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16 責任
測定室は、妙に静かだった。
ついさっきまで怒号と議論が飛び交っていたとは思えないほど、空気は落ち着いている。
だがそれは、嵐が過ぎたあとの静けさではない。
嵐のあとに残る――
検証の時間だった。
部屋の中には、低い声だけが漂っている。
そして、明らかに人が増えていた。
研究者。
補助員。
兵。
それに加えて、さっきまではいなかった男たちがいる。
黒い記録板を持った連中だ。
記録官。
机の上では、紙の山が積み上げられていた。
さっきの実験の記録。
巻き取られた記録紙が、何本も並んでいる。
床にまで垂れそうなほど長い紙帯。
そこにはびっしりと波形が刻まれていた。
三つの計測盤。
竜。
袋。
そして――俺。
針は、ゆっくり揺れている。
均衡は戻っていた。
規則正しい波形。
穏やかなリズム。
まるで、さっきの異常が嘘だったかのようだ。
だが――
机の上の紙だけは、違った。
白髪の老人が、紙を一枚持ち上げる。
その指が、ある場所で止まった。
「ここだ」
紙に刻まれているのは、鋭く跳ね上がった波形。
均衡が崩れかけた瞬間だった。
細い男が横から覗き込む。
「見事な乱れ方だ」
感心したような声だった。
別の研究者が言う。
「竜の暴走ではない」
さらに別の研究者。
「袋の異常でもない」
白髪の老人が、ゆっくり頷く。
そして、視線がこちらに向く。研究者特有の目だった。感情ではなく、現象を見る目。
「原因は一つ」
部屋の視線が集まる。
兵。
研究者。
記録官。
すべての視線。
俺は黙っていた。
老人が言う。
「君だ」
短い言葉だった。
だがその一言で、
測定室の空気が、わずかに張り詰めた。
監察官が腕を組む。
「理由は?」
老人は紙をめくる。
三つの波形。
竜。
袋。
そして俺。
「ここを見ろ」
指が止まる。
俺の波形。
それが――
最初に尖っている。
「恐怖反応だ」
研究者の一人が呟く。
「感情……」
細い男が笑う。
「面白い」
老人は続ける。
「君の精神状態が変化した瞬間」
「均衡波形が崩れている」
紙をめくる。
「その直後」
「竜の波形が反応」
さらにめくる。
「袋も同期変動」
老人が静かに言った。
「三者は連動している」
監察官が低く言う。
「つまり」
老人は一拍置いた。
そして、結論を言った。
「均衡は」
ゆっくりと。
「精神状態に依存している」
沈黙が落ちた。研究者たちは互いの顔を見る。誰もが理解していた。この結論が意味するものを。
これは――
非常に扱いにくい事実だ。
細い男が小さく笑う。
「国家資産が」
「人間の気分で不安定になるわけか」
監察官が俺を見る。
その目は、さっきよりも厳しい。
「君」
短く言う。
「自覚はあったか」
「少し」
子竜が暴れるかもしれない。
そう思っただけだ。
老人が計測盤を指す。
「君の波形が変わる」
「均衡が揺れる」
細い男が言う。
「つまり」
「君は装置の一部だ」
その言葉に、兵が小さくざわめいた。
人間を、装置と言ったからだ。
監察官が口を開く。
「王国はこれを問題視する」
研究者が頷く。
「当然だ」
「制御不能だからな」
老人は紙をまとめる。
そして言った。
「結論は出ている」
監察官が聞く。
「何だ」
老人が言った。
「隔離だ」
その言葉は静かだった。
だが――
部屋の空気を、重く沈ませた。
「竜」
「袋」
「そして管理者」
ゆっくり言う。
「三者を同時管理する必要がある」
細い男が頷く。
「同意だ」
監察官は腕を組んだまま、しばらく黙っていた。
やがて言う。
「……つまり」
俺を見る。
「君も隔離対象になる」
部屋が静かになる。
兵の手が、わずかに槍に触れた。
俺は袋を見る。
袋の中で、子竜が丸くなっている。
淡い光。
静かに揺れていた。
まるで、何も知らないみたいに。
監察官が言う。
「誤解するな」
「罪ではない」
少し間を置く。
「だが責任はある」
研究者が呟く。
「均衡の中心だからな」
細い男が笑う。
「安心しろ」
軽い声だった。
「研究対象としては最高だ」
俺は何も言わなかった。
ただ袋を握る。
ビニールが、かすかに鳴った。
その音は小さい。
だが――
その瞬間。
袋の中で、子竜の光が揺れた。
そして。
計測盤の針も、わずかに動く。
研究者が呟いた。
「ほらな」
老人が言う。
「完全同期だ」
監察官は深く息を吐いた。
そして短く言う。
「決まりだ」
「王国に報告する」
兵を見る。
「隔離準備だ」
兵が頷き、扉が開く。
廊下から足音が増えた。
兵の気配。測定室の空気が、また少し変わる。
今度は――
管理の空気だ。
俺は袋を見下ろした。
袋の中で、子竜が静かに光っている。
その光は弱い。
だが確かに――
俺の呼吸と同じリズムで、
揺れていた。
ついさっきまで怒号と議論が飛び交っていたとは思えないほど、空気は落ち着いている。
だがそれは、嵐が過ぎたあとの静けさではない。
嵐のあとに残る――
検証の時間だった。
部屋の中には、低い声だけが漂っている。
そして、明らかに人が増えていた。
研究者。
補助員。
兵。
それに加えて、さっきまではいなかった男たちがいる。
黒い記録板を持った連中だ。
記録官。
机の上では、紙の山が積み上げられていた。
さっきの実験の記録。
巻き取られた記録紙が、何本も並んでいる。
床にまで垂れそうなほど長い紙帯。
そこにはびっしりと波形が刻まれていた。
三つの計測盤。
竜。
袋。
そして――俺。
針は、ゆっくり揺れている。
均衡は戻っていた。
規則正しい波形。
穏やかなリズム。
まるで、さっきの異常が嘘だったかのようだ。
だが――
机の上の紙だけは、違った。
白髪の老人が、紙を一枚持ち上げる。
その指が、ある場所で止まった。
「ここだ」
紙に刻まれているのは、鋭く跳ね上がった波形。
均衡が崩れかけた瞬間だった。
細い男が横から覗き込む。
「見事な乱れ方だ」
感心したような声だった。
別の研究者が言う。
「竜の暴走ではない」
さらに別の研究者。
「袋の異常でもない」
白髪の老人が、ゆっくり頷く。
そして、視線がこちらに向く。研究者特有の目だった。感情ではなく、現象を見る目。
「原因は一つ」
部屋の視線が集まる。
兵。
研究者。
記録官。
すべての視線。
俺は黙っていた。
老人が言う。
「君だ」
短い言葉だった。
だがその一言で、
測定室の空気が、わずかに張り詰めた。
監察官が腕を組む。
「理由は?」
老人は紙をめくる。
三つの波形。
竜。
袋。
そして俺。
「ここを見ろ」
指が止まる。
俺の波形。
それが――
最初に尖っている。
「恐怖反応だ」
研究者の一人が呟く。
「感情……」
細い男が笑う。
「面白い」
老人は続ける。
「君の精神状態が変化した瞬間」
「均衡波形が崩れている」
紙をめくる。
「その直後」
「竜の波形が反応」
さらにめくる。
「袋も同期変動」
老人が静かに言った。
「三者は連動している」
監察官が低く言う。
「つまり」
老人は一拍置いた。
そして、結論を言った。
「均衡は」
ゆっくりと。
「精神状態に依存している」
沈黙が落ちた。研究者たちは互いの顔を見る。誰もが理解していた。この結論が意味するものを。
これは――
非常に扱いにくい事実だ。
細い男が小さく笑う。
「国家資産が」
「人間の気分で不安定になるわけか」
監察官が俺を見る。
その目は、さっきよりも厳しい。
「君」
短く言う。
「自覚はあったか」
「少し」
子竜が暴れるかもしれない。
そう思っただけだ。
老人が計測盤を指す。
「君の波形が変わる」
「均衡が揺れる」
細い男が言う。
「つまり」
「君は装置の一部だ」
その言葉に、兵が小さくざわめいた。
人間を、装置と言ったからだ。
監察官が口を開く。
「王国はこれを問題視する」
研究者が頷く。
「当然だ」
「制御不能だからな」
老人は紙をまとめる。
そして言った。
「結論は出ている」
監察官が聞く。
「何だ」
老人が言った。
「隔離だ」
その言葉は静かだった。
だが――
部屋の空気を、重く沈ませた。
「竜」
「袋」
「そして管理者」
ゆっくり言う。
「三者を同時管理する必要がある」
細い男が頷く。
「同意だ」
監察官は腕を組んだまま、しばらく黙っていた。
やがて言う。
「……つまり」
俺を見る。
「君も隔離対象になる」
部屋が静かになる。
兵の手が、わずかに槍に触れた。
俺は袋を見る。
袋の中で、子竜が丸くなっている。
淡い光。
静かに揺れていた。
まるで、何も知らないみたいに。
監察官が言う。
「誤解するな」
「罪ではない」
少し間を置く。
「だが責任はある」
研究者が呟く。
「均衡の中心だからな」
細い男が笑う。
「安心しろ」
軽い声だった。
「研究対象としては最高だ」
俺は何も言わなかった。
ただ袋を握る。
ビニールが、かすかに鳴った。
その音は小さい。
だが――
その瞬間。
袋の中で、子竜の光が揺れた。
そして。
計測盤の針も、わずかに動く。
研究者が呟いた。
「ほらな」
老人が言う。
「完全同期だ」
監察官は深く息を吐いた。
そして短く言う。
「決まりだ」
「王国に報告する」
兵を見る。
「隔離準備だ」
兵が頷き、扉が開く。
廊下から足音が増えた。
兵の気配。測定室の空気が、また少し変わる。
今度は――
管理の空気だ。
俺は袋を見下ろした。
袋の中で、子竜が静かに光っている。
その光は弱い。
だが確かに――
俺の呼吸と同じリズムで、
揺れていた。
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