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第2章
【2.0.3】 殻を持つもの、そうでないもの。
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それならば、先ほどギンが「殻」と言ったこの身体は、いったい何なのだろうか。
確かに、違う殻———あの異世界の騎士の身体に入ったことがある倫太郎にとって、この身体がただの入れ物であるということはなんとなく理解できた。
あまりにも重い、不器用で、運動不足な、倫太郎という名の入れ物。
飛ばされた中身は、向こうの世界で肉をたらふく食べて、そして帰ってきても普通に夕食を食べた。では、残っていた「食べた」という感覚は、魂が得たものなのだろうか。それもまた、思い込みによるものなのだろうか。
「現実と、あの無気質に閉じ込められた空間を一緒にするなよ。」
「それって、あのシロがいたところ?」
「あそこは気の溜まり場みたいなものだと言っただろう。人間たちが作った、いびつな空間だ。シロはうまいこと逃げ込んだだけだ。」
「といっても、いつまでもつかはわからないけどな。」と、ギンによって足された言葉を聞きながら、倫太郎はシロが「人間に依存し過ぎた」と言っていたことを思い出していた。
精霊が人間に依存する理由は、一体何なのだろうか。シロは、その「人間の作ったいびつな空間で生きている」というのなら、彼らが生きる場所を人間が提供しているとでもいうのだろうか。
あの世界に一人ぼっちでいるシロが、泣いていなければ良いと思う。
そこで、ふと倫太郎は思いついた。魂があって、殻があるという存在は、人間に限った話ではない。もちろんそれは、倫太郎がそう思っているというだけのことなのかもしれないが。
「形に囚われているのは、人間だけだ。」
「はぁ?」
倫太郎の考えを読んだらしいギンの答えに、また訳の分からないことが増えたとばかりに倫太郎は呆れた声を出した。
他の動物たちは、殻を持っていないということだろうか?ギンやクロのように、人間が「そうだ」と思ってしまったから形作られた何かなのだろうか。
生まれながらにして、当たり前だと思っていた風景が、実は全く違っているということなのだろうか。
「他の…、そうだな。クロの言う下等動物っていうのは、基本的に殻を持つ。ただ、その殻が無いと生きられないっていうのは人間だけってことだ。お前たちにも見えているんだろう?殻を脱いだ、魂ってやつ。」
倫太郎が見えている、殻を持たない動物達。なんとなく辺りを見回してみても、それが見える気は全くしなかったけれど。
「そいつらだって、生きる場所を選んでいるんだ。こんな無気物だらけの場所にいるはずがない。」
ギンは困ったように笑った。細められた銀色の目が倫太郎を優しく見つめていて、どうやら馬鹿にされているわけではないということがわかる。
ここにいないのでは見えるわけが無いと、倫太郎ががっかりしていると、「その姿を描いた本を見たぞ。」とギンが言った。
「だから、人間は見えているんだと思ったんだけど、違うのか?」
ギンは、そう言って図書館の入り口を指差した。先ほど逸《はぐ》れた時に、その本というのを見つけたのだろうか。
その時、肩に黒猫を乗せて、ぱたぱたと図書館から出て来る岸間が見えた。なんかそんなアニメがあったななんて、倫太郎は現実逃避気味だ。どうやらもう既に頭が情報過多に陥っているらしい。
「ダメだ。こいつはやはり美味くない。」
岸間の肩に乗ったまま帰って来たクロは、ぴょーんとものすごい跳躍を見せ、再び倫太郎の元に戻ると、体勢を整えながら開口一番にそう言った。
言われた岸間は、忙しなく目をぱちくりとさせている。言われた言葉の意味が分からないからだろうか、肩に黒猫が乗っているという状況に混乱しているのだろうか、それとも喋っていることに驚いているのだろうか。いや、もしかしたらその凄い跳躍に驚いただけかもしれないなと、倫太郎は苦笑した。
「どういうこと?うまくないって、何が?」
岸間が、不思議そうな顔でクロに聞いた。言葉を話す猫とか、怖く無いのだろうか。岸間の順応力に、倫太郎は少し引いた。
「量はあるが、味が悪い。」
クロが、やれやれとばかりに首を振る。そして、黒い小さな手で、その顔を擦った。
食事の話のようだということはわかるが、自分について言っているのだということはどうやら理解できないらしく、岸間はただ唖然としたような顔をしている。
「味を変えてみたら良いじゃないか。」
そう言って、ギンがにやりと笑う。岸間が視線を落とし、ギンの存在にやっと気づいたように目を見開いた。
「銀色…。」
「そのまんまだな。」
「だめだ。美味くなる気がしない。」
尻尾をペタリと下げたクロが、大きな溜息をついた。
岸間は美味くなくて、自分は美味いということらしい。
皿に乗せられた自分と岸間を、巨大なクロがナイフとフォークを持って舌なめずりしながら見下ろしている。そんなことを想像して、倫太郎はぶるりと震えた。
ピクリと動いた黒の耳が、倫太郎の耳をくすぐる。そして、クロは舌なめずりをした、そんな気がした。
「じゃあ、行くか。」
「え?どこに?」
「見たいんだろ?殻の無い下等動物。」
見たい。そう、思った倫太郎は頷く。それを待ったかどうかも怪しいぐらいの早さで、ギンは図書館に向かって歩き出した。ギンは―――せっかちなのかもしれない。そう思うと、倫太郎の口元に思わず笑みが零れる。
「倫太郎も行くぞ。」
耳元でクロが言う。もう一度頷いた倫太郎が、「じゃあな」と言って岸間を見れば、彼女はギンの後にくっついて図書館へと向かっているところだった。
「はぁ?」
そのショートカットの後ろ姿に、思わず呆れた声が出る。どうやら彼女も一緒に行く気らしい。「童話作家になりたい」と言っていた彼女の言葉を思い出せば、もしかしたら彼女にとっては良い経験になるのだろうか。倫太郎がクロを見ると、クロも呆れたように「あれは、ダメだ。」と溜息をついた。
確かに、違う殻———あの異世界の騎士の身体に入ったことがある倫太郎にとって、この身体がただの入れ物であるということはなんとなく理解できた。
あまりにも重い、不器用で、運動不足な、倫太郎という名の入れ物。
飛ばされた中身は、向こうの世界で肉をたらふく食べて、そして帰ってきても普通に夕食を食べた。では、残っていた「食べた」という感覚は、魂が得たものなのだろうか。それもまた、思い込みによるものなのだろうか。
「現実と、あの無気質に閉じ込められた空間を一緒にするなよ。」
「それって、あのシロがいたところ?」
「あそこは気の溜まり場みたいなものだと言っただろう。人間たちが作った、いびつな空間だ。シロはうまいこと逃げ込んだだけだ。」
「といっても、いつまでもつかはわからないけどな。」と、ギンによって足された言葉を聞きながら、倫太郎はシロが「人間に依存し過ぎた」と言っていたことを思い出していた。
精霊が人間に依存する理由は、一体何なのだろうか。シロは、その「人間の作ったいびつな空間で生きている」というのなら、彼らが生きる場所を人間が提供しているとでもいうのだろうか。
あの世界に一人ぼっちでいるシロが、泣いていなければ良いと思う。
そこで、ふと倫太郎は思いついた。魂があって、殻があるという存在は、人間に限った話ではない。もちろんそれは、倫太郎がそう思っているというだけのことなのかもしれないが。
「形に囚われているのは、人間だけだ。」
「はぁ?」
倫太郎の考えを読んだらしいギンの答えに、また訳の分からないことが増えたとばかりに倫太郎は呆れた声を出した。
他の動物たちは、殻を持っていないということだろうか?ギンやクロのように、人間が「そうだ」と思ってしまったから形作られた何かなのだろうか。
生まれながらにして、当たり前だと思っていた風景が、実は全く違っているということなのだろうか。
「他の…、そうだな。クロの言う下等動物っていうのは、基本的に殻を持つ。ただ、その殻が無いと生きられないっていうのは人間だけってことだ。お前たちにも見えているんだろう?殻を脱いだ、魂ってやつ。」
倫太郎が見えている、殻を持たない動物達。なんとなく辺りを見回してみても、それが見える気は全くしなかったけれど。
「そいつらだって、生きる場所を選んでいるんだ。こんな無気物だらけの場所にいるはずがない。」
ギンは困ったように笑った。細められた銀色の目が倫太郎を優しく見つめていて、どうやら馬鹿にされているわけではないということがわかる。
ここにいないのでは見えるわけが無いと、倫太郎ががっかりしていると、「その姿を描いた本を見たぞ。」とギンが言った。
「だから、人間は見えているんだと思ったんだけど、違うのか?」
ギンは、そう言って図書館の入り口を指差した。先ほど逸《はぐ》れた時に、その本というのを見つけたのだろうか。
その時、肩に黒猫を乗せて、ぱたぱたと図書館から出て来る岸間が見えた。なんかそんなアニメがあったななんて、倫太郎は現実逃避気味だ。どうやらもう既に頭が情報過多に陥っているらしい。
「ダメだ。こいつはやはり美味くない。」
岸間の肩に乗ったまま帰って来たクロは、ぴょーんとものすごい跳躍を見せ、再び倫太郎の元に戻ると、体勢を整えながら開口一番にそう言った。
言われた岸間は、忙しなく目をぱちくりとさせている。言われた言葉の意味が分からないからだろうか、肩に黒猫が乗っているという状況に混乱しているのだろうか、それとも喋っていることに驚いているのだろうか。いや、もしかしたらその凄い跳躍に驚いただけかもしれないなと、倫太郎は苦笑した。
「どういうこと?うまくないって、何が?」
岸間が、不思議そうな顔でクロに聞いた。言葉を話す猫とか、怖く無いのだろうか。岸間の順応力に、倫太郎は少し引いた。
「量はあるが、味が悪い。」
クロが、やれやれとばかりに首を振る。そして、黒い小さな手で、その顔を擦った。
食事の話のようだということはわかるが、自分について言っているのだということはどうやら理解できないらしく、岸間はただ唖然としたような顔をしている。
「味を変えてみたら良いじゃないか。」
そう言って、ギンがにやりと笑う。岸間が視線を落とし、ギンの存在にやっと気づいたように目を見開いた。
「銀色…。」
「そのまんまだな。」
「だめだ。美味くなる気がしない。」
尻尾をペタリと下げたクロが、大きな溜息をついた。
岸間は美味くなくて、自分は美味いということらしい。
皿に乗せられた自分と岸間を、巨大なクロがナイフとフォークを持って舌なめずりしながら見下ろしている。そんなことを想像して、倫太郎はぶるりと震えた。
ピクリと動いた黒の耳が、倫太郎の耳をくすぐる。そして、クロは舌なめずりをした、そんな気がした。
「じゃあ、行くか。」
「え?どこに?」
「見たいんだろ?殻の無い下等動物。」
見たい。そう、思った倫太郎は頷く。それを待ったかどうかも怪しいぐらいの早さで、ギンは図書館に向かって歩き出した。ギンは―――せっかちなのかもしれない。そう思うと、倫太郎の口元に思わず笑みが零れる。
「倫太郎も行くぞ。」
耳元でクロが言う。もう一度頷いた倫太郎が、「じゃあな」と言って岸間を見れば、彼女はギンの後にくっついて図書館へと向かっているところだった。
「はぁ?」
そのショートカットの後ろ姿に、思わず呆れた声が出る。どうやら彼女も一緒に行く気らしい。「童話作家になりたい」と言っていた彼女の言葉を思い出せば、もしかしたら彼女にとっては良い経験になるのだろうか。倫太郎がクロを見ると、クロも呆れたように「あれは、ダメだ。」と溜息をついた。
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