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第3章 教室がテロリストに占拠された日

ぐだぐだ1

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 バァァァァン!!

 テロリスト(明日香)は教室のドアを力いっぱい引き開けた。

「やあ諸君! テロリストだ! 今からこの教室を占拠する!」
 術でも使ったのか、器用に声色を変えつつ叫ぶ。

「(もうちょっとマシな名乗りを思いつかなかったのか?)」
「(うっさいわね)」
 小声で突っこんだ舞奈の脇腹を、明日香が蹴った。
 息子の元気なテロリストである。

「教室のドアからッ! 『テロリスト』を名乗る『武装』した『不審者』がッ!!」
 生徒のひとりが、驚愕の叫びをあげた。
 教室にいる全員の視線が、突然乱入してきたテロリストに集中した。

「なんて異様な風体なんだッ!?」
 生徒は叫ぶ。

「『無表情』な『ピエロ』のような恐ろしげな『仮面』ッ!! それにッ! 胴は極端に長いのにッ! 手足はまるで『小学生』のように短いッ!!」
「(おい、さっそくバレそうだぞ)」
「(わかってるわよ)」
 言うと明日香は、説明口調で叫び続ける生徒にピエロのような仮面を向ける。
 無表情な仮面にぬめつけられて、生徒は怯える。

「他人の身体的特徴を悪しきざまに言うもんじゃない。君だってチビや薄毛を大声で指摘されたら嫌だろう?」
「……ごめんなさい」
 叫んでいた生徒はだまった。
 ちょっと涙ぐんでいた。薄毛は気にしているらしい。
 他の生徒たちはテロリストの含蓄深い台詞にうなずいている。

「(高校生を泣かすなよ)」
「(うるさいわね)」
「(あと、もうちっとテロリストらしいこと言えよ。道徳の授業じゃないんだ)」
 舞奈はやれやれと気持ちだけ肩をすくめる。
 本当に肩を動かすと驚いた明日香に蹴られそうだからだ。

 それはさておき、舞奈は高等部の教室になんて滅多に来ない。
 だからバックルの隙間から、珍しい教室の中を見回す。

 教室の作りそのものは初等部のそれと大差ない。
 だが自分たちより背の高い高校生の男女が揃いの学ランとセーラー服を着こんでいる様は、自分の知らない大人の世界を垣間見ているようで新鮮だった。

 見なれた【機関】の支部や、軍事企業の建物より、スミスの店より、未成年が占めるはずの高等部の教室のほうが大人びて感じられた。
 それは舞奈が見なれている大人が、裏の世界の住人ばかりだからだ。
 この教室にいる揃いの制服の生徒たちのほうが、表の世界の大人にずっと近い。

 その中で、体育教師を囲んでいる派手な洋服の中年女たちだけが異物だった。

「なんザマスか、あなたは!」
「今は取り込み中ザマス!」
「そうサマス! 邪魔ザマス!」
 3人の保護者は、乱入してきたテロリストに怒りの矛先を向けた。

 リーダーは、ひときわ陰険そうな厚化粧のデブ。
 その左右にノッポとチビ。
 全員が高級そうな洋服を着こんでいて、ネックレスや指輪をこれ見よがしに身に着けている。香水の匂いがかなりキツイ。

「ひぃ!」
「この男、鉄砲を持ってるザマス!」
「そうザマス! 犯罪ザマス!」
 手にした銃に慌てふためく中年女を見下ろしながら、

「貴方がたは他人のことを言えないだろう」
 テロリスト(明日香)がつっこんだ。
 見ていた生徒も思わずうなずく。

 デブは日本刀を構えている。古美術品として流通しているもののようだが、刃を潰して切れなくする刃引き処理はされていない。迷惑な話だ。
 ノッポとチビは教師に出刃包丁をつきつけている。

「(なるほど。確かにあの人、この前会った執行人エージェントの親御さんよ)」
「(わかるのかよ?)」
「(ええ。頬骨の形がよく似てるわ)」
 明日香が小声で話してくる。

「(この前ってことは、【雷徒人愚】の連中か)」
「(名前は知らないけど、あなたが殴り飛ばしたリーダーっぽい大柄な人)」
「(デブのほうじゃじゃなくて?)」
「(【鷲翼気功ビーストウィング】の人? 違うわよ。骨格も肉質も完全に別物じゃない)」
 明日香は当たり前みたいに、そんな事を言った。

「(あっちの彼は贅肉が多いから太って見えるだけで、線は細いわよ。親御さんは小柄で痩せてるんじゃないかしら)」
「(お前に面が割れると、親の顔まで見抜かれるのか……)」
 舞奈は思わず肩をすくめ、驚いた明日香に脇腹を小突かれる。

 一方、生徒たちは非常事態に怯えるというより困惑していたようだ。
 後ろの席の生徒は着席したままざわざわしている。
 前の席の生徒は何となく携帯を手にして、教師と保護者を遠巻きにしている。

 凶器を持った3人の暴徒が、それでも保護者だし、中年女だしでそれほど脅威に感じられなかったからだろう。

 そんなところに、銃を持ったテロリストが乱入してきた。

 困惑に困惑を重ねて何が何だかわからない様子の生徒たちの視線を、だがテロリスト(明日香)は気にも留めずに、

「ほう、武装をしている貴様から血祭りにあげてやろう」
 厚化粧のデブに銃口を向ける。

 弾丸こそ抜かれているものの、使いこまれたショットガンM870を向けられる恐怖はいかほどか。蛍光灯の光に照らされ、銃口がギラリと光る。

「ひ、ひぃ」
 中年女たちは恐怖のあまり、手にした得物を取り落した。
 なるほど、相手が自分より強いと知ると速攻で凹むあたりは【雷徒人愚】のリーダーとそっくりだ。

 テロリスト(舞奈)は慣れた調子で凶器を教室の隅に蹴りやる。

 その隙に、生徒のひとりが体育教師を引き寄せる。
 教師は這うように逃げる。
 そんな彼女を他の生徒たちが教室の後ろに非難させる。

 中学生みたいな容姿の体育教師は、生徒に人気があるらしい。
 ベルトのバックルの奥で舞奈は笑う。だが、

「テロリストめ、このオレ様が相手だぁ!」
 聞き覚えのある叫び声。
 思わず見やる。
 席から立ち上がりつつ叫んだのは、三剣刀也だった。

「なんまんだぶ……なんまんだぶ……」
 その後ろの席で、見覚えのあるセミロングが頭を抱える。
 こちらは奈良坂である。

(あいつら、このクラスだったのか。バレないように気をつけなきゃな)
 舞奈は面倒くさそうにひとりごちる。だが、

「おまえみたいなテロリスト如き! このオレ様の剣にかかれば。イチコロよ! オレ様が、【掃除屋】の口先ばっかのガキどもより強いってことを――」
「――すっこんでろチンカス野郎!」
 テロリスト(舞奈)は机4つぶんの距離を一瞬で詰めた。

「だいたい今、剣持ってねぇだろ!」
 つま先が刀也の股間を捉える。
 クセ毛の少年は泡を吹いて崩れ落ちた。

「ひ、ひぃ~」
 怯える奈良坂を背にし、テロリストはゆっくり教卓へ戻る。
「(ちょっと、いきなり何やってるのよ)」
 テロリスト(明日香)は仮面の奥で下半身を睨む。

「『教卓』から『三剣君の席』までの距離を『一瞬』で!? 奴は只者じゃない!?」
 生徒が驚愕の声をあげる。
「上体を不自然に後ろにそらした謎の体勢ッ! 何かの『武術』かッ!?」
 下半身を務める舞奈が急に駆けたので、上の明日香は落ちそうになっていた。

「それにしてもッ! ……今『ベルト』が喋らなかったか?」
「ピピ……ガガ……モクヒョウ、マッサツ、マッサツ」
 舞奈は壊れたAIのふりをして誤魔化す
「あと、女の子の声で『きゃ』って聞こえたような……」
 明日香は小さく舌打ちする。

「今のは見せしめだ」
 仕方なく、低い声色で威嚇して誤魔化す。

「我々の要求が聞き入れられない場合、他の生徒の安全も保証できない」
 無意味にポンプをスライドさせる。
 ガチャリ、という機械音に、教室内の緊張が高まる。

 明日香は基本的に前衛をしない。
 だから長物なんてスナイパーライフルKar98Kくらいしか使わない。
 たまに持ってみたショットガンM870が珍しいのだ。

 しかし、まあ。体育教師も無事で、中年女は教卓の陰でふるえている。 
 あとは計画通りに警備員が突入して、テロリストを追い払って中年女を『保護』すれば任務成功だ。
 舞奈はクレアとベティを呼ぶべく通信機に手をのばす。だが、

 ガタン。

「よ、要求はなんなんですか!」
 ひとりの女生徒が立ち上がった。
 奈良坂の隣の席の少女である。

 スレンダーな身体と、低い位置でまとめたツインテールが印象的だ。
 教室の後ろで震えている体育教師に代わって矢面に立とうというのか。
 その健気さに、ベルトのバックルの奥で舞奈は笑う。だが、

「要求……。要求か、ふむ……」
「(考えてなかったのかよ!?)」
「(そんなの考えてるわけないでしょ!)」
「(いや、なんかあるだろう? 給食の盛りを増やせとか)」
「(……それはないわ。大食いな小学生じゃないんだから)」
 舞奈と明日香は小声で言い合う。その時、

 ガタン。

 小さく音をたてて、今度は奈良坂が席を立った。
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