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五章後編 "5人目の怪物"編
4.獅子元戦への秘策
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『格闘家は、彼女や妻子ができると弱くなる』
そんな話を多々聞く。禁欲によるリビドーが、格闘家を強くすると。
対して『守る存在ができる』『愛の力』とやらで強くなれるとも聞く。
トップファイターや、スターファイター達にはそう言った女性関係のスキャンダルは付き物で、破滅した者もいれば……素晴らしき愛を果たした者も居る。
僕はどちらか?多分前者ーー。
「久島くん……何か強なってない?」
「えっ!?はうっ!!」
左ミドルで蹴り抜いたサンドバッグが、縦に揺れたところで、姫原オーナーぬ声をかけられて僕は気が散り、サンドバッグに弾き飛ばされた。
8月の始まりの事である。
課題が人生最速で終わった僕は、最早何も気にする物が無くなり、試合までの練習に集中できる様になっていた。練習漬けでもなく、しっかり休みを取るメリハリが効いた夏休みは初めてかもしれず、気力充分と実感すらあった。
「何かええことあったんけ?」
「まぁ……えっと……」
ニヤニヤ笑って、倒れた僕にまた強くなった理由は、何かいいことがあったみたいだなと聞かれて、僕は…‥言えるわけないので濁した。
「まぁええわ、それで……獅子元くん対策は考えたんか?」
察したのか、本当に聞かないだけか、姫原オーナーは笑ってそこまで深くは尋ねず、代わりに獅子元対策はできているのかと尋ね、僕は立ち上がって答える。
「考えたというか……タイで習ったことが上手く彼にはまりそうなので、それを試したいかなと」
「ほー……春休みの間の合宿でなぁ……」
対策ではない、しかし……自身が大晦日の試合後、春休みの3月でタイに合宿をしに行った時に習った事が、獅子元くんを相手に噛み合いそうだった。それを試したいという旨を伝えると、姫原オーナーはジム内を見回し、シャドーを鏡で行う男に声をかけた。
「梅木くん!今から久島くんとスパーええか!?」
「ウィイッス!」
スキンヘッドの気前のいい返事をした男が、シャドーを切り上げてこちらに来た。梅木敏夫、この波浜ジムに所属するプロキックボクサーで、マイナーベルト戴冠経験もある29歳の選手だった。
階級は僕の二つ下、スーパーバンタム級の55kgを主戦場にしており、切れあるコンビネーションを得意とする元気溌剌なスキンヘッドの先輩であった。
「あのパンチとラッシュ密度やったら仮想相手は梅木くんが丁度ええ、その戦い方試してみよか」
「胸をお借りします、梅木さん」
「こっちのセリフやでぇ、手加減してよ久島くぅん」
ニッカリ笑って、リングのロープにかけたヘッドガードを取り外して梅木さんが付ければ、僕も同じ様にヘッドガードを外して装着する。グローブもライトスパーの為、16オンスを装着した僕と梅木さんが、リング中央へロープを跨ぎ向かう。
「とりあえず1ラウンドやってみよか、その習った事をやってみい」
「はい、よろしくお願いします」
「じゃあブザーなったら開始な」
仮想獅子元として、スパーでやって見ろ……息を整えてブザーが鳴るのを待ち……やがてブザーが鳴り響く。
「イッス!」
「しゃっす!」
互いにグローブを合わせて、構えを取る。梅木さんはリズムが早い……僕の二つ下のスピードは、動画で見た獅子元くんのラッシュスピードや踏み込みには仮想敵としてちょうど良かった。
では、試そうかと……僕は梅木さんのリズムに乗らない様、自分のリズムでリラックスしながら身体を揺らす。
「シシィイッ」
梅木さんが早い踏み込みから、ジャブ二発からストレートで攻め入ってくる。僕はこれをーー真っ直ぐ下がってコーナーを背負った。
「久島くんコーナー!コーナー近いよ!」
姫原さんからコーナーが近いと声がして、梅木さんが一気に踏み込む!
ここだ!!
僕が考えた『作戦』そして『教えて貰った事』を、僕はその瞬間決行してみせた。
パァンッと、乾いた音が鳴り響く。梅木さんは踏み込んだものの、僕の思惑に気付いて反応して、グローブで顔を防いでいた。
そのまま僕は構え、コーナーから離れ、梅木さんと打ち合い、スパーリングはあっという間に終わったのだった。
「お疲れい」
「あざっしたっ」
ブザーが鳴り響き、グローブを合わせて互いに礼をして、ヘッドガードを外す。梅木さんがロープにかけられたアルコールスプレーをヘッドガードに吹きつけながら言い放った。
「忘れとったわ、久島くん元々"そっち"やったわ、もう代名詞になるくらいやったからすっかり抜けとったわ」
「あ、やっぱり……」
「ワシもすっかり忘れとったわ……」
「えー……封印したの姫原オーナーじゃないですか」
梅木さんも、さらに姫原オーナーすらも『忘れてた』とコメントする事態に僕は苦笑した。何しろ、僕が教わった事は元々『オーナーが封印していた事』だったのだから。
その『封印』のおかげで、中学までパッとしなかった戦績の僕が、いきなりBOFのファイナル4まで行けたのだから、封じた甲斐があり、正しかったのだと証明していた。
「え?じゃあ向こうの、タイのジムのコーチが"それ"見抜いて教えてくれたん?」
「ですねぇ……びっくりしましたよ、で、オーナーから言われて今の形になってるって言ったら勿体無いって、色々教えてくれました」
「ほー……まだ未完成なんやろ?」
「まぁ、はい……」
そして、タイの合宿でそれらを教わり、封印は解けつつある。しかし、まだ未完成なのだろうと姫原オーナーは見抜いてきて、僕は頷いた。
「今はぎこちないから、もっと自然にできる様に9月までに仕上げようと考えてます……まぁ、今のコーナーの作戦も倒れてくれるかわかりませんけど……」
「いい感じやったけど……相手打たれ強いしなぁ」
さらに、コーナーで見せた作戦も、これで倒れたら儲け物な『奇襲』であった。梅木さんには防がれた為、獅子元くんには通用するか分からないけどと、防がれた為弱気になる僕だった。
「いや、倒れるで獅子元くん」
が、防いだ梅木さんが言い放った。
『今のはダウンする』と。
「あっち多分、久島くんの事知らんやろあまり?試合かて動画があるの3戦で、関西のとか無いしな……当たったら倒れるよ」
「そうですか?」
「というか……獅子元くんの試合見たけど……多分彼、打たれ強く無いと思うで?」
「えっ?」
さらに、梅木さんは言うのだ……獅子元博之は、決して打たれ強い選手ではないと。
試合まで、残り一ヶ月と少し、真夏の蒸し暑いジムでの事であった。
そんな話を多々聞く。禁欲によるリビドーが、格闘家を強くすると。
対して『守る存在ができる』『愛の力』とやらで強くなれるとも聞く。
トップファイターや、スターファイター達にはそう言った女性関係のスキャンダルは付き物で、破滅した者もいれば……素晴らしき愛を果たした者も居る。
僕はどちらか?多分前者ーー。
「久島くん……何か強なってない?」
「えっ!?はうっ!!」
左ミドルで蹴り抜いたサンドバッグが、縦に揺れたところで、姫原オーナーぬ声をかけられて僕は気が散り、サンドバッグに弾き飛ばされた。
8月の始まりの事である。
課題が人生最速で終わった僕は、最早何も気にする物が無くなり、試合までの練習に集中できる様になっていた。練習漬けでもなく、しっかり休みを取るメリハリが効いた夏休みは初めてかもしれず、気力充分と実感すらあった。
「何かええことあったんけ?」
「まぁ……えっと……」
ニヤニヤ笑って、倒れた僕にまた強くなった理由は、何かいいことがあったみたいだなと聞かれて、僕は…‥言えるわけないので濁した。
「まぁええわ、それで……獅子元くん対策は考えたんか?」
察したのか、本当に聞かないだけか、姫原オーナーは笑ってそこまで深くは尋ねず、代わりに獅子元対策はできているのかと尋ね、僕は立ち上がって答える。
「考えたというか……タイで習ったことが上手く彼にはまりそうなので、それを試したいかなと」
「ほー……春休みの間の合宿でなぁ……」
対策ではない、しかし……自身が大晦日の試合後、春休みの3月でタイに合宿をしに行った時に習った事が、獅子元くんを相手に噛み合いそうだった。それを試したいという旨を伝えると、姫原オーナーはジム内を見回し、シャドーを鏡で行う男に声をかけた。
「梅木くん!今から久島くんとスパーええか!?」
「ウィイッス!」
スキンヘッドの気前のいい返事をした男が、シャドーを切り上げてこちらに来た。梅木敏夫、この波浜ジムに所属するプロキックボクサーで、マイナーベルト戴冠経験もある29歳の選手だった。
階級は僕の二つ下、スーパーバンタム級の55kgを主戦場にしており、切れあるコンビネーションを得意とする元気溌剌なスキンヘッドの先輩であった。
「あのパンチとラッシュ密度やったら仮想相手は梅木くんが丁度ええ、その戦い方試してみよか」
「胸をお借りします、梅木さん」
「こっちのセリフやでぇ、手加減してよ久島くぅん」
ニッカリ笑って、リングのロープにかけたヘッドガードを取り外して梅木さんが付ければ、僕も同じ様にヘッドガードを外して装着する。グローブもライトスパーの為、16オンスを装着した僕と梅木さんが、リング中央へロープを跨ぎ向かう。
「とりあえず1ラウンドやってみよか、その習った事をやってみい」
「はい、よろしくお願いします」
「じゃあブザーなったら開始な」
仮想獅子元として、スパーでやって見ろ……息を整えてブザーが鳴るのを待ち……やがてブザーが鳴り響く。
「イッス!」
「しゃっす!」
互いにグローブを合わせて、構えを取る。梅木さんはリズムが早い……僕の二つ下のスピードは、動画で見た獅子元くんのラッシュスピードや踏み込みには仮想敵としてちょうど良かった。
では、試そうかと……僕は梅木さんのリズムに乗らない様、自分のリズムでリラックスしながら身体を揺らす。
「シシィイッ」
梅木さんが早い踏み込みから、ジャブ二発からストレートで攻め入ってくる。僕はこれをーー真っ直ぐ下がってコーナーを背負った。
「久島くんコーナー!コーナー近いよ!」
姫原さんからコーナーが近いと声がして、梅木さんが一気に踏み込む!
ここだ!!
僕が考えた『作戦』そして『教えて貰った事』を、僕はその瞬間決行してみせた。
パァンッと、乾いた音が鳴り響く。梅木さんは踏み込んだものの、僕の思惑に気付いて反応して、グローブで顔を防いでいた。
そのまま僕は構え、コーナーから離れ、梅木さんと打ち合い、スパーリングはあっという間に終わったのだった。
「お疲れい」
「あざっしたっ」
ブザーが鳴り響き、グローブを合わせて互いに礼をして、ヘッドガードを外す。梅木さんがロープにかけられたアルコールスプレーをヘッドガードに吹きつけながら言い放った。
「忘れとったわ、久島くん元々"そっち"やったわ、もう代名詞になるくらいやったからすっかり抜けとったわ」
「あ、やっぱり……」
「ワシもすっかり忘れとったわ……」
「えー……封印したの姫原オーナーじゃないですか」
梅木さんも、さらに姫原オーナーすらも『忘れてた』とコメントする事態に僕は苦笑した。何しろ、僕が教わった事は元々『オーナーが封印していた事』だったのだから。
その『封印』のおかげで、中学までパッとしなかった戦績の僕が、いきなりBOFのファイナル4まで行けたのだから、封じた甲斐があり、正しかったのだと証明していた。
「え?じゃあ向こうの、タイのジムのコーチが"それ"見抜いて教えてくれたん?」
「ですねぇ……びっくりしましたよ、で、オーナーから言われて今の形になってるって言ったら勿体無いって、色々教えてくれました」
「ほー……まだ未完成なんやろ?」
「まぁ、はい……」
そして、タイの合宿でそれらを教わり、封印は解けつつある。しかし、まだ未完成なのだろうと姫原オーナーは見抜いてきて、僕は頷いた。
「今はぎこちないから、もっと自然にできる様に9月までに仕上げようと考えてます……まぁ、今のコーナーの作戦も倒れてくれるかわかりませんけど……」
「いい感じやったけど……相手打たれ強いしなぁ」
さらに、コーナーで見せた作戦も、これで倒れたら儲け物な『奇襲』であった。梅木さんには防がれた為、獅子元くんには通用するか分からないけどと、防がれた為弱気になる僕だった。
「いや、倒れるで獅子元くん」
が、防いだ梅木さんが言い放った。
『今のはダウンする』と。
「あっち多分、久島くんの事知らんやろあまり?試合かて動画があるの3戦で、関西のとか無いしな……当たったら倒れるよ」
「そうですか?」
「というか……獅子元くんの試合見たけど……多分彼、打たれ強く無いと思うで?」
「えっ?」
さらに、梅木さんは言うのだ……獅子元博之は、決して打たれ強い選手ではないと。
試合まで、残り一ヶ月と少し、真夏の蒸し暑いジムでの事であった。
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