはアーノルドが思いを寄せていたミカエルへと嫌がらせをしており、もはやアーノルドとの関係修復は不可能。断頭台は目の前。処刑へと秒読み。 全てがどうでも良くなったルイはそれまで被っていた猫を脱ぎ捨てて、せめてありのままの自分で生きていこうとする。 果たして、悪役令息であったルイは処刑までにありのままの自分を受け入れてくれる友人を作ることができるのか――!? 冷たく見えるが素は天然ポワポワな受けとそんな受けに振り回されがちな溺愛攻めのお話。   ※キスくらいしかしませんが、一応性描写がある話は※をつけます。※話の都合上、主人公が一度死にます。※前半はほとんど溺愛要素は無いと思います。※ちょっとした悪役が出てきますが、ざまぁの予定はありません。※この世界は男同士での婚約が当たり前な世界になっております。 初投稿です。至らない点も多々あるとは思いますが、空よりも広く、海よりも深い心で読んでいただけると幸いです。 また、この作品は亀更新になると思われます。あらかじめご了承ください。

BLゲームの悪役に転生したら攻略対象者が全員ヒロインに洗脳されてた

BL
主人公のレオンは、幼少期に前世の記憶を思い出し、この世界がBLゲームで、自身は断罪される悪役だと気づく。 断罪を回避するため、極力攻略対象者たちと関わらないように生きてきた。 ーーそれなのに。 婚約者に婚約は破棄され、 気づけば断罪寸前の立場に。 しかも理由もわからないまま、 何もしていないはずの攻略対象者達に嫌悪を向けられてーー。 ※最終的にハッピーエンド ※愛され悪役令息

処理中です...