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第2章
【2.1.1】 嘘をつくもの。
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小さい幽霊のお岩さんは、特集コーナーの棚の上に足を投げ出すようにして座った。
見えない足が、ぶらぶらしているように感じるのは、その座り方のせいだろうか。それとも、「幽霊は足が無い。」ということが思い込みであるのだと、頭のどこかに常にあるそれを、何かが否定し始めたのだろうか。
「あのぉ。」
お岩さんを取り囲むようにして立っていた倫太郎たちが、背中から声をかけられて振り返ると、そこには先ほど母娘に声をかけていたスタッフらしい女性が立っていた。
「何かお探しですか?」
児童書のコーナーに似つかわしくない高校生二人がそこにいるとなれば、確かに不安にもなるだろう。ギンの姿が見えていれば、兄弟で絵本でも探しに来たかのように見えるだろうか。
何か言い訳を考えたところで、信じてもらえなければそれで終わり。そんな風に考えてしまう倫太郎は、どこか他人に対して諦めてしまっているのかもしれない。適当な言い訳も思いつかず、お岩さんのことをどう説明すべきか、考えていたその時だ。
「学校の研究授業で、昔ながらの童話について調べることにしたんです。」
岸間がにっこりと笑って言った。あまりにも堂々とついた嘘に、倫太郎は目を見開いて固まってしまったが、岸間は全くそんな素振りも見せず、スタッフの女性に「今のところは大丈夫です。」なんて笑いかけている。
そんな笑顔に安心したのか、「何か必要なものがあれば、お声がけください。」と、穏やかな口調で言い残して、スタッフの女性は受付の方へと戻って行った。
「お前、すごいな。」
その背中が見えなくなって、先ほどの取ってつけたような笑顔を消した岸間に倫太郎は言った。尊敬の言葉にも皮肉にも聞こえる、そんな言い方だったが、それは倫太郎の素直な気持ちだった。
「これぐらい、普通でしょ。馬鹿正直に話したって、変人扱いされるだけだし。」
女は怖い。———そんな感想を抱いた倫太郎に、「嘘をつくのは、人間の専売特許だろうに。」とクロが言った。
「嘘をつくのは、人間だけってこと?」
「当たり前だ。言葉を使わないと何かと関われないのは、人間だけだろう。」
ギンもクロも、言葉を使っていないと言っていたことを思い出す。受け取った何かを、言葉に変換しているのは倫太郎自身なのだと。何かを受け取っているはずなのに、言葉としてしか受け取れなくなってしまった人間という生き物を、ダメなものだと彼らは言う。
けれど、言葉を使わなければ生きていけない生き物だから、嘘をつくこともできるということだろうか。確かに、相手の気持ちが読めてしまうのなら、嘘をつく必要も無いし、嘘をつかれていることもわかってしまう。
自分に嘘をつくように、無理して通っていたあの学校も、自分が嫌な思いをしていることをクラスメイトに伝えていれば、自分の居場所が無くなるなんてことは無かったのだろうか。
倫太郎は、しばらく行っていない学校での自分を思う。茶化されて、笑われて、からかわれて、しんどくなって、結局行かなくなってしまった場所。
確かに、自分の気持ちを誰かが分かってくれていたらと思わなくも無いが、それでも思ったことがそのまま伝わってしまうのなら、わがままがぶつかり合って、大変なことになってしまうのではないかとも思う。
皆、自分の気持ちをわかってほしいとは思いながらも、心を読まれるのは嫌なはずだし、誰かの本音を知ってしまうことは辛いことも多いはずだ。
(そもそも、なんで心を読まれるのが嫌だと感じるんだろうか。欲張りだと知られたくないから?弱い自分がバレるから?)
「欲など、生きていれば当たり前のことなのにな。」
クロは倫太郎の肩の上からお岩さんの横に飛び移り、ぐるっと一回りしてそこに座りながら言った。その言葉は、倫太郎の考えていたことに対して答えたようでもありながら、お岩さんに言ったようでもあった。
「この辺りに巣食う人間達は、特に嘘をつく。」
「だからこそ、この辺の人間は美味いんだ。」
最後にクロが言った一言は少し気になるが、まあそれは良いとして。「この辺」というのが、どの辺りまでを指すのか、倫太郎はそんなことを考えていた。この地域ということだろうか。日本という国を指すのか。どちらにも当てはまるような気はするが、なんとなく聞いてはいけないような気がして、倫太郎はそれを聞く言葉を飲み込んだ。
そんな倫太郎を見て、「確かに美味そうね。」とお岩さんが舌なめずりをした気がした。
「人間なんて、嘘だらけよ。」
精霊達の会話をもろともせず、怒ったように岸間が言った。肩を並べたクロとお岩さんは、岸間の話に全く興味が無さそうな態度で何か話している。にも関わらず、岸間は全く気にした様子も無く、倫太郎に向かって話を続けた。
「あの学校のクラスメイトなんて、ほんっと嘘つきばーっかり!誰々がかっこいいとか、一人が言えば、みんなが口揃えて、だよねー!とか言っちゃって。気持ち悪いのなんのって。」
岸間が、クラスで大人しかった理由はそれかと、倫太郎が妙に納得しながら岸間を見ていると、彼女は倫太郎の顔をじっと見て言葉を続けた。
「人間は、嘘を上手くつけるようになって、自分にも嘘をついて、そうして大人になっていくんだわ。」
酷く苛立ったように吐き出されたそれは、岸間が何かに囚われていることを表しているかのようだった。あっけらかんとした様子に見える彼女も、きっと学校を辞める時にはやはり何かを抱え、辛い思いをしていたということなのだろうか。
倫太郎がそれに対して何も言えず、そっと俯いてギンを見れば、銀色の髪を持つ子供は静かにそこに座って、一冊の絵本を手に取って読んでいるところだった。
「やはり、人間は面白いな。」
倫太郎の視線に気が付いたのか、そう言ってギンが倫太郎に見せたのは、『浦島太郎』と書かれた、角が少し擦り切れた一冊の絵本だった。
見えない足が、ぶらぶらしているように感じるのは、その座り方のせいだろうか。それとも、「幽霊は足が無い。」ということが思い込みであるのだと、頭のどこかに常にあるそれを、何かが否定し始めたのだろうか。
「あのぉ。」
お岩さんを取り囲むようにして立っていた倫太郎たちが、背中から声をかけられて振り返ると、そこには先ほど母娘に声をかけていたスタッフらしい女性が立っていた。
「何かお探しですか?」
児童書のコーナーに似つかわしくない高校生二人がそこにいるとなれば、確かに不安にもなるだろう。ギンの姿が見えていれば、兄弟で絵本でも探しに来たかのように見えるだろうか。
何か言い訳を考えたところで、信じてもらえなければそれで終わり。そんな風に考えてしまう倫太郎は、どこか他人に対して諦めてしまっているのかもしれない。適当な言い訳も思いつかず、お岩さんのことをどう説明すべきか、考えていたその時だ。
「学校の研究授業で、昔ながらの童話について調べることにしたんです。」
岸間がにっこりと笑って言った。あまりにも堂々とついた嘘に、倫太郎は目を見開いて固まってしまったが、岸間は全くそんな素振りも見せず、スタッフの女性に「今のところは大丈夫です。」なんて笑いかけている。
そんな笑顔に安心したのか、「何か必要なものがあれば、お声がけください。」と、穏やかな口調で言い残して、スタッフの女性は受付の方へと戻って行った。
「お前、すごいな。」
その背中が見えなくなって、先ほどの取ってつけたような笑顔を消した岸間に倫太郎は言った。尊敬の言葉にも皮肉にも聞こえる、そんな言い方だったが、それは倫太郎の素直な気持ちだった。
「これぐらい、普通でしょ。馬鹿正直に話したって、変人扱いされるだけだし。」
女は怖い。———そんな感想を抱いた倫太郎に、「嘘をつくのは、人間の専売特許だろうに。」とクロが言った。
「嘘をつくのは、人間だけってこと?」
「当たり前だ。言葉を使わないと何かと関われないのは、人間だけだろう。」
ギンもクロも、言葉を使っていないと言っていたことを思い出す。受け取った何かを、言葉に変換しているのは倫太郎自身なのだと。何かを受け取っているはずなのに、言葉としてしか受け取れなくなってしまった人間という生き物を、ダメなものだと彼らは言う。
けれど、言葉を使わなければ生きていけない生き物だから、嘘をつくこともできるということだろうか。確かに、相手の気持ちが読めてしまうのなら、嘘をつく必要も無いし、嘘をつかれていることもわかってしまう。
自分に嘘をつくように、無理して通っていたあの学校も、自分が嫌な思いをしていることをクラスメイトに伝えていれば、自分の居場所が無くなるなんてことは無かったのだろうか。
倫太郎は、しばらく行っていない学校での自分を思う。茶化されて、笑われて、からかわれて、しんどくなって、結局行かなくなってしまった場所。
確かに、自分の気持ちを誰かが分かってくれていたらと思わなくも無いが、それでも思ったことがそのまま伝わってしまうのなら、わがままがぶつかり合って、大変なことになってしまうのではないかとも思う。
皆、自分の気持ちをわかってほしいとは思いながらも、心を読まれるのは嫌なはずだし、誰かの本音を知ってしまうことは辛いことも多いはずだ。
(そもそも、なんで心を読まれるのが嫌だと感じるんだろうか。欲張りだと知られたくないから?弱い自分がバレるから?)
「欲など、生きていれば当たり前のことなのにな。」
クロは倫太郎の肩の上からお岩さんの横に飛び移り、ぐるっと一回りしてそこに座りながら言った。その言葉は、倫太郎の考えていたことに対して答えたようでもありながら、お岩さんに言ったようでもあった。
「この辺りに巣食う人間達は、特に嘘をつく。」
「だからこそ、この辺の人間は美味いんだ。」
最後にクロが言った一言は少し気になるが、まあそれは良いとして。「この辺」というのが、どの辺りまでを指すのか、倫太郎はそんなことを考えていた。この地域ということだろうか。日本という国を指すのか。どちらにも当てはまるような気はするが、なんとなく聞いてはいけないような気がして、倫太郎はそれを聞く言葉を飲み込んだ。
そんな倫太郎を見て、「確かに美味そうね。」とお岩さんが舌なめずりをした気がした。
「人間なんて、嘘だらけよ。」
精霊達の会話をもろともせず、怒ったように岸間が言った。肩を並べたクロとお岩さんは、岸間の話に全く興味が無さそうな態度で何か話している。にも関わらず、岸間は全く気にした様子も無く、倫太郎に向かって話を続けた。
「あの学校のクラスメイトなんて、ほんっと嘘つきばーっかり!誰々がかっこいいとか、一人が言えば、みんなが口揃えて、だよねー!とか言っちゃって。気持ち悪いのなんのって。」
岸間が、クラスで大人しかった理由はそれかと、倫太郎が妙に納得しながら岸間を見ていると、彼女は倫太郎の顔をじっと見て言葉を続けた。
「人間は、嘘を上手くつけるようになって、自分にも嘘をついて、そうして大人になっていくんだわ。」
酷く苛立ったように吐き出されたそれは、岸間が何かに囚われていることを表しているかのようだった。あっけらかんとした様子に見える彼女も、きっと学校を辞める時にはやはり何かを抱え、辛い思いをしていたということなのだろうか。
倫太郎がそれに対して何も言えず、そっと俯いてギンを見れば、銀色の髪を持つ子供は静かにそこに座って、一冊の絵本を手に取って読んでいるところだった。
「やはり、人間は面白いな。」
倫太郎の視線に気が付いたのか、そう言ってギンが倫太郎に見せたのは、『浦島太郎』と書かれた、角が少し擦り切れた一冊の絵本だった。
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