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第1章 廃墟の街の【掃除屋】

占術

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「舞奈ちゃん、お帰り。たくさん買ったなあ」
「おう! いっぱい食ってきたぞ!」
 スミスの店を出た舞奈は、弾薬がつまったケースを抱えながら腹をさする。
 そして守衛に背を向け帰路へ向かう。
 舞奈のアパートは、守衛が警戒する廃墟の通りの先にある。

 通りすがりつつ先ほどのバイクを見やる。
 錆喰いの仕業か塗装は剥げかけ、既に半分ほど錆びている。
 奴らも腹はくちくなったかなあと、どうでもいいことを考えていたその時、

「――運命さだめは3つの円環の集いし場所にある」
 しわがれた声がした。
 出所を探って視線をめぐらせる。

 廃ビルの隙間に、宝飾された骸骨が鎮座していた。

 ――否、骸骨のように痩せ細った老婆だ。
 首には大量のネックレス。
 腕には色とりどりのブレスレット。
 それらをジャラジャラと言わせながら手元の水晶球を弄び、アンデッドじみた老婆は不気味な笑みを浮かべる。

「……今度はババアを捨ててきやがった」
 言いつつ舞奈は老婆を見やる。

「汝は鏡の中に己自身を見出し、汝は汝に銃を向けるであろう。そして運命にに見放されたなら――」
 老婆は舞奈を見上げたままギロリとぬめつけ、

「――汝は死ぬ」
 言い放った。

「そうかい」
 舞奈は不吉な預言めいた言葉を聞き流し、老婆に背を向けて進む。

 だが老婆は蜘蛛のように素早く目の前に回りこみ、手のひらをさし出した。
 舞奈は骨のような老婆の手を怪訝そうに見つめる。
 次いで老婆の顔を見やる。
 老婆はニイッと不気味に笑う。

「見料」
「……今ので金取る気か?」
 舞奈はふざけんなと叫びかけ、ふと思いつく。
 ジャケットのポケットをまさぐり、

「巷で人気のポップアーティストの写真だよ」
 先日に貰った、中華料理屋のロゴが入った封筒を取り出し、老婆に手渡す。
 老婆は封筒をひったくって中身をあさる。
 舞奈は老婆に背を向け、そそくさとその場を立ち去った。その背中に、

「ひぃ~~~!! 泥人間じゃ~!!」
 甲高い老婆の悲鳴が突き刺さった。
 泥人間は夜闇にまぎれて人を襲うだけでなく、整形を駆使して人間社会に潜伏する。
 その醜悪な正体を目の当たりにしたのだ。叫ぶのも無理はない。

「待ってろ、腐れ野郎」
 舞奈は不敵に笑う。

 泥人間は群で出没する。
 昨晩ここで戦った11匹は、張の鏡を奪ったグループからはぐれたのであろう。
 本隊はこの街のどこかにいるはずだ。

 同じ頃、舞奈が通ってきた検問で、

「3年前は、3人でここを通ってたんだ」
 スキンヘッドの年配の守衛が、ぽつりとこぼした。

「ご両親ですか?」
「どうだろうな。低学年だった舞奈ちゃんと、ちょうど今の彼女くらいの年頃の一樹ちゃんと、中学生くらいの……たしか美佳ちゃんだったかな」
 けれど若い守衛が配属されてから、登下校の時間にここを通るのは舞奈だけだ。

「……引っ越した、とか?」
「末っ子をひとり置いてか?」
 そう言ってやれやれと肩をすくめると、年配の守衛は廃墟の奥を見やった。
 少女の背中は、とうに見えなくなっていた。

 その晩、舞奈は踊っていた。

 ステージは天井と壁と床しかない殺風景な自室。
 引き締まった肢体を飾るはキュロットにブラウス、その上に掛けられたショルダーホルスター。そして両手の拳銃ジェリコ941

 銃を握った両腕を両翼の如く左右にピンと伸ばす。
 次の瞬間、両腕を交差させる。
 両手の拳銃ジェリコ941を前に向けて構える。

 研ぎ澄まされた動作は銃の撃鉄の様に鋭い。
 ポーズは鋳抜かれた鉄のように正確で力強い。
 少女の肌には玉の汗が浮かんでいる。
 だが、口元にあいまいな笑みすら浮かべた童顔には息の上がった様子はない。

 静寂の中に、四肢が風を切る音と筋肉が軋む音、少女がたまに発する「はっ」という鋭い声だけが響き渡る。

 少しばかり物々しい体操だが、舞奈は毎晩の健康体操を欠かさない。
 強靭な肉体と正確な動作は接近戦ガンファイトの基本だ。
 だから筋肉と技のメンテナンスを兼ねて心地いい汗を流すと、シャワーを浴びて眠りについた。

 そして、その夜。

「やれやれ。志門の奴、今日は静かに寝てるみてぇだな」
 ドアの前で、ハンチング帽を目深にかぶった髭面の小男がひとりごちた。
 入居人が舞奈しかいないこのアパートの管理人だ。
 今は懐中電灯を片手に、形ばかりの見回りをしているところだ。

 管理人は、廃墟の街にひっそりとたたずむ不審者などあらわれようもないアパートの一室の前で立ち止まる。

「まったく、食うに困るくらい金がないんなら、意地張ってないで施設でもどこでも転がりこんじまえってんだ」
 3階が崩れていない場所の真下の、錆の浮いたドアの横には表札。
 無機質なプラスチック板に印刷された『志門舞奈』の文字。

「あいつだって、もう高学年なんだ。わかってるだろうに」
 舞奈の名が記された表札の横には、剥ぎ取られた2つぶんの表札の跡。
 その上に、油性ペンで何やら書かれている。園児のような酷い字だ。

『もえぎみか』
『かしんかずき』
 剥がしたのは彼で、書いたのは舞奈だ。

「いつまで待ってたって、あいつらが帰ってくるはずないってな……」
 管理人は寂しそうに笑った。

 同じ頃。

「むにゃ……ミカ……カズキ……」
 舞奈はベッドの上で丸くなって眠ったまま、無邪気に笑っていた。
 飾り気のない大人用のパイプベッドは、小学生ひとりで寝るには大きめだ。
 だがスペースの大半がぬいぐるみに占領されているので体感的にちょうど良い。

「あたし……強くなるよ……」
 そんな舞奈を、タンスの上に据え置かれた額縁が見守っていた。
 古びた木製の額縁には、3人の少女を写した古い写真が入れられている。
 姉妹にも、仲の良い友人にも見える。

 ひとりは、優しげに微笑む、編んだ栗色の髪と豊かな胸の少女。
 もうひとりは、勝気な笑みを浮かべるポニーテールの少女。
 最後のひとりは、無邪気に笑うツインテールの幼い少女。

「だから……ピクシオンは……いつでも3人いっしょだよ……」
 額縁の前には、星明かりに光るピンク色のブレスレットが置かれていた。
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