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第12章 GOOD BY FRIENDS
戦闘2 ~銃技&戦闘魔術vs異能力&悪魔術
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――3年前。
「またしょうこりもなく街のみんなあやつって!」
ピクシオン・シューターは憤慨した。
3人のピクシオンの前に、またしても操られた市民が立ち塞がっていた。
「けどグッドマイトの魔法があれば……って、効いてない!?」
驚くシューターの前で、幹部は笑う。
「そうよ! この旧神の印はグッドマイト! 貴様の魔術を無力化する!! ……弟なのだ! 貴様らに発狂させられた我が弟を贄に創られたのだよ!!」
「くそっ……!」
幹部の余裕と魔道具を見やり、シューターは歯噛みする。だが、
「今度こそ……今度こそ罪なき人々の手で八つ裂きになるがいい!! ピクシオン!」
「それはどうかな?」
言うが早いか、フェザーが市民の群の真っただ中に踊りこんだ。
手にした和杖で情け容赦なく叩きのめす。
「な……!?」
「何を驚いている?」
突然の暴挙に驚愕する幹部を見やり、同様に驚くシューターを背にフェザーは笑う。
「わたしは奴らに指一本触れてはいない」
言われて見やると、たしかにフェザーの和杖は彼らに傷ひとつつけていなかった。
すべて寸止めだった。
必殺の一撃と同等な気迫によって、叩きのめされたと思いこまされて気絶したのだ。
そうやって、フェザーは次々に市民を無力化する。
残る市民は怯えて後ずさる。
心を操られ、ピクシオンを襲うよう強制されていたにも拘らず。
それを上回るほど強烈な、フェザーの気迫によって。
「だ、だが……その技で市民すべてを無力化することはできまい」
幹部は引きつった表情で、だが市民に命ずる。
「貴様ら、全員で奴を倒せ!」
市民の群はフェザーめがけて殺到する。
それでもフェザーの口元には、不敵な笑みが浮かんでいた。
当時、ピクシオンは紛れもない最強だった。
だが彼女らは、ある日、突然に姿を消した。
シューターひとりを残して。
そう。幼い舞奈の大事な仲間は、今はもういない。
――それから3年後。
舞奈は明日香とともに、ロッカーにして悪魔術師である萩山光を追い詰めていた。
「これで実力の差を思い知ったろ? 投降するんだ」
言って舞奈は余裕の笑みを浮かべてみせる。
だが拳銃の銃口は、油断なく萩山を捉える。
ギターを手にした彼の瞳は敗北した者のそれではなかった。だから、
「まだ……終わらせねぇ!! おまえたち、来い!」
自棄のように叫びつつ、萩山はギターをかき鳴らす。
「まだやる気か」
この状況で使えるような伏兵?
訝しむ。
叫びに応じて撃たなかったのは、懸念が引き金を鈍らせたからだ。
その隙に、結界の外から見知った人影が跳びこんできた。
戦闘学ランを着こんだ中高生たち。
退避したはずの執行人だ。
「おまえら、退避したはずじゃ……?」
「いえーい! 舞奈ちゃん明日香ちゃん、ノッてるかーい」
「パンクで候! ロックでござるぅ!」
彼らは各々の得物を構え、舞奈と明日香を取り囲む。
様子が変だ。
まあ彼らの言動は普段から変だと言えば変だ。
だが普段とは違った感じに変なノリに、思わず舞奈は身構える。
萩山はギターをかき鳴らし、派手だが単調なメロディを奏でている。
「……気をつけて。彼ら、魔法で操られてるわ」
「いや、操られるって脂虫じゃないんだから」
明日香の言葉に思わずツッコむ。
数多の魔法の中には、精神を操る術もいくつか存在する。
だが、主にその対象は人としての気概を捨てた意志薄弱な脂虫だ。
普通の人間を意のままに操る術なんて聞いたことがない。
――否。
「【人操り】って奴か」
舞奈は舌打ちする。
ひとりごちたのはスミスから聞いた術の名だ。
悪魔術が内包する術のひとつ【魔力と精神の支配】。
本来は魔術に相当する高度な技術。
それを彼らは、ロックンロールを媒体に行使することが可能だ。
何故なら歌は強い感情を喚起し、感情は魔力の礎となる。
不可視の結界を形作っている【小さな小さな世界】も、そうした技術を応用してロックのリズムで因果律と空間を歪める術だ。
だから彼らは人の心が持つ耐性にすら浸透し、少しなら効果を及ぼすことができる。
萩山が行使している【人操り】は、歌で人を操る術だ。
舌打ちする舞奈の前で、執行人のひとりが大悪魔の背から何かを引っ張り出す。
それはアークデーモンのコアだったもの。
頭と上半身だけになった脂虫の死骸だ。
次いで別の執行人――大柄な中学生が、結界の外から何かを手にしてあらわれる。
四肢をもぎ取られ、だがくわえ煙草のまま辛うじて生きている脂虫。
先ほど萩山が儀式に使おうとしていたものだ。
それを捕らえた彼らは、普段通りに加工していたのだ。
大柄な彼は悪魔の背の穴に、手にした塊をねじ入れる。そして、
「もう一度だアークデーモン! 今度こそ奴らをぶちのめすんだ!」
萩山はギターをかき鳴らす。
周囲を漂っていたデーモンが萩山の周囲に集う。
その足元に横たわったアークデーモンは、デーモンを取りこんで背の穴を塞ぐ。
「糞ったれ! 新しい顔かよ!」
舞奈は叫びつつ、デーモンの残骸に拳銃をを向ける。
先ほど逃した脂虫を新たなコアにして、残りのデーモンを共食いさせ、即興でアークデーモンを再生させるつもりだ。さらに、
「いえーい! いえーい! いえーい!」
「歌うでござるよ! 踊るでござる!」
舞奈と明日香の前に執行人たちが立ち塞がった。
何人かが手にした剣が、槍が、異能の炎や稲妻に包まれる。
「……そっちから片付けろってことか」
舞奈は身構えたまま口元を歪める。
「さあ、どうする!? おまえらは仲間を倒せるのか?」
ギターをつま弾きながら、萩山は笑う。
歌じゃないのは【人操り】を行使しながらアークデーモンを修復すべく集中するためか。それでも鮮烈なリフは人の心を惑わせるには十分だ。
「行け! おまえたち!」
叫びつつ、萩山はギターをかき鳴らす。
応じるように、少年たちは舞奈めがけて襲いかかる。
だが、
「ぎゃん」
「あひょっ」
集団で襲い来る高校生たちの得物を、舞奈は蹴りと拳で叩き落す。
たちまち彼らは吹き跳んで、白目をむいて気を失った。
その間、わずか数秒。
「よ、弱いぞおまえたち……」
萩山は驚愕する……というか唖然とする。
それでもギターを弾く手が止まらないのはロッカーの矜持か。
「……それは認める」
正直、舞奈も驚いた。
実のところ、舞奈は何かしたわけではない。
かつての一樹と同じように、気迫で圧倒しようと跳びかかっただけだ。
だが彼らにとって、舞奈は最強のSランクだった。
Sランクに襲い掛かって反撃されたらやられるに決まっている。
そう強く思いこんでいるから、舞奈が仕掛けた途端に吹っ飛び、気絶した。
彼らがアニメやゲームに親しみすぎ、ある意味2.5次元に生きているのも理由だ。
正直、ここまで上手くいくとは思わなかった。
何処までも平和な少年たちである。
「けど、彼ら全員にそれで対処するのは無理よ」
「わかってる。明日香、こっちも歌で勝負だ」
次いで声をあげる明日香に答え、
「……わかったわ」
「いや、おまえはわかってねぇ!」
言って小さく息を吸い込む明日香を止める。
本人の歌に期待なんかしてなし、歌われたらたまらん。下手をすれば死人が出る。
「そうじゃなくて、機械を操る術が使えるだろ?」
「何するつもりよ?」
「どうせ奴らの携帯に、あずさの曲が入ってるはずだ。そいつを再生してくれ」
「……ああ、なるほど」
言って明日香は一瞬で真言を念ずる。
そして、いつかの技術担当官と同じように「情報」と締める。
途端、
――退屈な日常も、ファンタジーと隣あわせ♪
――うつむいた視線上げたら、魔法の世界は、そこにあるよ♪
結界内を、ロックとは全く異質な歌が満たした。
人数分の携帯から流れる大音響のアイドルソングだ。
ルーン魔術が誇る【物品と機械装置の操作と魔力付与】。
それは明日香が修めた戦闘魔術の中核を成す技術でもある。
だから、いつかニュットがデータを削除したのと同じように、ひとりでに携帯が双葉あずさの曲を奏でる。
場違いなアイドルソングが、ギターの音色を押しのけて響く。
「いえーい♪ いえーい♪ いえーい……?」
「ロックで候! パンクで候! 双葉あずさは最高で候……? ……??」
変わらず妙なテンションながらも少年たちは動きを止める。
そして手にした得物を眺めながら首をかしげる。
萩山が維持していた【人操り】が揺らいだのだ。
舞奈の目論見とはやや異なり、録音された歌そのものに力はなかった。
それはアーティストが生み出した真の歌声ではないからだ。
だが普通の人間の精神を操る高度な術は些細なことで力を失い、霧散する。
――実のところ、3年前もそうだった。
ピクシオン・フェザーは操られた市民のうち何人かを無力化した。
その気迫で敵は魔道具の操作を誤り、グッドマイトの魔術が勝敗を決した。
かつての一樹は、ひとりで最強だったわけじゃない。
今の舞奈も。
「ええい! もういい!」
萩山はギターをかき鳴らす。
すると執行人たちの姿が残らずかき消える。
術のコントロールから逃れた手下を結界の外部に弾き出したのだ。
良い判断だ。
そんな萩山の口元には不敵な笑み。何故なら、
「奴らは用済みだからな!」
萩山を守るように、先ほど倒したはずのアークデーモンが立ち塞がった。
舞奈が少年たちを相手している隙にデーモンの修復を終えたらしい。
良い腕だ。小癪にも。
「第2ラウンドだ! 行くぜ!」
叫びつつつギターを奏でる萩山を背に、デーモンは滑空するように襲い来る。
チャムエルに似た眼鏡のレンズがキラリと光る。
同時に大悪魔の右手に【水波剣】による流水の剣があらわれる。
そして左手には【暴雷拳】による雷の剣。
――夕暮れふとキミの横顔を
――ひとめ見た途端にゾッコンになったよ
――My Angel!
新たなロックンロールが結界内に響き渡る。
曲目はファイブカードの『NO LOVER NO LIFE』。
舞奈は不意に、アークデーモンがチャムエルに酷似している理由を探っても問いただしてもいなかったことに気づいた。
そんなアークデーモンを前面に立て、術者はその後ろから攻撃を加える布陣。
術者本人への身体強化を不得手とする悪魔術師の標準的な戦術だ。
ちょうど舞奈と明日香の役割分担と同じか。
だから舞奈も先ほどと同様に、チャムエルに酷似したデーモンと対峙する。
悪魔が振るう水の剣が、ムチのように伸びてしなって舞奈を襲う。
剣の形すら超えた縦横無尽の攻撃を、舞奈は苦も無く回避する。
空気の流れを読める舞奈に近接攻撃は効かない。
少しばかり趣向を凝らそうが同じだ。
これまでの攻防でそれを察していたか、悪魔は次いで左手の雷剣を水剣に重ねる。
すると電気が水を伝わり、伸びた水剣の先から雷刃が飛び出た。
「おおっと」
それすら舞奈は跳び退りつつ身をかがめて避ける。
舞奈と距離が開いたまま、アークデーモンが何か仕掛けようとしたからだ。
――だけどキミと僕とじゃ月とスッポン
――どうせ吊り合うはずなんてないんだって
――あきらめる僕にも君は優しく微笑んでくれたから
――Burning!
次いで悪魔の背後から、数発の見えざる何かが飛来する。
舞奈は踊る。
リボンの、ツインテールの先を、不可視の魔弾がかすめて消える。
萩山本人が放った【魔弾】。
見えざる空気の弾丸だ。
だが、こちらは術者の視線が露骨に舞奈に向いていた。
だから舞奈も笑みを浮かべ、
「さっすが大学生! 電気の使い方にも学がある」
軽口を叩く。
「水が電気を通すことくらい、初等部で習っただろ!?」
萩山の怒声と同時に足元から放たれた石弾【岩裂弾】を避ける。
次いでアークデーモンがしなる水剣で追撃してきたので、それも凌ぐ。
空気の流れを読んで接近戦を制する術を、舞奈は小4の授業中に会得した。
「だいたい、なんで俺の邪魔をするんだ!? おまえたちには関係ないだろ?」
萩山は放電する弾丸【閃雷】を乱射しながら叫ぶ。
桜たちを襲った脂虫を動けなくした術だ。
だが稲妻とアークデーモンの連携攻撃を、舞奈は苦も無く回避する。
お返し代わりにデーモンめがけて撃つ。
だがデーモンは液体と化して回避する。
水を操って移動する【水上の足】を、むしろ術者より活用して防御する。
なにせ自分自身が水になれるから。
――キミの王子様になりたくて僕は
――柄にもなく張り切ってしまったよ
「俺の気持ちなんて知らないくせに!」
ギターをかき鳴らしながら萩山は叫ぶ。
「大事な……大事なものを……無くなるはずなんてないはずのものを、自分だけ失くした俺の気持ちなんて、知りもしないくせに!!」
歌を【風歌】にまかせ、萩山は世界に向けて叩きつけるように叫ぶ。
「魔弾《ウルズ》!」
背後からの魔術語に続いて轟音と放電、オゾンの匂い。
即ち明日香の【雷弾・弐式】。
先ほどの【閃雷】とは比べ物にならぬほど大きく強大なプラズマの砲弾だ。
だが巨砲はアークデーモンをかすめて虚空へ消える。
敵と舞奈との距離が近すぎて思うように狙えないからだ。
加えて萩山本人への攻撃もできない。
明日香は敵の身体強化についてよく知らないから、加減がわからないのだ。
下手に直撃させると消し炭にしかねない。
だから火の玉【火球・弐式】や斥力場の砲弾【力砲】で散発的に砲撃するしかない。
そんな致死どころかオーバーキル気味な攻撃魔法が通り過ぎる側で、萩山は歌う。
アークデーモンは舞奈めがけて水の、稲妻の斬撃を放つ。
――だけど、やること成すこと全部、空回り
――そんな自分が嫌になっちゃって
「……わかんねぇよ」
怒りにまかせた怒涛の連携攻撃を避けながら、舞奈の口元に乾いた笑みが浮かぶ。
――美佳と一樹がいなくなった3年前。
自分たちだけの秘密を共有した仲間を失い、それでも舞奈は求め続けた。
笑顔を浮かべ、皆を守り。
そうしていたらいつか、美佳と一樹が帰ってくるんじゃないかと夢を見ながら。
あるいは今いる自分が夢だと信じながら。
そんな舞奈の前にあらわれた明日香は真逆だった。
おそらく彼女も、舞奈と同じように何かを失った。
だが舞奈とは逆に憎悪した。
かつて信じていたであろう何かを、それを内包するこの世界すべてを。
どちらの手段でも、何かを失くした心の穴を埋めることはできなかった。
だから――
――それでも君はいつもまぶしくて
――そんな君に手をのばしたくてボクは
――Baby!
「わかんねぇよ! 髪を失くした男の気持ちが、小5の女子にわかってたまるか!」
舞奈もまた、叫ぶ。
繰り出される刃を、援護射撃をついでで避けながら。
その気迫に、その叫びに秘められた過去に、萩山はたじろぐ。
――かつて2人の小2は激しく対立した。
なにせ、どちらも人目を避けた実力行使に慣れていた。
だから言葉だけなく得物を、ときに異能すらぶつけ合って争った。
正直、わりと周囲に迷惑もかけた。学校の備品をいくつかお釈迦にした。
だが、その末に、目の前にいる敵は失ったものの代わりなのだと気づいた。
余人には知れぬ秘密を分かち合った新たなパートナーだと。
否、今の舞奈にとって、彼女は唯一無二の相棒だ。
何かの代わりなのではなく。だから――
――何でもないってカラ元気出して
――痛み隠して胸張って
「だがな、あんたにはもう髪はないんだ! 泣いたって、わめいたって、あんたの毛根からは何も生えてきやしないんだ!!」
舞奈は絶叫する。
萩山と同じように、自分から様々なものを奪った世界に叩きつけるように。
「あんたは髪より大事なもの、見つけるしかないんだよ!!」
叫びながら、アークデーモンが繰り出す水雷の剣戟を潜り抜ける。
萩山本人が放った【冷気】【灼熱】を避ける。
火弾がかすめたツインテールの先が焦げるのも構わない。
激情にまかせ、術者めがけて突撃する。
そんな舞奈の狙いに気づいたらしい。
萩山は慌ててギターをかき鳴らす。
アークデーモンは呼びかけに答えて振り返る。
――キミの笑顔を守るためならば
――地の果てだって駆けつける、なんて
だが、そんなデーモンの目前に明日香が『出現』した。
クロークの内側から4枚のドッグタグがこぼれ落ちる。
瞬間移動の魔術【戦術的移動】だ。
次いで悪魔の顔面めがけてかざした掌から、みぞれ混じりの突風が放たれる。
限定範囲に吹雪を放つ【冷気放射】を、杖なしで放出したのだ。
本来なら範囲内をくまなく凍らせる氷の魔術。
だが魔力の定期供給のない状態では一瞬しか効果がない。
それでも顔面めがけて吹きつければ強烈な目くらましになる。
3年前、明日香はこの術を、あろうことか舞奈との私闘で使った。
当時の舞奈はとっさに避けつつ、明日香が魔術師だと知った。
明日香もまた、舞奈が卓越した反射神経を持つ超人だと見抜いた。
だが舞奈以外の敵に、初見でそれを避ける手立てはない。
だからアークデーモンはたまらず動きを止める。
その一瞬の隙を逃さず、舞奈は片手で拳銃を構える。
銃声。
大口径弾はギターを構えた術者の右腕をかすめる。
特殊炸裂弾が小さく破裂するが、もちろん術者にダメージはない。
だが、それで十分だった。
不安定な付与魔法に、魔法に対して効果の高い特殊炸裂弾をかすらせたのだ。
だから次の瞬間、付与魔法を破壊された萩山の細い身体が吹き飛んだ。
――失敗だらけの僕だけど
――キミの前だけでもヒーローになれたらいいな
――Fantasy!
結界が歌を引き継ぎ、歌いきる。
だが術者の集中が途切れたからか、アークデーモンは崩壊を始めた。
ボンッという破裂音とともに火の粉が飛び散り、放電する。
コンクリートの床には石片がばらまかれ、飛沫に濡れる。
中心に、手足を切断された脂虫がどさりと落ちる。
萩山はギターを抱えたまま尻餅をついていた。
その前に舞奈が立つ。
「もう観念しろ。もうあんたに勝ち目はないって、いい加減にわかったろ?」
舞奈は萩山に笑いかける。だが、
「諦め……ねぇぜ……」
萩山は舞奈を見上げる。
その瞳に宿る不屈の闘志に、舞奈は思わず跳び退る。
結界もまだ解除されていないことに気づく。
萩山はギターをつま弾き空気を操り、不自然な挙動で跳び起きる。
「俺の髪! 俺のすべて! 諦めてたまるかよ! ……こうなったら!!」
萩山はコートをひるがえしてギターを構え、
「アスタロト! 魔力と感情を司る悪魔よ! 俺に最後の、最強の力を貸してくれ!!」
叫びながら激しくかき鳴らす。
側で脂虫が破裂する。
「野郎!」
舞奈は萩山に跳びかかる。
だが突然に吹き荒れた嵐に阻まれ、近づくことができなかった。
まるで結界のような魔法的な障害。
何らかの術というより、強大な魔力が大気を媒介して荒れ狂う何か。
「この魔力の流れ、まさか!?」
「おい馬鹿野郎! やめろ!」
「もっとだ! もっと俺に力を!! 俺に髪を! 髪を! 髪を!!」
萩山は狂ったようにギターをかき鳴らす。
それに合わせて風が荒れ狂う。
ロックンロールと生贄、そして萩山の強い願いによって醸造され、だが行き場を失った強大な魔力が、術者である萩山本人の身体に流れこんでいるのだ。
嵐の向こうに浮かぶ、ギターを構えた萩山のシルエットを光が飲みこむ。
そして、光そのものと化した身体が膨れあがる。
かつて萩山だった輝く何かは嵐を内側から打ち破らんとするように広がる。
「糞ったれ!」
舞奈は拳銃を構えて舌打ちする。
隣で明日香が息をのむ。
萩山がその身に集めた強大な魔力が、暴走したのだ。
「またしょうこりもなく街のみんなあやつって!」
ピクシオン・シューターは憤慨した。
3人のピクシオンの前に、またしても操られた市民が立ち塞がっていた。
「けどグッドマイトの魔法があれば……って、効いてない!?」
驚くシューターの前で、幹部は笑う。
「そうよ! この旧神の印はグッドマイト! 貴様の魔術を無力化する!! ……弟なのだ! 貴様らに発狂させられた我が弟を贄に創られたのだよ!!」
「くそっ……!」
幹部の余裕と魔道具を見やり、シューターは歯噛みする。だが、
「今度こそ……今度こそ罪なき人々の手で八つ裂きになるがいい!! ピクシオン!」
「それはどうかな?」
言うが早いか、フェザーが市民の群の真っただ中に踊りこんだ。
手にした和杖で情け容赦なく叩きのめす。
「な……!?」
「何を驚いている?」
突然の暴挙に驚愕する幹部を見やり、同様に驚くシューターを背にフェザーは笑う。
「わたしは奴らに指一本触れてはいない」
言われて見やると、たしかにフェザーの和杖は彼らに傷ひとつつけていなかった。
すべて寸止めだった。
必殺の一撃と同等な気迫によって、叩きのめされたと思いこまされて気絶したのだ。
そうやって、フェザーは次々に市民を無力化する。
残る市民は怯えて後ずさる。
心を操られ、ピクシオンを襲うよう強制されていたにも拘らず。
それを上回るほど強烈な、フェザーの気迫によって。
「だ、だが……その技で市民すべてを無力化することはできまい」
幹部は引きつった表情で、だが市民に命ずる。
「貴様ら、全員で奴を倒せ!」
市民の群はフェザーめがけて殺到する。
それでもフェザーの口元には、不敵な笑みが浮かんでいた。
当時、ピクシオンは紛れもない最強だった。
だが彼女らは、ある日、突然に姿を消した。
シューターひとりを残して。
そう。幼い舞奈の大事な仲間は、今はもういない。
――それから3年後。
舞奈は明日香とともに、ロッカーにして悪魔術師である萩山光を追い詰めていた。
「これで実力の差を思い知ったろ? 投降するんだ」
言って舞奈は余裕の笑みを浮かべてみせる。
だが拳銃の銃口は、油断なく萩山を捉える。
ギターを手にした彼の瞳は敗北した者のそれではなかった。だから、
「まだ……終わらせねぇ!! おまえたち、来い!」
自棄のように叫びつつ、萩山はギターをかき鳴らす。
「まだやる気か」
この状況で使えるような伏兵?
訝しむ。
叫びに応じて撃たなかったのは、懸念が引き金を鈍らせたからだ。
その隙に、結界の外から見知った人影が跳びこんできた。
戦闘学ランを着こんだ中高生たち。
退避したはずの執行人だ。
「おまえら、退避したはずじゃ……?」
「いえーい! 舞奈ちゃん明日香ちゃん、ノッてるかーい」
「パンクで候! ロックでござるぅ!」
彼らは各々の得物を構え、舞奈と明日香を取り囲む。
様子が変だ。
まあ彼らの言動は普段から変だと言えば変だ。
だが普段とは違った感じに変なノリに、思わず舞奈は身構える。
萩山はギターをかき鳴らし、派手だが単調なメロディを奏でている。
「……気をつけて。彼ら、魔法で操られてるわ」
「いや、操られるって脂虫じゃないんだから」
明日香の言葉に思わずツッコむ。
数多の魔法の中には、精神を操る術もいくつか存在する。
だが、主にその対象は人としての気概を捨てた意志薄弱な脂虫だ。
普通の人間を意のままに操る術なんて聞いたことがない。
――否。
「【人操り】って奴か」
舞奈は舌打ちする。
ひとりごちたのはスミスから聞いた術の名だ。
悪魔術が内包する術のひとつ【魔力と精神の支配】。
本来は魔術に相当する高度な技術。
それを彼らは、ロックンロールを媒体に行使することが可能だ。
何故なら歌は強い感情を喚起し、感情は魔力の礎となる。
不可視の結界を形作っている【小さな小さな世界】も、そうした技術を応用してロックのリズムで因果律と空間を歪める術だ。
だから彼らは人の心が持つ耐性にすら浸透し、少しなら効果を及ぼすことができる。
萩山が行使している【人操り】は、歌で人を操る術だ。
舌打ちする舞奈の前で、執行人のひとりが大悪魔の背から何かを引っ張り出す。
それはアークデーモンのコアだったもの。
頭と上半身だけになった脂虫の死骸だ。
次いで別の執行人――大柄な中学生が、結界の外から何かを手にしてあらわれる。
四肢をもぎ取られ、だがくわえ煙草のまま辛うじて生きている脂虫。
先ほど萩山が儀式に使おうとしていたものだ。
それを捕らえた彼らは、普段通りに加工していたのだ。
大柄な彼は悪魔の背の穴に、手にした塊をねじ入れる。そして、
「もう一度だアークデーモン! 今度こそ奴らをぶちのめすんだ!」
萩山はギターをかき鳴らす。
周囲を漂っていたデーモンが萩山の周囲に集う。
その足元に横たわったアークデーモンは、デーモンを取りこんで背の穴を塞ぐ。
「糞ったれ! 新しい顔かよ!」
舞奈は叫びつつ、デーモンの残骸に拳銃をを向ける。
先ほど逃した脂虫を新たなコアにして、残りのデーモンを共食いさせ、即興でアークデーモンを再生させるつもりだ。さらに、
「いえーい! いえーい! いえーい!」
「歌うでござるよ! 踊るでござる!」
舞奈と明日香の前に執行人たちが立ち塞がった。
何人かが手にした剣が、槍が、異能の炎や稲妻に包まれる。
「……そっちから片付けろってことか」
舞奈は身構えたまま口元を歪める。
「さあ、どうする!? おまえらは仲間を倒せるのか?」
ギターをつま弾きながら、萩山は笑う。
歌じゃないのは【人操り】を行使しながらアークデーモンを修復すべく集中するためか。それでも鮮烈なリフは人の心を惑わせるには十分だ。
「行け! おまえたち!」
叫びつつ、萩山はギターをかき鳴らす。
応じるように、少年たちは舞奈めがけて襲いかかる。
だが、
「ぎゃん」
「あひょっ」
集団で襲い来る高校生たちの得物を、舞奈は蹴りと拳で叩き落す。
たちまち彼らは吹き跳んで、白目をむいて気を失った。
その間、わずか数秒。
「よ、弱いぞおまえたち……」
萩山は驚愕する……というか唖然とする。
それでもギターを弾く手が止まらないのはロッカーの矜持か。
「……それは認める」
正直、舞奈も驚いた。
実のところ、舞奈は何かしたわけではない。
かつての一樹と同じように、気迫で圧倒しようと跳びかかっただけだ。
だが彼らにとって、舞奈は最強のSランクだった。
Sランクに襲い掛かって反撃されたらやられるに決まっている。
そう強く思いこんでいるから、舞奈が仕掛けた途端に吹っ飛び、気絶した。
彼らがアニメやゲームに親しみすぎ、ある意味2.5次元に生きているのも理由だ。
正直、ここまで上手くいくとは思わなかった。
何処までも平和な少年たちである。
「けど、彼ら全員にそれで対処するのは無理よ」
「わかってる。明日香、こっちも歌で勝負だ」
次いで声をあげる明日香に答え、
「……わかったわ」
「いや、おまえはわかってねぇ!」
言って小さく息を吸い込む明日香を止める。
本人の歌に期待なんかしてなし、歌われたらたまらん。下手をすれば死人が出る。
「そうじゃなくて、機械を操る術が使えるだろ?」
「何するつもりよ?」
「どうせ奴らの携帯に、あずさの曲が入ってるはずだ。そいつを再生してくれ」
「……ああ、なるほど」
言って明日香は一瞬で真言を念ずる。
そして、いつかの技術担当官と同じように「情報」と締める。
途端、
――退屈な日常も、ファンタジーと隣あわせ♪
――うつむいた視線上げたら、魔法の世界は、そこにあるよ♪
結界内を、ロックとは全く異質な歌が満たした。
人数分の携帯から流れる大音響のアイドルソングだ。
ルーン魔術が誇る【物品と機械装置の操作と魔力付与】。
それは明日香が修めた戦闘魔術の中核を成す技術でもある。
だから、いつかニュットがデータを削除したのと同じように、ひとりでに携帯が双葉あずさの曲を奏でる。
場違いなアイドルソングが、ギターの音色を押しのけて響く。
「いえーい♪ いえーい♪ いえーい……?」
「ロックで候! パンクで候! 双葉あずさは最高で候……? ……??」
変わらず妙なテンションながらも少年たちは動きを止める。
そして手にした得物を眺めながら首をかしげる。
萩山が維持していた【人操り】が揺らいだのだ。
舞奈の目論見とはやや異なり、録音された歌そのものに力はなかった。
それはアーティストが生み出した真の歌声ではないからだ。
だが普通の人間の精神を操る高度な術は些細なことで力を失い、霧散する。
――実のところ、3年前もそうだった。
ピクシオン・フェザーは操られた市民のうち何人かを無力化した。
その気迫で敵は魔道具の操作を誤り、グッドマイトの魔術が勝敗を決した。
かつての一樹は、ひとりで最強だったわけじゃない。
今の舞奈も。
「ええい! もういい!」
萩山はギターをかき鳴らす。
すると執行人たちの姿が残らずかき消える。
術のコントロールから逃れた手下を結界の外部に弾き出したのだ。
良い判断だ。
そんな萩山の口元には不敵な笑み。何故なら、
「奴らは用済みだからな!」
萩山を守るように、先ほど倒したはずのアークデーモンが立ち塞がった。
舞奈が少年たちを相手している隙にデーモンの修復を終えたらしい。
良い腕だ。小癪にも。
「第2ラウンドだ! 行くぜ!」
叫びつつつギターを奏でる萩山を背に、デーモンは滑空するように襲い来る。
チャムエルに似た眼鏡のレンズがキラリと光る。
同時に大悪魔の右手に【水波剣】による流水の剣があらわれる。
そして左手には【暴雷拳】による雷の剣。
――夕暮れふとキミの横顔を
――ひとめ見た途端にゾッコンになったよ
――My Angel!
新たなロックンロールが結界内に響き渡る。
曲目はファイブカードの『NO LOVER NO LIFE』。
舞奈は不意に、アークデーモンがチャムエルに酷似している理由を探っても問いただしてもいなかったことに気づいた。
そんなアークデーモンを前面に立て、術者はその後ろから攻撃を加える布陣。
術者本人への身体強化を不得手とする悪魔術師の標準的な戦術だ。
ちょうど舞奈と明日香の役割分担と同じか。
だから舞奈も先ほどと同様に、チャムエルに酷似したデーモンと対峙する。
悪魔が振るう水の剣が、ムチのように伸びてしなって舞奈を襲う。
剣の形すら超えた縦横無尽の攻撃を、舞奈は苦も無く回避する。
空気の流れを読める舞奈に近接攻撃は効かない。
少しばかり趣向を凝らそうが同じだ。
これまでの攻防でそれを察していたか、悪魔は次いで左手の雷剣を水剣に重ねる。
すると電気が水を伝わり、伸びた水剣の先から雷刃が飛び出た。
「おおっと」
それすら舞奈は跳び退りつつ身をかがめて避ける。
舞奈と距離が開いたまま、アークデーモンが何か仕掛けようとしたからだ。
――だけどキミと僕とじゃ月とスッポン
――どうせ吊り合うはずなんてないんだって
――あきらめる僕にも君は優しく微笑んでくれたから
――Burning!
次いで悪魔の背後から、数発の見えざる何かが飛来する。
舞奈は踊る。
リボンの、ツインテールの先を、不可視の魔弾がかすめて消える。
萩山本人が放った【魔弾】。
見えざる空気の弾丸だ。
だが、こちらは術者の視線が露骨に舞奈に向いていた。
だから舞奈も笑みを浮かべ、
「さっすが大学生! 電気の使い方にも学がある」
軽口を叩く。
「水が電気を通すことくらい、初等部で習っただろ!?」
萩山の怒声と同時に足元から放たれた石弾【岩裂弾】を避ける。
次いでアークデーモンがしなる水剣で追撃してきたので、それも凌ぐ。
空気の流れを読んで接近戦を制する術を、舞奈は小4の授業中に会得した。
「だいたい、なんで俺の邪魔をするんだ!? おまえたちには関係ないだろ?」
萩山は放電する弾丸【閃雷】を乱射しながら叫ぶ。
桜たちを襲った脂虫を動けなくした術だ。
だが稲妻とアークデーモンの連携攻撃を、舞奈は苦も無く回避する。
お返し代わりにデーモンめがけて撃つ。
だがデーモンは液体と化して回避する。
水を操って移動する【水上の足】を、むしろ術者より活用して防御する。
なにせ自分自身が水になれるから。
――キミの王子様になりたくて僕は
――柄にもなく張り切ってしまったよ
「俺の気持ちなんて知らないくせに!」
ギターをかき鳴らしながら萩山は叫ぶ。
「大事な……大事なものを……無くなるはずなんてないはずのものを、自分だけ失くした俺の気持ちなんて、知りもしないくせに!!」
歌を【風歌】にまかせ、萩山は世界に向けて叩きつけるように叫ぶ。
「魔弾《ウルズ》!」
背後からの魔術語に続いて轟音と放電、オゾンの匂い。
即ち明日香の【雷弾・弐式】。
先ほどの【閃雷】とは比べ物にならぬほど大きく強大なプラズマの砲弾だ。
だが巨砲はアークデーモンをかすめて虚空へ消える。
敵と舞奈との距離が近すぎて思うように狙えないからだ。
加えて萩山本人への攻撃もできない。
明日香は敵の身体強化についてよく知らないから、加減がわからないのだ。
下手に直撃させると消し炭にしかねない。
だから火の玉【火球・弐式】や斥力場の砲弾【力砲】で散発的に砲撃するしかない。
そんな致死どころかオーバーキル気味な攻撃魔法が通り過ぎる側で、萩山は歌う。
アークデーモンは舞奈めがけて水の、稲妻の斬撃を放つ。
――だけど、やること成すこと全部、空回り
――そんな自分が嫌になっちゃって
「……わかんねぇよ」
怒りにまかせた怒涛の連携攻撃を避けながら、舞奈の口元に乾いた笑みが浮かぶ。
――美佳と一樹がいなくなった3年前。
自分たちだけの秘密を共有した仲間を失い、それでも舞奈は求め続けた。
笑顔を浮かべ、皆を守り。
そうしていたらいつか、美佳と一樹が帰ってくるんじゃないかと夢を見ながら。
あるいは今いる自分が夢だと信じながら。
そんな舞奈の前にあらわれた明日香は真逆だった。
おそらく彼女も、舞奈と同じように何かを失った。
だが舞奈とは逆に憎悪した。
かつて信じていたであろう何かを、それを内包するこの世界すべてを。
どちらの手段でも、何かを失くした心の穴を埋めることはできなかった。
だから――
――それでも君はいつもまぶしくて
――そんな君に手をのばしたくてボクは
――Baby!
「わかんねぇよ! 髪を失くした男の気持ちが、小5の女子にわかってたまるか!」
舞奈もまた、叫ぶ。
繰り出される刃を、援護射撃をついでで避けながら。
その気迫に、その叫びに秘められた過去に、萩山はたじろぐ。
――かつて2人の小2は激しく対立した。
なにせ、どちらも人目を避けた実力行使に慣れていた。
だから言葉だけなく得物を、ときに異能すらぶつけ合って争った。
正直、わりと周囲に迷惑もかけた。学校の備品をいくつかお釈迦にした。
だが、その末に、目の前にいる敵は失ったものの代わりなのだと気づいた。
余人には知れぬ秘密を分かち合った新たなパートナーだと。
否、今の舞奈にとって、彼女は唯一無二の相棒だ。
何かの代わりなのではなく。だから――
――何でもないってカラ元気出して
――痛み隠して胸張って
「だがな、あんたにはもう髪はないんだ! 泣いたって、わめいたって、あんたの毛根からは何も生えてきやしないんだ!!」
舞奈は絶叫する。
萩山と同じように、自分から様々なものを奪った世界に叩きつけるように。
「あんたは髪より大事なもの、見つけるしかないんだよ!!」
叫びながら、アークデーモンが繰り出す水雷の剣戟を潜り抜ける。
萩山本人が放った【冷気】【灼熱】を避ける。
火弾がかすめたツインテールの先が焦げるのも構わない。
激情にまかせ、術者めがけて突撃する。
そんな舞奈の狙いに気づいたらしい。
萩山は慌ててギターをかき鳴らす。
アークデーモンは呼びかけに答えて振り返る。
――キミの笑顔を守るためならば
――地の果てだって駆けつける、なんて
だが、そんなデーモンの目前に明日香が『出現』した。
クロークの内側から4枚のドッグタグがこぼれ落ちる。
瞬間移動の魔術【戦術的移動】だ。
次いで悪魔の顔面めがけてかざした掌から、みぞれ混じりの突風が放たれる。
限定範囲に吹雪を放つ【冷気放射】を、杖なしで放出したのだ。
本来なら範囲内をくまなく凍らせる氷の魔術。
だが魔力の定期供給のない状態では一瞬しか効果がない。
それでも顔面めがけて吹きつければ強烈な目くらましになる。
3年前、明日香はこの術を、あろうことか舞奈との私闘で使った。
当時の舞奈はとっさに避けつつ、明日香が魔術師だと知った。
明日香もまた、舞奈が卓越した反射神経を持つ超人だと見抜いた。
だが舞奈以外の敵に、初見でそれを避ける手立てはない。
だからアークデーモンはたまらず動きを止める。
その一瞬の隙を逃さず、舞奈は片手で拳銃を構える。
銃声。
大口径弾はギターを構えた術者の右腕をかすめる。
特殊炸裂弾が小さく破裂するが、もちろん術者にダメージはない。
だが、それで十分だった。
不安定な付与魔法に、魔法に対して効果の高い特殊炸裂弾をかすらせたのだ。
だから次の瞬間、付与魔法を破壊された萩山の細い身体が吹き飛んだ。
――失敗だらけの僕だけど
――キミの前だけでもヒーローになれたらいいな
――Fantasy!
結界が歌を引き継ぎ、歌いきる。
だが術者の集中が途切れたからか、アークデーモンは崩壊を始めた。
ボンッという破裂音とともに火の粉が飛び散り、放電する。
コンクリートの床には石片がばらまかれ、飛沫に濡れる。
中心に、手足を切断された脂虫がどさりと落ちる。
萩山はギターを抱えたまま尻餅をついていた。
その前に舞奈が立つ。
「もう観念しろ。もうあんたに勝ち目はないって、いい加減にわかったろ?」
舞奈は萩山に笑いかける。だが、
「諦め……ねぇぜ……」
萩山は舞奈を見上げる。
その瞳に宿る不屈の闘志に、舞奈は思わず跳び退る。
結界もまだ解除されていないことに気づく。
萩山はギターをつま弾き空気を操り、不自然な挙動で跳び起きる。
「俺の髪! 俺のすべて! 諦めてたまるかよ! ……こうなったら!!」
萩山はコートをひるがえしてギターを構え、
「アスタロト! 魔力と感情を司る悪魔よ! 俺に最後の、最強の力を貸してくれ!!」
叫びながら激しくかき鳴らす。
側で脂虫が破裂する。
「野郎!」
舞奈は萩山に跳びかかる。
だが突然に吹き荒れた嵐に阻まれ、近づくことができなかった。
まるで結界のような魔法的な障害。
何らかの術というより、強大な魔力が大気を媒介して荒れ狂う何か。
「この魔力の流れ、まさか!?」
「おい馬鹿野郎! やめろ!」
「もっとだ! もっと俺に力を!! 俺に髪を! 髪を! 髪を!!」
萩山は狂ったようにギターをかき鳴らす。
それに合わせて風が荒れ狂う。
ロックンロールと生贄、そして萩山の強い願いによって醸造され、だが行き場を失った強大な魔力が、術者である萩山本人の身体に流れこんでいるのだ。
嵐の向こうに浮かぶ、ギターを構えた萩山のシルエットを光が飲みこむ。
そして、光そのものと化した身体が膨れあがる。
かつて萩山だった輝く何かは嵐を内側から打ち破らんとするように広がる。
「糞ったれ!」
舞奈は拳銃を構えて舌打ちする。
隣で明日香が息をのむ。
萩山がその身に集めた強大な魔力が、暴走したのだ。
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