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第二部 旅のはじまり~小さな娼婦編~
小さな娼婦編 第二十六話
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早々に依頼を終えて町へ戻ってきた雷砂は、疲れ果てたような顔のガッシュと途中で別行動する事となった。
雷砂はガッシュが付いてきても別に構わなかったが、ガッシュは大量の素材はぎ取りを手伝った結果、それはもう疲れ果ててしまったらしい。
ふらふらした足取りで宿へ向かおうとする大男に、戦闘行為は一切していないと言うのに軟弱なと素直に感想を口にしたら、規格外のお前と一緒にすんなと頭を乱暴に撫でられた。
そんなわけで、けだるそうな大きな背中を見送った後、雷砂は早足で冒険者ギルドへと向かう。
予想以上に集まった素材でポイントがどれだけ稼げるか、早くチェックして貰おうとホクホクしながら。
流石に今回は、すぐにランクアップできるほどのポイントを一気に稼げたとは思っていないが、それでもかなりのポイントが入ってくるはずだ。
それ次第では明日か明後日くらいにはBランクをめざせるかもしれない。
そんなことを考えながら冒険者ギルド前の広場にたどり着くと、そこには今朝と同じ様な光景が広がっていた。
何かを囲むような人垣とその向こうから聞こえてくる慌てたような声。
そして、雷砂の鼻にははっきりと、人の流す血の臭いが感じられた。
(けが人がいるのか?)
声に出さずに呟いて、人垣の足下を器用に縫うようにしながら前へ進む。
今のところ、死臭は感じられない。
ということは、けがの状況がどうであれ、けが人はまだ生きていると言うことだ。
そうであれば、何か助けになれることもあるだろう。
それ程時間をかけずに、雷砂は人垣の一番前にたどり着く。
慌ただしく駆け回るギルド職員達と、地面に横たわった男を囲む冒険者らしい男が数人。
それから、女性の冒険者らしい者が何人か、ギルド職員を捕まえて必死の形相で何かを訴えているようだった。
「早く、早く医者を!!リーダーが死んじまう」
野太い声が叫ぶ。
地面に横たわった男は、どうやらどこかのクランのリーダーらしい。
遠目だからよく分からないが、臭いからすると決して少なくはない血を流しているようだった。
(確かに、早くしないと少し危ないかもな)
周囲を軽く見回した後、雷砂は無造作に一歩を踏み出す。
医者らしき姿はまだない。
恐らくギルド職員が呼びに行っているのだろうが、人の足で行うことだ。
どれだけ前に呼びに行ったかは分からないが、そんなに早く呼んでこれるはずもないだろう。
「大丈夫だ。さっき、ギルドから貰った回復薬も飲んでる。そう簡単にくたばりゃしねぇよ」
ちょっと苦しそうな渋い声が、自分の周りで半狂乱になっている男達を鎮めるように発せられる。
本人の言う通り、少しは回復薬も効いているのだろう。
だが、一般的に出回っている回復薬は、高価な割にその効果は薄い。
傷を一瞬で治す類のものではなく、自己治癒力を高めて怪我の治りを促進する程度の効能しかない。
まあ、それでも無いよりはましだし、常に命のやりとりをしている冒険者達にとっては得難いアイテムではあるのだが。
距離が縮まり、男の顔がさっきよりよく見える。
無骨な男臭い顔は、紙のように白い色をしていた。恐らく、血を流しすぎたせいだろう。
表面的な傷からの出血はほぼ止血をされているように見えるし、それほど酷いものは無いように見えた。
恐らく一番酷く損傷を受けているのは体の中だ。
それは、回復薬をのんで自己治癒力を底上げしても間に合わないくらいには深い傷なのだろう。
回復魔法を持つヤツはいねぇのかと、倒れた男の仲間が一縷の望みをかけて叫ぶ。
だが、それは無理な話だ。
回復魔法の才能を持つ者は稀であり、それ故に国から篤い保護を受けている。
彼らは冒険者にならずとも、国の医療機関で優遇される身分なのだ。
だから回復魔法を扱えてわざわざ冒険者を目指すものなど、ほぼいないと言っても過言ではない。
高位の回復魔法を扱えるだけの者がいれば、倒れている男の怪我などすぐに治すことも出来るだろうが、それなりに大きい部類に入るこの町であっても、回復魔法を持つ治療師が配備されている可能性は薄かった。
「くっそぉ。医者はまだか・・・・・・」
「お兄さん、ちょっと場所あけて?」
肩を落とすごつい男の背中をぽんと叩く。
反射的に雷砂を見た男は、驚いた様に目を見開いて、口をぽかんと開けた。
男は無意識のうちに足を引いて雷砂の為に場所を空ける。
そんな彼の顔を見上げてにこりと微笑み、雷砂は地面に横たわる男の傍らにそっと膝をついた。
怪我を負い身動き出来ずにいる男は、鉱山に住まう化け物から何とか逃げおおせた[シルヴァリオン]のリーダー・アゴルだ。
彼はヴェネッサが化け物を足止めしている間に必死の思いで離脱し、先行して退却した仲間に合流したところで力つきた。
もう一歩も動けない状態で仲間に担がれ、ヴェネッサを救いに戻るという[鋼の淑女]のメンバーをなんとかなだめつつ、つい先ほど町まで戻ってきて今に至る。
アゴルは突然自分の横に現れた子供を見て、軽く目を見張った。
その姿が、荒れ暮れ者の冒険者が集まるこの場所には何とも不釣り合いに思えたからだ。
彼の目線からそんな感情を読みとったのだろう。
雷砂は小さな苦笑を漏らし、自分の手首にはまった冒険者の証とも言える腕輪を彼に示した。
「一応、同業者だよ」
「同業?こんな小せぇのに?なんてこった。世も末だな」
「冒険者に、年齢制限はないはずだろ?」
いたずらっぽく笑いながら、雷砂は的確に男の身体を診断していく。
胸の辺りを触ると、その下にある骨の抵抗がなく指が沈んだ。
「随分派手にやられたな?防具をつけてなかったの?」
「つけてたさ。それなりのヤツを、ちゃんとな。だが、あのざまだ」
身体を探られる痛みに顔をしかめつつ、男はさっきまで自分が身につけていた鋼鉄製の防具を雷砂に示した。
雷砂はそれを見て、かすかに目を見張る。
「ぼこぼこだ」
「ああ。脱ぐのに苦労したぜ」
「まあ、あれがあったおかげでこのくらいの怪我ですんだんだろうから、一応感謝しといたら?」
「一応どころか、心から感謝してるぜ。あれがなかったら、俺ぁ、あの場でまっぷたつだっただろうからな」
「まっぷたつにならなくて幸いだったな。まっぷたつじゃ、治しようがない」
「治す?お前、治療師かなにかか?」
「オレは違うけど、オレの友達なら治せるかもしれない」
「まじか!なら、なんとか頼めねぇか。早く治して、もう一度喧嘩をしに戻らねぇとならねぇんだ」
「うーん、もう一度喧嘩をしに戻るのはおすすめしないけど、とりあえず治療はしないとな。ロウ?」
雷砂がそう呼びかけた瞬間、その傍らに美しい1人の少女が現れた。
銀色の髪の狼系獣人種と見られるその少女は、ふさふさのしっぽをぱたぱたと振って、うれしそうに雷砂の顔をじっと見ている。
雷砂はその頭をそっと撫で、
「ロウ、来てくれてありがとな。早速だけど、ロウにお願いがあるんだ」
「なに?ロウ、頑張る!!」
雷砂の言葉に、漲るやる気で答えるロウ。
大好きな主からのお願いに、ロウのやる気メーターはMaxだった。
だが、そのやる気も、雷砂の次の言葉を聞くまで。
「この人の怪我、とりあえず死ぬ心配が無い程度に治してやってくれ」
その言葉を聞いて、雷砂が示した男を見た瞬間、ロウは何とも言えない嫌そうな顔をした。
しかし、主の指示である。
やりたくはないがやらなければいけないことは分かっていた。
「ロウ?」
雷砂に顔をのぞき込まれ、ロウは渋々うなずく。
瞬間、その身体が銀色に発光した。
まぶしさに目を細めた一同が再び少女に目をやると、そこにいたのは堂々とした体躯の一頭の狼。
美しい毛並みの銀狼をみながら、みんな首を傾げる。
あれ、さっきまでそこにいたのは女の子じゃなかったかな、と。
だが、そんな周囲の混乱など気にした様子もなく、狼の姿になったロウは淡々とアゴルの治療を開始する。
それは、人の姿で主以外の存在の深部への治療を施すのは何となくイヤという、ロウのなけなしの乙女心(?)が導き出した妥協策だった。
自分を一噛みで殺せそうな狼が近寄ってくるのを見たアゴルの顔は少々ひきつっていたが、冒険者としての矜持か情けない悲鳴を上げることだけはしなかった。
代わりにぎぎぎっと音がしそうなぎこちない動作で雷砂を見上げた。
「こ、こいつは、俺を喰うつもりなんかじゃねぇんだよな?」
「ああ。ロウはオレの友達だし、無闇に人を襲ったりしない。すぐに楽になるからちょっとおとなしくしてるんだぞ?」
微妙に震える声で尋ねれば、にっこり笑ってそう返す雷砂。
「お、おう。た、たのむぜぇ・・・・・・噛むなよ」
アゴルは覚悟を決め、歯を食いしばってぎゅっと目を閉じた。
誰がお前なんか噛むものかと、ロウはふすんと鼻を鳴らし、容赦なくアゴルの顔を舐めあげる。
なま暖かいものが顔全体を覆い、思わず悲鳴がこぼれそうになったが、アゴルははを食いしばったまま耐えた。
鼻の穴からなま暖かい唾液が伝わり落ちる感触は何とも気色悪かったが、それも何とか我慢する。
だが、そうしているうちに、何となく身体の中の痛みが楽になってくるのを感じ始めた頃、獣の気配もふっと遠ざかり、アゴルは恐る恐る目を開けた。
「ありがとう、ロウ。助かったよ。お礼は後でな?」
そんな雷砂の声につられるようにそちらを見たが、そこにはもう銀色の狼の姿はなく、アゴルは狐に摘まれたような気持ちで瞬きをした。
だいぶ力を取り戻した己の腕を持ち上げて、さっきまでべこべこになっていた自分の胸板の上へと乗せる。
しっかりと自分の手を押し返す筋肉の厚みを手の平に感じながら、アゴルは恐る恐る自分の身体を起こしてみた。
さっきまで感じていた激痛が嘘のように身体が軽かった。
正直言えば、まだ奥の方に痛みを感じるが、動けないほどの強さはない。
危険な状態だったアゴルが危なげなく動く様子を見て、周囲を歓声が包み込んだ。
「驚いたな。痛くねぇ・・・・・・」
「まだ完全に治った訳じゃないから無理は禁物だよ。仲間の人も、ちゃんと見張ってて」
雷砂の言葉に、アゴルの周囲に固まっていたクランのメンバーがこくこくと頷く。
雷砂はその様子をしっかり確認してから、再びアゴルに目を戻した。
「さて、どうしてこんな事になったのか、オレにも教えてくれない?」
そんな雷砂の問いに、アゴルは神妙な顔で頷く。
普段のアゴルであれば、子供を危ないことに巻き込むわけにはいかねぇと、つっぱねるところだが、妙に頼りがいのある雷砂の雰囲気に流され、大した抵抗もなく口を開いていた。
そして語った。
鉱山の調査依頼を受けて向かったその先で待ち受けていた出来事と、どうしても再びそこへ戻らねばならないその理由を。
雷砂はガッシュが付いてきても別に構わなかったが、ガッシュは大量の素材はぎ取りを手伝った結果、それはもう疲れ果ててしまったらしい。
ふらふらした足取りで宿へ向かおうとする大男に、戦闘行為は一切していないと言うのに軟弱なと素直に感想を口にしたら、規格外のお前と一緒にすんなと頭を乱暴に撫でられた。
そんなわけで、けだるそうな大きな背中を見送った後、雷砂は早足で冒険者ギルドへと向かう。
予想以上に集まった素材でポイントがどれだけ稼げるか、早くチェックして貰おうとホクホクしながら。
流石に今回は、すぐにランクアップできるほどのポイントを一気に稼げたとは思っていないが、それでもかなりのポイントが入ってくるはずだ。
それ次第では明日か明後日くらいにはBランクをめざせるかもしれない。
そんなことを考えながら冒険者ギルド前の広場にたどり着くと、そこには今朝と同じ様な光景が広がっていた。
何かを囲むような人垣とその向こうから聞こえてくる慌てたような声。
そして、雷砂の鼻にははっきりと、人の流す血の臭いが感じられた。
(けが人がいるのか?)
声に出さずに呟いて、人垣の足下を器用に縫うようにしながら前へ進む。
今のところ、死臭は感じられない。
ということは、けがの状況がどうであれ、けが人はまだ生きていると言うことだ。
そうであれば、何か助けになれることもあるだろう。
それ程時間をかけずに、雷砂は人垣の一番前にたどり着く。
慌ただしく駆け回るギルド職員達と、地面に横たわった男を囲む冒険者らしい男が数人。
それから、女性の冒険者らしい者が何人か、ギルド職員を捕まえて必死の形相で何かを訴えているようだった。
「早く、早く医者を!!リーダーが死んじまう」
野太い声が叫ぶ。
地面に横たわった男は、どうやらどこかのクランのリーダーらしい。
遠目だからよく分からないが、臭いからすると決して少なくはない血を流しているようだった。
(確かに、早くしないと少し危ないかもな)
周囲を軽く見回した後、雷砂は無造作に一歩を踏み出す。
医者らしき姿はまだない。
恐らくギルド職員が呼びに行っているのだろうが、人の足で行うことだ。
どれだけ前に呼びに行ったかは分からないが、そんなに早く呼んでこれるはずもないだろう。
「大丈夫だ。さっき、ギルドから貰った回復薬も飲んでる。そう簡単にくたばりゃしねぇよ」
ちょっと苦しそうな渋い声が、自分の周りで半狂乱になっている男達を鎮めるように発せられる。
本人の言う通り、少しは回復薬も効いているのだろう。
だが、一般的に出回っている回復薬は、高価な割にその効果は薄い。
傷を一瞬で治す類のものではなく、自己治癒力を高めて怪我の治りを促進する程度の効能しかない。
まあ、それでも無いよりはましだし、常に命のやりとりをしている冒険者達にとっては得難いアイテムではあるのだが。
距離が縮まり、男の顔がさっきよりよく見える。
無骨な男臭い顔は、紙のように白い色をしていた。恐らく、血を流しすぎたせいだろう。
表面的な傷からの出血はほぼ止血をされているように見えるし、それほど酷いものは無いように見えた。
恐らく一番酷く損傷を受けているのは体の中だ。
それは、回復薬をのんで自己治癒力を底上げしても間に合わないくらいには深い傷なのだろう。
回復魔法を持つヤツはいねぇのかと、倒れた男の仲間が一縷の望みをかけて叫ぶ。
だが、それは無理な話だ。
回復魔法の才能を持つ者は稀であり、それ故に国から篤い保護を受けている。
彼らは冒険者にならずとも、国の医療機関で優遇される身分なのだ。
だから回復魔法を扱えてわざわざ冒険者を目指すものなど、ほぼいないと言っても過言ではない。
高位の回復魔法を扱えるだけの者がいれば、倒れている男の怪我などすぐに治すことも出来るだろうが、それなりに大きい部類に入るこの町であっても、回復魔法を持つ治療師が配備されている可能性は薄かった。
「くっそぉ。医者はまだか・・・・・・」
「お兄さん、ちょっと場所あけて?」
肩を落とすごつい男の背中をぽんと叩く。
反射的に雷砂を見た男は、驚いた様に目を見開いて、口をぽかんと開けた。
男は無意識のうちに足を引いて雷砂の為に場所を空ける。
そんな彼の顔を見上げてにこりと微笑み、雷砂は地面に横たわる男の傍らにそっと膝をついた。
怪我を負い身動き出来ずにいる男は、鉱山に住まう化け物から何とか逃げおおせた[シルヴァリオン]のリーダー・アゴルだ。
彼はヴェネッサが化け物を足止めしている間に必死の思いで離脱し、先行して退却した仲間に合流したところで力つきた。
もう一歩も動けない状態で仲間に担がれ、ヴェネッサを救いに戻るという[鋼の淑女]のメンバーをなんとかなだめつつ、つい先ほど町まで戻ってきて今に至る。
アゴルは突然自分の横に現れた子供を見て、軽く目を見張った。
その姿が、荒れ暮れ者の冒険者が集まるこの場所には何とも不釣り合いに思えたからだ。
彼の目線からそんな感情を読みとったのだろう。
雷砂は小さな苦笑を漏らし、自分の手首にはまった冒険者の証とも言える腕輪を彼に示した。
「一応、同業者だよ」
「同業?こんな小せぇのに?なんてこった。世も末だな」
「冒険者に、年齢制限はないはずだろ?」
いたずらっぽく笑いながら、雷砂は的確に男の身体を診断していく。
胸の辺りを触ると、その下にある骨の抵抗がなく指が沈んだ。
「随分派手にやられたな?防具をつけてなかったの?」
「つけてたさ。それなりのヤツを、ちゃんとな。だが、あのざまだ」
身体を探られる痛みに顔をしかめつつ、男はさっきまで自分が身につけていた鋼鉄製の防具を雷砂に示した。
雷砂はそれを見て、かすかに目を見張る。
「ぼこぼこだ」
「ああ。脱ぐのに苦労したぜ」
「まあ、あれがあったおかげでこのくらいの怪我ですんだんだろうから、一応感謝しといたら?」
「一応どころか、心から感謝してるぜ。あれがなかったら、俺ぁ、あの場でまっぷたつだっただろうからな」
「まっぷたつにならなくて幸いだったな。まっぷたつじゃ、治しようがない」
「治す?お前、治療師かなにかか?」
「オレは違うけど、オレの友達なら治せるかもしれない」
「まじか!なら、なんとか頼めねぇか。早く治して、もう一度喧嘩をしに戻らねぇとならねぇんだ」
「うーん、もう一度喧嘩をしに戻るのはおすすめしないけど、とりあえず治療はしないとな。ロウ?」
雷砂がそう呼びかけた瞬間、その傍らに美しい1人の少女が現れた。
銀色の髪の狼系獣人種と見られるその少女は、ふさふさのしっぽをぱたぱたと振って、うれしそうに雷砂の顔をじっと見ている。
雷砂はその頭をそっと撫で、
「ロウ、来てくれてありがとな。早速だけど、ロウにお願いがあるんだ」
「なに?ロウ、頑張る!!」
雷砂の言葉に、漲るやる気で答えるロウ。
大好きな主からのお願いに、ロウのやる気メーターはMaxだった。
だが、そのやる気も、雷砂の次の言葉を聞くまで。
「この人の怪我、とりあえず死ぬ心配が無い程度に治してやってくれ」
その言葉を聞いて、雷砂が示した男を見た瞬間、ロウは何とも言えない嫌そうな顔をした。
しかし、主の指示である。
やりたくはないがやらなければいけないことは分かっていた。
「ロウ?」
雷砂に顔をのぞき込まれ、ロウは渋々うなずく。
瞬間、その身体が銀色に発光した。
まぶしさに目を細めた一同が再び少女に目をやると、そこにいたのは堂々とした体躯の一頭の狼。
美しい毛並みの銀狼をみながら、みんな首を傾げる。
あれ、さっきまでそこにいたのは女の子じゃなかったかな、と。
だが、そんな周囲の混乱など気にした様子もなく、狼の姿になったロウは淡々とアゴルの治療を開始する。
それは、人の姿で主以外の存在の深部への治療を施すのは何となくイヤという、ロウのなけなしの乙女心(?)が導き出した妥協策だった。
自分を一噛みで殺せそうな狼が近寄ってくるのを見たアゴルの顔は少々ひきつっていたが、冒険者としての矜持か情けない悲鳴を上げることだけはしなかった。
代わりにぎぎぎっと音がしそうなぎこちない動作で雷砂を見上げた。
「こ、こいつは、俺を喰うつもりなんかじゃねぇんだよな?」
「ああ。ロウはオレの友達だし、無闇に人を襲ったりしない。すぐに楽になるからちょっとおとなしくしてるんだぞ?」
微妙に震える声で尋ねれば、にっこり笑ってそう返す雷砂。
「お、おう。た、たのむぜぇ・・・・・・噛むなよ」
アゴルは覚悟を決め、歯を食いしばってぎゅっと目を閉じた。
誰がお前なんか噛むものかと、ロウはふすんと鼻を鳴らし、容赦なくアゴルの顔を舐めあげる。
なま暖かいものが顔全体を覆い、思わず悲鳴がこぼれそうになったが、アゴルははを食いしばったまま耐えた。
鼻の穴からなま暖かい唾液が伝わり落ちる感触は何とも気色悪かったが、それも何とか我慢する。
だが、そうしているうちに、何となく身体の中の痛みが楽になってくるのを感じ始めた頃、獣の気配もふっと遠ざかり、アゴルは恐る恐る目を開けた。
「ありがとう、ロウ。助かったよ。お礼は後でな?」
そんな雷砂の声につられるようにそちらを見たが、そこにはもう銀色の狼の姿はなく、アゴルは狐に摘まれたような気持ちで瞬きをした。
だいぶ力を取り戻した己の腕を持ち上げて、さっきまでべこべこになっていた自分の胸板の上へと乗せる。
しっかりと自分の手を押し返す筋肉の厚みを手の平に感じながら、アゴルは恐る恐る自分の身体を起こしてみた。
さっきまで感じていた激痛が嘘のように身体が軽かった。
正直言えば、まだ奥の方に痛みを感じるが、動けないほどの強さはない。
危険な状態だったアゴルが危なげなく動く様子を見て、周囲を歓声が包み込んだ。
「驚いたな。痛くねぇ・・・・・・」
「まだ完全に治った訳じゃないから無理は禁物だよ。仲間の人も、ちゃんと見張ってて」
雷砂の言葉に、アゴルの周囲に固まっていたクランのメンバーがこくこくと頷く。
雷砂はその様子をしっかり確認してから、再びアゴルに目を戻した。
「さて、どうしてこんな事になったのか、オレにも教えてくれない?」
そんな雷砂の問いに、アゴルは神妙な顔で頷く。
普段のアゴルであれば、子供を危ないことに巻き込むわけにはいかねぇと、つっぱねるところだが、妙に頼りがいのある雷砂の雰囲気に流され、大した抵抗もなく口を開いていた。
そして語った。
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イラスト: 市丸きすけ 先生
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【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
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小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
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しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
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