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第21章 狂える土
二次会は女子会
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各県の支部同様に保健所の施設に偽装された【機関】本部は広くて大きい。
外に出て、改めて外から見たら、そう思った。
建物も大きいし敷地も広い。
巣黒支部に比べて大きな県の支部よりなおデカイ。
まるで巨人の工場だ。
それに合わせた訳でもないだろうが、付近の街の規模も桁違い。
学校のグラウンドを並べたくらい広い多車線の道路を色とりどりの車が走り、スクランブル交差点を人々が足早に歩く。
土曜の午後だというのに背広姿のおじさんも多い。
というか人の数そのものが信じられないくらい多い。
全校集会や【機関】の大規模な作戦でも見ない規模の人の波だ。
こちらも、まるで巨人の街を占拠した小人の気分になる。
そんな人混みの中を流されるように歩きつつ……
「あたしのビュッフェの御馳走……」
舞奈は名残惜しそうに背後を見やる。
後にしてきた【機関】本部の方向だ。
「あのまま残ってても、どうせ食べられなかったでしょ?」
「そりゃそうなんだがな……」
隣を歩く明日香が冷たく薄情に言い放つ。
舞奈は言い返す気にもなれずにとほほと凹む。
平和な土曜に行われた禍川支部奪還作戦参加者の合同葬儀。
退屈な式典が終わった後の待ちに待ったパーティーの会場で起きた些細な揉め事を穏便に解決すべく、舞奈は少しばかり大太刀回りをしてみせた。
その結果、巣黒支部のSランクなのが皆にバレてしまった。
Sランクは【機関】の他の支部では生きる伝説的な扱いだ。
なので舞奈が御馳走どころじゃない質問攻めに遭っていたところ……
「……何処かお店に入りましょうか? 御馳走するわ」
「さっすが大人! 気前が違うぜ」
「お気遣いさせてすいません」
さらに隣を歩く大人の彼女が連れ出してくれたのだ。
そんな名も知らぬ彼女の言葉に舞奈は相好を崩す。
明日香は礼儀正しく頭を下げる。
舞奈が名も知らぬ彼女は、黒いスーツを着こんだ妙齢の美人だ。
そのせいか、あるいは立ち振る舞いのせいか生真面目な印象を受ける。
明日香が大人になったような……と評するほど毒気もない。
妙な個性が前面に出ていないあたりも大人な感じがする。
舞奈的には【機関】より表の社会で馴染みの深い好感の持てる女性だ。
だが舞奈は気づいていた。
彼女は禍川支部奪還作戦で舞奈が出会った仲間、弓使いスプラの知人だ。
否。もう少し親密な関係だったのだろう。
軽薄なスプラが、はにかむように彼女について語っていた事を思い出す。
そんなスプラは今はいない。
午前中の式典で別れを告げてきたばかりだ。
数少ない生存者である舞奈に彼女が近づいて来た理由もそれだろう。
そんな事実から意図的に目をそらすように直近の彼女の言葉だけに反応して、舞奈の背丈からでは人混みに埋まりそうに見えるビル群の中に飲食店を探し……
「……こんなところにも『シロネン』があるのか」
「そういえば本店はそっちだったわね。慣れた店なら入りやすいでしょうし、ここにしましょうか?」
思いがけず見知ったマスコットが描かれた看板を見つけてひとりごちる。
途端、彼女が提案する。
舞奈がこの店の看板に気づいたのにも少しばかり理由がある。
日比野陽介……チャビーの兄が馴染みにしていた店だからだ。
だが彼もまた今はスプラと同じ場所にいる。
スプラと同じように、スプラより先に、仕事人として怪異との戦いで散った。
舞奈は小学生にして【機関】の生きる伝説ことSランクだ。
どんな戦場からでも生き残ってきた。
だが周囲の人間はそうじゃない。
舞奈自身もただ最強なだけだ。都合のいい奇跡を起こしたりはできない。
だから記憶の中は、守れなかった友人たちでいっぱいだ。
それでも彼女には単にケーキが好きだと思われただろうと舞奈は思う。
彼女はスプラの知人であって陽介と面識はない。
あるいは、そうでないかもしれない。
彼女は舞奈たちを知っているが、大人な彼女の事を舞奈は何も知らない。
だから、
「ごちになります!」
「あっちょっと! ……礼儀知らずですいません」
「ふふっ、子供ですもの仕方がないわ」
舞奈は軽薄に言いつつ店へと走る。
大人な彼女と、大人びた明日香は苦笑しながら続く。
少なくとも余人には、怪異との戦闘で何かを失った仕事人と執行人には見えないだろうと断言できる。
舞奈は何かから逃げこむように、見知っているが微妙に違う自動ドアをくぐる。
記憶にある巣黒の『シロネン』より少し広くて客層も広い店内で、空いていたテーブル席を見つけて勝手に座る。
追ってきた2人も続いて座る。
開放感のある大きな窓ごしに外が見える、少し奥まった場所にある席だ。
見慣れたメニュー表を見ながら店員に注文し……
「……改めて初めまして。氷上冴子よ」
「学校の音楽の先生と同じ名前だ」
大人な彼女は自己紹介してくれた。
舞奈の年齢相応な相槌にくすりと笑う。
そんな反応が少しこそばゆくて、
「地元の支部では技術担当官をしてるわ。魔術師で、流派は国家神術」
「その名前で炎術が得意だったら笑うな」
「えっ?」
「冴子を『ひえこ』って読む子なんて貴女くらいよ。みっともないわね」
軽口を叩いた途端に困惑され、明日香に冷たくツッコまれ、
「苗字……っていうか実家の神社は昔は火上とも日上とも呼ばれてたし、わたしも特定のエレメントの扱いが得意だったり不得意だったりはしないつもりよ」
「……なんかごめんなさい」
本人にも噛んで含めるように解説されて思わず凹む。
だが気を取り直し、
「知っての通り、あたしは志門舞奈だ。流派はない」
「安倍明日香です。少しばかり特殊な魔術を嗜んでおりまして……」
「戦闘魔術と言ったかしら? 通り一遍の事は知ってるわ。若いのに凄いわね」
少しばかり特殊な自己紹介を交わす。
一般客のいるケーキ屋で魔術の流派について話す行為には実は問題はない。
ゲームやアニメの会話だと思われるからだ。
というより【協会】が中心となって、表面的な情報をゲームなどでフィクションとして広める事で、そういう風潮を作りあげたらしい。
だが、今はそんな事より……
「……スプラの事だったな」
「ええ」
「っていうか、さっきの話と同じだけどな……」
そう切り出して舞奈は特にもったいつけもせずに語り始める。
それが彼女が舞奈に近づいた理由なのは瞭然だし、先延ばしする理由もない。
だから舞奈は語る。
出会った最初から軽薄な、ムードメーカーだった彼の事。
けれど確かな弓の腕前、使いこなしていた異能力の事。
彼が欠かさず身に着けていた注連縄の事。
軽薄な彼が、柄にもなく照れるように話していた目前の彼女の事。
だが彼は、あの先の見えない戦場で斃れた。
舞奈たちが下水道から飛び出し地上の敵を片づけている隙に、飛来した巨大な怪異が彼らの居たマンホールの真上で自爆したのだ。
跡には千切れた注連縄だけが残されていた。
そんな話を聞いて……
「……本当にさっきの彼にした話と同じね」
そう言って彼女は口元に、おそらく無理やりに笑みを形作る。
「同じ場所にいたからな。来るなっつうのに跳び出してきた馬鹿以外は下に居たんだ。……そっちのが安全だったはずなんだ」
舞奈も同じように口元を歪める。
銃を持った地上の敵を、舞奈と斥力場障壁を張れるメンバーが片づける。
そうすれば地下の面子は安全に出てこれる。
そのはずだった。
リーダーだったトルソも同じ判断をした。
だが舞奈がそう思ったからという事は、彼らが死んでいい理由にはならない。
舞奈が彼らを守れなかった事実は変わらない。
それでも彼女は冗談めかして、
「なら案外、まだ地下にいるかもしれないわね」
先ほどの彼と同じ台詞を言ったまま、窓の外を見やる。
それ以上の追及も、非難もしない。
本当にスプラの最後を知りたかっただけらしい。
それ以外の感情は、ここに来る以前に処理してきたのだろう。
彼女が見た通りの大人だから。
少なくとも切丸の知人だったという彼よりは大人だから。
あるいは、それが彼女なりの割り切り方なのかもしれない。
彼の死のすべてを知り、分析し、何らかの知見とする事で手向けとする。
文字通りに血でつづられた教訓を後世に残す事で彼が生きた証とする。
そちらも如何にも知的な魔術師らしい振舞いだ。
……そんな彼女だからスプラも惹かれたんだろうとも思う。
だから舞奈も一緒に窓の外に目を向けた途端……
「…………おい」
飲んでいたドリンクを噴き出しそうになった。
目を細め、口をへの字に曲げる。
何故なら表を行き交う人混みの中。
そこにいきなり何かがにょっきり『生えた』のだ。
立て看板の縁の『角度』から飛び出したので、混沌魔術の転移術だ。
その前をくたびれたおっさんが普通に通り過ぎたので、認識阻害かそれに類する魔術的な偽装をしているのだろう。
通行人には見破れないそれを、魔術による欺瞞に慣れた舞奈は看破できる。
混沌魔術の転移には3年前にピクシオンだった頃に何度もお世話になった。
熟達したエイリアニストだった美佳は転移の腕前も上々だった。
それに混沌魔術による角度を用いた転移術は、他の流派の転移に比べて複数の対象を転移するハードルが低い。
もっとも術者と他者の境界線のあいまいさは混沌魔術全般に言える事なのだが。
なので舞奈が見やる先にあらわれたのも……見知った複数の人影だった。
やれやれ。
「……ったく、何処かまわず生えやがって」
口元を苦笑の形に歪めて肩をすくめる。
舞奈はトラブルに巻きこまれやすい体質だという自覚はある。
だが、その原因の何割かはトラブルそのものとも言える知人だと主張したい。
「すまん、ちょっと外す」
「外で買い食い? 頼んだケーキがもうすぐ来るわよ?」
「そういうのなら良かったんだけどな」
席を立つ。
くだらん軽口を叩いてくる明日香を睨みながら外に出る。
人混みの中でも彼女らはすぐに見つかった。
もちろん舞奈にとって慣れない街で土地勘はないが、視認した相手との位置関係を移動しながら把握し続けるスキルが変わる訳じゃないからだ。
なので年齢相応に低い身長をフル活用して彼女ら3人の背後に回りこむ。
何かを探してきょろきょろしている陽子、夜空。
そして一緒にいた、輝くような金髪をしたルーシアの後ろから――
「――よっ何してやがる」
「きゃっ!? ……あ、舞奈様?」
「あら舞奈さん。お久しぶりです」
声をかける。
3人はビックリしながら振り返る。
もちろん陽子の肩の上には極彩色のハリネズミもいる。
スードゥナチュラルの彼女が舞奈の接近に気づいていたのか、いないのか、あるいは常識的な対応として驚いてくれているのかはわからないが。
「丁度よかったわ! あんたを探してたのよ!」
「あたしを? ……そうじゃなくて、なに公共の往来に転移してきてやがるって言いたいんだ」
言い募る陽子を舞奈は睨む。
術の行使を一般の人間に見られちゃいけないなんて事は基本中の基本だ。
だが馬鹿の陽キャに何か言っても無駄なのは知っているので、
「あんたたちも見てないで止めてくれよ」
魔法国家スカイフォールの王女ルーシアと、この中で最も常識人(人じゃなくてハリネズミだけど)のハリネズミに苦言を呈すると、
「十分な認識阻害を使っていたから大丈夫だと思ったのよ」
「わたくしは陽子様を信頼しておりますわ」
「信頼の使い方、間違ってるだろう……」
そんな答えが返ってきた。
そんな彼女らの側で、陽子の友人の夜空はニコニコ笑っている。
一見すると上品な態度だが、彼女は彼女で何も考えていない!
やれやれだ。
「にしても、ルーシアちゃんも【機関】のパーティーに来たんじゃないのか?」
というか合同葬儀に。
舞奈は訝しむ。
彼女にはその資格がある。
何せ彼女は壊滅した禍川支部の唯一の生き残りなのだ。
あそこで多すぎるものを失っている。
奪還作戦に参加した数名の知人が帰ってこなかったなんてものじゃない。
数年を共に過ごした仲間たち全員を、文字通り根こそぎ奪われたのだ。
だが何食わぬ表情で尋ねる舞奈にルーシアもまた、
「実はその……すこしばかり遅刻してしまいまして、パーティーの会場にうかがったら舞奈様と明日香様は出て行かれたと……」
「ああ、あの後に来たのか……」
そう言った諸々は気にしていない様子で答える。
舞奈も何となく納得する。
多すぎる諸々を失った彼女は、友人の前で陰を見せたくないのだろう。
彼女が一国の王女だからと言う理由だけじゃない。
今日この日に、あえて何も考えてない陽キャと一緒になって馬鹿やる事で、あの日に多くを失った被害者ではなく年齢相応の少女になろうとしている。
そんな気がした。
あと、それを察したから普段は常識的なハリネズミが今日に限ってパートナーの無茶を黙認した……のだったらいいのにね、とも思った。
それはともかく、もうひとつ。
なるほど会場で彼女を見かけなかった訳だ。
今の彼女は、あの日に怪異に滅ぼされた四国の一角の復旧に携わっている。
彼女にとって、ある意味で禍川支部奪還作戦は終わっていない。
他の皆にとっては多大な犠牲を出しながらも過去になった件の作戦だが、ルーシアには奪還した土地を再生する大仕事が残されていた。
正確には、その役目を自ら引き受けた。
隣の陽キャどもと違って、社会人みたいに働いているのだ。
だからスケジュールもいっぱいいっぱいなのだろう。
ちなみにルーシアにはレナという同じ色の金髪をした妹王女がいる。
だがレナちゃんは今はスカイフォールに帰国している。
口より先に手が出る喧嘩番長な性格だから……ではなく、同じく王女である彼女にも自国でやるべき仕事があるからだ。
ともかく、それでもルーシアが催事に遅刻なんて珍しい。
彼女はおっとりしているがルーズではない。
あるいは何かのトラブルだろうか?
それは普段は護衛を連れ歩いているやんごとない身分の彼女が、陽キャ2人だけをお供に街をうろついている理由のひとつだったりしないだろうか?
そんな事を考える舞奈を、
「にしても、あんた本当にトラブルが好きねー」
「ええ、流石は舞奈様ですわ」
「あたしが好き好んで揉め事を起こした訳じゃないからな。少なくとも今回は!」
馬鹿の陽キャがニヤニヤしながら見てきた。
隣で夜空も追従する。
ルーシアからかいつまんで聞いた話を勝手に解釈したのだろう。
まったく。
舞奈は楽しそうな2人を睨み返し、
「……それで折角なので舞奈様たちに御挨拶をしようと、土地勘のある夜空様や陽子様に街を案内していただいていたところなんです」
ルーシアの話を聞いて、まあ納得する。
そのままパーティーで文字通りのお姫様をしていてもいいはずなのに、自分を探しに来たと言われて悪い気はしない。
「それで転移か?」
「仕方がないでしょう! それが一番早いんだから」
照れ隠しに陽キャをジト目で見やった途端、そんな返事が返ってきた。
「そうなのか?」
「あたしの勘は当たるのよ。ここだ! って思って、えいやってティンダロスを使ったら、ほら見つかった!」
「あたしがおまえらを見つけたんだよ。っていうか当てずっぽうで転移したのか」
(狂気による洞察を、素でしてやがんのか……)
技術に対する敬意が半分。
人格に対する呆れが半分。
そんな視線を一瞬だけ中学生の陽キャに向ける。
陽子は混沌魔術の力を『貸し与えられた』魔法少女だ。
術者じゃない。
なのに変身していない時にもステッキにこめられた混沌魔術を活用している。
3年前にブレスレットを媒体にケルト魔術を貸し与えられていた舞奈は、そんな芸当はできなかった。考えつきもしなかった。
その差が何処にあったのだろうと考えて……
「……ま、立ち話も何だ。入れよ」
言いつつ『シロネン』に向かって歩く。
別に舞奈も術者じゃない。
少なくとも今は、魔法や魔力は他人まかせな非魔法の最強だ。
魔法のブレスレットが仲間との絆を繋いでいた当時には、もう戻れない。
「それではお邪魔します」
「ふーん。『シロネン』じゃない。あんたここ好きなの?」
「たまたま知ってる店があったからだよ。中に人を待たせてる」
ルーシアと陽キャも続く。
別に陽キャどもの用は済んだはずだが、帰るつもりはないらしい。
まあ舞奈も追い返すつもりはない。
幸い冴子さんには必要な事は伝えた。
あとは楽しいが何処かしんみりした追悼パーティーの続きより、何も知らない陽キャどもを交えて馬鹿話でもする方がいいかもしれないと少し思った。
「『シロネン』はチェーン店なのですね。こちらにも誘致したいですわ」
「そんな権限もあるのか」
「はい。尽力させていただいているうちに責務も増えてしまいまして」
「ははっそりゃお疲れさま」
ルーシアとそんな話をしながら席に向かうと……
「……あら、女の子が増えたわね」
「うっせぇ」
明日香が肩をすくめながら席を移動し、4人が座る場所を作る。
大きめのテーブルを2人でキープし続けてくれていたのも、こうなる事を予想していたから……?
まさかな。
そんな事を考える舞奈を尻目に、
「明日香様、お久しぶりです」
「お久しぶりですわ」
「殿下たちも、お久しぶりです」」
ルーシアたちは明日香と挨拶を交わす。
「お知り合い?」
「紹介するよ。海の向こうから留学に来てるルーシア・フレイア・スカイフォールちゃんと、地元のお嬢さんの月瑠尼壇夜空ちゃんだ」
訝しむ冴子に舞奈は友人を紹介し、
「あと、こいつは美音陽子」
「なんであたしだけ呼び捨てなのよ」
睨んでくる陽子を礼儀正しく無視する。
対して冴子は……
「まさか、あのスカイフォール王国の!? それに月瑠尼壇のお嬢さん!?」
話を聞いてビックリする。
まあ舞奈は普通に接しているが、ルーシアも夜空もやんごとない立場の人だ、
大人な彼女の反応の方が普通なのだ。
だが続けて彼女は……
「それに陽子さんと言ったかしら? あなた、まさか混沌魔術の使い手? 一体どうやって……?」
陽子を見やって驚く。
先ほどの転移を察知されていたのだろうか?
流石は魔術師だ。
しかも技術に対する驚愕は、立場に対するそれより深く大きい。
それも彼女が魔術師たる所以だ。
そんな様子に陽キャは鼻の穴を広げて興奮しながら悦に入る。
まったく。
「大した事じゃないよ。こいつ馬鹿だから」
「何よ! その言い方!」
雑なフォローに怒る陽キャを再び礼儀正しく無視。
混沌魔術は使用者の精神を蝕む狂気の魔術だ。
だが陽キャは狂うような御立派な知性がないので普通に使いこなせている。
かいつまんで話せばそういう事だ。
そんな陽キャどもは店員に追加の注文をして……
「……ところで殿下、会場には行かれましたか?」
「はい。舞奈様の騒ぎは治まっておりましたわ」
「あたしが起こした騒動じゃないけどな」
「おデブの方がとりなしてくださったようで、お相手の方も特に御咎めはなしと」
「あの状況でか? あのおっちゃん、実は凄い弁が立ったりするのかな」
「うかがった話では殺陣だった事にされたらしいですわ」
「殺陣かーなるほど」
「ええ。なので、お2方で無許可で出し物をされた扱いになられたそうです」
「まあ皆がそれで納得したなら、まあ……」
そんな風にルーシアから舞奈が去った後の会場の様子を聞く。
そりゃまあSランクに刃物で斬りかかるとか、台本ありきの殺陣だと言った方が普通に説明するより信じてもらえそうだ。
まあ実際は件の彼が穏便に話をまとめてくれたと言ったところか。
自分も殴られてたのに中々できることじゃない。
そしてパーティーで他の人に喧嘩を売って暴れた扱いより、無許可で芸をして怒られた扱いの方が当然ながら罪も処分も軽い。
というか偉い人に小言を言われて終わりだろう。
何よりだと舞奈は思う。
相手の彼に舞奈は特に恨みはない。
むしろ同じ気持ちだった。
その後に対処を余儀なくされまくった他のトラブルのせいで不覚にも薄れかけていた仲間たちの記憶を、あの一件で思い出せた気がする。
それは悪い気分ではない。
そもそも彼との殺陣では誰も何も失っていない。
だから互いに気が済んで、後腐れなく事が終わったのなら最良だ。
そもそも、そうするために手出しをしたのだし。
そんな事を考えながら舞奈がほくそ笑んでいると……
「そういえば舞奈様、明日香様……」
「改まってどうしたよ?」
ルーシアが不意に声をひそめた。
今さら何をと舞奈は訝しむ。
舞奈も、冴子も、ルーシアも、機密に抵触しかねない話を散々した後だ。
だがルーシアは構わず、
「本国からの非公式な情報なのですが」
「何か、そちらの方面の問題が?」
「……ええ。中東方面からこちらに不正入国している怪異たちのコミュニティに少し気がかりな動きがあるようなのです」
「やはりですか……」
聞いただけで厄介そうな会話を明日香と続ける。
ルーシアの立場は魔法の王国スカイフォールの第一王女。
この国に在留する理由のひとつは、ある意味で自分たちと同源の、だが別の意味で真逆なマイナスの魔力を悪用する怪異どもの監視、あるいは陰謀の阻止。
それは壊滅した四国の一角の復旧に携わっている今でも変わらない。
彼女は魔法国家の情報網で集められた世界中の怪異の情報にアクセスできる。
そんな彼女からの情報のリークだ。
そんな話に舞奈は思わず口をへの字に曲げる。
気に入らないのは、直近に別の術者から似た話を聞いたという事だ。
だから……
「……それって、まさか埼玉の話だったりしないよな?」
「舞奈様も御存知でしたか」
何食わぬ口調で尋ねた舞奈に、予想通りの厄介な答えが返ってきた。
外に出て、改めて外から見たら、そう思った。
建物も大きいし敷地も広い。
巣黒支部に比べて大きな県の支部よりなおデカイ。
まるで巨人の工場だ。
それに合わせた訳でもないだろうが、付近の街の規模も桁違い。
学校のグラウンドを並べたくらい広い多車線の道路を色とりどりの車が走り、スクランブル交差点を人々が足早に歩く。
土曜の午後だというのに背広姿のおじさんも多い。
というか人の数そのものが信じられないくらい多い。
全校集会や【機関】の大規模な作戦でも見ない規模の人の波だ。
こちらも、まるで巨人の街を占拠した小人の気分になる。
そんな人混みの中を流されるように歩きつつ……
「あたしのビュッフェの御馳走……」
舞奈は名残惜しそうに背後を見やる。
後にしてきた【機関】本部の方向だ。
「あのまま残ってても、どうせ食べられなかったでしょ?」
「そりゃそうなんだがな……」
隣を歩く明日香が冷たく薄情に言い放つ。
舞奈は言い返す気にもなれずにとほほと凹む。
平和な土曜に行われた禍川支部奪還作戦参加者の合同葬儀。
退屈な式典が終わった後の待ちに待ったパーティーの会場で起きた些細な揉め事を穏便に解決すべく、舞奈は少しばかり大太刀回りをしてみせた。
その結果、巣黒支部のSランクなのが皆にバレてしまった。
Sランクは【機関】の他の支部では生きる伝説的な扱いだ。
なので舞奈が御馳走どころじゃない質問攻めに遭っていたところ……
「……何処かお店に入りましょうか? 御馳走するわ」
「さっすが大人! 気前が違うぜ」
「お気遣いさせてすいません」
さらに隣を歩く大人の彼女が連れ出してくれたのだ。
そんな名も知らぬ彼女の言葉に舞奈は相好を崩す。
明日香は礼儀正しく頭を下げる。
舞奈が名も知らぬ彼女は、黒いスーツを着こんだ妙齢の美人だ。
そのせいか、あるいは立ち振る舞いのせいか生真面目な印象を受ける。
明日香が大人になったような……と評するほど毒気もない。
妙な個性が前面に出ていないあたりも大人な感じがする。
舞奈的には【機関】より表の社会で馴染みの深い好感の持てる女性だ。
だが舞奈は気づいていた。
彼女は禍川支部奪還作戦で舞奈が出会った仲間、弓使いスプラの知人だ。
否。もう少し親密な関係だったのだろう。
軽薄なスプラが、はにかむように彼女について語っていた事を思い出す。
そんなスプラは今はいない。
午前中の式典で別れを告げてきたばかりだ。
数少ない生存者である舞奈に彼女が近づいて来た理由もそれだろう。
そんな事実から意図的に目をそらすように直近の彼女の言葉だけに反応して、舞奈の背丈からでは人混みに埋まりそうに見えるビル群の中に飲食店を探し……
「……こんなところにも『シロネン』があるのか」
「そういえば本店はそっちだったわね。慣れた店なら入りやすいでしょうし、ここにしましょうか?」
思いがけず見知ったマスコットが描かれた看板を見つけてひとりごちる。
途端、彼女が提案する。
舞奈がこの店の看板に気づいたのにも少しばかり理由がある。
日比野陽介……チャビーの兄が馴染みにしていた店だからだ。
だが彼もまた今はスプラと同じ場所にいる。
スプラと同じように、スプラより先に、仕事人として怪異との戦いで散った。
舞奈は小学生にして【機関】の生きる伝説ことSランクだ。
どんな戦場からでも生き残ってきた。
だが周囲の人間はそうじゃない。
舞奈自身もただ最強なだけだ。都合のいい奇跡を起こしたりはできない。
だから記憶の中は、守れなかった友人たちでいっぱいだ。
それでも彼女には単にケーキが好きだと思われただろうと舞奈は思う。
彼女はスプラの知人であって陽介と面識はない。
あるいは、そうでないかもしれない。
彼女は舞奈たちを知っているが、大人な彼女の事を舞奈は何も知らない。
だから、
「ごちになります!」
「あっちょっと! ……礼儀知らずですいません」
「ふふっ、子供ですもの仕方がないわ」
舞奈は軽薄に言いつつ店へと走る。
大人な彼女と、大人びた明日香は苦笑しながら続く。
少なくとも余人には、怪異との戦闘で何かを失った仕事人と執行人には見えないだろうと断言できる。
舞奈は何かから逃げこむように、見知っているが微妙に違う自動ドアをくぐる。
記憶にある巣黒の『シロネン』より少し広くて客層も広い店内で、空いていたテーブル席を見つけて勝手に座る。
追ってきた2人も続いて座る。
開放感のある大きな窓ごしに外が見える、少し奥まった場所にある席だ。
見慣れたメニュー表を見ながら店員に注文し……
「……改めて初めまして。氷上冴子よ」
「学校の音楽の先生と同じ名前だ」
大人な彼女は自己紹介してくれた。
舞奈の年齢相応な相槌にくすりと笑う。
そんな反応が少しこそばゆくて、
「地元の支部では技術担当官をしてるわ。魔術師で、流派は国家神術」
「その名前で炎術が得意だったら笑うな」
「えっ?」
「冴子を『ひえこ』って読む子なんて貴女くらいよ。みっともないわね」
軽口を叩いた途端に困惑され、明日香に冷たくツッコまれ、
「苗字……っていうか実家の神社は昔は火上とも日上とも呼ばれてたし、わたしも特定のエレメントの扱いが得意だったり不得意だったりはしないつもりよ」
「……なんかごめんなさい」
本人にも噛んで含めるように解説されて思わず凹む。
だが気を取り直し、
「知っての通り、あたしは志門舞奈だ。流派はない」
「安倍明日香です。少しばかり特殊な魔術を嗜んでおりまして……」
「戦闘魔術と言ったかしら? 通り一遍の事は知ってるわ。若いのに凄いわね」
少しばかり特殊な自己紹介を交わす。
一般客のいるケーキ屋で魔術の流派について話す行為には実は問題はない。
ゲームやアニメの会話だと思われるからだ。
というより【協会】が中心となって、表面的な情報をゲームなどでフィクションとして広める事で、そういう風潮を作りあげたらしい。
だが、今はそんな事より……
「……スプラの事だったな」
「ええ」
「っていうか、さっきの話と同じだけどな……」
そう切り出して舞奈は特にもったいつけもせずに語り始める。
それが彼女が舞奈に近づいた理由なのは瞭然だし、先延ばしする理由もない。
だから舞奈は語る。
出会った最初から軽薄な、ムードメーカーだった彼の事。
けれど確かな弓の腕前、使いこなしていた異能力の事。
彼が欠かさず身に着けていた注連縄の事。
軽薄な彼が、柄にもなく照れるように話していた目前の彼女の事。
だが彼は、あの先の見えない戦場で斃れた。
舞奈たちが下水道から飛び出し地上の敵を片づけている隙に、飛来した巨大な怪異が彼らの居たマンホールの真上で自爆したのだ。
跡には千切れた注連縄だけが残されていた。
そんな話を聞いて……
「……本当にさっきの彼にした話と同じね」
そう言って彼女は口元に、おそらく無理やりに笑みを形作る。
「同じ場所にいたからな。来るなっつうのに跳び出してきた馬鹿以外は下に居たんだ。……そっちのが安全だったはずなんだ」
舞奈も同じように口元を歪める。
銃を持った地上の敵を、舞奈と斥力場障壁を張れるメンバーが片づける。
そうすれば地下の面子は安全に出てこれる。
そのはずだった。
リーダーだったトルソも同じ判断をした。
だが舞奈がそう思ったからという事は、彼らが死んでいい理由にはならない。
舞奈が彼らを守れなかった事実は変わらない。
それでも彼女は冗談めかして、
「なら案外、まだ地下にいるかもしれないわね」
先ほどの彼と同じ台詞を言ったまま、窓の外を見やる。
それ以上の追及も、非難もしない。
本当にスプラの最後を知りたかっただけらしい。
それ以外の感情は、ここに来る以前に処理してきたのだろう。
彼女が見た通りの大人だから。
少なくとも切丸の知人だったという彼よりは大人だから。
あるいは、それが彼女なりの割り切り方なのかもしれない。
彼の死のすべてを知り、分析し、何らかの知見とする事で手向けとする。
文字通りに血でつづられた教訓を後世に残す事で彼が生きた証とする。
そちらも如何にも知的な魔術師らしい振舞いだ。
……そんな彼女だからスプラも惹かれたんだろうとも思う。
だから舞奈も一緒に窓の外に目を向けた途端……
「…………おい」
飲んでいたドリンクを噴き出しそうになった。
目を細め、口をへの字に曲げる。
何故なら表を行き交う人混みの中。
そこにいきなり何かがにょっきり『生えた』のだ。
立て看板の縁の『角度』から飛び出したので、混沌魔術の転移術だ。
その前をくたびれたおっさんが普通に通り過ぎたので、認識阻害かそれに類する魔術的な偽装をしているのだろう。
通行人には見破れないそれを、魔術による欺瞞に慣れた舞奈は看破できる。
混沌魔術の転移には3年前にピクシオンだった頃に何度もお世話になった。
熟達したエイリアニストだった美佳は転移の腕前も上々だった。
それに混沌魔術による角度を用いた転移術は、他の流派の転移に比べて複数の対象を転移するハードルが低い。
もっとも術者と他者の境界線のあいまいさは混沌魔術全般に言える事なのだが。
なので舞奈が見やる先にあらわれたのも……見知った複数の人影だった。
やれやれ。
「……ったく、何処かまわず生えやがって」
口元を苦笑の形に歪めて肩をすくめる。
舞奈はトラブルに巻きこまれやすい体質だという自覚はある。
だが、その原因の何割かはトラブルそのものとも言える知人だと主張したい。
「すまん、ちょっと外す」
「外で買い食い? 頼んだケーキがもうすぐ来るわよ?」
「そういうのなら良かったんだけどな」
席を立つ。
くだらん軽口を叩いてくる明日香を睨みながら外に出る。
人混みの中でも彼女らはすぐに見つかった。
もちろん舞奈にとって慣れない街で土地勘はないが、視認した相手との位置関係を移動しながら把握し続けるスキルが変わる訳じゃないからだ。
なので年齢相応に低い身長をフル活用して彼女ら3人の背後に回りこむ。
何かを探してきょろきょろしている陽子、夜空。
そして一緒にいた、輝くような金髪をしたルーシアの後ろから――
「――よっ何してやがる」
「きゃっ!? ……あ、舞奈様?」
「あら舞奈さん。お久しぶりです」
声をかける。
3人はビックリしながら振り返る。
もちろん陽子の肩の上には極彩色のハリネズミもいる。
スードゥナチュラルの彼女が舞奈の接近に気づいていたのか、いないのか、あるいは常識的な対応として驚いてくれているのかはわからないが。
「丁度よかったわ! あんたを探してたのよ!」
「あたしを? ……そうじゃなくて、なに公共の往来に転移してきてやがるって言いたいんだ」
言い募る陽子を舞奈は睨む。
術の行使を一般の人間に見られちゃいけないなんて事は基本中の基本だ。
だが馬鹿の陽キャに何か言っても無駄なのは知っているので、
「あんたたちも見てないで止めてくれよ」
魔法国家スカイフォールの王女ルーシアと、この中で最も常識人(人じゃなくてハリネズミだけど)のハリネズミに苦言を呈すると、
「十分な認識阻害を使っていたから大丈夫だと思ったのよ」
「わたくしは陽子様を信頼しておりますわ」
「信頼の使い方、間違ってるだろう……」
そんな答えが返ってきた。
そんな彼女らの側で、陽子の友人の夜空はニコニコ笑っている。
一見すると上品な態度だが、彼女は彼女で何も考えていない!
やれやれだ。
「にしても、ルーシアちゃんも【機関】のパーティーに来たんじゃないのか?」
というか合同葬儀に。
舞奈は訝しむ。
彼女にはその資格がある。
何せ彼女は壊滅した禍川支部の唯一の生き残りなのだ。
あそこで多すぎるものを失っている。
奪還作戦に参加した数名の知人が帰ってこなかったなんてものじゃない。
数年を共に過ごした仲間たち全員を、文字通り根こそぎ奪われたのだ。
だが何食わぬ表情で尋ねる舞奈にルーシアもまた、
「実はその……すこしばかり遅刻してしまいまして、パーティーの会場にうかがったら舞奈様と明日香様は出て行かれたと……」
「ああ、あの後に来たのか……」
そう言った諸々は気にしていない様子で答える。
舞奈も何となく納得する。
多すぎる諸々を失った彼女は、友人の前で陰を見せたくないのだろう。
彼女が一国の王女だからと言う理由だけじゃない。
今日この日に、あえて何も考えてない陽キャと一緒になって馬鹿やる事で、あの日に多くを失った被害者ではなく年齢相応の少女になろうとしている。
そんな気がした。
あと、それを察したから普段は常識的なハリネズミが今日に限ってパートナーの無茶を黙認した……のだったらいいのにね、とも思った。
それはともかく、もうひとつ。
なるほど会場で彼女を見かけなかった訳だ。
今の彼女は、あの日に怪異に滅ぼされた四国の一角の復旧に携わっている。
彼女にとって、ある意味で禍川支部奪還作戦は終わっていない。
他の皆にとっては多大な犠牲を出しながらも過去になった件の作戦だが、ルーシアには奪還した土地を再生する大仕事が残されていた。
正確には、その役目を自ら引き受けた。
隣の陽キャどもと違って、社会人みたいに働いているのだ。
だからスケジュールもいっぱいいっぱいなのだろう。
ちなみにルーシアにはレナという同じ色の金髪をした妹王女がいる。
だがレナちゃんは今はスカイフォールに帰国している。
口より先に手が出る喧嘩番長な性格だから……ではなく、同じく王女である彼女にも自国でやるべき仕事があるからだ。
ともかく、それでもルーシアが催事に遅刻なんて珍しい。
彼女はおっとりしているがルーズではない。
あるいは何かのトラブルだろうか?
それは普段は護衛を連れ歩いているやんごとない身分の彼女が、陽キャ2人だけをお供に街をうろついている理由のひとつだったりしないだろうか?
そんな事を考える舞奈を、
「にしても、あんた本当にトラブルが好きねー」
「ええ、流石は舞奈様ですわ」
「あたしが好き好んで揉め事を起こした訳じゃないからな。少なくとも今回は!」
馬鹿の陽キャがニヤニヤしながら見てきた。
隣で夜空も追従する。
ルーシアからかいつまんで聞いた話を勝手に解釈したのだろう。
まったく。
舞奈は楽しそうな2人を睨み返し、
「……それで折角なので舞奈様たちに御挨拶をしようと、土地勘のある夜空様や陽子様に街を案内していただいていたところなんです」
ルーシアの話を聞いて、まあ納得する。
そのままパーティーで文字通りのお姫様をしていてもいいはずなのに、自分を探しに来たと言われて悪い気はしない。
「それで転移か?」
「仕方がないでしょう! それが一番早いんだから」
照れ隠しに陽キャをジト目で見やった途端、そんな返事が返ってきた。
「そうなのか?」
「あたしの勘は当たるのよ。ここだ! って思って、えいやってティンダロスを使ったら、ほら見つかった!」
「あたしがおまえらを見つけたんだよ。っていうか当てずっぽうで転移したのか」
(狂気による洞察を、素でしてやがんのか……)
技術に対する敬意が半分。
人格に対する呆れが半分。
そんな視線を一瞬だけ中学生の陽キャに向ける。
陽子は混沌魔術の力を『貸し与えられた』魔法少女だ。
術者じゃない。
なのに変身していない時にもステッキにこめられた混沌魔術を活用している。
3年前にブレスレットを媒体にケルト魔術を貸し与えられていた舞奈は、そんな芸当はできなかった。考えつきもしなかった。
その差が何処にあったのだろうと考えて……
「……ま、立ち話も何だ。入れよ」
言いつつ『シロネン』に向かって歩く。
別に舞奈も術者じゃない。
少なくとも今は、魔法や魔力は他人まかせな非魔法の最強だ。
魔法のブレスレットが仲間との絆を繋いでいた当時には、もう戻れない。
「それではお邪魔します」
「ふーん。『シロネン』じゃない。あんたここ好きなの?」
「たまたま知ってる店があったからだよ。中に人を待たせてる」
ルーシアと陽キャも続く。
別に陽キャどもの用は済んだはずだが、帰るつもりはないらしい。
まあ舞奈も追い返すつもりはない。
幸い冴子さんには必要な事は伝えた。
あとは楽しいが何処かしんみりした追悼パーティーの続きより、何も知らない陽キャどもを交えて馬鹿話でもする方がいいかもしれないと少し思った。
「『シロネン』はチェーン店なのですね。こちらにも誘致したいですわ」
「そんな権限もあるのか」
「はい。尽力させていただいているうちに責務も増えてしまいまして」
「ははっそりゃお疲れさま」
ルーシアとそんな話をしながら席に向かうと……
「……あら、女の子が増えたわね」
「うっせぇ」
明日香が肩をすくめながら席を移動し、4人が座る場所を作る。
大きめのテーブルを2人でキープし続けてくれていたのも、こうなる事を予想していたから……?
まさかな。
そんな事を考える舞奈を尻目に、
「明日香様、お久しぶりです」
「お久しぶりですわ」
「殿下たちも、お久しぶりです」」
ルーシアたちは明日香と挨拶を交わす。
「お知り合い?」
「紹介するよ。海の向こうから留学に来てるルーシア・フレイア・スカイフォールちゃんと、地元のお嬢さんの月瑠尼壇夜空ちゃんだ」
訝しむ冴子に舞奈は友人を紹介し、
「あと、こいつは美音陽子」
「なんであたしだけ呼び捨てなのよ」
睨んでくる陽子を礼儀正しく無視する。
対して冴子は……
「まさか、あのスカイフォール王国の!? それに月瑠尼壇のお嬢さん!?」
話を聞いてビックリする。
まあ舞奈は普通に接しているが、ルーシアも夜空もやんごとない立場の人だ、
大人な彼女の反応の方が普通なのだ。
だが続けて彼女は……
「それに陽子さんと言ったかしら? あなた、まさか混沌魔術の使い手? 一体どうやって……?」
陽子を見やって驚く。
先ほどの転移を察知されていたのだろうか?
流石は魔術師だ。
しかも技術に対する驚愕は、立場に対するそれより深く大きい。
それも彼女が魔術師たる所以だ。
そんな様子に陽キャは鼻の穴を広げて興奮しながら悦に入る。
まったく。
「大した事じゃないよ。こいつ馬鹿だから」
「何よ! その言い方!」
雑なフォローに怒る陽キャを再び礼儀正しく無視。
混沌魔術は使用者の精神を蝕む狂気の魔術だ。
だが陽キャは狂うような御立派な知性がないので普通に使いこなせている。
かいつまんで話せばそういう事だ。
そんな陽キャどもは店員に追加の注文をして……
「……ところで殿下、会場には行かれましたか?」
「はい。舞奈様の騒ぎは治まっておりましたわ」
「あたしが起こした騒動じゃないけどな」
「おデブの方がとりなしてくださったようで、お相手の方も特に御咎めはなしと」
「あの状況でか? あのおっちゃん、実は凄い弁が立ったりするのかな」
「うかがった話では殺陣だった事にされたらしいですわ」
「殺陣かーなるほど」
「ええ。なので、お2方で無許可で出し物をされた扱いになられたそうです」
「まあ皆がそれで納得したなら、まあ……」
そんな風にルーシアから舞奈が去った後の会場の様子を聞く。
そりゃまあSランクに刃物で斬りかかるとか、台本ありきの殺陣だと言った方が普通に説明するより信じてもらえそうだ。
まあ実際は件の彼が穏便に話をまとめてくれたと言ったところか。
自分も殴られてたのに中々できることじゃない。
そしてパーティーで他の人に喧嘩を売って暴れた扱いより、無許可で芸をして怒られた扱いの方が当然ながら罪も処分も軽い。
というか偉い人に小言を言われて終わりだろう。
何よりだと舞奈は思う。
相手の彼に舞奈は特に恨みはない。
むしろ同じ気持ちだった。
その後に対処を余儀なくされまくった他のトラブルのせいで不覚にも薄れかけていた仲間たちの記憶を、あの一件で思い出せた気がする。
それは悪い気分ではない。
そもそも彼との殺陣では誰も何も失っていない。
だから互いに気が済んで、後腐れなく事が終わったのなら最良だ。
そもそも、そうするために手出しをしたのだし。
そんな事を考えながら舞奈がほくそ笑んでいると……
「そういえば舞奈様、明日香様……」
「改まってどうしたよ?」
ルーシアが不意に声をひそめた。
今さら何をと舞奈は訝しむ。
舞奈も、冴子も、ルーシアも、機密に抵触しかねない話を散々した後だ。
だがルーシアは構わず、
「本国からの非公式な情報なのですが」
「何か、そちらの方面の問題が?」
「……ええ。中東方面からこちらに不正入国している怪異たちのコミュニティに少し気がかりな動きがあるようなのです」
「やはりですか……」
聞いただけで厄介そうな会話を明日香と続ける。
ルーシアの立場は魔法の王国スカイフォールの第一王女。
この国に在留する理由のひとつは、ある意味で自分たちと同源の、だが別の意味で真逆なマイナスの魔力を悪用する怪異どもの監視、あるいは陰謀の阻止。
それは壊滅した四国の一角の復旧に携わっている今でも変わらない。
彼女は魔法国家の情報網で集められた世界中の怪異の情報にアクセスできる。
そんな彼女からの情報のリークだ。
そんな話に舞奈は思わず口をへの字に曲げる。
気に入らないのは、直近に別の術者から似た話を聞いたという事だ。
だから……
「……それって、まさか埼玉の話だったりしないよな?」
「舞奈様も御存知でしたか」
何食わぬ口調で尋ねた舞奈に、予想通りの厄介な答えが返ってきた。
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