隣町は魔物ひしめく廃墟。俺は彼女のヒーローになる

立川ありす

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第3章 SACRIFICE ~蛮勇の代償

男の決断

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 俺は戦闘タクティカル学ランに着替えて、そっと部屋を出る。
 今夜0時の作戦のためだ。
 今から倉庫街に向かえば、目的の廃ビルには時間に余裕をもって着ける。

 そっと廊下を通る途中、千佳の部屋の扉が開けっぱなしになっているのが見えた。

 閉めようとして、ふと中を見やる。
 子供には大きめなシングルベッドで、千佳と舞奈が仲良く寝息をたてていた。

 結局、俺は今回の作戦のことを、舞奈に知らせないことを選んだ。

 舞奈と千佳の穏やかな時間を邪魔したくない。
 それに舞奈がなにも知らなかったということは、【機関】は今回の作戦を執行人エージェントだけで完遂しようと意図しているのだろう。

 なにより俺にとって、この仕事は舞奈に頼らずにこなすべき事柄だ。
 今や俺は、異能力を持つヒーローだ。
 女の子の背に隠れて後ろから殴るだけでいいはずはない。

 だから、そっと靴を履き、玄関を振り返って「行ってきます」と小さく呟く。

 そして家を出た。

 隣の家の玄関を見やると、ちょうど小夜子が出てきたところだ。
 戦闘《タクティカル》セーラー服を着こんだ小夜子に手を振る。
 小夜子は小走りに駆けてきた。

「陽介君、早いのね。もう少しゆっくりしていっても時間には間に合うよ」
「そうなんだけど、初任務が遅刻ってのも格好つかないし」
「ふふ、陽介君らしいね」
 そう言って小夜子は笑う。

「わたしは支部に寄って準備をしなくちゃいけないから、陽介君は先に行ってて」
 どうせなら一緒に行ければいいのに。
 けど作戦の中核となる魔道士メイジである小夜子には、やるべき仕事がある。

 ……だが、その仕事というのは生贄にするための脂虫の確保なのだろう。
 強張った小夜子の表情を見やり、確信する。

「俺も手伝おうか?」
「ううん、大丈夫。すぐに……準備してそっちに行くから、待ってて」
「ああ、それじゃ現地で」
「うん。陽介君も気をつけてね」
 そう言い残して去っていく小夜子を見つめる。

 そのとき、ふと、プレゼントを渡しそびれていたことに気づいた。

 まあ、現地に着いてからか、あるいは作戦が終わった後にでも渡せばいいか。
 そう思ってポケットをまさぐり、プレゼントが入っているのを確認する。

 そうしながら、小さくなった小夜子の背中を見送る。

 そして俺はひとり、倉庫街へと向かった。

 旧市街地の外れに位置する倉庫街は、酸性雨が降り注ぐ新開発区に近い位置にある。
 そのせいか、毒の雨から放たれる刺激臭が鼻をつく。

 俺の頭上も雨雲が覆いつつある。
 こちら側にも毒の雨が降るとは思いたくない。
 だが街灯の明かりはまばらで、夜闇に沈んだ倉庫の陰に何かが潜んでいるような気がして身をすくめる。

 実は、俺と小夜子が中等部にあがったばかりの頃、帰宅が遅れて夜道を歩いていた俺たちはわけもわからぬまま甲冑の群れに襲われ、通りがかった2人の少女に救われた。
 それ以来、俺はちょっと暗闇が怖かった。
 恐れを振り払うために、あのときに甲冑を蹴散らしたヒーローの姿を脳裏に描いた。

 だが、今や俺は執行人エージェントだ。
 怪異どもに対抗できるヒーローになったのだ。
 その証を確かめるように、目の前で拳を握りしめて炎を宿らせる。
 俺の拳に宿る【火霊武器ファイヤーサムライ】が、闇を払うが如く燃える。

 そうやって自分を鼓舞するうちに、目標の廃ビルへとたどり着いた。

 ビル全体が黒い光に覆われているので、すぐに見分けがついた。
 建物の内部が結界化されていて、通常の手段では出入りできないのだ。

 この中で進行している企みを食い止められるのは、異能力を持つ執行人エージェントだけだ。
 つまり、俺たちだけだ。

 そんなビルの前には、すでに数人の仲間が集まっていた。
 俺も時間に余裕をもって着いたつもりだが、もっと気の早い人もいたようだ。
 それとも、執行人エージェントとしてはこのくらいの意識を持つべきなのだろうか?
 そう考えて苦笑する。

 近づくにつれ、彼らの顔に見覚えがあることに気づく。

 華奢な瑞葉と太ったポークが、こちらに気づいて手を振った。

 その側にいるのは、初めて【機関】の支部を訪れたあの日に瑞葉やポークとともに屍虫に挑んでいた高校生たちだ。
 彼らに会えて嬉しかった。
 ミーティングの時にも見かけたが、声をかけるタイミングを逃していたのだ。

「やあ、陽介君じゃないか」
「陽介君、こんばんは」
「こんばんは、瑞葉、ポーク、それから――」
「よう、こんばんわ」
 高校生の2人より早く、彼らと一緒にいたジャージの男が答えた。

 社会人か、あるいは就職活動中の大学生といった雰囲気の男だ。
 無精ひげを生やしていて、背が高くひょろりとしている。
 手にしているのは、鞘に収まった日本刀。

 衣装がジャージなのは、【機関】の強化服が制服タイプのものしかないからだ。
 白いラインの入った若草色のジャージはヒロイックには見えなかったが、あえてそれを指摘することはしなかった。

「あんた、この前、大屍虫とやりあってたときに援護してくれた人だな」
「あの時はありがとう。おかげで命拾いしたよ」
 高校生たちも、気さくに挨拶してくれた。

「こちらこそ、また会えて嬉しいよ」
 俺も笑みを返す。

 俺より少しごつくて背の高い彼らの戦闘タクティカル学ランは、高等部指定の制服だ。
 来年は俺もあのデザインの制服を着るんだなと思うと、少し感慨深かった。

「オレはスパーク。【雷霊武器サンダーサムライ】だ」
 片方が手にした槍をひとふりする。
 竹刀の剣先に紫電が宿った。
 以前の戦いでも見たように、そして舞奈と一緒に観た百合と同じように。

「ボクはスティール。【装甲硬化ナイトガード】だ」
 次いで隣の少年も、電動ハンドミキサー構える。

 棒の先に取りつけられた何枚もの刃が回転し、敵を斬り刻むのだ。
 薄い刃は簡単に折れてしまいそうだが、身に着けた装備を無敵にする異能力の持ち主に、その心配はない。
 いわば、ハンドミキサーは鋼鉄の騎士たる【装甲硬化ナイトガード】の専用武器だ。
 そんな騎士の証を手にした少年は、気さくに笑う。

「俺は日比野陽介。コードネームはまだ決めてないけど、異能力は【火霊武器ファイヤーサムライ】だ」
 自己紹介しつつ、拳に炎を灯してみせる。

「ほう。武器じゃなくて、自分の拳が燃えるのは珍しいな!」
 先ほどのジャージ男が、俺の拳を見やって声をあげた。
 そのまま食い入るように見つめる。

 ……そして、ニヤリと笑った。
 その笑みの意味に考えを巡らす前に、

「オレ様はソードだ」
 尊大に言い放った。

「はじめまして、ソード先輩」
 年上なのと態度が横柄なせいか、思わず敬語で返す。
「礼儀正しい青年だ。やはり若者は年上を敬わないとな」
「ソード先輩は何の異能力を持ってるんですか?」
 その問いに一瞬だけ顔をしかめてから、ソードは手にした日本刀を抜き放つ。

「オレ様は武道者だ」
「武道者……?」
「ああ、そうだ。異能力などに頼らず、ただ武術の腕前のみにて悪を断つ。それに、オレ様は新開発区で剣の鍛錬を積んだデスクロスだ。敬えよ! 新入り!」
 威勢のいい台詞を語る。

 だが舞奈のように本当の強者を知っていると、彼の芯の弱さが透けて見える。
 彼が新開発区で暮らすのは無理そうだと、2度しか訪れていない俺でもわかる。

 ふと舞奈が以前に言っていた。
 ヤンキーが勝手にデスクロスを名乗ってた、と。
 本物のデスクロスが小学生の女の子だと知ったら、彼はどんな顔をするだろうか?

 だがスパークとスティールは、そんな自称デスクロスに尊敬の視線を向ける。
 ソードが見せかけだけとはいえ自信に満ち、肩書を持った大人だからだろう。

 だから俺も、真実を暴いて雰囲気を悪くしようとは思わなかった。
 それで士気が上がるのなら些細な嘘に目くじらをたてるべきじゃない。
 それに俺だって、人のことをとやかく言えるほど強くはない。

 そうするうちに、新たな執行人エージェントがあらわれた。

「子供!?」
 そこに現れたのは、帽子を目深にかぶった子供だ。
 千佳や舞奈と変わらぬ年ごろ、否、もっと年下に見える。

「こいつはエリコ。【断罪発破ボンバーマン】だ」
「どうも」
 エリコと呼ばれた子供は硬い声で挨拶する。
 年上相手で緊張しているのだろうか。

「デスメーカーは本隊ともども遅れてくる。脂虫の調達に手間取っているらしい。奴らが到着するまで我々は待機だ」
 幼い声色でぶっきらぼうに言った。
 そんなエリコを、異能力者たちは不満げに見やる。

(やっぱり、小夜子は生贄を確保しに行ったんだ……)
 彼女の落ち度ではないのだが、俺も少し恨めしく思った。

 結界とは、範囲内の空間を変化させ、周囲から『切り離す』ことによって隔離する。
 建造物を利用して結界を形成することを結界化と呼ぶ。
 隔離された空間に出入りするには、術者を倒して結界を解除するか、強力な打撃で結界を破壊するか、あるいは魔法によって結界に穴を開けるかしかない。

 だから、脂虫を爆発させて結界に穴を開ける異能力【断罪発破ボンバーマン】が必要になる。

 結界化された建物の中にいる屍虫は脂虫が変化したものだが、その結界に入るためにも、中で皆が最初の1匹を倒すためも脂虫が必要だ。
 だから、どこかで脂虫を調達しないといけない。

 正直なところ、酷い話だと今でも思う。

 だが、これまでに出会った脂虫の身勝手な生態を思い出すと、仕方ないとも思う。
 それに、俺よりキャリアの長い執行人エージェントたちは、そんなことで悩んだりしていない。

「文句は上に言っとくれ。それに、どっちにしろ脂虫がなければ結界化されたビルには入れない。本隊が来るまで、おとなしく待ってるこったね」
 勝気そうだが幼いエリコも特に気に病む様子もないことに安堵する。

 だけど、小夜子にとっては気の進まない仕事なんだろうな。
 無理にでも手伝ったほうが良かったのかもしれない。
 そう思った俺の側で、

「魔法使い風情が、好き放題に振舞いやがって」
 ソードが忌々しげに舌打ちした。

「……え?」
「新入りのお前には、まだわからねぇだろうがな! あいつら魔道士メイジは上層部の連中にえこひいきされてるんだ!」
 戸惑う俺の問いに、ソードは吠えた。

「オレたち武道者や異能力者の後ろから魔法をかけるだけのくせに、給料は倍以上違うんだぞ!? きっと今回の作戦だって、みんなあの小娘の手柄になっちまうんだ!」
 ソードは顔を寄せ、つばを飛ばさんばかりに喚く。
 話すうちに興奮したか。

「そ、そうなんですか……」
 俺は身を引きながら、しどろもどろに答える。

 そうしながら、ふと気づいた。
 彼からは酒の臭いと――かすかなヤニの臭いがする。

 脂虫なのだ。

 そういえば、執行人エージェントの中にも脂虫がいるとフィクサーが言っていた。
 やる気と能力さえあれば素性は問わない方針なのだろうか?

 脂虫は危険な怪異だと聞かされていたし、そう思っていた。
 だが、仲間として目の前に立たれた相手を無下に嫌う気になれないのも事実だ。

 それより、彼は自分が脂虫と呼ばれていることを知っているのだろうか?
 彼が今回の作戦に参加したのは、給料か名誉のためなのだろうか?
 それとも脂虫について知った上で、脂虫を怪物に変える何者かを倒そうとしているのだろうか? そんなことを考える俺に構わず、

「そこで、だ。ここにいる面子で作戦を完遂して、奴らの鼻をあかしてやらないか?」
 ソードはニヤリと笑って言った。

 俺は耳を疑った。
 事前に渡された資料では、中には屍虫や大屍虫が群れをなしているという。
 そんな中に、予定の半分にも満たない戦力で殴りこむなど無謀だ!

「あんたは馬鹿なのか?」
 俺が声を上げようとするより先に、エリコが口を開いた。

「中には屍虫がうようよいるんだ。あんたたちだけで突っこんだって瞬殺だよ」
「なんだと!? 魔法使いのイヌが、知った風な口を!」
 ソードは激高し、エリコの襟首をつかむ。

「やめてください!? 相手は子供ですよ!」
 俺はあわてて制止する。
 だがエリコは動じずに、

「それに【断罪発破ボンバーマン】は脂虫を爆発させる異能力だよ。生贄はどこだい?」
 そう言って睨む。
 ソードは思わずエリコを離して跳びすさる。

 やはり彼は、知っているらしい。
 ひょっとしたら、彼は小夜子を恐れているのかもしれない。
 脂虫を生贄にすることによって魔法を強化する魔道士メイジを怖がっている。
 だから大口をたたき、小夜子の目の届かぬところで作戦を終わらせようとしている。
 そういうことなのだろう。

 だが、そんな上辺だけの男は口元に笑みを浮かべる。

「へ、へへ……。来たぜ、あいつだ。魔法使いより早かったじゃねえか」
 夜闇の中から、筋骨隆々とした巨漢があらわれた。
 彼も以前に屍虫と戦ったときに共闘した仲間だ。

 そんな彼は市指定のゴミ袋を抱えている。
 その中で何かが不気味に蠢いている。

「脂袋にしてきたのか」
「そのまま持ってこれるわけないだろう。夕方ごろに駅前で煙草を取り出すのを見つけて、確保しておいた。暴れたんで手足は折りたたんじまったがな」
 巨漢は嗜虐的な笑みを浮かべて袋を見やる。

 半透明の袋の中に詰められているのは脂虫だった。
 薄汚れた背広を着て手足をありえない方向に折りたたまれ、縛り上げられている。
 くわえ煙草の口元がもごもごと蠢いているので、生きてはいるのだろう。

「こいつはアトラス。オレ様の仲間だ」
 ソードは目を見開いた俺を見て笑い、次いで巨漢を見やる。

「アトラスだ。身体能力を強化する【虎爪気功ビーストクロー】だ」
 当人も落ち着いた低い声で言った。
 脂虫を事もなげに袋に詰めたアトラスは、ソードの正体に気づいているのだろうか?

「どうだ? これだけの面子がいれば、こんなみっともない玩具なんか使わなくったって問題ないだろ?」
 ソードはニヤニヤ笑いつつ、懐から取り出した猫耳カチューシャを放り投げた。
 今回の作戦に際して【機関】から支給されたものだ。
 小夜子の魔法による身体強化の恩恵を受けるために必要だと聞かされている。

「待ってください! それは……!?」
 あわてて拾おうとする俺を、ソードはギロリと睨みつける。

「なんだよ? てめぇは女の力を借りなきゃ戦えないってのか?」
「そんなわけじゃ……」
 口ごもる俺に、ソードは得意げに言い募る。

「なあ、オレたちは男なんだぜ!?」
 カチューシャを蹴りやりながら吠える。
 そんなソードを、アトラスは身じろぎもせずに、エリコは冷ややかに見やる。

「敵を目の前にして、男が女の背中に隠れてていいわけねえだろ!?」
 吐き出すように叫ぶ。

 瑞葉とポークは困惑する。

 だが高校生たちは互いに顔を見合わせる。
 まんざらではない様子だ。

 彼らだって男だ。
 己が力だけを頼りに困難を克服し、華々しい活躍をしたいのだ。

 かく言う俺だって、そういう想いがまったくないと言えば嘘になる。
 もし俺の力を証明できたなら、小夜子は生贄を準備したりしなくて済むだろう。

「だからオレたちの力を、奴らに思い知らせてやるのさ! そうすれば奴らだって、上層部だってオレたちの扱いを考え直すに決まってる!! ボーナスだってガッポリさ!」
「ボクらのことを見なおして……か」
 ソードの言葉に、【装甲硬化ナイトガード】のスティールが迷う。

「ああ、ソードさんのいう通りかもな」
 スパークがそう言いうと、高校生たちもカチューシャを投げ捨てる。

「けど……。いや、ここで僕の力を証明すれば姉さんたちに……」
 瑞葉は少しためらったものの、やっぱり捨てる。

「まあ、先輩たちがそういうんだし」
 ポークもカチューシャを取り出すが、やっぱり仕舞う。
「……やっぱり僕は、持ってはいくよ。僕の【鷲翼気功ビーストウィング】は空を飛ぶ異能だから建物の中じゃ使えないし、お守り代わりにね」
 それでも突入には賛成らしい。

「ま、そういうことなら仕方がないさ。お前はオレたちの後からボウガン撃ってろ」
「すまない、頼りにさせてもらうよ」
 スパークのフォローににこやかに答える。

「そのお詫びと言っちゃあなんだけど、ボーナスがでたら皆におごるよ」
 そう言って笑う。

「商店街に新しいハンバーガー屋ができたのを知ってるかい? あそこの絶品特大デラックスバーガーがボリュームもあっておすすめなんだ」
「あーあのバケモノみたいにでかいヤツか……」
「さすがに頼む勇気はなかったけど、こんだけ人数がいれば食べられないことも……」
「――ま、ひとり2つもあれば十分かな」
「「「「「食えねぇよ!!」」」」」
 ポークの大食漢っぷりに全員でツッコむ。

 けれど、今、皆の気持ちがひとつになっているのを感じた。

 今なら、どんなバケモノにだって勝てそうだ!

 俺たちだけで首尾よく任務を遂行したら、舞奈をビックリさせられるかな?
 小夜子を安心させられるかな?

「まあ、勝手にすればいいさ」
 けど、エリコだけは白けた様子で肩をすくめ、

「そこの扉の前に袋を置いて。調査ではそこがいちばん脆いはずだから」
 言われた通り、巨漢は黒い光に覆われた扉に袋を叩きつける。
 袋はドサリと道路に落ちて、小さくうめいて蠢く。

 エリコは袋を一瞥し、何かを読みあげるように小さくつぶやく。
 ……魔法の呪文に似ている?

 そう思った途端、脂虫を詰めた袋がダイナマイトのように爆ぜた。

 異能力者が異能の力で人を害せば罪になる。
 だが【機関】の規定では、脂虫は自らの意思で人権を捨てた怪異とされる。
 そんな【汚い爆発】によって生み出された怪異1匹分の穴は、まるで生きているかのように蠢き、埋りつつある。

「ソードさん! 一番槍はいただいてくよ!」
 放電する槍を構えたスパークが穴の中に消える。
 次いでハンドミキサーを構えたスティール、巨漢のアトラスと肥えたポークが続く。
 瑞葉の姿はない。異能力で姿を消して侵入したのだろう。そして、

「お前も来るんだ!?」
「やだよ! あんたたちの酔狂につき合って死ぬ気なんてないよ! はーなーせー!」
 ソードがエリコの腕を引っぱり、穴の中に引き入れようとしていた。
 その拍子に目深にかぶった帽子が落ちて、まとめられた長い髪があらわになる。

「女だと!? てめぇも魔道士メイジだったのか!?」
 俺も驚いた。
 そして理解した。

 女性は異能力を使えない。
 だからエリコは異能力を模倣する魔道士メイジで、使った異能も【断罪発破ボンバーマン】と同等の効果を持つ何らかの魔法なのだろう。

 ソードの手が緩んだ隙に、俺はその手を引きはがす。
 逃げ出したエリコは俺の背中に隠れる。
 背中にしがみつく子供の――少女の指の感触を意識しながら、

「屍虫には【断罪発破ボンバーマン】は効かない。連れてったって意味ないですよね?」
「けどよっ、こいつを連れていけばデスメーカーは入ってこれない!」
「俺たちがしたいのは任務の妨害じゃないですよ!」
「新入りのガキが! 年長者のオレ様に文句があるのか!?」
 だが俺はニヤリと笑う。

「なら、本隊が到着する前に首謀者を排除しましょう。そのほうが上層部の評価だって上がるはずです。それに、そのほうがヒーローらしいじゃないですか」
「ヒーローか。へへっ……新入りのクセに、なかなか言うじゃねぇか!」
 俺の言葉に、ソードの口元にも笑みが浮かぶ。

「それなら、オレ様も気張らないとな! 行くぜ新入り!」
 ソードは白刃を抜き放ち、穴へと跳びこむ。

「あんたはここに残るべきだよ。後続部隊と合流して、本来の任務をこなすの」
 後を追おうとする俺を、エリコが呼び止めた。
 そして、ゆっくりと縮みはじめた穴を見やる。

「あいつらに恨まれる心配はない。……あいつら、もう帰ってこないから」
 これまでより声が高くて柔らかいのは、声色を偽っていたからだろう。
 彼女の本当の声も綺麗だと思った。

「そんなこと、言うもんじゃないよ」
 俺はエリコに笑いかける。

「俺は行くよ。彼らだって執行人エージェントの仲間なんだから」
 そう言い残し、ギリギリ人が通れるくらいまで埋まった穴の中へと跳びこんだ。
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