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第17章 GAMING GIRL
襲撃1 ~銃技&戦闘魔術&異能力vs大屍虫
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――鋼鉄の巨人が闊歩する20年後の戦場。
そこでも舞奈には仲間がいた。
年若いトルソ、勝気なバーン、冷静なピアースに可愛らしい容姿のスプラ。
現実に出会った仲間たちと同じ名前、まったく違う人となり。
それでも同じように数多の戦場を生き抜いた、気心の許せる戦友だった。
だが死と鋼鉄が支配する廃墟に慈悲はなかった。
夢の中の年若いトルソは見張りの最中、大魔法に巻きこまれた。
バーンは搭乗した機体ごと爆発した。
ピアースは舞奈が目を離した隙に、残虐な敵の手にかかった。
スプラも悲惨な末路を迎えた。
それでも生きのびた舞奈は――
「――なんてこった! 切丸、皆を起こしてくれ!」
「わかってるよ! うわあっ!」
夢から醒めたのは、朝方には少し早い時間だった。
目覚まし時計のベルの代わりはバーンと切丸の怒号と悲鳴。
――そして銃声。
「無事か切丸!」
舞奈は拳銃をつかみながら簡易ベッドから転がり降りる。
そのままベンチの陰に身を伏せながら、
「起きたか舞奈!」
「近くに当たっただけ! でも奴らが外から撃ってきてるんだ!」
「なんだと!?」
叫び声に促されて見やる。
ショーウィンドウが派手に割れていた。
その向こうに満ち溢れる屍虫。
残念ながら夜が明けても数は全く減っていなかった。むしろ増えている。
それより問題なのは屍虫どもの合間に見える、くわえ煙草の脂虫。
ヤニで濁った眼をした喫煙者ゾンビが構えているのは密造拳銃。
明確にこちらを狙っている。
脂虫が撃つ。
小口径弾が、バリケード代わりに積まれた什器の端を削る。
「糞ったれ! 本体は入れなくて銃は撃ちこめるって訳か!」
罵り声をあげつつも、眠気の吹き飛んだ頭に疑問が渦巻く。
昨日、敵は結界の中を認識すらできなかった。
しかも店の周囲にたむろっていた屍虫の中に銃を持った脂虫はなし。
だが一晩明けた今、敵は当然のように店の中に銃弾を撃ちこんでいる。
自分たちは、ただWウィルスの影響で喫煙者が変化したゾンビ人間どもと戦ってる訳じゃないのでは? そんな考えが頭をもたげる。
先ほどまで見ていた――以前に花屋で見た20年後の夢の中。
鋼鉄の巨人を駆って舞奈たちレジスタンスを追い詰めた強大な軍勢は、ひとりの支配者に統べられていた。
もちろん奴らは軍隊なのだから、統率が取れているのは当然だ。
だが現実の敵も町中からは姿を消し、大群で重要施設の周囲にたむろっていた。
バーチャルギアの結界で守られたホームセンターは奴らが無視できない場所だ。
そして奴らはテリトリーに敵が侵入すると逐次、戦力を投入してきた。
安全地帯に逃げこまれると、対策を施して一斉攻撃を仕掛けてきた。
そんな屍虫、脂虫たちの動き方は、20年後の敵たちと似ているように思える。
対策に一晩の間があったのは大量の喫煙者からなる兵が愚鈍すぎて報告、伝達、作戦立案にタイムラグがあるのか、あるいは見張りの隙をつくためか。
そんなことを考える刹那――
「――!?」
割れたショーウィンドウから複数の何かが煙を吹きつつ跳びこんできた。
「ちょっと待て! ロケットランチャーだと!?」
慌てて何かで防ぐか迎撃して軌道をずらして少しでも仲間が生き残る可能性を増やすか、あるいは自分だけでも回避すべきか迷った刹那、
「――守護」
魔術語とともに目前に堅牢な氷の壁が建った。
霜をまとわせる分厚い氷がロケット弾の爆発を、ついでに銃弾の雨を受け止める。
即ち【氷壁・弐式】。
叩き起こされた明日香の施術が間に合ったらしい。
目前に出現した氷の壁に皆は驚く。
だが気休めに過ぎない。
「中から撃てるのかい?」
「銃眼を開けます。そこから撃ってください」
声と同時に壁に小さな穴が開く。
「おっそんなこともできるのか」
感心しつつ、スプラは流れるような動作で矢を放つ。
矢継ぎ早に放たれた雷矢が屍虫の頭を、胴を射抜く。
寝起きにしては良い狙いだ。
撃たれた屍虫どもは放電の余韻をまき散らせながら倒れ伏す。
「どうせなら撃ってくる奴を狙ってくれ」
「無茶言わないでくれ。他の奴の陰にいるんだ」
「無茶なもんか、ほれ!」
言いつつ舞奈は改造拳銃を構えて狙い撃つ。
密造拳銃を手にした脂虫の脳天に孔が開く。
「ヒュー! 大したものだ! おチビちゃん!」
スプラが喝采をあげる。
だが、この程度は舞奈にとっては造作ない。
そもそも相手から射線が通っているのだから、撃ち返せない道理はない。
むしろ進行していない分、小口径弾で倒せるから楽だ。
明日香は氷の壁を維持しつつ、側にしゃがみこんで何かしている。
式神を召喚しているようだ。
その側で、バーンと切丸は手が出せずに歯噛みする。
多数の敵に紛れて撃ってくる状況で、長剣や日本刀が打って出るのは無謀だ。
ピアースは斥力場障壁で銃弾を防げるが、動揺していて使い物にならない。
「トルソさん! こっちはなんとかするから脱出する算段を考えてくれ!」
「あ、ああ! まかせる!」
舞奈は叫ぶ。
切丸と一緒に手持無沙汰に身構えていたトルソはいきなり無茶ぶりされて困る。
だが相手の数はたぶん無尽蔵。
撃ち合いで解決するには無理がある。
彼に状況そのものを打開する案を出してもらわなければ先がないのは事実だ。
「いちおう怪異の魔力は店の表側に集中しているようですが……」
「そういやあ店の裏からはあんまり音がしないな」
明日香が魔法感知の結果を語り、バーンが反応する。
確かに舞奈の耳にも店の裏側からの音は聞こえてこない。
「搬入用の出口からなら脱出できそうってことか」
「罠の可能性はあるけど……」
「それはそうだが、他に方法はない」
ピアースの慎重論を抑えてトルソは決断する。
「ピアースくん。近くに別の大きな店舗はないか? できれば駐車場がある店がいい」
「それならスーパーマーケットが一番近いかな? ここからは少し離れてるけど」
「なるほどそこの車をパクるって訳か!」
トルソの問いにピアースが答え、何が楽しいのかバーンが急にテンション高く叫び、
「まあ俺ちゃんたちが乗ってきた車はもう使えそうにないからね」
稲妻の矢を放つ合間にスプラが苦笑する。
「ちなみに俺ちゃん、鍵なしで車のドア開けれるよ?」
「バイクじゃないんだ。直結でエンジンはかからんだろう」
妄言にトルソがツッコみ、
「(おまえの半装軌車はどうよ?)」
「(支部ビルまで距離がありすぎる。ここからだと着く途中で式神が消えるわ)」
「(……だろうな)」
明日香と内緒話しながら口元を歪める。
彼女の式神は所詮は戦闘用だ。魔神のように長く顕現させ続けることはできない。
微弱に魔法消去してくるらしいWウィルスが蔓延する中ではなおのこと。
新開発区を踏破する程度ならともかく、いくつも市をまたいで移動するのは難しい。
加えて式神を無補給で召喚できる数にも限りがある。
最強とは言え巣黒市と隣接する新開発区のみを拠点に活動してきた舞奈と明日香の思わぬ弱点だ。
それでも、この場所から逃げるだけなら使えるか?
だが本物の車を手に入れたほうが絶対に良い。
式神による脱出は最終手段だ。
そんなことを考える舞奈の側、
「希望はあると思う。鍵のかけっぱなしはやめようって散々言われてるのに、みんな聞かずに盗難の被害が出てるって地元のニュースで見たことがあるんだ」
「どんな間抜けなんだそいつら」
「まあ防犯に意識が向かなければそんなものだ。それに今の俺たちにとっては朗報だ」
ピアースの思わぬ一言。
ツッコむ切丸をトルソがなだめ、
「じゃあ、後はこの場を切り抜ける算段だけだな!」
「それには考えがあります」
することがなくて無駄にテンションが高いバーンに、明日香が冷徹に答える。
「おっ良いね! 俺は何をすればいい!?」
「えっ? ……じゃあ脱出路の確認をお願いします」
いきり立つバーンを切って捨てる明日香。
「ちぇっ! 行くぞ切丸」
「ああ、わかってる!」
切丸を連れて一足先に走っていく。
「おっかない嬢ちゃんだあ。……あいつにそっくりだ」
スプラは明日香を見やって笑う。
そうしながら矢筒から矢を引き抜き、
「それは結構。奴らの無力化をお願いします」
「りょーかい!」
昨日と同じように、割れた窓の向こうの敵陣の真っただ中に向かって撃ちこむ。
矢は水球と化して敵の足元を濡らす。
スプラは矢継ぎ早にさらなる稲妻の矢を放ち、敵を痺れさせる。
明日香の【雷檻】も1匹を縛り、水を伝って周囲の屍虫をも拘束する。
同時に影法師の式神があらわれ、短機関銃を撃ちまくる。
「今のうちに裏口から脱出だ!」
トルソの合図に従い、皆は氷の要塞を背にして走る。だが――
「――うわぁっ!」
什器の陰から切丸が吹っ飛んできた。
売物のカラーボックスを跳ね飛ばしながら尻餅をつく。
立ち上がろうとした目前に跳びかかってきたのは、
「大屍虫だと!?」
カギ爪を振り上げた大柄なくわえ煙草が2匹。
トルソはとっさに切丸の前に立ちはだかり、鋭いカギ爪を【装甲硬化】で防ぐ。
もう1匹は死角からの舞奈の蹴りで無様に転び、側に積まれた椅子の山に突っこむ。
僅かな知性と引き換えに身体能力を高めた屍虫。
そいつが更なる悪の魔法でパワーアップした大屍虫。
だが、どれほど屈強な怪異であろうと追い詰めた獲物に襲いかかろうとした瞬間の足元は無防備で、舞奈の小学生相当の背丈からは狙いやすい急所だ。
「トルソさん!」
「おおい! こっちにも厄介なのが居やがったぞ!」
立ち上がった切丸が、什器の向こうでバーンが叫ぶ。
素早く機動しながら炎の剣を振るうバーンの前にも2匹の大屍虫。
先行した切丸とバーンは、4匹の薄汚い喫煙者どもを相手に攻めあぐねていた。
ヤニで濁った双眸を見開き、煙草が唇に癒着した見苦しい口から煙とよだれを垂れ流しながらカギ爪を振るう喫煙者たちの全員が進行している。
しかも大屍虫だ。
表にいた巨大バージョンに比べれば多少はマシだが、複数匹の相手はやはり厳しい。
正直、舞奈たちが駆けつけるまで2人が生きてただけでも御の字だ。
特に切丸。吹っ飛ばされずに2匹とまともに相手していたら危険だった。
「こっちは少数精鋭の暗殺部隊って訳か」
舞奈は舌打ちする。
思考力を失い目前の相手に襲いかかるだけの屍虫にできる芸当じゃない。
未進行の脂虫どもも、正直、おつむの状態は進行した屍虫と大差なく思える。
やはり別の何処かから、意思のある何者かが怪異どもを指揮している。
舞奈の疑念は確信に変わる。
だが考えるのは後だ。
明日香は小型拳銃を、スプラは弓矢を構えて攻めあぐねている。
なにせ什器に囲まれた狭い空間だ。
おまけに敵は大屍虫。小口径弾や弓の矢では傷もつかない。
大屍虫が椅子を跳ね飛ばし、怒りの咆哮をあげながら飛び起きる。
だが舞奈のほうが速い。
背負った短機関銃を素早く構えて撃つ。シングルショット。
人や物が密集した店内で無駄弾はなしだ。
ガリルのセレクターは握把に近い位置にあるので切り替えも容易。
そのように一瞬で狙い定められた小口径ライフル弾は、大屍虫の首をくわえ煙草の顎ごと消滅させる。
スプラが目を剥く。
舞奈は笑う。
流石に改造ライフルの大口径ライフル弾とまではいかないが、ライフル弾で急所を接射すれば大屍虫を一撃で屠ることも不可能ではない。
もちろん敵からの攻撃など許すつもりはない。
だから大屍虫の身体は塵と化して消える。
奴らは屍虫とも違い、全身を悪の魔法で置き換えられた存在だからだ。
その様に1匹を屠った側で、
「くっ! 手ごわい……!!」
「トルソさん!」
トルソがもう1匹の大屍虫の猛攻をしのぐ。
敵は目標を切丸から、とどめを邪魔したトルソに切り替えたらしい。
パワーにものを言わせ、両手のカギ爪で嵐のようなラッシュを仕掛ける。
対してトルソは防戦一方。
手にした太刀で頭をかばい、猛攻を【装甲硬化】で防ぐので精いっぱいだ。
「切丸くん、動けるか?」
「う、うん! もう平気!」
トルソは立ち上がった切丸に笑みを向け、
「飛び道具を持っているなら奴の狙いをそらして欲しいが……」
「そんなもの必要ないよ!」
切丸はトルソの足元から跳び出し、両手に刀を構えて突撃する。だが、
「ああっ!」
「切丸くん!?」
大屍虫の蹴りをまともに受け止め押し倒される。
続けざまに大屍虫は切丸めがけてカギ爪を振り上げ、
「――!」
そのカギ爪が宙で止まる。
舞奈のワイヤーショットが怪異の手首を縛めたのだ。
「すまん舞奈!」
トルソは舞奈に笑みを向け、
「貴様に次の生があったら、2人がかりで子供を襲うような卑怯はせぬことだ!」
叫びつつ太刀を一閃。
2匹目の大屍虫が両断される。途端、
「おおい! こっちも誰か加勢してくれよ!」
「おおっとそうだった!」
バーンの悲鳴に答えて舞奈は走る。
炎の剣を手にしたバーンを壁際に追い詰めた2匹の大屍虫。
舞奈は片側の後ろ頭に狙いを定めて撃つ。
この状況では小学生の背丈は有利だ。
撃ち上げる格好になるので、貫通しても銃弾はバーンの頭上を通り過ぎる。
だが舞奈の狙いは悪い意味で杞憂となった。
小口径ライフル弾は偶然に身をかがめた大屍虫の頭皮を削って壁をえぐる。
それでも狙われた1匹は舞奈を振り返る。
バーンは1匹になった目前の大屍虫のカギ爪を炎剣で跳ね上げ、
「バァァァニング!」
熱と勢いと、青年ひとり分の体重の乗った渾身の突きを喰らわす。
3匹目の大屍虫は胸を焼き貫かれて倒れた。その時、
「――気をつけて! 近くに大屍虫があと2匹――!?」
「えっ!? うわぁっ!?」
不意に背後で明日香の警告。
次いで聞こえた情けない悲鳴に思わず見やる。
へっぴり腰で槍を構えたピアースの目前。
そこにもカギ爪を振り上げた大屍虫が1匹。
伏兵がいたか!?
ついでにピアースが手にした槍の先はカラーボックスの端に引っかかっている。
悲鳴の理由の半分はそれだ。
焦りのあまり槍を引き抜くことも、手放すこともできないピアース。
そんな彼めがけて大屍虫はカギ爪を振り下ろし――
「――もうだめだ!」
弱音と共にカギ爪が宙で制止する。
彼の周囲に張り巡らされた斥力場障壁に阻まれたのだ。
ついでに障壁は周囲のカラーボックスを粉砕する。
異能力は使い手を守るように都合よく働く。普通は周囲の地形とは干渉しないが、今回は動きを阻害する障害物が邪魔だと判断したのだろう。
「おっ君ちゃんナイスブロック!」
すかさずスプラが弓を引き絞って至近距離から撃つ。
無防備なピアースを全力で引き裂くつもりだった大屍虫は避けられない。
だから弓の先から放たれた稲妻は大屍虫の胴を撃ち抜く。
その様にして4匹目が倒された直後、
「おチビちゃん!?」
「明日香ちゃん!?」
明日香にも同じ相手が跳びかかっていた。
4枚の氷盾が迎撃のために飛ぶ。
大屍虫はそのうち2枚を両手のカギ爪で叩き割り、払いのけて明日香に迫る。
明日香は残る2枚を操りカギ爪を受け止める。
渾身の力をこめる大屍虫。
残る氷盾に追加の魔力を注ぎこんで対抗する明日香。
両者の力は拮抗している。
明日香は小型拳銃を構えて撃つ。
だが小口径弾は大屍虫の身体に埋まるのみ。
射殺を諦めたか明日香は拳銃を捨てて殴りかかる。
屈強で凶暴な大屍虫に対して、あまりに非力に思える標準的な小学生の白い拳。
その側で、
「よく狙うんだぞ君ちゃん!」
「はい! わかってます!」
スプラは弓矢を引き絞り、ピアースは槍を構える。
矢には紫電が宿る。
槍の先には斥力場の刃が形成される。
そして2人は自身らを背にして明日香に迫る大屍虫に狙いを定め――
「――な!?」
大屍虫の背に穴が開いた。2人の仕業ではない。
同時に工事現場の重機がたてるような恐ろしい音。
2人の異能力者が驚く先で、穴は段階的に異音をたてて広がる。
そうやって怪異の胴体が消失した後には拳を突きだした明日香がいた。
凄惨に笑う明日香の拳の先で、ピアースと同じ斥力場の残滓が消える。
「す、すげぇな、おチビちゃん……」
「カンガルのパイルバンカーみたいだ……」
スプラが、ピアースが驚愕する。
銃弾を強化する【力弾】は得物を斥力場で強化する術だ。
身体の一部にかければ【重力武器】のような力場の槍と化す。
それを明日香は拳にかけて、間近に迫った敵の土手っ腹に叩きこんだのだ。
同じ術が小型拳銃にも焼きつけられているが、あえて自身で施術したのは一度にこめられる魔力が残弾を上回っていたからか。
そして同じ頃、舞奈は6匹目の大屍虫と相対していた。
先ほどバーンと戦っていた2匹の片割れだ。
頭頂に銃撃の跡を残したくわえた煙草がカギ爪を振りかざして襲い来る。
舞奈は何食わぬ表情で短機関銃を構え、
「助太刀するぜ!」
「いや邪魔だ! 挟み撃ちしようとすんな!」
敵の背後でバーンが炎剣を振り上げた。
舞奈は思わず怒鳴りつける。
この距離では貫通した銃弾がバーンに当たりかねない。
これだから普段から銃を使わない脳筋は!
それでも素早く拳銃を抜いて、顔面めがけて撃つ。
容赦なく3連射。
2発は額と頬に埋まるのみ。
屍虫の頭を1発で吹き飛ばす大口径弾も大屍虫が相手では荷が重い。
だが、もとより牽制だ。
なので最後の1発はヤニで濁った眼科をえぐる。
激痛にうめく大屍虫に笑みを向けつつ跳び退る。
タンスの陰に落ちていた大型の電動ドリルを拾う。
実は先ほどから気配で察していたのだ。
使いこまれているから売り物ではないのだろう。
業者か誰かが置き忘れたか?
バッテリー動力の割と凶悪な代物だ。
「サービスが行き届いた良い店じゃないか」
ほくそ笑む舞奈の目前で、
「……あ」
カギ爪を炎剣でブロックしたバーンが吹き飛ばされる。
大屍虫は再び舞奈に向き直る。
横薙ぎの斬撃。
身をかがめて避けた舞奈の残像と一緒に背後のタンスを真っ二つに引き裂く。
舞奈は大振りの隙を逃さない。
敵が態勢を立て直すより早く背後から跳びかかる。
くわえ煙草の臭い頭を右腕で抱えてしがみつく。
大人が両手で構えるような大型のドリルを左手だけで首筋に当てる。
モーター音。振動。
大屍虫は大口径弾の直撃にすら耐える。
トルソもバーンもスプラも、打撃力ではなく得物にかけた異能力で敵を討った。
だから大屍虫を、普通の鉄の塊で斬ったり突いたりしても無駄だ。
だが電動で間断なく貫き、穿ち、抉り続ける場合は別だ。
あくまで大屍虫は屈強なだけだ。
完全体のように表皮そのものが極端な防御性能を持っている訳じゃない。
暴れ馬のような電動ドリルを左手で支える。
苦痛のあまりに暴れる大屍虫の頭を右腕で支える。
まるで処刑具と犠牲者を無理やりに繋ぎ合わせる人間処刑台だ。
屈強な舞奈だから、そういうことができる。
怪異は叫ぶ。
舞奈は笑う。
そうするうちに声帯に穴が開いたか耳障りな叫びが空気の流れになり、とうとう貫通した両サイドの穴から薄汚い色の体液が噴き出す。
飛び退いた舞奈の前で大屍虫は床を這い、首筋にドリルをぶら下げたまま痙攣する。
ドリルはレバーにロックがかかって動きっぱなしになるタイプの代物らしい。
舞奈が見やるうちに、最期の大屍虫は動かなくなった。
そして他の大屍虫と同じように、塵になって消えた。
「クリアだ! 今のうちに外へ!」
バーンの叫びに呼応して一行は走る。
そしてバックヤードを通り過ぎ、店の裏側にある搬入口のドアを開ける。だが、
「糞ったれ! こっちにも集まってやがる!」
舞奈は思わず叫ぶ。
店の裏側にも相当数の屍虫が集まって来ていた。
どうやら先ほどの戦闘の音で、奴らに気づかれてしまったか?
それにしても動きが的確過ぎる。
やはり、奴らは何者かに統率されている。
あるいは今は、昨日はいなかった戦術指揮官に率いられているのかもしれない。
だが今、探さなければいけないのは敵の指揮官じゃない。
仲間が生きのびるための活路だ。
こちら側には駐車場はない。
怪異がひしめく表の駐車場まで走って車にたどり着こうと試みるのは無謀だ。
突破して店の外へ逃げたとして、走って奴らを振り切れるとは思えない。
なので舞奈は活路を求めて周囲を見渡し――
「――あそこの穴から下に逃げるってのはどうだ?」
「マンホールか」
「まあ逃げられはするだろうが……」
ふと地面を指差す舞奈に、男どもは露骨に嫌な顔をしてみせる。
だが背に腹は代えられないのも確かだ。
実はマンホールを使って逃げるアイデアも20年後の世界のそれだ。
支配者に地上を牛耳られたレジスタンスたちは、元は下水路だった地下道を使って拠点の間を移動していた。
「スプラさん、昨日の水球の水、蒸発して霧にできますか?」
「――!? あ、ああ、たぶん大丈夫だ。凍るし、他の液体に混ざるし、基本的に水がする変化は全部できるはずだよ」
明日香が唐突に話を振る。
「それは結構。お願いできますか?」
「了解」
スプラは訝しみながらも矢筒から矢を抜いてつがえ、放つ。
矢は水球と化して敵の足元を濡らす。
スプラは矢継ぎ早にさらなる稲妻の矢を放ち、敵を痺れさせる。
だが明日香の今度の手札は拘束の強化じゃない。
真言を唱えながらクロークの内側から数個のドッグタグを取り出し、投げる。
そして魔術語。
途端、それぞれのタグは火球と化して飛ぶ。
即ち【火嵐・弐式】。
数多の火球は爆発し、足元の水を蒸発させて水蒸気へと変える。
周囲が白い霧に覆われ、舞奈たちの姿を敵から隠す。
同時に店の中から影が走り来て、短機関銃を携えた影法師へと姿を変える。
明日香が店の中で敵を引きつけていた式神を呼び寄せたのだ。
「開いたぞ!」
「皆さん! 今のうちに!」
舞奈が重いマンホールの蓋をこじ開ける。
明日香の声に呼応して、一行は暗い穴へと身を躍らせた。
そこでも舞奈には仲間がいた。
年若いトルソ、勝気なバーン、冷静なピアースに可愛らしい容姿のスプラ。
現実に出会った仲間たちと同じ名前、まったく違う人となり。
それでも同じように数多の戦場を生き抜いた、気心の許せる戦友だった。
だが死と鋼鉄が支配する廃墟に慈悲はなかった。
夢の中の年若いトルソは見張りの最中、大魔法に巻きこまれた。
バーンは搭乗した機体ごと爆発した。
ピアースは舞奈が目を離した隙に、残虐な敵の手にかかった。
スプラも悲惨な末路を迎えた。
それでも生きのびた舞奈は――
「――なんてこった! 切丸、皆を起こしてくれ!」
「わかってるよ! うわあっ!」
夢から醒めたのは、朝方には少し早い時間だった。
目覚まし時計のベルの代わりはバーンと切丸の怒号と悲鳴。
――そして銃声。
「無事か切丸!」
舞奈は拳銃をつかみながら簡易ベッドから転がり降りる。
そのままベンチの陰に身を伏せながら、
「起きたか舞奈!」
「近くに当たっただけ! でも奴らが外から撃ってきてるんだ!」
「なんだと!?」
叫び声に促されて見やる。
ショーウィンドウが派手に割れていた。
その向こうに満ち溢れる屍虫。
残念ながら夜が明けても数は全く減っていなかった。むしろ増えている。
それより問題なのは屍虫どもの合間に見える、くわえ煙草の脂虫。
ヤニで濁った眼をした喫煙者ゾンビが構えているのは密造拳銃。
明確にこちらを狙っている。
脂虫が撃つ。
小口径弾が、バリケード代わりに積まれた什器の端を削る。
「糞ったれ! 本体は入れなくて銃は撃ちこめるって訳か!」
罵り声をあげつつも、眠気の吹き飛んだ頭に疑問が渦巻く。
昨日、敵は結界の中を認識すらできなかった。
しかも店の周囲にたむろっていた屍虫の中に銃を持った脂虫はなし。
だが一晩明けた今、敵は当然のように店の中に銃弾を撃ちこんでいる。
自分たちは、ただWウィルスの影響で喫煙者が変化したゾンビ人間どもと戦ってる訳じゃないのでは? そんな考えが頭をもたげる。
先ほどまで見ていた――以前に花屋で見た20年後の夢の中。
鋼鉄の巨人を駆って舞奈たちレジスタンスを追い詰めた強大な軍勢は、ひとりの支配者に統べられていた。
もちろん奴らは軍隊なのだから、統率が取れているのは当然だ。
だが現実の敵も町中からは姿を消し、大群で重要施設の周囲にたむろっていた。
バーチャルギアの結界で守られたホームセンターは奴らが無視できない場所だ。
そして奴らはテリトリーに敵が侵入すると逐次、戦力を投入してきた。
安全地帯に逃げこまれると、対策を施して一斉攻撃を仕掛けてきた。
そんな屍虫、脂虫たちの動き方は、20年後の敵たちと似ているように思える。
対策に一晩の間があったのは大量の喫煙者からなる兵が愚鈍すぎて報告、伝達、作戦立案にタイムラグがあるのか、あるいは見張りの隙をつくためか。
そんなことを考える刹那――
「――!?」
割れたショーウィンドウから複数の何かが煙を吹きつつ跳びこんできた。
「ちょっと待て! ロケットランチャーだと!?」
慌てて何かで防ぐか迎撃して軌道をずらして少しでも仲間が生き残る可能性を増やすか、あるいは自分だけでも回避すべきか迷った刹那、
「――守護」
魔術語とともに目前に堅牢な氷の壁が建った。
霜をまとわせる分厚い氷がロケット弾の爆発を、ついでに銃弾の雨を受け止める。
即ち【氷壁・弐式】。
叩き起こされた明日香の施術が間に合ったらしい。
目前に出現した氷の壁に皆は驚く。
だが気休めに過ぎない。
「中から撃てるのかい?」
「銃眼を開けます。そこから撃ってください」
声と同時に壁に小さな穴が開く。
「おっそんなこともできるのか」
感心しつつ、スプラは流れるような動作で矢を放つ。
矢継ぎ早に放たれた雷矢が屍虫の頭を、胴を射抜く。
寝起きにしては良い狙いだ。
撃たれた屍虫どもは放電の余韻をまき散らせながら倒れ伏す。
「どうせなら撃ってくる奴を狙ってくれ」
「無茶言わないでくれ。他の奴の陰にいるんだ」
「無茶なもんか、ほれ!」
言いつつ舞奈は改造拳銃を構えて狙い撃つ。
密造拳銃を手にした脂虫の脳天に孔が開く。
「ヒュー! 大したものだ! おチビちゃん!」
スプラが喝采をあげる。
だが、この程度は舞奈にとっては造作ない。
そもそも相手から射線が通っているのだから、撃ち返せない道理はない。
むしろ進行していない分、小口径弾で倒せるから楽だ。
明日香は氷の壁を維持しつつ、側にしゃがみこんで何かしている。
式神を召喚しているようだ。
その側で、バーンと切丸は手が出せずに歯噛みする。
多数の敵に紛れて撃ってくる状況で、長剣や日本刀が打って出るのは無謀だ。
ピアースは斥力場障壁で銃弾を防げるが、動揺していて使い物にならない。
「トルソさん! こっちはなんとかするから脱出する算段を考えてくれ!」
「あ、ああ! まかせる!」
舞奈は叫ぶ。
切丸と一緒に手持無沙汰に身構えていたトルソはいきなり無茶ぶりされて困る。
だが相手の数はたぶん無尽蔵。
撃ち合いで解決するには無理がある。
彼に状況そのものを打開する案を出してもらわなければ先がないのは事実だ。
「いちおう怪異の魔力は店の表側に集中しているようですが……」
「そういやあ店の裏からはあんまり音がしないな」
明日香が魔法感知の結果を語り、バーンが反応する。
確かに舞奈の耳にも店の裏側からの音は聞こえてこない。
「搬入用の出口からなら脱出できそうってことか」
「罠の可能性はあるけど……」
「それはそうだが、他に方法はない」
ピアースの慎重論を抑えてトルソは決断する。
「ピアースくん。近くに別の大きな店舗はないか? できれば駐車場がある店がいい」
「それならスーパーマーケットが一番近いかな? ここからは少し離れてるけど」
「なるほどそこの車をパクるって訳か!」
トルソの問いにピアースが答え、何が楽しいのかバーンが急にテンション高く叫び、
「まあ俺ちゃんたちが乗ってきた車はもう使えそうにないからね」
稲妻の矢を放つ合間にスプラが苦笑する。
「ちなみに俺ちゃん、鍵なしで車のドア開けれるよ?」
「バイクじゃないんだ。直結でエンジンはかからんだろう」
妄言にトルソがツッコみ、
「(おまえの半装軌車はどうよ?)」
「(支部ビルまで距離がありすぎる。ここからだと着く途中で式神が消えるわ)」
「(……だろうな)」
明日香と内緒話しながら口元を歪める。
彼女の式神は所詮は戦闘用だ。魔神のように長く顕現させ続けることはできない。
微弱に魔法消去してくるらしいWウィルスが蔓延する中ではなおのこと。
新開発区を踏破する程度ならともかく、いくつも市をまたいで移動するのは難しい。
加えて式神を無補給で召喚できる数にも限りがある。
最強とは言え巣黒市と隣接する新開発区のみを拠点に活動してきた舞奈と明日香の思わぬ弱点だ。
それでも、この場所から逃げるだけなら使えるか?
だが本物の車を手に入れたほうが絶対に良い。
式神による脱出は最終手段だ。
そんなことを考える舞奈の側、
「希望はあると思う。鍵のかけっぱなしはやめようって散々言われてるのに、みんな聞かずに盗難の被害が出てるって地元のニュースで見たことがあるんだ」
「どんな間抜けなんだそいつら」
「まあ防犯に意識が向かなければそんなものだ。それに今の俺たちにとっては朗報だ」
ピアースの思わぬ一言。
ツッコむ切丸をトルソがなだめ、
「じゃあ、後はこの場を切り抜ける算段だけだな!」
「それには考えがあります」
することがなくて無駄にテンションが高いバーンに、明日香が冷徹に答える。
「おっ良いね! 俺は何をすればいい!?」
「えっ? ……じゃあ脱出路の確認をお願いします」
いきり立つバーンを切って捨てる明日香。
「ちぇっ! 行くぞ切丸」
「ああ、わかってる!」
切丸を連れて一足先に走っていく。
「おっかない嬢ちゃんだあ。……あいつにそっくりだ」
スプラは明日香を見やって笑う。
そうしながら矢筒から矢を引き抜き、
「それは結構。奴らの無力化をお願いします」
「りょーかい!」
昨日と同じように、割れた窓の向こうの敵陣の真っただ中に向かって撃ちこむ。
矢は水球と化して敵の足元を濡らす。
スプラは矢継ぎ早にさらなる稲妻の矢を放ち、敵を痺れさせる。
明日香の【雷檻】も1匹を縛り、水を伝って周囲の屍虫をも拘束する。
同時に影法師の式神があらわれ、短機関銃を撃ちまくる。
「今のうちに裏口から脱出だ!」
トルソの合図に従い、皆は氷の要塞を背にして走る。だが――
「――うわぁっ!」
什器の陰から切丸が吹っ飛んできた。
売物のカラーボックスを跳ね飛ばしながら尻餅をつく。
立ち上がろうとした目前に跳びかかってきたのは、
「大屍虫だと!?」
カギ爪を振り上げた大柄なくわえ煙草が2匹。
トルソはとっさに切丸の前に立ちはだかり、鋭いカギ爪を【装甲硬化】で防ぐ。
もう1匹は死角からの舞奈の蹴りで無様に転び、側に積まれた椅子の山に突っこむ。
僅かな知性と引き換えに身体能力を高めた屍虫。
そいつが更なる悪の魔法でパワーアップした大屍虫。
だが、どれほど屈強な怪異であろうと追い詰めた獲物に襲いかかろうとした瞬間の足元は無防備で、舞奈の小学生相当の背丈からは狙いやすい急所だ。
「トルソさん!」
「おおい! こっちにも厄介なのが居やがったぞ!」
立ち上がった切丸が、什器の向こうでバーンが叫ぶ。
素早く機動しながら炎の剣を振るうバーンの前にも2匹の大屍虫。
先行した切丸とバーンは、4匹の薄汚い喫煙者どもを相手に攻めあぐねていた。
ヤニで濁った双眸を見開き、煙草が唇に癒着した見苦しい口から煙とよだれを垂れ流しながらカギ爪を振るう喫煙者たちの全員が進行している。
しかも大屍虫だ。
表にいた巨大バージョンに比べれば多少はマシだが、複数匹の相手はやはり厳しい。
正直、舞奈たちが駆けつけるまで2人が生きてただけでも御の字だ。
特に切丸。吹っ飛ばされずに2匹とまともに相手していたら危険だった。
「こっちは少数精鋭の暗殺部隊って訳か」
舞奈は舌打ちする。
思考力を失い目前の相手に襲いかかるだけの屍虫にできる芸当じゃない。
未進行の脂虫どもも、正直、おつむの状態は進行した屍虫と大差なく思える。
やはり別の何処かから、意思のある何者かが怪異どもを指揮している。
舞奈の疑念は確信に変わる。
だが考えるのは後だ。
明日香は小型拳銃を、スプラは弓矢を構えて攻めあぐねている。
なにせ什器に囲まれた狭い空間だ。
おまけに敵は大屍虫。小口径弾や弓の矢では傷もつかない。
大屍虫が椅子を跳ね飛ばし、怒りの咆哮をあげながら飛び起きる。
だが舞奈のほうが速い。
背負った短機関銃を素早く構えて撃つ。シングルショット。
人や物が密集した店内で無駄弾はなしだ。
ガリルのセレクターは握把に近い位置にあるので切り替えも容易。
そのように一瞬で狙い定められた小口径ライフル弾は、大屍虫の首をくわえ煙草の顎ごと消滅させる。
スプラが目を剥く。
舞奈は笑う。
流石に改造ライフルの大口径ライフル弾とまではいかないが、ライフル弾で急所を接射すれば大屍虫を一撃で屠ることも不可能ではない。
もちろん敵からの攻撃など許すつもりはない。
だから大屍虫の身体は塵と化して消える。
奴らは屍虫とも違い、全身を悪の魔法で置き換えられた存在だからだ。
その様に1匹を屠った側で、
「くっ! 手ごわい……!!」
「トルソさん!」
トルソがもう1匹の大屍虫の猛攻をしのぐ。
敵は目標を切丸から、とどめを邪魔したトルソに切り替えたらしい。
パワーにものを言わせ、両手のカギ爪で嵐のようなラッシュを仕掛ける。
対してトルソは防戦一方。
手にした太刀で頭をかばい、猛攻を【装甲硬化】で防ぐので精いっぱいだ。
「切丸くん、動けるか?」
「う、うん! もう平気!」
トルソは立ち上がった切丸に笑みを向け、
「飛び道具を持っているなら奴の狙いをそらして欲しいが……」
「そんなもの必要ないよ!」
切丸はトルソの足元から跳び出し、両手に刀を構えて突撃する。だが、
「ああっ!」
「切丸くん!?」
大屍虫の蹴りをまともに受け止め押し倒される。
続けざまに大屍虫は切丸めがけてカギ爪を振り上げ、
「――!」
そのカギ爪が宙で止まる。
舞奈のワイヤーショットが怪異の手首を縛めたのだ。
「すまん舞奈!」
トルソは舞奈に笑みを向け、
「貴様に次の生があったら、2人がかりで子供を襲うような卑怯はせぬことだ!」
叫びつつ太刀を一閃。
2匹目の大屍虫が両断される。途端、
「おおい! こっちも誰か加勢してくれよ!」
「おおっとそうだった!」
バーンの悲鳴に答えて舞奈は走る。
炎の剣を手にしたバーンを壁際に追い詰めた2匹の大屍虫。
舞奈は片側の後ろ頭に狙いを定めて撃つ。
この状況では小学生の背丈は有利だ。
撃ち上げる格好になるので、貫通しても銃弾はバーンの頭上を通り過ぎる。
だが舞奈の狙いは悪い意味で杞憂となった。
小口径ライフル弾は偶然に身をかがめた大屍虫の頭皮を削って壁をえぐる。
それでも狙われた1匹は舞奈を振り返る。
バーンは1匹になった目前の大屍虫のカギ爪を炎剣で跳ね上げ、
「バァァァニング!」
熱と勢いと、青年ひとり分の体重の乗った渾身の突きを喰らわす。
3匹目の大屍虫は胸を焼き貫かれて倒れた。その時、
「――気をつけて! 近くに大屍虫があと2匹――!?」
「えっ!? うわぁっ!?」
不意に背後で明日香の警告。
次いで聞こえた情けない悲鳴に思わず見やる。
へっぴり腰で槍を構えたピアースの目前。
そこにもカギ爪を振り上げた大屍虫が1匹。
伏兵がいたか!?
ついでにピアースが手にした槍の先はカラーボックスの端に引っかかっている。
悲鳴の理由の半分はそれだ。
焦りのあまり槍を引き抜くことも、手放すこともできないピアース。
そんな彼めがけて大屍虫はカギ爪を振り下ろし――
「――もうだめだ!」
弱音と共にカギ爪が宙で制止する。
彼の周囲に張り巡らされた斥力場障壁に阻まれたのだ。
ついでに障壁は周囲のカラーボックスを粉砕する。
異能力は使い手を守るように都合よく働く。普通は周囲の地形とは干渉しないが、今回は動きを阻害する障害物が邪魔だと判断したのだろう。
「おっ君ちゃんナイスブロック!」
すかさずスプラが弓を引き絞って至近距離から撃つ。
無防備なピアースを全力で引き裂くつもりだった大屍虫は避けられない。
だから弓の先から放たれた稲妻は大屍虫の胴を撃ち抜く。
その様にして4匹目が倒された直後、
「おチビちゃん!?」
「明日香ちゃん!?」
明日香にも同じ相手が跳びかかっていた。
4枚の氷盾が迎撃のために飛ぶ。
大屍虫はそのうち2枚を両手のカギ爪で叩き割り、払いのけて明日香に迫る。
明日香は残る2枚を操りカギ爪を受け止める。
渾身の力をこめる大屍虫。
残る氷盾に追加の魔力を注ぎこんで対抗する明日香。
両者の力は拮抗している。
明日香は小型拳銃を構えて撃つ。
だが小口径弾は大屍虫の身体に埋まるのみ。
射殺を諦めたか明日香は拳銃を捨てて殴りかかる。
屈強で凶暴な大屍虫に対して、あまりに非力に思える標準的な小学生の白い拳。
その側で、
「よく狙うんだぞ君ちゃん!」
「はい! わかってます!」
スプラは弓矢を引き絞り、ピアースは槍を構える。
矢には紫電が宿る。
槍の先には斥力場の刃が形成される。
そして2人は自身らを背にして明日香に迫る大屍虫に狙いを定め――
「――な!?」
大屍虫の背に穴が開いた。2人の仕業ではない。
同時に工事現場の重機がたてるような恐ろしい音。
2人の異能力者が驚く先で、穴は段階的に異音をたてて広がる。
そうやって怪異の胴体が消失した後には拳を突きだした明日香がいた。
凄惨に笑う明日香の拳の先で、ピアースと同じ斥力場の残滓が消える。
「す、すげぇな、おチビちゃん……」
「カンガルのパイルバンカーみたいだ……」
スプラが、ピアースが驚愕する。
銃弾を強化する【力弾】は得物を斥力場で強化する術だ。
身体の一部にかければ【重力武器】のような力場の槍と化す。
それを明日香は拳にかけて、間近に迫った敵の土手っ腹に叩きこんだのだ。
同じ術が小型拳銃にも焼きつけられているが、あえて自身で施術したのは一度にこめられる魔力が残弾を上回っていたからか。
そして同じ頃、舞奈は6匹目の大屍虫と相対していた。
先ほどバーンと戦っていた2匹の片割れだ。
頭頂に銃撃の跡を残したくわえた煙草がカギ爪を振りかざして襲い来る。
舞奈は何食わぬ表情で短機関銃を構え、
「助太刀するぜ!」
「いや邪魔だ! 挟み撃ちしようとすんな!」
敵の背後でバーンが炎剣を振り上げた。
舞奈は思わず怒鳴りつける。
この距離では貫通した銃弾がバーンに当たりかねない。
これだから普段から銃を使わない脳筋は!
それでも素早く拳銃を抜いて、顔面めがけて撃つ。
容赦なく3連射。
2発は額と頬に埋まるのみ。
屍虫の頭を1発で吹き飛ばす大口径弾も大屍虫が相手では荷が重い。
だが、もとより牽制だ。
なので最後の1発はヤニで濁った眼科をえぐる。
激痛にうめく大屍虫に笑みを向けつつ跳び退る。
タンスの陰に落ちていた大型の電動ドリルを拾う。
実は先ほどから気配で察していたのだ。
使いこまれているから売り物ではないのだろう。
業者か誰かが置き忘れたか?
バッテリー動力の割と凶悪な代物だ。
「サービスが行き届いた良い店じゃないか」
ほくそ笑む舞奈の目前で、
「……あ」
カギ爪を炎剣でブロックしたバーンが吹き飛ばされる。
大屍虫は再び舞奈に向き直る。
横薙ぎの斬撃。
身をかがめて避けた舞奈の残像と一緒に背後のタンスを真っ二つに引き裂く。
舞奈は大振りの隙を逃さない。
敵が態勢を立て直すより早く背後から跳びかかる。
くわえ煙草の臭い頭を右腕で抱えてしがみつく。
大人が両手で構えるような大型のドリルを左手だけで首筋に当てる。
モーター音。振動。
大屍虫は大口径弾の直撃にすら耐える。
トルソもバーンもスプラも、打撃力ではなく得物にかけた異能力で敵を討った。
だから大屍虫を、普通の鉄の塊で斬ったり突いたりしても無駄だ。
だが電動で間断なく貫き、穿ち、抉り続ける場合は別だ。
あくまで大屍虫は屈強なだけだ。
完全体のように表皮そのものが極端な防御性能を持っている訳じゃない。
暴れ馬のような電動ドリルを左手で支える。
苦痛のあまりに暴れる大屍虫の頭を右腕で支える。
まるで処刑具と犠牲者を無理やりに繋ぎ合わせる人間処刑台だ。
屈強な舞奈だから、そういうことができる。
怪異は叫ぶ。
舞奈は笑う。
そうするうちに声帯に穴が開いたか耳障りな叫びが空気の流れになり、とうとう貫通した両サイドの穴から薄汚い色の体液が噴き出す。
飛び退いた舞奈の前で大屍虫は床を這い、首筋にドリルをぶら下げたまま痙攣する。
ドリルはレバーにロックがかかって動きっぱなしになるタイプの代物らしい。
舞奈が見やるうちに、最期の大屍虫は動かなくなった。
そして他の大屍虫と同じように、塵になって消えた。
「クリアだ! 今のうちに外へ!」
バーンの叫びに呼応して一行は走る。
そしてバックヤードを通り過ぎ、店の裏側にある搬入口のドアを開ける。だが、
「糞ったれ! こっちにも集まってやがる!」
舞奈は思わず叫ぶ。
店の裏側にも相当数の屍虫が集まって来ていた。
どうやら先ほどの戦闘の音で、奴らに気づかれてしまったか?
それにしても動きが的確過ぎる。
やはり、奴らは何者かに統率されている。
あるいは今は、昨日はいなかった戦術指揮官に率いられているのかもしれない。
だが今、探さなければいけないのは敵の指揮官じゃない。
仲間が生きのびるための活路だ。
こちら側には駐車場はない。
怪異がひしめく表の駐車場まで走って車にたどり着こうと試みるのは無謀だ。
突破して店の外へ逃げたとして、走って奴らを振り切れるとは思えない。
なので舞奈は活路を求めて周囲を見渡し――
「――あそこの穴から下に逃げるってのはどうだ?」
「マンホールか」
「まあ逃げられはするだろうが……」
ふと地面を指差す舞奈に、男どもは露骨に嫌な顔をしてみせる。
だが背に腹は代えられないのも確かだ。
実はマンホールを使って逃げるアイデアも20年後の世界のそれだ。
支配者に地上を牛耳られたレジスタンスたちは、元は下水路だった地下道を使って拠点の間を移動していた。
「スプラさん、昨日の水球の水、蒸発して霧にできますか?」
「――!? あ、ああ、たぶん大丈夫だ。凍るし、他の液体に混ざるし、基本的に水がする変化は全部できるはずだよ」
明日香が唐突に話を振る。
「それは結構。お願いできますか?」
「了解」
スプラは訝しみながらも矢筒から矢を抜いてつがえ、放つ。
矢は水球と化して敵の足元を濡らす。
スプラは矢継ぎ早にさらなる稲妻の矢を放ち、敵を痺れさせる。
だが明日香の今度の手札は拘束の強化じゃない。
真言を唱えながらクロークの内側から数個のドッグタグを取り出し、投げる。
そして魔術語。
途端、それぞれのタグは火球と化して飛ぶ。
即ち【火嵐・弐式】。
数多の火球は爆発し、足元の水を蒸発させて水蒸気へと変える。
周囲が白い霧に覆われ、舞奈たちの姿を敵から隠す。
同時に店の中から影が走り来て、短機関銃を携えた影法師へと姿を変える。
明日香が店の中で敵を引きつけていた式神を呼び寄せたのだ。
「開いたぞ!」
「皆さん! 今のうちに!」
舞奈が重いマンホールの蓋をこじ開ける。
明日香の声に呼応して、一行は暗い穴へと身を躍らせた。
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