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青に飛ぶ蝶
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唯一の友人が死にました。ビルの屋上から飛び降りたそうです。私にとって彼女はそれはそれはかけがえのない存在でした。彼女がいないこの世にはどんな生きている意味があると言うのでしょう。私には彼女以外に心を許せる人間がいませんでした。会社では同期の出世を妬みながら上司の嫌味に耐え続けておりました。出来損ない、と罵るくせには私を辞めさせようとはしませんでした。ならば家族を頼ればいいだろう、そう思うでしょう。私の両親とはもう何年も連絡をとっておりません。どこに住んでいるのかもわかりません。興味がありませんしそれは向こうも同じでしょう。彼女は生前、海を飛ぶ蝶を見たいと言っていました。それを見るまでは死ねない、と。当然そんなもの存在するはずもありません。ですが彼女は死にました。海を飛ぶ蝶を彼女は見れたのでしょうか。それは彼女に聞いてみないとわかりませんがもう聞く術はありません。私と彼女はもう同じ世界にいないのですから。だったら私が彼女のいる世界に会いに行って聞いてみようではありませんか。私は天国や地獄、というものは到底信じないたちですが、彼女のいる場所がどこにせよ、私があちらの世界に行ってみないとわからないと、そう思いませんか?
さて、彼女から貰ったスカーフを部屋のドアノブに固く固く結びつけました。可愛らしい花柄のスカーフです。スカーフの輪っかに首を通しました。こういう時、両親に先立つ不幸をお許しくださいなどと思うべきなのでしょうか。私は私が両親より先に死ぬことを不幸だとは思いませんし許してほしいだなんて気もありません。笑ってしまいますね。
準備は整いました。ゆっくりと腰を下ろして全身の力を抜きました。ギギ、とスカーフが鳴きましたが解けることはなく、ゆっくりですが確実に私の首を圧迫していきました。目の前がチカチカと点滅し始めました。耳鳴りが酷く煩いですが少しの我慢です。もう息を吸うことはできませんでした。視界が暗く絞られていきます。彼女の顔を思い浮かべながら目を閉じました。———
おや、目が覚めてしまいました。ですが変です。自分の部屋ではありません。真っ白の何も無い部屋、いえ、終わりが見えないので空間でしょうか。私はそこに一人で座り込んでいました。ここがあの世なのでしょうか。それとも私は夢を見ているのでしょうか。すると瞬きをしたほんの一瞬で男が目の前に現れました。真っ黒のスーツをきちんと着込み、作った笑顔が張り付いたような顔をした男です。私が余程ぽかんとした顔をしていたのでしょう。男はその張り付いた笑顔のまま口を開きました。
「初めまして××さん。ようこそいらっしゃいました。ここは、そうですね、よく言う三途の川、あの世とこの世の中間地点、という所でしょうか。あぁ、中間地点と言いますが、××さんが現世で気を失っているとかいう訳ではありませんよ。死んでもいません。あなたがここにいる限り、現世で××さんは元からいなかったもの、更にいえばあなたという物質そのものが存在していないという状態になっています。いるでしょう、ぱられるわぁるどだとか平行世界だとかで違った生活を送る自分が存在してるのだとか言う人。あんなの全部嘘なんですよ。全世界、全宇宙であなたという存在は一人だけ。何人ものあなたが違う世界で生きているなんてことはあってはならない事ですしありえない事なのです。」
スーツの男の抑揚のない声でどうやら私はこの空間の説明をされた様ですが、この男の言う言葉では私がここにいることの説明が付きません。私は死に損なったというのでしょうか。だったら早く元いた場所に戻して欲しいのですがこの人は私のことをにこにこと見つめるだけで何をしようともしません。そんな私の心情を見抜いたのでしょうか、またも男が口を開きます。
「何故このような空間が存在して、何故あなたがここに居るのか、ですよね。自ら死を選んだ人は皆一度、ここに集まります。私の役目は一つだけ、最後の質問をするという事です。」
彼は今、自ら死を選んだ人全員、と言いました。だとしたら彼女もここに来たはずです。私は彼女の名前を口にし、男に尋ねました。彼女もここに来たのかと。ここで彼女は何を語ったのかと。男の表情は変わらぬまま
「○○さんのご友人でしたか。えぇ、彼女もここに来ましたよ。ですが申し訳ございません。死者にもぷらいばしぃという物がございます。彼女が何を話したかはお伝えできかねますが、あなたのことを気にかけていたようですよ。」
彼女の存在に少し近付いた気がしました。彼女が過去にいた空間にいて、彼女が過去に話をした男と話しているのです。もう少しで彼女に会えるのではないでしょうか。なんだか少し嬉しい気持ちになりました。
「先程、最後の質問をすると申し上げましたがそれは、簡単に説明致しますと、現世に戻り生をやり直すか、このまま死を選び永遠に真っ暗闇を彷徨うか、という事です。」
やはり天国も地獄も、そんなものは無いようでした。それはさておき彼女が死んだということは言わずもがな、この最後の質問とやらで彼女は死を選んだのでしょう。ならば私の質問への答えも決まっております。男はどうやら私が彼女の後を追っている事に気がついているようでした。
「よろしければ最期に、○○さんがここに来た瞬間をご覧になりますでしょうか。冥土の土産、と言うやつです。」
そんな突飛な質問を投げかけてきたのです。上手いことを言ったつもりでしょうか、張り付いた笑みはピクリとも動かないのでわかり得ませんでしたが、彼女の姿など、見たくないはずがありません。それがたとえどんな姿であろうと私はこの目に焼き付けて彼女に会いに行くのです。私は頷きました。
彼が見せてくれた彼女の最期に私は衝撃を受けました。こんなことがあるのだろうかと。まるで彼女が意図してこの死に様を選んだ様でした。
『空の青じゃなくて、海の青を飛ぶ蝶を見たいの。』
彼女の声が耳の中でこだまします。男が見せてくれた彼女は屋上階から飛び降り、四方八方に折れ曲がった手足を地面に投げ出していました。落ちた場所が悪かったのか、彼女の周りに飛散する真赤な血は、まるで蝶の羽の様に彼女の左右に咲き誇っていました。男が言います。
「そろそろお時間です。どちらを選びますか?生か、死か。」
目の前が暗転しました。
さて、彼女から貰ったスカーフを部屋のドアノブに固く固く結びつけました。可愛らしい花柄のスカーフです。スカーフの輪っかに首を通しました。こういう時、両親に先立つ不幸をお許しくださいなどと思うべきなのでしょうか。私は私が両親より先に死ぬことを不幸だとは思いませんし許してほしいだなんて気もありません。笑ってしまいますね。
準備は整いました。ゆっくりと腰を下ろして全身の力を抜きました。ギギ、とスカーフが鳴きましたが解けることはなく、ゆっくりですが確実に私の首を圧迫していきました。目の前がチカチカと点滅し始めました。耳鳴りが酷く煩いですが少しの我慢です。もう息を吸うことはできませんでした。視界が暗く絞られていきます。彼女の顔を思い浮かべながら目を閉じました。———
おや、目が覚めてしまいました。ですが変です。自分の部屋ではありません。真っ白の何も無い部屋、いえ、終わりが見えないので空間でしょうか。私はそこに一人で座り込んでいました。ここがあの世なのでしょうか。それとも私は夢を見ているのでしょうか。すると瞬きをしたほんの一瞬で男が目の前に現れました。真っ黒のスーツをきちんと着込み、作った笑顔が張り付いたような顔をした男です。私が余程ぽかんとした顔をしていたのでしょう。男はその張り付いた笑顔のまま口を開きました。
「初めまして××さん。ようこそいらっしゃいました。ここは、そうですね、よく言う三途の川、あの世とこの世の中間地点、という所でしょうか。あぁ、中間地点と言いますが、××さんが現世で気を失っているとかいう訳ではありませんよ。死んでもいません。あなたがここにいる限り、現世で××さんは元からいなかったもの、更にいえばあなたという物質そのものが存在していないという状態になっています。いるでしょう、ぱられるわぁるどだとか平行世界だとかで違った生活を送る自分が存在してるのだとか言う人。あんなの全部嘘なんですよ。全世界、全宇宙であなたという存在は一人だけ。何人ものあなたが違う世界で生きているなんてことはあってはならない事ですしありえない事なのです。」
スーツの男の抑揚のない声でどうやら私はこの空間の説明をされた様ですが、この男の言う言葉では私がここにいることの説明が付きません。私は死に損なったというのでしょうか。だったら早く元いた場所に戻して欲しいのですがこの人は私のことをにこにこと見つめるだけで何をしようともしません。そんな私の心情を見抜いたのでしょうか、またも男が口を開きます。
「何故このような空間が存在して、何故あなたがここに居るのか、ですよね。自ら死を選んだ人は皆一度、ここに集まります。私の役目は一つだけ、最後の質問をするという事です。」
彼は今、自ら死を選んだ人全員、と言いました。だとしたら彼女もここに来たはずです。私は彼女の名前を口にし、男に尋ねました。彼女もここに来たのかと。ここで彼女は何を語ったのかと。男の表情は変わらぬまま
「○○さんのご友人でしたか。えぇ、彼女もここに来ましたよ。ですが申し訳ございません。死者にもぷらいばしぃという物がございます。彼女が何を話したかはお伝えできかねますが、あなたのことを気にかけていたようですよ。」
彼女の存在に少し近付いた気がしました。彼女が過去にいた空間にいて、彼女が過去に話をした男と話しているのです。もう少しで彼女に会えるのではないでしょうか。なんだか少し嬉しい気持ちになりました。
「先程、最後の質問をすると申し上げましたがそれは、簡単に説明致しますと、現世に戻り生をやり直すか、このまま死を選び永遠に真っ暗闇を彷徨うか、という事です。」
やはり天国も地獄も、そんなものは無いようでした。それはさておき彼女が死んだということは言わずもがな、この最後の質問とやらで彼女は死を選んだのでしょう。ならば私の質問への答えも決まっております。男はどうやら私が彼女の後を追っている事に気がついているようでした。
「よろしければ最期に、○○さんがここに来た瞬間をご覧になりますでしょうか。冥土の土産、と言うやつです。」
そんな突飛な質問を投げかけてきたのです。上手いことを言ったつもりでしょうか、張り付いた笑みはピクリとも動かないのでわかり得ませんでしたが、彼女の姿など、見たくないはずがありません。それがたとえどんな姿であろうと私はこの目に焼き付けて彼女に会いに行くのです。私は頷きました。
彼が見せてくれた彼女の最期に私は衝撃を受けました。こんなことがあるのだろうかと。まるで彼女が意図してこの死に様を選んだ様でした。
『空の青じゃなくて、海の青を飛ぶ蝶を見たいの。』
彼女の声が耳の中でこだまします。男が見せてくれた彼女は屋上階から飛び降り、四方八方に折れ曲がった手足を地面に投げ出していました。落ちた場所が悪かったのか、彼女の周りに飛散する真赤な血は、まるで蝶の羽の様に彼女の左右に咲き誇っていました。男が言います。
「そろそろお時間です。どちらを選びますか?生か、死か。」
目の前が暗転しました。
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