中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ

文字の大きさ
43 / 120
本編

祭の前の喧騒

しおりを挟む
 収穫祭の準備が始まったのは、祭の一か月前のことだった。
 伯爵邸の中庭や広場では、早くも木枠の屋台が組まれ、色とりどりの布や飾りが運び込まれていた。

 エマは普段の家務かむに加え、この一大行事の手配に追われていた。露店の配置や食材の仕入れ、装飾の手配――気づけば一日があっという間に終わってしまう。

 セイルもまた、領主として祭に向けた政務や来賓対応に奔走しており、以前にも増して顔を合わせる時間は減っていた。

 互いに忙しいのは分かっている。それでもほんの少しだけ、エマはすれ違っていることに胸を痛めていた。
 けれど、そうも言っていられない。寂しさを意識の奥に押し込め、エマは目の前の仕事に集中することにした。


 この日も、エマはローラとルーナを伴って中庭を巡っていた。

「この辺りには果物の屋台を並べましょう。今年は梨が豊作ですし、ぶどうも立派な房が揃っているもの」

「かしこまりました、奥様」

 ローラが頷く横で、ルーナは両手を胸の前で組み、きらきらとした目を向けてくる。

「奥様、ここに花飾りも置きませんか?果物の香りとお花が一緒だなんて、絶対に素敵です!」
  
「ふふ、いいわね。ではそのように手配して頂戴」

 広場の奥では、大きな木枠の祭壇が組み上げられていた。それは豊穣の果実を飾るためのものだ。
 エマが感心して見ていると、ローラが説明する。

「昔は豊穣の果実を恋人同士が贈り合って永遠の愛を誓ったそうです。ですが近頃は、本物の果実ではなく、果実を模した装飾品を贈り合う風習に変わったのですよ」

「まぁ……」

 「当日は婦人用の髪飾りや、紳士用のブローチを売る店がたくさん出店いたします。奥様もぜひお手にとってみてくださいませ。店の者が喜びますわ」

 ローラが丁寧な口調でそう告げた。
 エマは目を細め、その光景を想像する。華やかで、それはそれは美しいのだろう。

 ルーナはと言えば、もう祭当日の妄想に夢中のようだった。

「奥様もぜひ旦那様と!ほら、こうやって贈り合うんです!」

 ルーナが両手で小さな見えない果実を差し出す真似をすると、ローラが呆れたように笑った。

 エマは笑みを返しつつも、心の奥底に寂しさを抱えていた。
 祭の準備は楽しい。けれど、気づけばその楽しさの隙間から、セイルの姿を探している自分がいる。

 今日も会えないのかしら

 エマは笑顔を絶やさなかった。心に滲んでくる寂しさを、誰にも悟られないように。
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】

のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。 そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。 幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、 “とっておき”のチートで人生を再起動。 剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。 そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。 これは、理想を形にするために動き出した少年の、 少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。 【なろう掲載】

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

孤児による孤児のための孤児院経営!!! 異世界に転生したけど能力がわかりませんでした

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前はフィル 異世界に転生できたんだけど何も能力がないと思っていて7歳まで路上で暮らしてた なぜか両親の記憶がなくて何とか生きてきたけど、とうとう能力についてわかることになった 孤児として暮らしていたため孤児の苦しみがわかったので孤児院を作ることから始めます さあ、チートの時間だ

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

処理中です...