龍は暁に啼く

高嶺 蒼

文字の大きさ
171 / 248
第二部 旅のはじまり~小さな娼婦編~

小さな娼婦編 第二十八話

しおりを挟む
 「えっと、今、なんて?」


 かちんこちんに固まった笑顔のままで、ミヤビが聞き返す。


 「ん?オレをAランクにしてくれないかなぁって」


 無邪気な笑顔で返された雷砂の返事に、ミヤビの笑顔がひくっとひきつった。


 「そっかぁ。Aランクかぁ。そぉきたかぁ」


 アトリが感心したようにうんうんと頷き、


 「で、雷砂は今朝、何ランクになったんだっけ?」


 そんな質問を投げかける。


 「えっと、Cランク?」


 自分の腕にはまった冒険者のリングを律儀に確認し、雷砂は悪びれることなく答える。


 「今日1日で随分ポイントは貯まったと思うんだけど」


 ダメかな?と可愛らしく小首を傾げる雷砂に、アトリは何とも言えない顔でこめかみを揉んだ。


 「ダメとかダメじゃないとかじゃなくて、う~」


 アトリは小さく唸り、それから自分の上司でありこの場の最高責任者たる人物に視線を投げかけた。
 雷砂はBランクを飛び越してAランクに飛び級させてほしいと言っているのだ。
 そう簡単に許可できることではないし、自分の権限では何とも答えようがなかった。
 アトリの目線を受け、ギルド長のマーサがおっとりと首を傾げながら、


 「あらあら。そんなに2人を困らせちゃだめよ?でも、まあ、とりあえず雷砂の今日達成した依頼の確認だけはしちゃいましょうか。ミヤビ・・・・・・はダメそうね。アトリ、お願いできるかしら?」


 許容量を越えて固まっているミヤビを見て困ったように微笑み、それからアトリに雷砂の依頼の確認を指示した。


 「はぁい。了解。ってなわけで、雷砂、今日の依頼の成果をちゃっちゃと確認しちゃいましょうか。ちょっとこっち来て?」

 「ん?ああ」


 雷砂の手を取り、アトリが窓口の方へ歩いていくのを、マーサは興味深そうに見守る。
 現状、今の手持ちの札で、今回の事態の収拾は難しい。
 となれば、少々リスキーではあるが、新たな手札をきるのも一つの手段ではあると思う。
 長年冒険者ギルドに勤め、一支部のギルド長にまで上り詰めた彼女の勘は雷砂というあの子供に賭けてみるべきだと告げていた。

 しかし、事はそう簡単ではないだろう。
 冒険者になりたての子供がたった1日でランクを上げただけでもかなりの物議を呼んだのだ。
 昨日の夜の会議は、雷砂のランクアップ問題で紛糾した。
 長年ギルドに勤めるミヤビとアトリの意見と、ギルド長のマーサの賛成意見でなんとか押し通したが、雷砂のランクアップはもう少し待たせるべきだという保守的な意見も多かった。

 そんな中、今度はポイントも貯まってないのにランクアップを強行すれば、特別扱いだの何だのと、騒ぐ連中も多いだろう。
 しかも、ただ1ランクアップするのではなく、2ランクアップの飛び級だ。
 それ相応の理由と根拠がなければそう簡単には許可を与えることは出来なかった。

 まあ、理由としては今回の立て看板の件を上げればいい。
 凶悪な魔物が出て、冒険者が2人も捕らわれているのに、対応できる冒険者がいないのだ。
 実力はあるがランクの足りない冒険者のランクを上げざるを得ない理由として、まあ、なんとか押し通せるだろう。

 問題は根拠だ。
 見た目だけで言えば、雷砂はまだ幼い子供でしかない。
 なにも知らずに雷砂を見て、強いと思う人間などほぼいないだろう。
 事実、マーサ自身も雷砂が強いという事実を信じ切れている訳ではない。
 ただ、マーサは雷砂がこなした依頼のデータを把握しているから、雷砂が弱くないということは、まあ、何とか理解している。
 しかし、それが「Aランク冒険者を戦闘不能にするくらいの化け物」と対峙できるレベルなのかと問われれば、首を傾げざるを得ないのだ。

 雷砂をAランクに何とか格上げするにしても、それ相応の力を示してもらわない訳にはいかないだろう。
 誰の目にも明らかな、たとえばみんなの目の前でAランクオーバーの冒険者と戦って快勝してみせるといったような。
 問題は、試験管となってくれる冒険者がいるかどうか。


 「雷砂・・・・・・あんた、ほんとにハンパないわね。朝依頼を受けてから、いったいどれだけの魔物を倒したのよ?」


 アトリのそんな声に、思考の狭間から呼び戻されたマーサは、顔を上げてこちらに向かってくる2人の方を見た。


 「そうだなぁ。数えるのがイヤになるくらい?」

 「うわぁ・・・・・・そんな途方もない答え、聞きたくなかったわー・・・・・・」


 アトリはほんのり顔をひきつらせ、困った子だね~と雷砂の頭をくしゃっと撫でた。
 そしてマーサの前に立ち、雷砂が今日1日で稼いだポイントを書いた紙を彼女に渡す。
 それを見たマーサは内心の驚きを隠しきれず、かすかに目を見開いた。


 「これは・・・・・・」

 「めちゃくちゃですよね~。今日だけで、Bランクまでに必要なポイント数の半分以上稼いじゃってます。通常ならどれだけ早くても1ヶ月以上かかるはずですよ、コレ」

 「驚きましたね」

 「Aランクアップ、やっちゃいます?ぶっちゃけ、雷砂ならあの立て看板の依頼、なんとか出来そうな気がして来ちゃったんですけど、アタシ」

 「そうねぇ。私も、そんな気がしてきたわ・・・・・・でも、何もせずにAランクに飛び級させるわけにもねぇ」

 「何かしたら、Aランクにしてもらえるの?」

 「例えば、Aランク以上の冒険者と模擬戦闘をして勝ってもらうとか。そう言う試験をすれば、反対意見も少ないとは思うんだけど」

 「オレは、やってもいいけど?」

 「そう言ってもらえるのは助かるけれども、なにぶん試験官を勤められるような冒険者が・・・・・・」

 「アタシでよければやるけど?その試験官ってヤツ」


 突如割り込んだ声に、みんなが振り向くと、そこには背の高い1人の女性が立っていた。
 短く刈りこんだ光沢のある白髪の中性的な顔のその人は、落ち着いた様子で顔を巡らせて、驚いたようにこちらを見つめる面々の顔を見回す。
 そしてその中に自分が知っている頃より大分成長している雷砂の顔を見つけてちょっとだけ見開いた。
 だがすぐに、その特徴的なアンバーの瞳を細めて悪戯っぽくニッと笑った。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

この世界、イケメンが迫害されてるってマジ!?〜アホの子による無自覚救済物語〜

具なっしー
恋愛
※この表紙は前世基準。本編では美醜逆転してます。AIです 転生先は──美醜逆転、男女比20:1の世界!? 肌は真っ白、顔のパーツは小さければ小さいほど美しい!? その結果、地球基準の超絶イケメンたちは “醜男(キメオ)” と呼ばれ、迫害されていた。 そんな世界に爆誕したのは、脳みそふわふわアホの子・ミーミ。 前世で「喋らなければ可愛い」と言われ続けた彼女に同情した神様は、 「この子は救済が必要だ…!」と世界一の美少女に転生させてしまった。 「ひきわり納豆顔じゃん!これが美しいの??」 己の欲望のために押せ押せ行動するアホの子が、 結果的にイケメン達を救い、世界を変えていく──! 「すきーー♡結婚してください!私が幸せにしますぅ〜♡♡♡」 でも、気づけば彼らが全方向から迫ってくる逆ハーレム状態に……! アホの子が無自覚に世界を救う、 価値観バグりまくりご都合主義100%ファンタジーラブコメ!

異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜

キノア9g
ファンタジー
※本作はフィクションです。 「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」 20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。 一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。 毎日19時更新予定。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

【運命鑑定】で拾った訳あり美少女たち、SSS級に覚醒させたら俺への好感度がカンスト!? ~追放軍師、最強パーティ(全員嫁候補)と甘々ライフ~

月城 友麻
ファンタジー
『お前みたいな無能、最初から要らなかった』 恋人に裏切られ、仲間に陥れられ、家族に見捨てられた。 戦闘力ゼロの鑑定士レオンは、ある日全てを失った――――。 だが、絶望の底で覚醒したのは――未来が視える神スキル【運命鑑定】 導かれるまま向かった路地裏で出会ったのは、世界に見捨てられた四人の少女たち。 「……あんたも、どうせ私を利用するんでしょ」 「誰も本当の私なんて見てくれない」 「私の力は……人を傷つけるだけ」 「ボクは、誰かの『商品』なんかじゃない」 傷だらけで、誰にも才能を認められず、絶望していた彼女たち。 しかしレオンの【運命鑑定】は見抜いていた。 ――彼女たちの潜在能力は、全員SSS級。 「君たちを、大陸最強にプロデュースする」 「「「「……はぁ!?」」」」 落ちこぼれ軍師と、訳あり美少女たちの逆転劇が始まる。 俺を捨てた奴らが土下座してきても――もう遅い。 ◆爽快ざまぁ×美少女育成×成り上がりファンタジー、ここに開幕!

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

処理中です...