龍は暁に啼く

高嶺 蒼

文字の大きさ
14 / 248
第一部 幸せな日々、そして旅立ち

第三章 第六話

しおりを挟む
 ごうっと音がして、また強い風が吹いた。
 古くて立て付けの悪い扉がガタガタと音を立てる。
 戸の隙間から忍び込む風の冷たさに身震いしながら、サイ・クーはそろそろ布団にもぐって寝てしまおうかと思案した。

 まだ寝るには早いが、今夜はやけに寒く、細かい作業がどうにも辛い。
 今夜できなかった分は、明日の朝早起きをしてやればいいと心を決め、奥の間の万年床へ向かおうとした時だった。

 強い風の音にまぎれるようにして、戸の外から何やら人の声がする。
 風の音と、扉の立てる音がうるさくて何を言っているのか聞き取れないが、どうやらこの家の外に誰か居るようだ。
 そう判断し、サイ・クーは重い腰を上げ、一つしかない出入り口へと近づいた。

 「何か御用ですかな?」

 戸口に立って問うと、外からは夜分遅くの訪れをわびる男の声が返ってくる。
 この家への客人に間違いないらしいと思いながら、念の為と薄く開けた戸の隙間から外を伺い、そこにある光景に目を見張った。

 「夜分遅くに申し訳ない。いきなりの訪問で驚かれたであろうが、どうか話を聞いていただけないだろうか?」

 金色の毛皮に青い瞳の何とも立派な体躯の獅子がそこにはいた。
 しかし、その獣が喉を震わせ発するのは獣の唸り声で無く、見事な発音のこの大陸の共通言語だ。
 獅子はその蒼の瞳に確かな知性を宿し、驚きの表情で固まっている老人を見つめ返した。

 「もしや、獣人族の者と接するのは初めてだっただろうか?
 ならば申し訳ないことをした。
 急ぐあまり、つい走りやすい姿で来てしまったのだが、我らのこの姿はあなた方にとってあまり快いものでない事は理解している。
 驚かせてしまって申し訳ない」

 ごくりとつばを飲み込み、驚きのあまり固まってしまった思考に活を入れる。
 やっと動き始めた頭で、どうしたものかと考えた。
 外に居る相手は、姿はどうであれ、大変礼儀正しい御仁のようだった。
 家の中に招き入れる事もやぶさかではないが、いかんせん相手の体が大きすぎる。

 あの体躯ではこの扉を大きく開け放ったところで通り抜けるのは難しいであろうし、もし入れたところで細々したものが雑多に並べられたこの室内には、彼がゆっくり落ち着けるほどの広さも無い。
 いくら礼儀正しいとはいえ、恐ろしげな獣の姿の相手と狭い室内で密着して過ごすなど、考えるだけで血が凍りつくようだ。

 頭の中の恐ろしい光景に思わず身震いをして、老人は獣人族という存在についてのわずかな知識を引っ張り出す。
 確か彼らは獣の姿と人の姿、どちらの姿を選ぶも自由自在と聞いたことがあった。
 となれば、外に居る御仁もあの立派な獣の姿とは違う、もう一つの姿を持っているはず。
 そう考え、サイ・クーは恐る恐る問いかけた。


 「扉越しにずっと話しているわけにはいかないじゃろうし、何よりこの寒さ。ぜひ我が家にお迎えしたいところなのじゃが……」

 「なんと。それはありがたいが、よろしいのだろうか?」

 「是非にと申し上げたいのだが、なにぶん狭い家なので、あなたのその立派なお体をお迎えするだけの十分な広さが無いのじゃよ。
 失礼なお願いかもしれんが、我らと同じお姿になって頂くことは出来ないものだろうかのう?」


 老人の申し出に、彼はその面に困ったような、何とも人間くさい表情を浮かべた。

 「やはり失礼な願い事じゃったろうかのう?気分を害されたならご容赦願いたい」

 そんな謝罪の言葉に、見事な鬣を揺らしてかぶりを振る。


 「いや、あなたの申し出は尤もな事だ。確かにこの図体は大きすぎる。あなたの言うとおりにしたいのは山々なのだが……」

 「何か不都合な事でもあるのなら、無理にとは言わぬが」

 「実は、恥ずかしい話なのだが、ここへ来るのに気をとられて、人の姿になった際に纏う衣類を持参するのを失念してしまい……。
 我らは素肌をさらす事にそれ程羞恥心を感じはしないが、人の身であるあなたに対しては失礼になるだろうと思って、どうしようかと思いあぐねていたのだ」


 恥ずかしそうに打ち明けられ、老人は思わず破顔した。
 すばやく室内を見回し、入り口近くに掛けられていた己の外套を手に取り、扉を開けて大きな体を情けなさそうに小さくしている獅子に向かって差し出した。


 「こちらを使ってみてはどうかの?わしのものじゃから、あなた様には小さいかもしれんが」

 「お貸しくださるというのか!?」


 驚いたように見開かれた青い瞳に向かって頷きを返し、外套を彼の前肢にそっと掛けた。

 「わしは中で茶でも入れながらお迎えの準備をしていよう。準備が終わったら勝手に入ってもらって構わんでの」

 そう伝えて、家の中へ入った。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜

キノア9g
ファンタジー
※本作はフィクションです。 「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」 20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。 一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。 毎日19時更新予定。

この世界、イケメンが迫害されてるってマジ!?〜アホの子による無自覚救済物語〜

具なっしー
恋愛
※この表紙は前世基準。本編では美醜逆転してます。AIです 転生先は──美醜逆転、男女比20:1の世界!? 肌は真っ白、顔のパーツは小さければ小さいほど美しい!? その結果、地球基準の超絶イケメンたちは “醜男(キメオ)” と呼ばれ、迫害されていた。 そんな世界に爆誕したのは、脳みそふわふわアホの子・ミーミ。 前世で「喋らなければ可愛い」と言われ続けた彼女に同情した神様は、 「この子は救済が必要だ…!」と世界一の美少女に転生させてしまった。 「ひきわり納豆顔じゃん!これが美しいの??」 己の欲望のために押せ押せ行動するアホの子が、 結果的にイケメン達を救い、世界を変えていく──! 「すきーー♡結婚してください!私が幸せにしますぅ〜♡♡♡」 でも、気づけば彼らが全方向から迫ってくる逆ハーレム状態に……! アホの子が無自覚に世界を救う、 価値観バグりまくりご都合主義100%ファンタジーラブコメ!

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

【運命鑑定】で拾った訳あり美少女たち、SSS級に覚醒させたら俺への好感度がカンスト!? ~追放軍師、最強パーティ(全員嫁候補)と甘々ライフ~

月城 友麻
ファンタジー
『お前みたいな無能、最初から要らなかった』 恋人に裏切られ、仲間に陥れられ、家族に見捨てられた。 戦闘力ゼロの鑑定士レオンは、ある日全てを失った――――。 だが、絶望の底で覚醒したのは――未来が視える神スキル【運命鑑定】 導かれるまま向かった路地裏で出会ったのは、世界に見捨てられた四人の少女たち。 「……あんたも、どうせ私を利用するんでしょ」 「誰も本当の私なんて見てくれない」 「私の力は……人を傷つけるだけ」 「ボクは、誰かの『商品』なんかじゃない」 傷だらけで、誰にも才能を認められず、絶望していた彼女たち。 しかしレオンの【運命鑑定】は見抜いていた。 ――彼女たちの潜在能力は、全員SSS級。 「君たちを、大陸最強にプロデュースする」 「「「「……はぁ!?」」」」 落ちこぼれ軍師と、訳あり美少女たちの逆転劇が始まる。 俺を捨てた奴らが土下座してきても――もう遅い。 ◆爽快ざまぁ×美少女育成×成り上がりファンタジー、ここに開幕!

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

処理中です...