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第1章
【1.2.4】 捕食者クロ。
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自分が思っていたよりも、どうやら随分と疲れていたらしい。
何か長い夢を見ていたような気もするし、何も見ていなかった気もする。倫太郎は、カチカチという聞き慣れたキーボードを叩く音で、ゆっくりと目が覚めた。
(今、何時?)
目がまだ開ききっていない状態で、手探りでスマホを探す。ドライアイの目は、その瞼を閉じたままだ。
いつもなら枕元に置いておくそれがなかなか見つからないことを疑問に感じて、倫太郎はガバっと起きた。
「起きたか。」
椅子に正座で座り、PCに向かっている子供が、一瞬だけ倫太郎に銀色の視線を寄越してそう言うと、全く興味が無いとでも言うようにあっさりとPCに目を戻した。倫太郎はまだ開ききらない目で辺りを見回して、自分の部屋であることを確認する。ベッドの足の方ににいる黒猫は、微動だにせずに丸くなったままだ。
「このゲームは、まさに人間のようだな。自ら世界を型に嵌め、時間や天候を操ろうとし、それでいて自由なようで自由でない。」
画面から目を離すことも無く、ギンが言った。
ギンが空から下りて来てからの全てのことを、夢の中の出来事のように思っていたらしい。やはり現実だったのだと、そんなことを思いながら、倫太郎は立ち上がり、その画面を覗く。画面の向こうには、それが一体何なのかわからない、生き物のようでもあり、何でもないただの物体のようでもある、そんなものがいくつも作られていた。
一晩中やっていたのだろうか?昨日となんら変わらない雰囲気のギンを見ていると、昨日のことが少しずつ思い出されてくる。
何が常識であるかとか、自分が当たり前だと思っていたこととかがガラガラと崩れ去っている現状を思えば、彼の眠気とか食欲とかを心配するのはきっと違うのだろうと倫太郎は考えて、その口を噤んだ。
まだ起き抜けで固まったままの身体を伸ばせば、肘からバキバキと音がする。首を回せばコキコキと鳴る。いつも以上に鳴るそれに、一体何時間寝ていたのだと、倫太郎はスマホを探した。カーテンの隙間から差し込む光から判断すれば、既に夜は終えて、朝を迎えていることは間違いないのだが。
スマホは、PCの横に置いたままだった。ギンが弄った後、そのまま置きっぱなしにしていたらしい。「ちょっとごめん。」とギンに断って手を伸ばし、それを取る。待ち受け画面に映る数字は、既に昼近いことを示していた。
「はぁ?」と思わず声が出る。
誰かが部屋にいる状態で、しかも未知な生き物であるはずの一人と一匹をそのままに、どうやら熟睡していたことに倫太郎は驚きを通り越して呆れていた。
あまりにも緊張感が無さすぎだろう。
改めて、当たり前のように居座っている一人と一匹を見れば、恐怖の存在だったギンはPCの光を顔に浴びながら、カチカチと小気味のいいキーボードの音をさせている。精霊とは言っていたが、それでもまだよくわからない存在であるクロも、昔っからそこにいるのが当たり前のように、ベッドで丸くなっている。全く特異さを感じさせないその存在に、倫太郎はふぅと溜息をつく。
「まあ、そんなもんだろ?クロはずっとお前の所にいたんだし。」
倫太郎の心を読んだらしいギンが、自分の座る椅子の後ろに立つ倫太郎を見上げるようにして言った。銀色の瞳が、倫太郎を捉えて細められた。しかし、その手は止まっていない。画面の中では変わらず不思議な物体が作られていく。
「ずっと?」
倫太郎がそう聞けば、ギンは自信が無いのか「そうだよな。」と言わんばかりにクロの方に目を向けた。クロは、それに気がついたのか、面倒臭そうに顔だけこちらに向けて「倫太郎はなかなかうまいからな。」と言った。口元が、少し笑っているように見えた。
上手い?
美味い?
その言葉の意味がわからないというように首を傾げれば、クロはふんと溜息をついて再び向こうを向いてしまった。まあ、でも実はわかっているのだ。
餌だと言ってたもんな。
倫太郎は、寂しいような、恐ろしいような、なんとも言い難い気持ちで、向こうを向いてしまったクロの背中を見た。ピクリとその耳が動く。今の倫太郎の気持ちも、クロに伝わっているのだろうか。
そういえば―――と、倫太郎は思い出す。ギンが「倫太郎は餌じゃないのか。」と聞いたときに、クロが「倫太郎自体は食べない」と言っていたことを。
それじゃあ一体、何を食べるというんだ?
「さ、じゃあ行くか。」
倫太郎の言葉は聞こえているはずなのに、それに答えようとも聞いている素振りさえも見せず、ギンは徐《おもむろ》に椅子から下りた。
またどこか異世界に飛ばされるのかと、一瞬身構えた倫太郎だったが、「ん?出かける準備とかあるのか?」と、ギンがこちらを見上げていた。ベッドの上でクロが伸びをしている。
「え?出かける準備って?」
「起きたばかりは、人間には色々とやることがあるんだ。形にこだわらないと生きていけない生き物だから。」
クロが、ぶつぶつと面倒くさそうに言った。
「え?行くって?外に?」
「昨日乗ったあれで行こう。」
昨日乗った「あれ」とは、自転車の事だろうか。質問に答えてもらえないままに、話だけが進んでいく。昨日に引き続き外に出るなんて、いつ以来だろうか。
「あ。」
倫太郎は、重要なあることを思い出して、目を見開いた。
「どうした。」
「自転車の二人乗りは禁止で。」
「あはははは。ほんと人間って面白いな。」
ギンが、腹を抱えて笑っている。どうやらまた変なことを言ったらしい。お陰で完全に目が覚めた倫太郎は、寝癖でよれよれになっている頭を掻きながら、まずはトイレに行かなければならないことを思い出し部屋を出る。
「準備があるなら、早くして来いよ。」
そんな声を背中に感じながら、倫太郎は階段を下りた。
何か長い夢を見ていたような気もするし、何も見ていなかった気もする。倫太郎は、カチカチという聞き慣れたキーボードを叩く音で、ゆっくりと目が覚めた。
(今、何時?)
目がまだ開ききっていない状態で、手探りでスマホを探す。ドライアイの目は、その瞼を閉じたままだ。
いつもなら枕元に置いておくそれがなかなか見つからないことを疑問に感じて、倫太郎はガバっと起きた。
「起きたか。」
椅子に正座で座り、PCに向かっている子供が、一瞬だけ倫太郎に銀色の視線を寄越してそう言うと、全く興味が無いとでも言うようにあっさりとPCに目を戻した。倫太郎はまだ開ききらない目で辺りを見回して、自分の部屋であることを確認する。ベッドの足の方ににいる黒猫は、微動だにせずに丸くなったままだ。
「このゲームは、まさに人間のようだな。自ら世界を型に嵌め、時間や天候を操ろうとし、それでいて自由なようで自由でない。」
画面から目を離すことも無く、ギンが言った。
ギンが空から下りて来てからの全てのことを、夢の中の出来事のように思っていたらしい。やはり現実だったのだと、そんなことを思いながら、倫太郎は立ち上がり、その画面を覗く。画面の向こうには、それが一体何なのかわからない、生き物のようでもあり、何でもないただの物体のようでもある、そんなものがいくつも作られていた。
一晩中やっていたのだろうか?昨日となんら変わらない雰囲気のギンを見ていると、昨日のことが少しずつ思い出されてくる。
何が常識であるかとか、自分が当たり前だと思っていたこととかがガラガラと崩れ去っている現状を思えば、彼の眠気とか食欲とかを心配するのはきっと違うのだろうと倫太郎は考えて、その口を噤んだ。
まだ起き抜けで固まったままの身体を伸ばせば、肘からバキバキと音がする。首を回せばコキコキと鳴る。いつも以上に鳴るそれに、一体何時間寝ていたのだと、倫太郎はスマホを探した。カーテンの隙間から差し込む光から判断すれば、既に夜は終えて、朝を迎えていることは間違いないのだが。
スマホは、PCの横に置いたままだった。ギンが弄った後、そのまま置きっぱなしにしていたらしい。「ちょっとごめん。」とギンに断って手を伸ばし、それを取る。待ち受け画面に映る数字は、既に昼近いことを示していた。
「はぁ?」と思わず声が出る。
誰かが部屋にいる状態で、しかも未知な生き物であるはずの一人と一匹をそのままに、どうやら熟睡していたことに倫太郎は驚きを通り越して呆れていた。
あまりにも緊張感が無さすぎだろう。
改めて、当たり前のように居座っている一人と一匹を見れば、恐怖の存在だったギンはPCの光を顔に浴びながら、カチカチと小気味のいいキーボードの音をさせている。精霊とは言っていたが、それでもまだよくわからない存在であるクロも、昔っからそこにいるのが当たり前のように、ベッドで丸くなっている。全く特異さを感じさせないその存在に、倫太郎はふぅと溜息をつく。
「まあ、そんなもんだろ?クロはずっとお前の所にいたんだし。」
倫太郎の心を読んだらしいギンが、自分の座る椅子の後ろに立つ倫太郎を見上げるようにして言った。銀色の瞳が、倫太郎を捉えて細められた。しかし、その手は止まっていない。画面の中では変わらず不思議な物体が作られていく。
「ずっと?」
倫太郎がそう聞けば、ギンは自信が無いのか「そうだよな。」と言わんばかりにクロの方に目を向けた。クロは、それに気がついたのか、面倒臭そうに顔だけこちらに向けて「倫太郎はなかなかうまいからな。」と言った。口元が、少し笑っているように見えた。
上手い?
美味い?
その言葉の意味がわからないというように首を傾げれば、クロはふんと溜息をついて再び向こうを向いてしまった。まあ、でも実はわかっているのだ。
餌だと言ってたもんな。
倫太郎は、寂しいような、恐ろしいような、なんとも言い難い気持ちで、向こうを向いてしまったクロの背中を見た。ピクリとその耳が動く。今の倫太郎の気持ちも、クロに伝わっているのだろうか。
そういえば―――と、倫太郎は思い出す。ギンが「倫太郎は餌じゃないのか。」と聞いたときに、クロが「倫太郎自体は食べない」と言っていたことを。
それじゃあ一体、何を食べるというんだ?
「さ、じゃあ行くか。」
倫太郎の言葉は聞こえているはずなのに、それに答えようとも聞いている素振りさえも見せず、ギンは徐《おもむろ》に椅子から下りた。
またどこか異世界に飛ばされるのかと、一瞬身構えた倫太郎だったが、「ん?出かける準備とかあるのか?」と、ギンがこちらを見上げていた。ベッドの上でクロが伸びをしている。
「え?出かける準備って?」
「起きたばかりは、人間には色々とやることがあるんだ。形にこだわらないと生きていけない生き物だから。」
クロが、ぶつぶつと面倒くさそうに言った。
「え?行くって?外に?」
「昨日乗ったあれで行こう。」
昨日乗った「あれ」とは、自転車の事だろうか。質問に答えてもらえないままに、話だけが進んでいく。昨日に引き続き外に出るなんて、いつ以来だろうか。
「あ。」
倫太郎は、重要なあることを思い出して、目を見開いた。
「どうした。」
「自転車の二人乗りは禁止で。」
「あはははは。ほんと人間って面白いな。」
ギンが、腹を抱えて笑っている。どうやらまた変なことを言ったらしい。お陰で完全に目が覚めた倫太郎は、寝癖でよれよれになっている頭を掻きながら、まずはトイレに行かなければならないことを思い出し部屋を出る。
「準備があるなら、早くして来いよ。」
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