【完結】精霊は、なぜ滅びたか。

林奈

文字の大きさ
13 / 39
第1章

【1.2.3】 言葉とは。―――とは。

しおりを挟む
 腹が満たされ、母親に「部屋に戻る前に風呂に入れ」と言われるがまま風呂まで終えた倫太郎が、濡れた髪もそのままに階段を上がれば、自室の扉を開ける前、中からPCのキーボードをカチャカチャといじる音が聞こえた。 

 倫太郎が、慌ててドアを開ける。PCの置かれた机の前では、ギンが椅子に正座をしてキーボードに手を付いていた。


「おかえり。」


 倫太郎に気が付いたギンが、元からいた住人のように言った。そして、そのまま再びPCに向き直る。違和感があるのは、PC画面が全く明るくないからだろうか。首を傾げながら、倫太郎はそっとギンに近づいた。


「何してるの?」


 画面を覗き込めば、やはりそこは何も映しておらず、スリープ状態のままだった。スリープを解除するためには、電源ボタンを押す必要があるが、わからなかったということだろうか。


「さっきの戦争のやつ見ようと思ったけど、見れなかった。やっぱり、無気質なものは苦手だ。」


 ギンは、不貞腐れたようにそう言った。その姿は見た目通り、子供らしいそれだったが、見た目通りの中身ではないことを知っている倫太郎にとっては、ひどくちぐはぐなものに感じられた。


「ギンにも、できないことってあるんだね。」


 さっきから倫太郎のまわりで起きている一連の不思議な出来事は、全てギンによるものだ。ギンは全ての理を超えた存在のように思っていたのだが、どうやらそうでは無いらしい。


「僕を何だと思っているんだ。」


 ギンが呆れたように言いながら、足を胡坐《あぐら》に組み替えた。
 ギンが何者であるか、それは倫太郎がずっと聞きたかったものだ。ここぞとばかりに、倫太郎は聞いてみた。


「ギンは、何者なの?」
「僕は―――だ。」


 ギンが間髪入れずに答えてくれたはずのそれは、倫太郎の耳には届かなかった。


「え?何?」
「―――だ。ああ、伝わらないか。人間には、そんな言葉は無いのか。」


 少しがっかりしたような様子のギンに、申し訳ない気持ちになる。しかし、二度も吐き出されたらしいその言葉は、言葉では無かったのだ。そう言えば、さっきも同じようなことがあった気がすると、倫太郎はその記憶を辿るが、いつだったか思い出せない。
 どうせ心が読まれているのだからと、倫太郎は素直に疑問をぶつけてしまうことにした。


「言葉が無いって、さっきも言っていたけどどういうこと?」
「今、僕たちが会話出来ているのは、僕が流している情報、テレパシーを、倫太郎が自分で言葉に訳しているからだ。倫太郎の知らない言葉は言葉に翻訳されない。」
「伝わっているはずなのに、言葉なんてものに囚われているから、いよいよ人間はダメなんだ。」


 ベッドの上、顔だけを上げたクロがブツブツと文句を言っている。テレパシーでその情報を受け取っているはずなのに、認識できないのは言葉に囚われているせいだということらしい。
 倫太郎にとって、難しい話ではあったが、わからない話でも無かった。本音で誰とも話せなくなってしまったことも、言葉に囚われ過ぎているからなのだろうかと、床に置かれた学校の鞄に目をやった。


「じゃあ、結局ギンが何者かはわからないままってこと?」
「何かそれらしいものを適当に言ってみろ。もしかしたら、似たようなものがあるかもしれないから。」


 ギンがそう言って、楽しそうに笑う。ギンとしても、自分が何者であるかを表現できる言葉が欲しいのかもしれない。ただゲームをしているような、そんな気分なだけかもしれないが。
 倫太郎は少し考えてから、思いつくものを挙げていく。


「じゃあ、神様は?」
「違う。」
「魔王。」
「それは酷くないか。」


 そう言って、ギンは苦笑した。倫太郎はごめんとでも言うように、つられて苦笑する。
 確かに、魔法のようなものを使えるけれど、魔王っていう感じではない。魔王がここにいたら、それこそ大変なことだ。


「じゃあ、精霊?」
「それは、クロのことだな。」
「クロが?精霊?」


 驚いてクロの方を見れば、クロはベッドの上で興味無さそうにそっぽを向いて寝ていた。しかし、耳だけはピクピクと動いている。どうやら話は聞いているらしいが、それに加わる気は無いようだった。
 そう言われてもいまいちピンとこないのは、なぜだろうか。こちらに向いた黒い背中を見つめながら、精霊ってなんだっけ?と倫太郎は考える。

 精霊、精霊とは。そして癖のようにスマホを手に取ると、検索をかけた。


「精霊とは、草木、動物、人、無生物、人工物などひとつひとつに宿っている、とされる超自然的な存在。他に万物の根源をなしている、とされる不思議な気のこと。精気や肉体から解放された自由な霊を意味する場合がある。」(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B2%BE%E9%9C%8A より。)


 ギンが腕を組み、銀色の瞳をその瞼に隠しながら、倫太郎が読み上げるそれをチェックするように聞いている。クロの耳も忙しなく動いて、いよいよ尻尾も揺れ始めているから興味はあるようだ。
 倫太郎がその続きを読む。しかし、読めば読むほどわからなくなる、そんな内容だった。


「つまり、何が言いたいんだ?」


 銀色の目が再び開かれて、眉間に皺を寄せながら倫太郎に向けられた。倫太郎はもう一度、画面に書かれた文字を目で追いかけるが、書いてあることはよくわからないままだった。


「…よくわからないものってこと?」
「なんだ、そりゃ。」


 ひどくがっかりしたように、ギンが背もたれによりかかる。クロがのしりと起き上がり、伸びをする。ゆっくりとそれを終えてぶるぶると震えた後、倫太郎に向かって言った。


「人間から見たら、そう見えるってことだろう。」
「そうって、どう?」
「よくわからないものってことだ。」


 クロは少し面倒くさそうにそう言うと、テーブルの上にタシッと移動した。本当にタシッと音がしたかどうかは自信が無い。ただなんとなく、そんな音がしたような気がしただけかもしれない。


「倫太郎が精霊と聞こえたのなら、クロは人間の中では精霊ということだ。」
「大雑把だな。」
「認識されているだけ良いじゃないか。」
「下等動物に認識されていても、何とも思わん。」


 ギンとクロが、そんなことを言い合いながらPCを見ている。どうやらこれが随分とお気に召したらしい。


「もう一回見る?」
「良いのか?」
「あまり、いじらないでくれれば。」


 うんうんと頷くギンは、子供のように目を輝かせている。初めてその容姿と行動が合った気がすると、倫太郎は苦笑した。
 電源ボタンを押し、PCを立ち上げる。再び映ったのは先ほどと同じ画面だった。いじられても平気なものにしようと、一度そのゲームを閉じると、シミュレーションゲームを立ち上げた。それはブロックを使って何かを作り上げる、そんなゲームだ。


「なんだ。これは。気持ち悪いな!」


 四角だけで出来たプレーヤーが、押されたボタンによって動く。明らかに自然でないそれは、倫太郎が初めて見た時も違和感を感じたものだ。


「このボタンでブロックを表示して、このボタンで選ぶ。そしてこれで置く。こっちで壊す。」


 ボタン操作を簡単に説明すると、ギンはあっという間に理解して、ブロックを置き始めた。クロはその手元に座り、画面を覗き込んでいる。倫太郎は、空いたベッドに横たわり、ゲームに夢中になっている子供と猫の姿を見ながら、カチカチと小気味良い音を聞いていた。
 そして、気が付けば眠りに落ちていたのだった。













しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...