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第四章 ~学園期・入学編~

第四十四話 「自己紹介」

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「おおっ、凄い! 食事に選択肢があるなんて久しぶりだ!」

 というか、この世界に転生してから初めてだな!

 凄いなぁ、さすが貴族の子息や息女が生活する場所だ。
 これだけでも学園に来てよかったと思える。

 感動だ……!

「パパ、すごいよろこんでるねー。うれしいことあったのー?」
「ああ! ここはいいぞっ、毎日が楽しくなること間違いなしだ」
「よかったね~」

 食堂には、中央のスペースに大きなテーブルがいくつも並べられており、その上に様々な種類の料理が用意されていた。

 食事をしようと訪れた生徒は、長テーブルや、円形の小テーブルに陣取り、好きなものを好きなだけ食べることができるのだ。

 地球でいうバイキングや、ビュッフェといった食事方法である。

「しかし、この場にはわりと人数がいるようだが、みるからに私たちは避けられているな」
「なんでだろねぇ?」
「……キース、それは明らかだろう。先ほども同じ現象が起きた。一同はアイリスを恐がっているのだ」
「ふうん。注目はされているみたいだけど、近寄ってはこないね。あっ、可愛い子も結構いるね~、学園生活が楽しくなりそうだっ」

 はしゃいでいた俺をおいて、レンとキースは周りの様子を伺っていた。
 食堂に入った俺たちをまず襲ったのは、大勢からの視線だった。

 アイリスを見て、一瞬の驚きのあとひそひそ話をし始めたのである。

 俺たちが食事方法を把握し、料理を獲得するために中央スペースへ歩を進めると、まるでモーゼのように道ができてしまう。

 ……おかげで、料理はとりやすいけど。

 俺たちは中央から小皿に料理を取り分けたあと、端にある四人がけの円形テーブルに移動した。

「ではでは、いただきまーす!」
「いただきます」
「いっただっきま~す」
「……いただき、ます」

 四人と一匹は、それぞれ食事を開始する。
 俺の左隣にレン、正面にキース、そして右隣にはステラが座っていた。
 アイリスは、俺の左側に位置取っている。

 ん~、どの料理も美味しいね!
 シュタットフェルト家は、お金はできてきたが食事の質はあんまり変わってないんだよなぁ。
 料理を作る人が変わってないんだから、当然かもだけど。

 せいぜい、おかずが一品増えたくらいだった。

「ぶう、パパだけずるい……」

 ……いや、食事を開始したのは四人だけだったか。
 一匹と数えられてしまうアイリスさんは、椅子にも座れずにテーブルの上に顎を乗せて不満たらたらだった。

 俺は食事を摂りながらも、折をみてアイリスに触れて魔力を与えていく。

「パパのごはん、いっつもこくて、おいしいのー……」

「ユウリ、キース。それと、ヴァレンタインさん。食事を取りながら、改めて自己紹介でもしないか? こうして知り合ったのだ、私は皆のことを深く知りたい」
「ん? そうだな。仲良くなるには、まずは互いのことを知るべきかなって思うし」
「はっはぁ、僕も構わないよ。何よりも、僕はステラちゃんのことが知りたいね!」
「……えっ、は、はい……あたしも、いいです……」

 レンの提案に賛成し、それぞれ名前と爵位、そして領地のことを話していくこととなった。

「では私から。名はレン=クロスフィード。爵位は子爵を頂いている。統治領はここより東方に位置するヤークトという街だ」
「ヤークト……」
「ユウリは知らないか?」
「ごめん、自分の領地以外には、あまり行ったことないんだ」

 俺が知っているのは、セントリアと隣街のラクール。そして首都である王都グランくらいだ。
 ラクールにだって、片手で数えるくらいしか行ったことないし。

「……ヤークトは、たしか、鉄鋼業が……盛んなところです」
「その通りだ。よく知っているな、ヴァレンタインさん」
「えへへ……」

 レンが嬉しそうに口角を上げながら褒めると、ステラは照れているのかもじもじと俯いた。

「んじゃ、次は俺が。ユウリ=シュタットフェルト。爵位は子爵。そして、この子はアイリス。領地はセントリアっていう小さな街だ。ここから方角は……どこだろう?」
「む、ユウリは自分の領地の場所を知らないのか?」
「あんまり自分の領地から出たことなくてさ、ここに来るのも一苦労だったよ」

 カルベラとの勉強で、一度はこの国の地理を学んだんだけど、用意された地図も大ざっぱ過ぎてあんまり頭に入らなかったんだよなぁ。
 街の名前なんて、いっぱいあって覚えきれるわけないし……。行ったことがない地理よりも、もっと実用的なことを優先してしまったのだ。

「……セントリアは、グランフォードから南南東の位置にある街、です。名物は最近できたという大きな橋と、温泉という天然の浸かり湯だと、聞いています」
「聞いたことがある。そういえば、最近噂になっていたな。温泉か……興味深い」
「凄いなぁ、そんなことも知っているなんて、物知りだねステラちゃん! とっても可愛いよ!」
「か、かわっ、はうぅ……ありがとう、ございます……」

 ステラが、俺よりも詳しくセントリアについて説明してくれた。

 橋と温泉のことも知っているなんて、名物として有名になったのは最近の話だと思っていたけれど、本当に物知りだな……。

「ユウリ。アイリスとは、統治領であるセントリアで知り合ったのか?」
「……ん、ああ。偶然まだ孵化していない卵を見つけてね。そういう出会いだよ」
「ほう、ドラゴンは卵から生まれるのか……大変興味深い。なるほど、ユウリとは生まれたときから一緒なのか、だから君は、人間に慣れているのだな。人間以外と話ができるユウリと出会えたことが、一つの奇跡なのかもしれないな……」
「みゅ~。つめたいのが、ながれてくるの~……」

 レンは、テーブルの上にのせているアイリスの頭をゆっくりと撫でていく。
 ほんのりと手のひらから赤い光が出ている。魔力をアイリスに与えているのだろう。

 むう……北の山にいる母ドラゴンのことを咄嗟に隠してしまった。
 まあ、成竜と戦うなんてことになったら、どれだけの被害が出るかわからないし、戦う必要もないのに争うなんて馬鹿らしい。

 だからこの判断は、間違っていないと思いたい。
 あの温泉大好きドラゴンは、放っておけば無害どころか有益な存在なのだから。

「シュタットフェルト、さんは……その、ドラゴンさんとお話しができるんですか……?」

 ステラが、驚いたように俺とアイリスを見比べている。

「ああ、俺の魔法は『翻訳』って性質なんだ。動物や魔物の話していることがわかるって感じかな。ああ、あと俺のことはユウリでいいよ。あとアイリスも、名前で呼んでくれていいから」
「へえ、ユウリはそういう魔法なんだねぇ。だからアイリスちゃんと仲良くなれたのか」
「……すごい、ですね。羨ましいですっ……」
「アイリスは生まれたときから人間と一緒に暮らしてる。よっぽど怒らせない限り危険はないはずだから、仲良くしてくれたら嬉しい」
「は、はい……ゆ、ユウリさんと、アイリス、さん……えへへ……」

 レンがアイリスを撫でているのを、キースが羨ましそうに指を咥えて見つめていた。
 ステラは、握りこぶしを自身の胸に当てながら、嬉しそうに俺とアイリスの名前を呟いている。

 ……その動作を見て、気付いた。
 気付くことが、できた。

 ――ステラさん……なんかお胸、大きくない……?

 なんか、拳が胸の形を歪めながら沈んでるんですけど。
 服の上からでもわかる、肉の重量感が……。

「次は僕かな? 僕はキース=キュリエント。爵位は子爵だね。花の街エストランを統治している貴族だ。とても美しい場所だから、女の子との逢い引きにはぴったりなんだ、オススメだよ!」

 はっ、いかんいかん。
 つい気になって、見すぎてしまった。
 うん、紳士として振舞わないとな。

 ……まあでも、見るくらいなら紳士でも嗜むよね?

「エストラン。確かに景観が美しい街だと有名だな。一度訪れてみたいと思っていた。たしかここから西方に位置するのだったな」
「うんうん、機会があればぜひ来てくれ。僕としては、ステラちゃんと一緒にあの街を歩きたいな……どうだい、僕の街に遊びにこないか……? 楽しい一時を提供することを、絶対に約束してみせる」
「えっ、ええっ、あの、あの……はぅ……」

 キース、自己紹介のときに口説こうとするなよ……。
 そういうのは二人のときにやってくれ。同席している俺とレンはどうしたらいいんだ。

 ぶっちゃけ気まずいよ。

「えと、あ、あの……あたしは、ステラ=ヴァレンタイン、です。家の爵位は……伯爵です。領地は、二つあって……ユエラと、ヴァール。どちらもここから北の方にある街です」

 ステラの家の爵位は……伯爵なのか。
 おお、俺たちの家より一つ階級が高いぞ。

 んん、気安く接してしまってよかったのかな……?

「ヴァレンタイン家は、たしか武勲を多くあげているはずだ。名を何度か耳にしたことがある」
「は、はい……お父様や、お兄様方は『青鉄』騎士団に所属しています」
「青鉄騎士団か。北方を護る騎士団だな、青鉄には精強な兵が大勢いると聞く……大変興味深い」

 なるほど……ステラの家は、先生の生家キルセン家のように、武家の家系なんだな。

 だけど、俺はステラと出会ったときの出来事がずっと気になっている。
 あのときの話の続きを、してもいいんだろうか。

「ヴァレンタインさんは……魔力がないって聞いたけど、本当なの?」

「……は、はい……あたしは、魔力がありません……」

 やっぱり、そうなんだな。
 貴族のような、魔力を持っている人同士で子供を作っても、確実にそれは受け継がれるというわけではないんだ。
 俺の父親、ユウベルトもそうだったようだし、あるところには当然のようにある話なのだろう。

 逆に、魔力を持っていない人同士からも、突然変異のように魔力を持って生まれる可能性だってあるだろう。俺の曽祖父、シュタットフェルト家を作ったガンベルトも、平民上がりだったって話だしな。

 でも、俺が一番気になったのは、そこじゃないんだ――

「あの、ヴァレンタインさんは、今年入学の予定なのかな。それとも、もう入学済みで、俺たち三人の先輩になるの?」
「あ、あたしは今年入学の予定、です……あ、あと……どうかステラと、呼んでください、ユウリ、さん……」
「わかった。じゃあ同じ年だしステラ、と呼ばせてもらうね。ステラに魔力がないことを、なんであの三人の女の子は知っていたんだ……?」

 ステラは、今年入学する新入生だった。
 ならば、なおさら気になってしまう。魔法を使う機会がなければ、他人に魔力があるかないかなんてわからないだろう。

 学園での授業でそのことが判明するならわかる。
 でも、入学前のこの状況で、それはどこから仕入れてきていたんだ……?

「あの、ユウリさんは……社交界には参加されていないのですか……?」

 俺の質問に、ステラはおずおずと伺うように応えてくれる。

 ――ああ、なるほど。
 一度も参加したことなかったから、すっかり頭の中になかった。

 貴族の社交界――
 舞踏会や夜会、晩餐会といった社交場がこの国では行われていたんだな。

 辺境に位置するセントリアだからか、そういったものに参加したことはなかった。
 もしかしたら領主であるユウベルトは、社交界に参列するためによく街を不在にしていたのかな……。

「そっか、参加したことなかった。ステラは、そこであの三人と知り合って……?」
「……はい。この歳で魔力がないことは、すぐ伝わってしまうんです」
「答えにくいことを、答えてくれてありがとう。なあ、レンやキースも、社交界には参加してたのか?」
「私は、数度だけ」
「ん~、僕も少ないね。というより、階級が高い家柄のほうがよく開催や参加してるんじゃないかな?」
「そうなのか……」

 貴族になるということは、そういったことも考えないといけないんだな。
 人脈構築というのも、立派な仕事の一つということだ。

 階級、爵位が高いものほどそういったものに敏感ということなのかな。

 学園というのは、知人や顔見知りを作る場であるとユウベルトも言っていた。
 魔法が使えない人でも、そういった方法で味方を作るという手段もあるな……。

 ――そのときだった。食堂内に響き渡るほどの歓声があがったのは。

「な、なんだ……?」
「皆、入り口の方を見ているな」
「……どなたか、いらっしゃったのでしょうか?」

 開かれた扉から二人の男女が食堂へと入ってきた。
 男性は女性をエスコートするように手を添えている。女性のほうは、差し出された男性の手に自身の手を重ねてしずしずと歩んでいた。

 そのまま切り取って絵画にしてしまえるほど、その男女は美麗な光景を作り出している。

 食堂にいる誰もが、その二人に目を奪われて、息をするのも忘れるほど見入っていた。

 なんだろう……、偉い貴族の子供さんなのかな?
 しかし、あの女の子、どこかで見たことあるような……。

 それを見て、ガタンと音を立てて椅子から立ち上がったのは、キースだった。

「リ、リ、リズベット王女殿下だ……今年入学だと聞いていたけれど、もう来ていたのか! う、美しいなぁ~……僕は運がいい、殿下と同じ歳に生まれたこの幸運に感謝するっ」

 リズベット……リズベットぉ!?

 あ、あの厳かな空気を垂れ流している淑女が、リズベットなのか……?
 二年前の面影がどこにもない。なんていうか、随分と大人っぽくなったなぁ。

 いや、綺麗になったというべきか……。

「パパ、どうかしたの? みんな、ざわざわってしてるの」
「……アイリス、覚えているか? あの人のこと。一緒に空を飛んだんだけど……」
「ん~……きんいろ……ああっ、きんいろなの! きんいろ、あまいごはんくれたの~!!」
「わっ、アイリス、声おっきいって! しーっ」
「しー? なにそれっ、なにそれ!」

 慌てて『静かに』というジェスチャーをするが、上手くアイリスには伝わらない。
 それどころかアイリスが出した言葉を聞いて、食堂にいる人達の視線が俺たちのテーブルに集まってしまっていた。

 そう、件の二人も、ドラゴンの鳴き声を聞いてこちらを見たのだ。

「――ユウリ?」

 金色の髪を持つ王女様、リズベット=ヘルツ=グランドールが俺の名前を声に出した。
 ドラゴンの声の影響で静まりかえった食堂に、その一言が響いていく。

 ――リズは俺を、覚えていてくれていた。
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