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9話
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普段から大体、この人が僕に向ける声は少し冷たくて、そしてどこかうんざりしているようにも聞こえる。
……まあ、今まで自分がしてきたことを考えれば。それもまたしょうがないとは思うんだけど。
でも、今回のこれは……また。なんか違う雰囲気を感じて。なぜか背筋がヒヤッとした。
声は……聞き間違えるはずもなく、ハルカ先輩のものだってわかる。わかるのに、……その声に込もったなにがそうさせるのか、身動きひとつどころか……返事することもままならず只管膝を抱えて蹲っていた。
そして、僕の背後を取った人物もそれ以上なにも言おうとしないため、妙な沈黙が落ちる。
後ろから感じる異様なまでの圧に内心ダラダラ冷や汗を流して固まっていた僕の耳に……
「……おいっ!待ち合わせるにしても、もう少しわかりやすい場所なかったのか?見つけられなかったらどうするつもりだったんだよ!」
ドカドカ派手な足音を立てて、大声で文句を喚き散らして近づいてくる会長の声が届いて……一気に力が抜けた。
「……会長ぉ……遅いですよ……」
「ちっとも遅くねーよ。ちゃんと5分前行動してやってんだろーが」
緊張感で張り詰めた空気を強制的に背負わされた疲れから、涙目でへたり込みそうになってた僕に腕時計の文字盤を突きつけてきたその人が思いっきり顔を顰める。
その横で、盛大に眉根を寄せて不機嫌さを漂わせたハルカ先輩が軽く口元を歪めて言った。
「ここで?こいつと待ち合わせしてたのか。なんのために」
……なんでそんな詰問口調で聞くんですか……。とか戸惑いつつ、一瞬上の方にある会長の顔を窺う。
そしたら、……なぜか小っちゃい舌打ちが……思いもよらない方向から聞こえてきて心底驚いた。
……え。ハルカ先輩、いま舌打ちした??
こんな感じ悪く舌を打つとこなんか一度も見たことのないハルカ先輩の口から、それが聞こえたことに……会長ですら面食らっているようで、切れ長の目をギリギリまで見開いて横にいるその人を無言で凝視している。
そんな、ヤケに緊迫感のある空間にハルカ先輩の声が響き渡った。
「なんの目的があってこんな、……誰も来ないような場所を選んだのか。それを教えてほしいんだけど」
まるで、薄く微笑んでいるような。そんな平坦な表情でそう宣った先輩が最後に、思わずといった調子でクスリと笑う。
真横にいる会長が引いてるっぽいのが、見ててものすごく面白かったけど。それどころじゃないのは自分が一番分かってた。
だからといって……
言えるわけないでしょ。すぐそこで大好きな、最推しのイベントが発生するからワクワクしながら見にきてました!!なんて……
「……そ、……そんなこと。陽加先輩に、関係ないじゃないですか」
まずなにより『お前、なに言ってんだ??』にしかならないだろうし、初めから信じてもらえるわけもない話をしても……。多分、どうやってもなにかを誤魔化してるとしか受け取ってはもらえなさそう。
……絶対そうなるよなぁ。と思って、どうしようか思案しつつチラリと横目で見上げたハルカ先輩のその顔が……
「へー、そうなんだ。関係ないのか。俺は」
スッと細められた目と、片方だけ変につり上がった唇を視認した途端、……ゾワッと両腕に鳥肌が立った。
なんでこんな……。相手、推しキャラなのに。
ザワザワする感覚を振り払うように腕をさすってやや下を向く。
「……関係、ないです。あるわけない。……い、行きましょ会長」
これ以上深くツッコまれても答えようがなくて、一人だけ置いてけぼりをくらって突っ立ってた会長の腕をとって、さっさとその場から離れようとした。
背中と後頭部に突き刺さるような視線を感じながら、鷲掴んだ会長の腕をさらにぎゅっと握り締め正面を向いたまま下唇を軽く噛む。
言えるわけがないでしょ……。
ハルカ先輩ルートのイベントがどうしても見たかったんです!だから、実はハルカ先輩は関係アリアリ大アリです!!……とか。どうやっても、イベントってなんだよ。って話が始まりそう。そんなん……説明とか、無理だって。
真っ直ぐ前を向いてズンズン進んで行く間、抵抗一つせず僕のあとについて歩くだけだった会長の足が突然止まり、……情けないけど明確な力の差で僕の身体が後ろに引っ張られた。
ずっと下を向いて歩いてたため、『え、なに!?』とか思いつつ振り返って見た会長の視線が前の一点に注がれていて……。
怪訝に思いながらも先の方を窺ってはじめて、こっちに向かって歩いてくるカスミンの存在に気づいた。
会長、視力エグくない?一体、いくつなんだ。それとも好きな人フィルターかかってる??
「あ?愁くん。……と、有明会長も。どうしたんですか?」
僕を見てちょっと表情を緩めた相手が、『会長』と口にした瞬間少し気まずそうに目を泳がす。
それで、やっと『フラれた』と……珍しく気抜けしたような表情でそう告げた、あの時の会長の言葉が本当だったって理解できた。……我ながら遅すぎだけど。
「……うん、ちょっと。会長と約束してて。香純くんは?」
「ボクは、……えっと。少し用事があって」
どう言おうかと迷っているみたいな間があって、そのあとわずかに語尾を濁したカスミンが戸惑いを押し殺したような笑顔を浮かべた。
……このあと起こることを知ってる身としても、知らない奴に呼び出された本人が一番心穏やかじゃないだろうなぁ……、としか思えないだけにつられて気が重くなる。
そして、たいした問題じゃないのかもしれないけど。そういえば、キャラクターがくる順番がだいぶ違うんじゃない?
ゲーム本編ではまず呼び出されたカスミンが倉庫前で一人佇んでいて、そこに呼び出した張本人の最低最悪なモブキャラ野郎が。……そいつにはたしか名前もなんにもなかったはず。
で、騒ぎが起こり『ギャーっ!!誰かぁ~!!!!』って僕が画面の前で頭を抱えてボタンを連打し叫んだ瞬間。颯爽と助けに入ってモブを殴り飛ばしてくれたのがハルカ先輩だった。
半分脱がされかけて土でドロドロに汚れたブレザーと。シャツも破かれてちょっとだけ肌蹴てたカスミンに、自分のブレザーを着せ掛けてあげるハルカ先輩の姿が……ね。少しだけサイズが大きいのが、また良かった……。
ありがちの展開だけど、王子様感増し増しで僕的にドストライクだったんだよ。それから、混乱が極まって青ざめ震えてるカスミンをね……こう、優しく。そっと……
「え!上倉先輩まで……どうしてここに?!もしかして、これって……」
二次元の思い出の世界にドップリ浸りきっていた僕の耳に、驚愕と……それとどことなく嬉しさの滲む最推しの麗しい声が届いて……。
さすがにハッと我に返る。
「なんだ?ソレ」
僕の斜め後ろからズイッと前に進み出た会長が、カスミンの手から怪しげなメモ用紙を取り上げた。
半分に畳まれたそれをおもむろに開いて眉を顰めた会長の横からそれを覗き込み、同じように不快げに顔を歪ませたハルカ先輩がぞんざいに首を振る。
「いや。俺じゃない」
「なあ、香純。こういう匿名の呼び出しに一々応じてやる必要もねぇだろ」
お前がそういう優しい奴だってのは知ってるが……的な、やたらと慈愛に満ちた眼差しを向けた会長が諭すように話しかけてた。
言われたカスミンはといえば、なにかを言いかけ少しだけ言い淀み……そのあと、幼子のようにコックリ深く頷いて……。そういう素直なとこ。本当……好き。大好きっ……
まわりに気取られない範囲で思う存分身悶えていた僕の傍らで……
「言われてみればそういやそうだな。お前、なにしにきたんだ?こんなとこ」
今頃気づいたと言わんばかりの関心の薄すぎる声色で、会長がハルカ先輩へと話題を振る。
それに、呆れたように小さくため息をついたハルカ先輩が、
「お前がいうか?……そこの倉庫あるだろ?うちの部の備品も置かせてもらってるんだけど、昨日から鍵が返却されてないらしくて。最後の貸出記録にあったのが部の後輩の名前でさ。そいつはたしかに返したって言うから。まあ、一応と思って様子を見にきたら……なぁ?」
……なぁ?って、もしかしなくても僕に言ってる??
恐る恐る声の出処の方へと目を遣ると、……どうした?!ってくらい剣呑な双眸と見合ってしまって……慌てて目を逸らす。
今の、僕に言ってた……よね。何事……なんでちょっと、怒ってる風な物言いと顔を??
正直、心当たりがなさすぎる。なにより怖さと理由の知れなさで……まずい。頭がグラグラしてきた。
ついでに頭痛も加わったように感じて足もとがフラついたところで、横から伸びてきた会長の手に助けられた。
「あっぶねっ、おい。大丈夫か?」
「あ、……大丈夫、です……。ありがとうございます……」
「その顔。どう見ても大丈夫じゃねぇだろ。医務室、行くか?つか、連れてった方が早いな。行くぞ。乗れ」
一瞬も躊躇うことなく会長が僕の前に背中を差し出したその時。
……刹那、殺気にも似た落ち着かない視線と空気を感じて……真冬にも関わらず、ブワッと生温い脂汗みたいなのが滲んだ気がした。
「やっ!ぜ、……全然一人で大丈夫なんで!!あの……部屋に帰って大人しくしてることにします!!……なのでっ、……ほんと……」
戸惑ってるのが手に取るようにわかる会長、カスミン……そして、見事なまでに表情を消し去った先輩から距離をとりつつ、『大丈夫なんで』を譫言のように繰り返してジリジリ後退する僕の後ろで……
「……ヒッ、」
なんて、今の僕的には超絶に間の抜けた音声にしか聞こえない悲鳴を落とした、見覚えのある造形のモブ生徒の姿がすぐそこに。
良からぬことを企んで、ニタニタしながらここまで来たはずが。思いがけない……っていうより、最悪の顔触れが揃ってるのに気づいて途端に血の気が引いた。ってパターンなんだろうけど。
今の僕には助かった以外のなにものでもなく。
僕以上にあの二人の関心を引きそうな、スケープゴートになってくれるであろうそのモブをその場に残し、寮に向けて一目散に駆け出した。
……な、なにかが。なにかが確実に狂い出してるけど……バグ?!え、ただのバグだよね??!!
ヤッバイ、好き勝手しすぎたツケだ!これ!絶対!!
だって、陽加先輩がこっちに関心払い始めるなんて……どう考えてもバグでしかないでしょ!!
……どうしよう。どうしようどうしよう……
一晩中、自分の布団に包まって考え続けた結果。
できる範囲で、自分に……『小野寺 愁』に課された役割をこなした方が良さそうだ…って当たり前すぎる結論に至った。
ほんと今更だけど……。
……まあ、今まで自分がしてきたことを考えれば。それもまたしょうがないとは思うんだけど。
でも、今回のこれは……また。なんか違う雰囲気を感じて。なぜか背筋がヒヤッとした。
声は……聞き間違えるはずもなく、ハルカ先輩のものだってわかる。わかるのに、……その声に込もったなにがそうさせるのか、身動きひとつどころか……返事することもままならず只管膝を抱えて蹲っていた。
そして、僕の背後を取った人物もそれ以上なにも言おうとしないため、妙な沈黙が落ちる。
後ろから感じる異様なまでの圧に内心ダラダラ冷や汗を流して固まっていた僕の耳に……
「……おいっ!待ち合わせるにしても、もう少しわかりやすい場所なかったのか?見つけられなかったらどうするつもりだったんだよ!」
ドカドカ派手な足音を立てて、大声で文句を喚き散らして近づいてくる会長の声が届いて……一気に力が抜けた。
「……会長ぉ……遅いですよ……」
「ちっとも遅くねーよ。ちゃんと5分前行動してやってんだろーが」
緊張感で張り詰めた空気を強制的に背負わされた疲れから、涙目でへたり込みそうになってた僕に腕時計の文字盤を突きつけてきたその人が思いっきり顔を顰める。
その横で、盛大に眉根を寄せて不機嫌さを漂わせたハルカ先輩が軽く口元を歪めて言った。
「ここで?こいつと待ち合わせしてたのか。なんのために」
……なんでそんな詰問口調で聞くんですか……。とか戸惑いつつ、一瞬上の方にある会長の顔を窺う。
そしたら、……なぜか小っちゃい舌打ちが……思いもよらない方向から聞こえてきて心底驚いた。
……え。ハルカ先輩、いま舌打ちした??
こんな感じ悪く舌を打つとこなんか一度も見たことのないハルカ先輩の口から、それが聞こえたことに……会長ですら面食らっているようで、切れ長の目をギリギリまで見開いて横にいるその人を無言で凝視している。
そんな、ヤケに緊迫感のある空間にハルカ先輩の声が響き渡った。
「なんの目的があってこんな、……誰も来ないような場所を選んだのか。それを教えてほしいんだけど」
まるで、薄く微笑んでいるような。そんな平坦な表情でそう宣った先輩が最後に、思わずといった調子でクスリと笑う。
真横にいる会長が引いてるっぽいのが、見ててものすごく面白かったけど。それどころじゃないのは自分が一番分かってた。
だからといって……
言えるわけないでしょ。すぐそこで大好きな、最推しのイベントが発生するからワクワクしながら見にきてました!!なんて……
「……そ、……そんなこと。陽加先輩に、関係ないじゃないですか」
まずなにより『お前、なに言ってんだ??』にしかならないだろうし、初めから信じてもらえるわけもない話をしても……。多分、どうやってもなにかを誤魔化してるとしか受け取ってはもらえなさそう。
……絶対そうなるよなぁ。と思って、どうしようか思案しつつチラリと横目で見上げたハルカ先輩のその顔が……
「へー、そうなんだ。関係ないのか。俺は」
スッと細められた目と、片方だけ変につり上がった唇を視認した途端、……ゾワッと両腕に鳥肌が立った。
なんでこんな……。相手、推しキャラなのに。
ザワザワする感覚を振り払うように腕をさすってやや下を向く。
「……関係、ないです。あるわけない。……い、行きましょ会長」
これ以上深くツッコまれても答えようがなくて、一人だけ置いてけぼりをくらって突っ立ってた会長の腕をとって、さっさとその場から離れようとした。
背中と後頭部に突き刺さるような視線を感じながら、鷲掴んだ会長の腕をさらにぎゅっと握り締め正面を向いたまま下唇を軽く噛む。
言えるわけがないでしょ……。
ハルカ先輩ルートのイベントがどうしても見たかったんです!だから、実はハルカ先輩は関係アリアリ大アリです!!……とか。どうやっても、イベントってなんだよ。って話が始まりそう。そんなん……説明とか、無理だって。
真っ直ぐ前を向いてズンズン進んで行く間、抵抗一つせず僕のあとについて歩くだけだった会長の足が突然止まり、……情けないけど明確な力の差で僕の身体が後ろに引っ張られた。
ずっと下を向いて歩いてたため、『え、なに!?』とか思いつつ振り返って見た会長の視線が前の一点に注がれていて……。
怪訝に思いながらも先の方を窺ってはじめて、こっちに向かって歩いてくるカスミンの存在に気づいた。
会長、視力エグくない?一体、いくつなんだ。それとも好きな人フィルターかかってる??
「あ?愁くん。……と、有明会長も。どうしたんですか?」
僕を見てちょっと表情を緩めた相手が、『会長』と口にした瞬間少し気まずそうに目を泳がす。
それで、やっと『フラれた』と……珍しく気抜けしたような表情でそう告げた、あの時の会長の言葉が本当だったって理解できた。……我ながら遅すぎだけど。
「……うん、ちょっと。会長と約束してて。香純くんは?」
「ボクは、……えっと。少し用事があって」
どう言おうかと迷っているみたいな間があって、そのあとわずかに語尾を濁したカスミンが戸惑いを押し殺したような笑顔を浮かべた。
……このあと起こることを知ってる身としても、知らない奴に呼び出された本人が一番心穏やかじゃないだろうなぁ……、としか思えないだけにつられて気が重くなる。
そして、たいした問題じゃないのかもしれないけど。そういえば、キャラクターがくる順番がだいぶ違うんじゃない?
ゲーム本編ではまず呼び出されたカスミンが倉庫前で一人佇んでいて、そこに呼び出した張本人の最低最悪なモブキャラ野郎が。……そいつにはたしか名前もなんにもなかったはず。
で、騒ぎが起こり『ギャーっ!!誰かぁ~!!!!』って僕が画面の前で頭を抱えてボタンを連打し叫んだ瞬間。颯爽と助けに入ってモブを殴り飛ばしてくれたのがハルカ先輩だった。
半分脱がされかけて土でドロドロに汚れたブレザーと。シャツも破かれてちょっとだけ肌蹴てたカスミンに、自分のブレザーを着せ掛けてあげるハルカ先輩の姿が……ね。少しだけサイズが大きいのが、また良かった……。
ありがちの展開だけど、王子様感増し増しで僕的にドストライクだったんだよ。それから、混乱が極まって青ざめ震えてるカスミンをね……こう、優しく。そっと……
「え!上倉先輩まで……どうしてここに?!もしかして、これって……」
二次元の思い出の世界にドップリ浸りきっていた僕の耳に、驚愕と……それとどことなく嬉しさの滲む最推しの麗しい声が届いて……。
さすがにハッと我に返る。
「なんだ?ソレ」
僕の斜め後ろからズイッと前に進み出た会長が、カスミンの手から怪しげなメモ用紙を取り上げた。
半分に畳まれたそれをおもむろに開いて眉を顰めた会長の横からそれを覗き込み、同じように不快げに顔を歪ませたハルカ先輩がぞんざいに首を振る。
「いや。俺じゃない」
「なあ、香純。こういう匿名の呼び出しに一々応じてやる必要もねぇだろ」
お前がそういう優しい奴だってのは知ってるが……的な、やたらと慈愛に満ちた眼差しを向けた会長が諭すように話しかけてた。
言われたカスミンはといえば、なにかを言いかけ少しだけ言い淀み……そのあと、幼子のようにコックリ深く頷いて……。そういう素直なとこ。本当……好き。大好きっ……
まわりに気取られない範囲で思う存分身悶えていた僕の傍らで……
「言われてみればそういやそうだな。お前、なにしにきたんだ?こんなとこ」
今頃気づいたと言わんばかりの関心の薄すぎる声色で、会長がハルカ先輩へと話題を振る。
それに、呆れたように小さくため息をついたハルカ先輩が、
「お前がいうか?……そこの倉庫あるだろ?うちの部の備品も置かせてもらってるんだけど、昨日から鍵が返却されてないらしくて。最後の貸出記録にあったのが部の後輩の名前でさ。そいつはたしかに返したって言うから。まあ、一応と思って様子を見にきたら……なぁ?」
……なぁ?って、もしかしなくても僕に言ってる??
恐る恐る声の出処の方へと目を遣ると、……どうした?!ってくらい剣呑な双眸と見合ってしまって……慌てて目を逸らす。
今の、僕に言ってた……よね。何事……なんでちょっと、怒ってる風な物言いと顔を??
正直、心当たりがなさすぎる。なにより怖さと理由の知れなさで……まずい。頭がグラグラしてきた。
ついでに頭痛も加わったように感じて足もとがフラついたところで、横から伸びてきた会長の手に助けられた。
「あっぶねっ、おい。大丈夫か?」
「あ、……大丈夫、です……。ありがとうございます……」
「その顔。どう見ても大丈夫じゃねぇだろ。医務室、行くか?つか、連れてった方が早いな。行くぞ。乗れ」
一瞬も躊躇うことなく会長が僕の前に背中を差し出したその時。
……刹那、殺気にも似た落ち着かない視線と空気を感じて……真冬にも関わらず、ブワッと生温い脂汗みたいなのが滲んだ気がした。
「やっ!ぜ、……全然一人で大丈夫なんで!!あの……部屋に帰って大人しくしてることにします!!……なのでっ、……ほんと……」
戸惑ってるのが手に取るようにわかる会長、カスミン……そして、見事なまでに表情を消し去った先輩から距離をとりつつ、『大丈夫なんで』を譫言のように繰り返してジリジリ後退する僕の後ろで……
「……ヒッ、」
なんて、今の僕的には超絶に間の抜けた音声にしか聞こえない悲鳴を落とした、見覚えのある造形のモブ生徒の姿がすぐそこに。
良からぬことを企んで、ニタニタしながらここまで来たはずが。思いがけない……っていうより、最悪の顔触れが揃ってるのに気づいて途端に血の気が引いた。ってパターンなんだろうけど。
今の僕には助かった以外のなにものでもなく。
僕以上にあの二人の関心を引きそうな、スケープゴートになってくれるであろうそのモブをその場に残し、寮に向けて一目散に駆け出した。
……な、なにかが。なにかが確実に狂い出してるけど……バグ?!え、ただのバグだよね??!!
ヤッバイ、好き勝手しすぎたツケだ!これ!絶対!!
だって、陽加先輩がこっちに関心払い始めるなんて……どう考えてもバグでしかないでしょ!!
……どうしよう。どうしようどうしよう……
一晩中、自分の布団に包まって考え続けた結果。
できる範囲で、自分に……『小野寺 愁』に課された役割をこなした方が良さそうだ…って当たり前すぎる結論に至った。
ほんと今更だけど……。
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