龍は暁に啼く

高嶺 蒼

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第二部 旅のはじまり~小さな娼婦編~

小さな娼婦編 第三十七話

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 雷砂が白い少女との戦いに突入しようかという頃、アリオスは捕らわれているはずの冒険者達を探すため、更に坑道の奥へと進んでいた。
 彼女達が捕らえられてからそれなりに時間が経過している。
 二人が無事だという保証はなく、アリオスは十中八九救出は無駄足に終わるだろうと思っていた。
 雷砂の手前、口に出すことはしなかったが。

 だから、アリオスは二人を捜すと言うより二人の亡骸を探していたと言ってもいい。
 早く遺品を確保して、雷砂と合流しなくては、と少し早足で歩いていると、どこからともなく女の声が聞こえてきた。
 一人分ではなく二人分。しかもなんだか妙に元気のいい声に聞こえた。
 捕らわれた冒険者は女が二人で、聞こえてくる声も女二人分のもの。


 (もしかして、生きてんの?)


 半信半疑な思いのまま、アリオスは油断することなく前へと進む。
 そして通路の角からそっと先を覗いてみれば、そこには白くて丸い何かが転がっていた。


 (うわぁ。なに、アレ?)


 得体の知れない代物にアリオスはちょっとひき、内心首を傾げつつも、もっとよく見ようと少しだけその身を乗り出した。
 白くていびつな球体はもぞもぞ動き、そして不意にその片方が女の声を発した。


 「お腹、空きましたわね~……」 


 もう片方の白い物体も、答えるようにもぞもぞ動き、


 「がまんにゃ~。言ってもどうにもならないのにゃ……」


 答える声も、また女のもの。


 「わかってますわ。でも、切ないですわ……」

 「アタシだって、一緒だにゃ……」

 「ですわよねぇ……」

 「ふみゅぅぅぅ……」


 白い物体は、しきりに空腹を訴えていた。
 その会話を黙って聞いていたアリオスは、その二つの物体こそが捕らえられた冒険者であろうと判断し、だが罠の可能性も考慮しつつ、気配を殺して近づいていく。

 間近で見てみれば、その白い物体からはそれぞれ生首……いや、首が突き出ていた。
 二人はどうやら体を蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにされているらしい。

 一人は猫耳で、一人は金髪ロング。
 一応、連れ去られた冒険者との特徴とも一致している。彼女達がその冒険者で間違いないだろう。

 アリオスは一つうなずき、彼女達の体を拘束する糸を切ってやろうと愛剣を引き抜く。
 流石にすぐ近くで剣を抜く音に気づいたヴェネッサが、何かしらと上を見上げ、自分を見下ろすアンバーの瞳とがっちり視線が絡まった。
 ヴェネッサの瞳がアリオスの顔を見つめ、それから彼女の握る剣へと移る。


 「たす……」

 「いやぁぁぁ!!!人殺しですわ!!こ~ろ~さ~れ~るぅぅ~」


 助けに来たと、そう伝えようとした言葉を打ち消すように響きわたった悲鳴に、アリオスのこめかみにぴきっと青筋が浮かんだ。


 「にゃっ、人殺しにゃっ!!ま、まだ、死にたくないにゃぁぁぁ!!」


 先に騒いだヴェネッサの声に釣られたエメルがこれまた大きな声を出す。
 こめかみの青筋を2つに増やしたアリオスは、


 「うっせぇ。静かにしろ。蜘蛛が面倒な事になんだろ!」


 そう言うが早いか、剣の側面の平らな部分を二人の頭に容赦なく振り下ろした。
 鼻から脳味噌が飛び出てきそうな衝撃に二人は一瞬で撃沈。
 ピクピクと痙攣する2つの物体を見下ろしてふんっと鼻を鳴らし、アリオスは剣を一閃すると、二人を拘束する糸を一息に切り裂いた。

 拘束を解かれた二人が最初に行ったのは、両手で頭を押さえること。
 頭を抱えてプルプル震える二人の前にしゃがみ、アリオスはいい笑顔で笑った。


 「おう、助けに来たぞ」

 「あ、頭が割れそうですわ。た、助けに来た人のする所行じゃございませんの」

 「み、味噌がぁぁ……味噌がぁぁ……」


 せっかく助けてやったというのに、金髪お嬢(ヴェネッサ)は文句を言い、猫耳(エメル)は意味不明なうめき声を上げるばかり。
 アリオスは少々へそを曲げた。


 「助けて貰っておいて、感謝の言葉はねぇのか?あ゛?」


 鋭いまなじりをつり上げて睨みつければ、S級冒険者の威圧を受けたヴェネッサがびくぅっと震え、エメルが土下座をする。


 「ひ、ひぃっ」

 「も、申し訳ないにゃ!!ヴェネッサは残念な子にゃので、無礼は勘弁してやって欲しいにゃ!!ついでにアタシも許して欲しいのにゃ」

 「そ、そうなのですわ。残念な子でごめんなさいなのです、わ……って、え?」


 エメルに釣られて謝ってから、複雑な表情でエメルを見た。


 「わた、わたくしって、残念な子、ですの?」

 「そうにゃ!気づいてにゃかったにゃ?ヴェネッサは巷でも、残念お嬢って有名だにゃ」


 正確には、中身は残念だが冒険者としては頼りになるというのが、ヴェネッサに対する大多数の評価だが、エメルはあえていい部分は抜いておく。
 誉めると増長する彼女の欠点を、イヤと言うほど知っていたからだ。
 しょぼーんと肩を落とすヴェネッサの背中をぽんと叩き、エメルは生暖かい笑顔を浮かべた。


 「大丈夫にゃ。ヴェネッサがどんにゃに残念でも、アタシはヴェネッサの味方だにゃ!」


 胸を叩いてどーんとそんな宣言をしてみせれば、根は素直で単純なヴェネッサの瞳はあっという間に潤み、


 「エメル……私の味方はあなただけですわぁぁぁ!」


 と大好きな猫耳をモフりながら、抱きついた。
 そんな感動的?な光景を半眼で見つめる、


 「……なぁ?助けがいらねぇなら、アタシはもう帰っていいんだよな?」


 うんざりしたようなアリオスの言葉に、二人の冒険者は飛び上がり、今度は自分達をわざわざ助けに来てくれた恩人に、置いて行かれてはたまらないと慌ててすがりつく。


 「ごめんなさいぃ。謝りますから、お、置いていかないで欲しいのですわ!!私達だけではあの蜘蛛は突破できませんの!!」

 「もう、糸でぐるぐる巻きだけは勘弁なのにゃぁぁ!!」


 二人は叫んでアリオスにまとわりつき、ウザいと拳を落とされ、再びそろって頭を抱えるのだった。
 
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