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5話
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なにか急ぎの用事があるらしく『今日は迎えに行けそうもないんだ』って、すごく申し訳なさそうな顔をした兄様に言われたのが昨日のこと。
だから、いつもは兄様に迎えにきてもらってから二人でむかうはずの高等部の校舎に行くため、渡り廊下を一人で歩いていたところ。
「エーベル」
不意に名前を呼ばれて振り向いた。
……まあこの学園内で僕を呼び捨てにする人なんか、ほんと片手で数えられるくらい限られてはいるんだけど。
相手をせずに逃げたいなぁー……。って思いが全身から滲み出てたのか、目が合った途端に顔を顰められた。
そんなに嫌なら声をかけないでほしいし、顔を顰めてやりたいのは僕も一緒だからね。
「レオンハルト様。……僕になにか御用ですか?」
自分から声をかけてきたクセに、不機嫌そうに口を噤んで黙り込む相手を見て、仕方なくこちらから話を振る。
「いや、その……」
いつもの高圧な態度は鳴りを潜め、らしくないほどにソワソワしている上に言葉を濁すばかりで目的がハッキリしない。
その様子を見て、そういえば……元々は大人しくて優しい人だったんだよなぁ。なんてことを思い出していた。
優しくて紳士的で、理想的なまでに王子様然としていて。でも、婚約者の僕に対しても見えない壁を作る人。
常に笑顔で、僕が困っているとすぐに気付いて手を差し伸べてくれるのに、自分の弱さは一切表に出そうとはしない。
もちろん、一種の予知夢のような『婚約破棄される未来』を信じきっていた僕も、深くは関わろうとしてこなかったから壁を作られても文句は言えないし、そうなった責任の一端はこっちにだってある。
けど、まさか。実際に、夢に見た通りの手のひら返しを受けることになるとは。
パージュがこの学園に転入してきた途端に、手のひらクル~。だったもんな。
「あの、なにもないならそろそろ、」
失礼してもいいですか?って続けようとした僕の言葉を、勢いよく口火を切ったレオンハルト様の声が遮った。
「最近っ、……最近。昼休みに、姿を見ないが。どこに行っているんだ」
そのくせ話すごとに声量が尻すぼみになっていき、語尾に至ってはよく聞き取れなかった。
でも、大体のことは伝わってきていたため、……うん。困惑具合もなかなかに酷い。なぜ今頃。自分から追い払うようなことしておいて今更なんなんだ。みたいな。
「……え。その……兄様が誘ってくださるので、高等部の方の食堂に」
おかげで、僕の返事もしどろもどろなものになってしまう。
相手が結局なにを言いたいのかすらわからず言葉を途切れさせると、向かいの眉間にグッと深く皺が刻まれた。
見るからに不快そうな表情で、
「中……等部生の、高等部棟への立ち入りは、」
「別に禁止されておりませんが」
なんか急に理不尽な言いがかりをつけてこられたため、それにはさすがにと即苦言を呈す。
ていうか、あんたも高等部に隣接した方の中庭を歩いてただろうが。しかも浮気相手と堂々と腕組んで。
思わず白けた目を向けてしまった僕へと鋭い一瞥をくれ、そのあとどこか気まずそうに視線を泳がせたレオンハルト様が忌々しげに小さく舌を打った。
……こんな至近距離だと、いやでも聞こえるんだよなー…。なんて思いながら、呆れ半分で口を開く。
「殿下、舌打ちするのはやめてください。子供じゃあるまいし。妃殿下の耳に入りでもしたらまた叱られてしまいますよ」
「そっちこそ、殿下はやめろ。なんでそんな他人行儀なんだ。母上からも『お義母さま』と呼んで欲しいと再三請われていただろう」
「そうは言いますが……」
原因はあんただよ。って文句が一瞬浮かびはしたけど言えるわけもない。
「……っ、もういい!」
なんて返そうかとしばし迷って必死に言葉を探していたら、堪りかねたように一声叫んだ相手がほんの一瞬。すごい顔してこっちを睨みつけてきた。で、心底不機嫌そうな空気を纏って僕に背を向け、足音荒く歩き去っていった。
その場に取り残された僕はといえば。さっき以上の困惑を抱え、半開きになってた口から情けない音を洩らす。
「……えーー……」
人気がないことが幸いし、聞いている人はいないようだったけど。
それにしても。……なに、もういいって。言うに事欠いて、もういいってさぁ……。
急に癇癪起こした子供みたいに喚いたかと思えば、言うだけ言ってさっさと元きた道を引き返して行ったし。
一体、なんだったんだろ。今のは。
レオンハルト様の姿が見えなくなってから、ドッと疲れが押し寄せ立ち竦んでいたものの、これ以上遅くなると心配した兄様が僕を探しに来かねないってことに気付いてやっとこ一歩を踏み出す。
歩きながらも意図がよくわからない今さっきのやりとりを思い出し、首を捻った。
話の要点は、なに……。僕がどこでお昼を食べようが、関係なくない??
王族専用のサロンへの立ち入りを禁止され、それを命じた婚約者からも無碍に扱われ。
その一連のレオンハルト様の言動により、元々あった事実無根の噂話にどれだけの尾鰭がついて回って、それに伴う悪意も同じくどれだけ増幅されたと思っているんだあの人は。
正直、中等部校舎内にいるうちは授業中以外で気が休まる時間がない。
一応はまだ、王太子殿下の婚約者という立場があるため表立って事を荒立てようとする者は少ないけども。視線が痛いのもまた事実で。
王妃様、か。
そういえば、最近会いに行けていないな。度々お茶会に誘ってくださるけど、レオンハルト様がああいった状態だから顔を合わせづらいというかなんというか。『レオンハルトが困らせていませんか?』とか『学園生活で困ったことがあったらいつでも相談なさい』とか、そういえば色々言われてたな。
確かに、特に王妃殿下はこんな僕を常に気にかけてくださっていた。
レオンハルト様との仲が拗れた今になっても、その優しさと気遣いは変わることがなかった。
……けど。
知らずため息がこぼれた口を手の甲で押さえる。
あの悪夢の中で、陛下や妃殿下が事態に介入してきたという記憶はない。夢の全てが輪郭を失っている今、ハッキリと断言することができないでいるけど。
レオンハルト様の一存で、その後の僕の処遇が決定した。どのルートにおいても、絶対的な決定権を持つのはレオンハルト様だった。
だから、きっと。あのお二人にもそのうち見放されるものだと思っていたのに……。
そうやって、全てを諦めるように今の今まで生きてきたのに。
目の前にいる人たちのことを信じきれないでいる自分がすごく、嫌だ。酷く薄情な人間に思えて、自己嫌悪のあまり時々脈絡もなく叫び出しそうになる。
その感情の根っ子の部分に複雑に絡みつくのは、自分が死ぬ間際の恐怖。ごくごく薄い記憶と感触だけど、思い出すたび確実に心が蝕まれていく感じがしていた。その不快感と言ったら……。
身体の奥から凍りついていくような寒気に身を震わせて、細く息を吐く。
決して嬉しいものではない久しぶりの感覚に胸を押さえていると、後ろからポンと肩を叩かれた。
「よっ。どうした?」
「……デュリオ」
懐っこい顔で身を屈め、僕の目を覗き込んでくる唯一ともいえる友人。
パージュが現れてからも、僕に対する態度を変えることのなかった数少ない人。
デュリオ・シュペーナー。王都から離れた山岳地方に広大な土地を持つ伯爵家の令息だ。大切な跡取りで一人息子だからなのか、公爵家次男の僕よりも貴族のお坊ちゃん感が強い。なんというか、ちょっとわがままで強引でマイペース。あと、口が悪い。最初会った時は平民出なのかと思ったくらいだから。でも、すごくいいヤツではある。
夢に出てきた覚えがないから、攻略対象というものではないんだと思うし。だからこそ、気楽に付き合えるというか。
「顔色悪いぞ?大丈夫か?」
僕がそんなことを考えているとは知らないデュリオは、また心配そうに眉尻を下げ、額へと手を伸ばしてきた。
「熱は、なさそうだな」
「ああ、……うん。ごめん」
なんと答えたらいいか。沈み込んだ気分を引き摺ったまま曖昧に微笑むと、
「ッ!……ぃッ、たっ!!」
今まで手のひらが当てられていたそこに、手酷いデコピンが打ち込まれた。
「いや、ごめんとかじゃなくてさ。体調が悪いのかどうかを聞いてんだよ、オレは」
あまりの激痛に額を抑えて蹲った僕の頭頂部へと、不器用に気遣うような言葉が降ってきた。
「…………平気。大丈夫」
「あー……、そー……」
治らない痛みに涙目になって相手を見上げ、平気だと声を絞り出す。そしたら途端にデュリオが顔を歪めて、本気で嫌そうに相槌を打った。
「お前って、ほんっと人に甘えるの下手クソだよなぁ」
言い方は乱暴なものの、目の前に差し出された手のひらが優しく僕の手を掬い上げる。
長身のデュリオにそのまま引っ張り起こされフラフラたたらを踏むと、気合を入れるように背中を叩かれ背筋が伸びた。
「……デュリオ、いちいち痛いんだけど」
「よし、時間あるしオレが送ってってやるよ。デノラ様との待ち合わせだろ?」
聞く気もなかったのか僕の文句を華麗にスルーした相手が、叩いた背中をグイグイ押して歩き出す。
それに抗いながらも慌てて手を振った。
「え、いいよ。一人で行けるし」
「遠慮すんなって」
「遠慮は、してない」
……ほんとに。本心から言ってます。けど、聞く気はないよね、毎度のことながら。知ってた。
「素直じゃねぇなぁ。ほら、行くぞ。さっさとこいよ」
困ればいいのか強引さに呆れればいいのか、戸惑うばかりの僕を見てカラカラ軽やかに笑ったデュリオが、小さな子の手を引くようにして僕の手を取る。
いやいやいやいや。ほんとに遠慮とかじゃないんだって。
言葉は悪いし偉そうに振る舞うわりに、朗らかに笑ってこっちの反応を気にする素振りを見せるデュリオの態度のアンバランスさに気が抜けて、フッと笑ってしまった。
「お。やっと笑ったな」
「……ごめん」
「だから、謝んな。オレが好きでしてるだけなんだから。まあ、なにがあったか知らねぇけどさ。昼飯を腹一杯食えば、嫌なことなんか忘れられるって」
「……うん。そうだね」
「おう。そうそう。つか、珍しく素直じゃん」
足早に歩きながらも繋いだ手をブンブンと力任せに振り回す相手の遠慮のなさに声を上げて笑っていると、遠くの方に兄様の姿が見えた。
「あ。兄様だ」
「……過保護だねぇ。やだやだ」
何事か、ボソリと呟いたデュリオの顔を見上げると、ニッと皮肉っぽく笑われて首を振られてしまった。
「エル、いつまで待っても来ないから心配したよ」
その間に近くまで駆け寄ってきた兄様が、並んで歩いてたデュリオと僕との間に割って入り、ため息混じりにそう言った。
やっぱり心配させたみたいで、ここまで迎えにきちゃったらしい。子供扱いは恥ずかしいけど、それ以上に申し訳ない。
「遅くなってごめんなさい」
「なにもないならいいんだ」
「うん。……あ、デュリオ」
「あー……、なに」
「なんでちょっと嫌そうなの」
それはそうと、お昼を一緒にどうかってデュリオを誘ってみたけど、僕を送ってくれたのは元々こっちの校舎に用事があったついでだったらしく、「またあとで」って一言ののち振り返ることもなく教務課の方に歩いて行ってしまった。
そんなこんなで、彼の人かららしからぬ言葉と態度を向けられ、困惑しきりで首を傾げるしかなかったあの日から数日後。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……レオ様」
バンッ!!ってものすごい音と共に部屋の扉が開いて。
あまりに突然のことにビックリしすぎた僕は。
パージュが現れて以来禁じられていたその方の愛称を、思わず口にしてしまった。
_______________
明日か明後日あたりにまた投稿しに来る予定です。
→無理でした。近々、多分2・3日中に…
だから、いつもは兄様に迎えにきてもらってから二人でむかうはずの高等部の校舎に行くため、渡り廊下を一人で歩いていたところ。
「エーベル」
不意に名前を呼ばれて振り向いた。
……まあこの学園内で僕を呼び捨てにする人なんか、ほんと片手で数えられるくらい限られてはいるんだけど。
相手をせずに逃げたいなぁー……。って思いが全身から滲み出てたのか、目が合った途端に顔を顰められた。
そんなに嫌なら声をかけないでほしいし、顔を顰めてやりたいのは僕も一緒だからね。
「レオンハルト様。……僕になにか御用ですか?」
自分から声をかけてきたクセに、不機嫌そうに口を噤んで黙り込む相手を見て、仕方なくこちらから話を振る。
「いや、その……」
いつもの高圧な態度は鳴りを潜め、らしくないほどにソワソワしている上に言葉を濁すばかりで目的がハッキリしない。
その様子を見て、そういえば……元々は大人しくて優しい人だったんだよなぁ。なんてことを思い出していた。
優しくて紳士的で、理想的なまでに王子様然としていて。でも、婚約者の僕に対しても見えない壁を作る人。
常に笑顔で、僕が困っているとすぐに気付いて手を差し伸べてくれるのに、自分の弱さは一切表に出そうとはしない。
もちろん、一種の予知夢のような『婚約破棄される未来』を信じきっていた僕も、深くは関わろうとしてこなかったから壁を作られても文句は言えないし、そうなった責任の一端はこっちにだってある。
けど、まさか。実際に、夢に見た通りの手のひら返しを受けることになるとは。
パージュがこの学園に転入してきた途端に、手のひらクル~。だったもんな。
「あの、なにもないならそろそろ、」
失礼してもいいですか?って続けようとした僕の言葉を、勢いよく口火を切ったレオンハルト様の声が遮った。
「最近っ、……最近。昼休みに、姿を見ないが。どこに行っているんだ」
そのくせ話すごとに声量が尻すぼみになっていき、語尾に至ってはよく聞き取れなかった。
でも、大体のことは伝わってきていたため、……うん。困惑具合もなかなかに酷い。なぜ今頃。自分から追い払うようなことしておいて今更なんなんだ。みたいな。
「……え。その……兄様が誘ってくださるので、高等部の方の食堂に」
おかげで、僕の返事もしどろもどろなものになってしまう。
相手が結局なにを言いたいのかすらわからず言葉を途切れさせると、向かいの眉間にグッと深く皺が刻まれた。
見るからに不快そうな表情で、
「中……等部生の、高等部棟への立ち入りは、」
「別に禁止されておりませんが」
なんか急に理不尽な言いがかりをつけてこられたため、それにはさすがにと即苦言を呈す。
ていうか、あんたも高等部に隣接した方の中庭を歩いてただろうが。しかも浮気相手と堂々と腕組んで。
思わず白けた目を向けてしまった僕へと鋭い一瞥をくれ、そのあとどこか気まずそうに視線を泳がせたレオンハルト様が忌々しげに小さく舌を打った。
……こんな至近距離だと、いやでも聞こえるんだよなー…。なんて思いながら、呆れ半分で口を開く。
「殿下、舌打ちするのはやめてください。子供じゃあるまいし。妃殿下の耳に入りでもしたらまた叱られてしまいますよ」
「そっちこそ、殿下はやめろ。なんでそんな他人行儀なんだ。母上からも『お義母さま』と呼んで欲しいと再三請われていただろう」
「そうは言いますが……」
原因はあんただよ。って文句が一瞬浮かびはしたけど言えるわけもない。
「……っ、もういい!」
なんて返そうかとしばし迷って必死に言葉を探していたら、堪りかねたように一声叫んだ相手がほんの一瞬。すごい顔してこっちを睨みつけてきた。で、心底不機嫌そうな空気を纏って僕に背を向け、足音荒く歩き去っていった。
その場に取り残された僕はといえば。さっき以上の困惑を抱え、半開きになってた口から情けない音を洩らす。
「……えーー……」
人気がないことが幸いし、聞いている人はいないようだったけど。
それにしても。……なに、もういいって。言うに事欠いて、もういいってさぁ……。
急に癇癪起こした子供みたいに喚いたかと思えば、言うだけ言ってさっさと元きた道を引き返して行ったし。
一体、なんだったんだろ。今のは。
レオンハルト様の姿が見えなくなってから、ドッと疲れが押し寄せ立ち竦んでいたものの、これ以上遅くなると心配した兄様が僕を探しに来かねないってことに気付いてやっとこ一歩を踏み出す。
歩きながらも意図がよくわからない今さっきのやりとりを思い出し、首を捻った。
話の要点は、なに……。僕がどこでお昼を食べようが、関係なくない??
王族専用のサロンへの立ち入りを禁止され、それを命じた婚約者からも無碍に扱われ。
その一連のレオンハルト様の言動により、元々あった事実無根の噂話にどれだけの尾鰭がついて回って、それに伴う悪意も同じくどれだけ増幅されたと思っているんだあの人は。
正直、中等部校舎内にいるうちは授業中以外で気が休まる時間がない。
一応はまだ、王太子殿下の婚約者という立場があるため表立って事を荒立てようとする者は少ないけども。視線が痛いのもまた事実で。
王妃様、か。
そういえば、最近会いに行けていないな。度々お茶会に誘ってくださるけど、レオンハルト様がああいった状態だから顔を合わせづらいというかなんというか。『レオンハルトが困らせていませんか?』とか『学園生活で困ったことがあったらいつでも相談なさい』とか、そういえば色々言われてたな。
確かに、特に王妃殿下はこんな僕を常に気にかけてくださっていた。
レオンハルト様との仲が拗れた今になっても、その優しさと気遣いは変わることがなかった。
……けど。
知らずため息がこぼれた口を手の甲で押さえる。
あの悪夢の中で、陛下や妃殿下が事態に介入してきたという記憶はない。夢の全てが輪郭を失っている今、ハッキリと断言することができないでいるけど。
レオンハルト様の一存で、その後の僕の処遇が決定した。どのルートにおいても、絶対的な決定権を持つのはレオンハルト様だった。
だから、きっと。あのお二人にもそのうち見放されるものだと思っていたのに……。
そうやって、全てを諦めるように今の今まで生きてきたのに。
目の前にいる人たちのことを信じきれないでいる自分がすごく、嫌だ。酷く薄情な人間に思えて、自己嫌悪のあまり時々脈絡もなく叫び出しそうになる。
その感情の根っ子の部分に複雑に絡みつくのは、自分が死ぬ間際の恐怖。ごくごく薄い記憶と感触だけど、思い出すたび確実に心が蝕まれていく感じがしていた。その不快感と言ったら……。
身体の奥から凍りついていくような寒気に身を震わせて、細く息を吐く。
決して嬉しいものではない久しぶりの感覚に胸を押さえていると、後ろからポンと肩を叩かれた。
「よっ。どうした?」
「……デュリオ」
懐っこい顔で身を屈め、僕の目を覗き込んでくる唯一ともいえる友人。
パージュが現れてからも、僕に対する態度を変えることのなかった数少ない人。
デュリオ・シュペーナー。王都から離れた山岳地方に広大な土地を持つ伯爵家の令息だ。大切な跡取りで一人息子だからなのか、公爵家次男の僕よりも貴族のお坊ちゃん感が強い。なんというか、ちょっとわがままで強引でマイペース。あと、口が悪い。最初会った時は平民出なのかと思ったくらいだから。でも、すごくいいヤツではある。
夢に出てきた覚えがないから、攻略対象というものではないんだと思うし。だからこそ、気楽に付き合えるというか。
「顔色悪いぞ?大丈夫か?」
僕がそんなことを考えているとは知らないデュリオは、また心配そうに眉尻を下げ、額へと手を伸ばしてきた。
「熱は、なさそうだな」
「ああ、……うん。ごめん」
なんと答えたらいいか。沈み込んだ気分を引き摺ったまま曖昧に微笑むと、
「ッ!……ぃッ、たっ!!」
今まで手のひらが当てられていたそこに、手酷いデコピンが打ち込まれた。
「いや、ごめんとかじゃなくてさ。体調が悪いのかどうかを聞いてんだよ、オレは」
あまりの激痛に額を抑えて蹲った僕の頭頂部へと、不器用に気遣うような言葉が降ってきた。
「…………平気。大丈夫」
「あー……、そー……」
治らない痛みに涙目になって相手を見上げ、平気だと声を絞り出す。そしたら途端にデュリオが顔を歪めて、本気で嫌そうに相槌を打った。
「お前って、ほんっと人に甘えるの下手クソだよなぁ」
言い方は乱暴なものの、目の前に差し出された手のひらが優しく僕の手を掬い上げる。
長身のデュリオにそのまま引っ張り起こされフラフラたたらを踏むと、気合を入れるように背中を叩かれ背筋が伸びた。
「……デュリオ、いちいち痛いんだけど」
「よし、時間あるしオレが送ってってやるよ。デノラ様との待ち合わせだろ?」
聞く気もなかったのか僕の文句を華麗にスルーした相手が、叩いた背中をグイグイ押して歩き出す。
それに抗いながらも慌てて手を振った。
「え、いいよ。一人で行けるし」
「遠慮すんなって」
「遠慮は、してない」
……ほんとに。本心から言ってます。けど、聞く気はないよね、毎度のことながら。知ってた。
「素直じゃねぇなぁ。ほら、行くぞ。さっさとこいよ」
困ればいいのか強引さに呆れればいいのか、戸惑うばかりの僕を見てカラカラ軽やかに笑ったデュリオが、小さな子の手を引くようにして僕の手を取る。
いやいやいやいや。ほんとに遠慮とかじゃないんだって。
言葉は悪いし偉そうに振る舞うわりに、朗らかに笑ってこっちの反応を気にする素振りを見せるデュリオの態度のアンバランスさに気が抜けて、フッと笑ってしまった。
「お。やっと笑ったな」
「……ごめん」
「だから、謝んな。オレが好きでしてるだけなんだから。まあ、なにがあったか知らねぇけどさ。昼飯を腹一杯食えば、嫌なことなんか忘れられるって」
「……うん。そうだね」
「おう。そうそう。つか、珍しく素直じゃん」
足早に歩きながらも繋いだ手をブンブンと力任せに振り回す相手の遠慮のなさに声を上げて笑っていると、遠くの方に兄様の姿が見えた。
「あ。兄様だ」
「……過保護だねぇ。やだやだ」
何事か、ボソリと呟いたデュリオの顔を見上げると、ニッと皮肉っぽく笑われて首を振られてしまった。
「エル、いつまで待っても来ないから心配したよ」
その間に近くまで駆け寄ってきた兄様が、並んで歩いてたデュリオと僕との間に割って入り、ため息混じりにそう言った。
やっぱり心配させたみたいで、ここまで迎えにきちゃったらしい。子供扱いは恥ずかしいけど、それ以上に申し訳ない。
「遅くなってごめんなさい」
「なにもないならいいんだ」
「うん。……あ、デュリオ」
「あー……、なに」
「なんでちょっと嫌そうなの」
それはそうと、お昼を一緒にどうかってデュリオを誘ってみたけど、僕を送ってくれたのは元々こっちの校舎に用事があったついでだったらしく、「またあとで」って一言ののち振り返ることもなく教務課の方に歩いて行ってしまった。
そんなこんなで、彼の人かららしからぬ言葉と態度を向けられ、困惑しきりで首を傾げるしかなかったあの日から数日後。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……レオ様」
バンッ!!ってものすごい音と共に部屋の扉が開いて。
あまりに突然のことにビックリしすぎた僕は。
パージュが現れて以来禁じられていたその方の愛称を、思わず口にしてしまった。
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明日か明後日あたりにまた投稿しに来る予定です。
→無理でした。近々、多分2・3日中に…
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