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第一部 幸せな日々、そして旅立ち
第三章 第七話
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しばらくして。
扉の外から控えめなノックが聞こえた。
老人は己の体の許す限りのすばやさで立ち上がり、古びた戸を再び開け放った。
扉の外にいたのは一人の男だ。
細身の長身に黒い外套を巻きつけ、冷たすぎる風に身をすくめるそぶりもせずに真っ直ぐ立つ男は、失礼でない程度にサイ・クーの瞳を見つめ、それから礼儀正しく頭を下げた。
サイ・クーもしばし目の前の男の容貌を観察した後、彼に倣い丁寧なお辞儀を返した。
そして、お互い顔を上げ再び目を見合わせてから、改めて入室を促した。
長身を折り曲げるように入ってきた客人に、寒かろうと奥の暖かい場所を勧めたが、彼は微笑み、礼儀正しくその申し出を辞退した。
「お心遣い、痛み入る。
だが、我らの種族はこのような姿でもあまり寒さを感じないのだ。毛皮も無い今の状態で不思議な話だとお思いだろうが。
あなたの暖かいお気持ちだけ頂こう。
その場所へは私の代わりにあなたに座って頂きたいと思うが、これは無礼な申し出になるだろうか?」
その申し出は老人にとって願っても無い事だ。
男に勧めた場所はいつも老人が腰を落ち着けている場所。
めったに無い客人に礼を示そうといい方の場所を勧めはしたものの、そうなると残されるのは入り口近くの隙間風にさらされる位置しかない。
さすがに年老いた身には少々辛い場所ではあった。
サイ・クーは皺深い顔に笑みを浮かべ、ありがたく申し出を受ける事を伝えた。
男もほっとしたように破顔した。
そうして笑うと、男の顔が思いの他若く見えることに驚き、ついうっかりまじまじとその顔を見つめてしまう。
男はその視線に気づいて苦笑いを浮かべ、己の顔に蓄えた髭を片手で撫でた。
「年に似合わぬ幼顔を隠そうと髭を蓄えてみたものの、部族の皆には思いの他不評で……。やはり、似合いませぬか?」
思いもしなかった問いかけに、サイ・クーは驚き、だが次の瞬間には老いた面に柔らかな笑みを浮かべ、ゆるやかに首を横に振った。
「いやいや、良くお似合いじゃと思いますぞ。
ただ、貴方の若々しさを覆い隠すには少々役不足と言わざるをえんじゃろうがのう。
じゃが、そのアンバランスさも魅力のうちじゃ。
貴方はとてもいい顔をしていらっしゃるのう。わしゃ、惚れ惚れしたわい」
老人の口から流れ出る湯水のような褒め言葉に、今度は男が苦笑をもらす。
「過分なお褒めの言葉に何やら身がすくむようだが、ここはありがたく頂戴しておこう」
「不躾な視線を向けた事、お許し頂けるかの?先程はついつい貴方の顔にぽーっと見とれてしまった。初対面のお方に失礼な事じゃった。申し訳なかったのう」
「いやいや、先に無礼を働いたのはこちらのほうだ。先触れも無くこんな深夜にいきなり押しかけて。
それを快く招き入れてくれた貴方には感謝の念しかない。こんな顔で良ければいくらでも見てくれてかまわぬよ。何の礼にもならんだろうが」
そうして老人の方に顔を近づけ、にこりと邪気の無い笑みを浮かべた。
その笑顔はサイ・クーの胸にあった警戒心の最期の一片を軽々と吹き飛ばした。
初めて会ったはずなのに、彼はすっかりこの独り者の偏屈な老人の懐の奥深くまで入り込んでしまった。
彼がいったいどんな用事でここを訪れたのかまだ皆目見当もつかないが……それがどんな内容であれ、恐らく自分は受け入れてしまうだろうと、サイ・クーは不思議と晴れやかな気持ちのまま思った。
なんだか胸が温かだった。
老人は本当に久しぶりに、人と心を通わせる事の心地よさをただ、素直に感じた。
扉の外から控えめなノックが聞こえた。
老人は己の体の許す限りのすばやさで立ち上がり、古びた戸を再び開け放った。
扉の外にいたのは一人の男だ。
細身の長身に黒い外套を巻きつけ、冷たすぎる風に身をすくめるそぶりもせずに真っ直ぐ立つ男は、失礼でない程度にサイ・クーの瞳を見つめ、それから礼儀正しく頭を下げた。
サイ・クーもしばし目の前の男の容貌を観察した後、彼に倣い丁寧なお辞儀を返した。
そして、お互い顔を上げ再び目を見合わせてから、改めて入室を促した。
長身を折り曲げるように入ってきた客人に、寒かろうと奥の暖かい場所を勧めたが、彼は微笑み、礼儀正しくその申し出を辞退した。
「お心遣い、痛み入る。
だが、我らの種族はこのような姿でもあまり寒さを感じないのだ。毛皮も無い今の状態で不思議な話だとお思いだろうが。
あなたの暖かいお気持ちだけ頂こう。
その場所へは私の代わりにあなたに座って頂きたいと思うが、これは無礼な申し出になるだろうか?」
その申し出は老人にとって願っても無い事だ。
男に勧めた場所はいつも老人が腰を落ち着けている場所。
めったに無い客人に礼を示そうといい方の場所を勧めはしたものの、そうなると残されるのは入り口近くの隙間風にさらされる位置しかない。
さすがに年老いた身には少々辛い場所ではあった。
サイ・クーは皺深い顔に笑みを浮かべ、ありがたく申し出を受ける事を伝えた。
男もほっとしたように破顔した。
そうして笑うと、男の顔が思いの他若く見えることに驚き、ついうっかりまじまじとその顔を見つめてしまう。
男はその視線に気づいて苦笑いを浮かべ、己の顔に蓄えた髭を片手で撫でた。
「年に似合わぬ幼顔を隠そうと髭を蓄えてみたものの、部族の皆には思いの他不評で……。やはり、似合いませぬか?」
思いもしなかった問いかけに、サイ・クーは驚き、だが次の瞬間には老いた面に柔らかな笑みを浮かべ、ゆるやかに首を横に振った。
「いやいや、良くお似合いじゃと思いますぞ。
ただ、貴方の若々しさを覆い隠すには少々役不足と言わざるをえんじゃろうがのう。
じゃが、そのアンバランスさも魅力のうちじゃ。
貴方はとてもいい顔をしていらっしゃるのう。わしゃ、惚れ惚れしたわい」
老人の口から流れ出る湯水のような褒め言葉に、今度は男が苦笑をもらす。
「過分なお褒めの言葉に何やら身がすくむようだが、ここはありがたく頂戴しておこう」
「不躾な視線を向けた事、お許し頂けるかの?先程はついつい貴方の顔にぽーっと見とれてしまった。初対面のお方に失礼な事じゃった。申し訳なかったのう」
「いやいや、先に無礼を働いたのはこちらのほうだ。先触れも無くこんな深夜にいきなり押しかけて。
それを快く招き入れてくれた貴方には感謝の念しかない。こんな顔で良ければいくらでも見てくれてかまわぬよ。何の礼にもならんだろうが」
そうして老人の方に顔を近づけ、にこりと邪気の無い笑みを浮かべた。
その笑顔はサイ・クーの胸にあった警戒心の最期の一片を軽々と吹き飛ばした。
初めて会ったはずなのに、彼はすっかりこの独り者の偏屈な老人の懐の奥深くまで入り込んでしまった。
彼がいったいどんな用事でここを訪れたのかまだ皆目見当もつかないが……それがどんな内容であれ、恐らく自分は受け入れてしまうだろうと、サイ・クーは不思議と晴れやかな気持ちのまま思った。
なんだか胸が温かだった。
老人は本当に久しぶりに、人と心を通わせる事の心地よさをただ、素直に感じた。
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