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第2章
【2.1.0】 図書館にいた精霊。
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ギンと岸間を追いかけるようにして向かった先は、児童書のコーナーだった。
他の場所よりも明らかに低い本棚に囲まれたそこには、子供用の小さな椅子とテーブルがいくつも置いてある。しかし、実際にそこに座っていたのは一組の母娘だけだった。
図書館のスタッフだろうか、幼稚園の先生が着ているようなエプロンをした年配の女性が、その母娘に話しかけている。
全ての棚が低くなっているのは、子供たちが本を手に取りやすいということもあるだろうが、見晴らしを良くして、子供たちの姿が隠れないようにという配慮もありそうだ。
(隠れる場所があれば、鬼ごっことかかくれんぼとか、絶対するよな。)
倫太郎は、小さい頃の自分に想いを馳せる。どちらかというと、活発な子供だったのではないだろうか。まさか大きくなって自分がこんなになるなんて、微塵も思っていなかったはずだ。
倫太郎が追いついたのと同時に、ギンが足を止めた。そこは、その母娘のいる場所から少し離れた場所、「とくしゅうコーナー」と手書きで書かれた看板のある場所だった。
子供たち向けに作られたらしいそこは、表紙を前にして絵本が並べられている。大小様々な絵本が並んでいるが、どうやら色とりどりとは少し違った、暗い絵柄の本が多い。
今回の特集は「妖怪と鬼」だった。
手書きの看板には、あるゲームに出てくる幽霊と河童が、それと分かるぐらいの上手さで書かれていた。スタッフの手作り感がよく出ていて、倫太郎は思わず微笑んだ。
そういえばここ数年、「妖怪」とか「鬼」とか、そんなアニメが流行っている気がする。———倫太郎はそんなことを考えながら、そこにある本を一冊手に取った。
『桃太郎』
童話と言えばこれだろうと言わんばかりに、何冊かの桃太郎が並んでいる。表紙に描かれた鬼は、一様に赤い顔をしていて角を生やしている。
すぐに「鬼」とわかるこのありがちな姿も、もしかしたら思い込みなのだろうか?———そんな風に考えてしまえば、この図書館にある全ての情報が不確かなものに思えてくる。今立っている足元さえも、覚束ない。
「懐かしい。」
そう言って、岸間がとったのは『のっぺらぼう』だった。
妖怪、鬼、幽霊、おばけ…はっきり言って、倫太郎にとって得意ではない分野だ。それでも子供向けに書かれたそれらなら、それほど怖くは感じない。手に取った桃太郎を開いて見れば、描かれた鬼も可愛らしいものだった。
「人間にとっては、魂も精霊も一緒なんだな。」
「なるほど。だから倫太郎は、私たちが下等動物に見えるのか。」
ギンの言葉に答えるように、耳元で妙に納得したようにクロが言った。
確かに、殻の中身から出たものを「魂」と言うのなら、魂は幽霊とか火の玉とか、そういった未知の物に分類されるだろう。神とか精霊とかも、「未知のもの」として言えば、それらと何ら変わらない。
「なるほどな。殻が無いものは、みんな一緒か。」
ギンが納得したように頷きながら、目線を本棚の上に向けた。その先に何かモヤモヤとしたものが見えることに気が付いた倫太郎は、何かがそこにいるのだと理解した。言われる前に気が付いたのは、初めての事だ。
「やればできるじゃないか。」
耳元でクロが言う。褒められたのだと気が付いて、倫太郎は嬉しくなって笑った。
やはり、何かがいるということらしいが、白っぽくも灰色っぽくも見えるもやもやとしたそれは、何に見えるだろうか。
今回は下等動物と言って怒られないように…そんな風に倫太郎が悩んでいたら、「お前、これが何に見える?」とギンが岸間に言った。
あっと倫太郎が思った時には既に遅し。
「え?え?え?」と少し焦った様子を見せながら、岸間は「幽霊?」と言った。こんな「鬼」とか「妖怪」とかばかりの本に囲まれていれば、確かにそうなるよな。———と、倫太郎は仕方が無いとでもいうように頷けば、肩の上ではクロが頭をがっくりと落とした。
「名前は?」
「え?な、名前?」
焦った様子の岸間は、少しどもった後、「お岩さん。」と言った。その安易な名付け方に思わず噴き出した倫太郎だったが、姿を現した精霊に身じろぎした。
「なんで、下等動物。」
そう言って現れたのは、長い髪の毛に覆われた頭に三角頭巾を付けた、白い着物を着ている、それこそ童話に出てくるような幽霊だ。手甲の付けられた手は顔の前で下にだらりと下げられ、足が無い。
「ひぃっ。」と息を飲むような声を上げた岸間が、腰を抜かしたようだった。どすっと座り込んだ岸間の音に、倫太郎は慌てて周囲を見たが、特に誰も気が付いた様子は無いようだ。
本来なら、倫太郎だって腰を抜かしてもおかしくは無かった。はっきり言って、幽霊は怖い。それなのに、この幽霊はそれほど怖いと感じなかった。なぜなら、ひどく小さかったのだ。クロよりも小さいその幽霊は、手にも乗りそうな大きさだ。
「か、可愛い。」
腰を抜かしながら、目をぱちくりとさせて岸間が言った。小さいとは言え、見た目は完全な幽霊だ。しかも、長い髪の毛が顔にかかり、口から血も出ているように見える。
(岸間には違う幽霊に見えているのだろうか。)
可愛い幽霊と言えば、そこの看板に書かれている丸々とした幽霊か。ハロウィンで描かれるような幽霊も、可愛らしいものが多いが。
「倫太郎と同じ姿を見ているはずだ。」
倫太郎の疑問に答えるように、こちらを見上げてギンが言った。ひどく楽しそうに細められたその銀色の瞳。その表情は、いたづらが成功した子供のようだ。
「え?本当に?岸間、お前どんな幽霊に見えてる?」
ギンの言葉にいまいち納得がいかなかった倫太郎が岸間に聞くと、彼女は立ち上がってお尻をはたきながら、「え?」と驚いたようだった。そして、少し考えてから、「お皿がいちまぁい、お皿がにまぁいって言いそうな幽霊。」と言った。
「それは、お岩さんじゃなくて、お菊さんだろう。」
「木嶋君、詳しいのね。」
岸間にとっては、お岩さんもお菊さんもあまり変わらないらしい。それでは、お岩さんもお菊さんも浮かばれないことだろう。———と、倫太郎は会ったことの無い幽霊に同情した。
それでも、岸間にも同じ幽霊の姿が見えていることはわかったが。
しかし、先ほど「人間は殻から出たら飢えて消滅する」と言わなかっただろうか。幽霊は、成仏できなかった人間の魂だと思っていたのだが。
「たまに、消滅しないやつもいるからな。魂のままで存在しているやつもいる。でも、幽霊のほとんどは人間が作り出したものだ。もしかしたら他の下等動物の魂かもしれないし、精霊だったかもしれない。この、お岩みたいに。」
「はぁ、勘弁して。」
お岩さんは、小さい体をますます小さくして、ひどく面倒くさそうに溜息をついた。
他の場所よりも明らかに低い本棚に囲まれたそこには、子供用の小さな椅子とテーブルがいくつも置いてある。しかし、実際にそこに座っていたのは一組の母娘だけだった。
図書館のスタッフだろうか、幼稚園の先生が着ているようなエプロンをした年配の女性が、その母娘に話しかけている。
全ての棚が低くなっているのは、子供たちが本を手に取りやすいということもあるだろうが、見晴らしを良くして、子供たちの姿が隠れないようにという配慮もありそうだ。
(隠れる場所があれば、鬼ごっことかかくれんぼとか、絶対するよな。)
倫太郎は、小さい頃の自分に想いを馳せる。どちらかというと、活発な子供だったのではないだろうか。まさか大きくなって自分がこんなになるなんて、微塵も思っていなかったはずだ。
倫太郎が追いついたのと同時に、ギンが足を止めた。そこは、その母娘のいる場所から少し離れた場所、「とくしゅうコーナー」と手書きで書かれた看板のある場所だった。
子供たち向けに作られたらしいそこは、表紙を前にして絵本が並べられている。大小様々な絵本が並んでいるが、どうやら色とりどりとは少し違った、暗い絵柄の本が多い。
今回の特集は「妖怪と鬼」だった。
手書きの看板には、あるゲームに出てくる幽霊と河童が、それと分かるぐらいの上手さで書かれていた。スタッフの手作り感がよく出ていて、倫太郎は思わず微笑んだ。
そういえばここ数年、「妖怪」とか「鬼」とか、そんなアニメが流行っている気がする。———倫太郎はそんなことを考えながら、そこにある本を一冊手に取った。
『桃太郎』
童話と言えばこれだろうと言わんばかりに、何冊かの桃太郎が並んでいる。表紙に描かれた鬼は、一様に赤い顔をしていて角を生やしている。
すぐに「鬼」とわかるこのありがちな姿も、もしかしたら思い込みなのだろうか?———そんな風に考えてしまえば、この図書館にある全ての情報が不確かなものに思えてくる。今立っている足元さえも、覚束ない。
「懐かしい。」
そう言って、岸間がとったのは『のっぺらぼう』だった。
妖怪、鬼、幽霊、おばけ…はっきり言って、倫太郎にとって得意ではない分野だ。それでも子供向けに書かれたそれらなら、それほど怖くは感じない。手に取った桃太郎を開いて見れば、描かれた鬼も可愛らしいものだった。
「人間にとっては、魂も精霊も一緒なんだな。」
「なるほど。だから倫太郎は、私たちが下等動物に見えるのか。」
ギンの言葉に答えるように、耳元で妙に納得したようにクロが言った。
確かに、殻の中身から出たものを「魂」と言うのなら、魂は幽霊とか火の玉とか、そういった未知の物に分類されるだろう。神とか精霊とかも、「未知のもの」として言えば、それらと何ら変わらない。
「なるほどな。殻が無いものは、みんな一緒か。」
ギンが納得したように頷きながら、目線を本棚の上に向けた。その先に何かモヤモヤとしたものが見えることに気が付いた倫太郎は、何かがそこにいるのだと理解した。言われる前に気が付いたのは、初めての事だ。
「やればできるじゃないか。」
耳元でクロが言う。褒められたのだと気が付いて、倫太郎は嬉しくなって笑った。
やはり、何かがいるということらしいが、白っぽくも灰色っぽくも見えるもやもやとしたそれは、何に見えるだろうか。
今回は下等動物と言って怒られないように…そんな風に倫太郎が悩んでいたら、「お前、これが何に見える?」とギンが岸間に言った。
あっと倫太郎が思った時には既に遅し。
「え?え?え?」と少し焦った様子を見せながら、岸間は「幽霊?」と言った。こんな「鬼」とか「妖怪」とかばかりの本に囲まれていれば、確かにそうなるよな。———と、倫太郎は仕方が無いとでもいうように頷けば、肩の上ではクロが頭をがっくりと落とした。
「名前は?」
「え?な、名前?」
焦った様子の岸間は、少しどもった後、「お岩さん。」と言った。その安易な名付け方に思わず噴き出した倫太郎だったが、姿を現した精霊に身じろぎした。
「なんで、下等動物。」
そう言って現れたのは、長い髪の毛に覆われた頭に三角頭巾を付けた、白い着物を着ている、それこそ童話に出てくるような幽霊だ。手甲の付けられた手は顔の前で下にだらりと下げられ、足が無い。
「ひぃっ。」と息を飲むような声を上げた岸間が、腰を抜かしたようだった。どすっと座り込んだ岸間の音に、倫太郎は慌てて周囲を見たが、特に誰も気が付いた様子は無いようだ。
本来なら、倫太郎だって腰を抜かしてもおかしくは無かった。はっきり言って、幽霊は怖い。それなのに、この幽霊はそれほど怖いと感じなかった。なぜなら、ひどく小さかったのだ。クロよりも小さいその幽霊は、手にも乗りそうな大きさだ。
「か、可愛い。」
腰を抜かしながら、目をぱちくりとさせて岸間が言った。小さいとは言え、見た目は完全な幽霊だ。しかも、長い髪の毛が顔にかかり、口から血も出ているように見える。
(岸間には違う幽霊に見えているのだろうか。)
可愛い幽霊と言えば、そこの看板に書かれている丸々とした幽霊か。ハロウィンで描かれるような幽霊も、可愛らしいものが多いが。
「倫太郎と同じ姿を見ているはずだ。」
倫太郎の疑問に答えるように、こちらを見上げてギンが言った。ひどく楽しそうに細められたその銀色の瞳。その表情は、いたづらが成功した子供のようだ。
「え?本当に?岸間、お前どんな幽霊に見えてる?」
ギンの言葉にいまいち納得がいかなかった倫太郎が岸間に聞くと、彼女は立ち上がってお尻をはたきながら、「え?」と驚いたようだった。そして、少し考えてから、「お皿がいちまぁい、お皿がにまぁいって言いそうな幽霊。」と言った。
「それは、お岩さんじゃなくて、お菊さんだろう。」
「木嶋君、詳しいのね。」
岸間にとっては、お岩さんもお菊さんもあまり変わらないらしい。それでは、お岩さんもお菊さんも浮かばれないことだろう。———と、倫太郎は会ったことの無い幽霊に同情した。
それでも、岸間にも同じ幽霊の姿が見えていることはわかったが。
しかし、先ほど「人間は殻から出たら飢えて消滅する」と言わなかっただろうか。幽霊は、成仏できなかった人間の魂だと思っていたのだが。
「たまに、消滅しないやつもいるからな。魂のままで存在しているやつもいる。でも、幽霊のほとんどは人間が作り出したものだ。もしかしたら他の下等動物の魂かもしれないし、精霊だったかもしれない。この、お岩みたいに。」
「はぁ、勘弁して。」
お岩さんは、小さい体をますます小さくして、ひどく面倒くさそうに溜息をついた。
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