16 / 248
第一部 幸せな日々、そして旅立ち
第三章 第八話
しおりを挟む
お互いに自己紹介を済ませた後、二人は差し向かいに座ったまま、静かにサイ・クーの入れた茶を飲んでいた。
男の名前はジルヴァン。草原の獣人族の一部族、ライガ族の長なのだという。
ライガ族の事は少しだけ知っている。
草原の部族の中で、この村に一番近い縄張りを持つ部族だと、以前に村長から聞いた事があった。
比較的統率の取れた穏やかな気質の部族で、族長のもと良くまとまっているとも聞いた。
村長は、外部からの旅人から草原への立ち入りの申し出があると、ライガ族へ案内を依頼することが多いと言っていた。
ほかの草原の部族は人との接触をあまり好まず、話が通じない者も多いからと。
サイ・クーは獣人族の事をあまり良く知らない。
見たのも、言葉を交わしたのも今日が初めてだ。
だが、彼らが人族より強く優れた種族だという事はなんとなく理解していた。それなのに、獣人達の領土はほんのわずかだ。
ヴィエナ・シェヴァールカは決して小さな草原ではないし、肥沃で動植物も豊かだ。
だが、ガーランディア大陸全土から見ればちっぽけな土地に過ぎない。
そんな場所へ彼らを押し込めているのは人間だ。
数は彼らを遥かに凌駕するものの、一人一人の能力は彼らに遠く及ばない。
そんな存在に支配される事は彼らにとって決して面白い事ではないだろう。
彼らには、人に支配されているという思いは無いのであろうが。
だが、彼らが人間という存在に好感情を抱く要因は少なく、逆に悪感情を抱く要因は星の数ほどもある。
彼らと人間が理解しあい、信頼を分かち合うには両者の距離が離れすぎていた。物理的にも、心理的にも。
ずっと、獣人族が人を嫌うのは仕方ないと思っていた。草原を飛び出し、攻めてこないだけましなのだと。
だから、サイ・クーは驚いている。
今日はじめて知り合った獣人は彼の想像を遥かに超えていた。悪い方へではなく、良い方へ。
獣の姿は恐ろしげではあったが、彼は礼儀正しかった。
獣人族としての自分を誇り、上から見下ろすのではなく、ちっぽけな人間の-しかも吹けば飛ぶような貧相な爺にきちんと敬意を払い、同じ目線で話ができた。
それはとても素晴らしい事のように、サイ・クーには感じられた。
「さて、お客人よ。ジルヴァン殿と名で呼ばせて頂いてもかまわんかの?」
「もちろんだ。好きなように呼んでくれ。私もあなたの事を名前で呼ばせて頂こう」
「ふむ。そうして貰えるとわしも嬉しい。お客人、ご主人と呼び合うのではいかにも他人行儀じゃからの」
答えてにこりと笑う。
それから、改めて姿勢を正し、ジルヴァンの瞳をしっかり見返した。
彼の口からまだ来訪の用件を聞いておらず、そろそろその事に触れるべきと考えたのだ。
いくら好感の持てる人物だからといって、いつまでも独り身の寂しい爺の茶飲み話につき合わせるわけにはいかぬだろうと。
「そろそろ夜も更けてきた。このまま朝まで語り合っても構わぬし、泊まって頂いても構わぬのだが、そういう訳にもいかんのじゃろう?」
「む……。そうだな。あなたは気持ちのいい人物だし、私も存分に語らいたいという気持ちもあるのだが、今日は偲びでここに来てしまったのだ。
夜明けまでに戻ってないと姪からの小言をくらう羽目になる。情けない話だが、私はどうも姪には頭が上がらぬのだ」
困ったようなハの字眉が妙に可愛らしい。
思わず笑ったら、「笑い事ではないのだ」と小さく睨まれた。
「いや、すまぬ。困り顔のあなたが妙に可愛らしくてのう。そうか、姪御に頭が上がらぬのか。
ならばなおの事、話を早く終えてしまわねばなるまいのう。ジルヴァン殿、今日はこの爺に何を尋ねに来たのじゃ?」
率直な問いかけに、少しひるんだ様に顔を俯かせ、それから再びぐっと顔を上げた。
真っ直ぐな眼差しがサイ・クーを捉える。
「サイ・クー殿。今日私は……」
言葉が途切れる。
「何じゃね」
サイ・クーは微笑み、促した。しかし、言葉は続かない。
彼の言いよどむ様子から、きっと訊き辛い事なのだろうと察した。だが、どんな事を問われても答えるつもりだった。
「大丈夫じゃよ。何を訊かれてもわしは正直に答えよう。あなたという人物への敬意として」
想いを言葉にして伝える。言葉を躊躇う彼の背中を押すように。
ジルヴァンは一瞬目を見開き、そして閉じた。そのまま数秒。それから目を開き、
「今日、私は……あなたの秘密を、ききに来た」
そう、言葉を紡いだ。
男の名前はジルヴァン。草原の獣人族の一部族、ライガ族の長なのだという。
ライガ族の事は少しだけ知っている。
草原の部族の中で、この村に一番近い縄張りを持つ部族だと、以前に村長から聞いた事があった。
比較的統率の取れた穏やかな気質の部族で、族長のもと良くまとまっているとも聞いた。
村長は、外部からの旅人から草原への立ち入りの申し出があると、ライガ族へ案内を依頼することが多いと言っていた。
ほかの草原の部族は人との接触をあまり好まず、話が通じない者も多いからと。
サイ・クーは獣人族の事をあまり良く知らない。
見たのも、言葉を交わしたのも今日が初めてだ。
だが、彼らが人族より強く優れた種族だという事はなんとなく理解していた。それなのに、獣人達の領土はほんのわずかだ。
ヴィエナ・シェヴァールカは決して小さな草原ではないし、肥沃で動植物も豊かだ。
だが、ガーランディア大陸全土から見ればちっぽけな土地に過ぎない。
そんな場所へ彼らを押し込めているのは人間だ。
数は彼らを遥かに凌駕するものの、一人一人の能力は彼らに遠く及ばない。
そんな存在に支配される事は彼らにとって決して面白い事ではないだろう。
彼らには、人に支配されているという思いは無いのであろうが。
だが、彼らが人間という存在に好感情を抱く要因は少なく、逆に悪感情を抱く要因は星の数ほどもある。
彼らと人間が理解しあい、信頼を分かち合うには両者の距離が離れすぎていた。物理的にも、心理的にも。
ずっと、獣人族が人を嫌うのは仕方ないと思っていた。草原を飛び出し、攻めてこないだけましなのだと。
だから、サイ・クーは驚いている。
今日はじめて知り合った獣人は彼の想像を遥かに超えていた。悪い方へではなく、良い方へ。
獣の姿は恐ろしげではあったが、彼は礼儀正しかった。
獣人族としての自分を誇り、上から見下ろすのではなく、ちっぽけな人間の-しかも吹けば飛ぶような貧相な爺にきちんと敬意を払い、同じ目線で話ができた。
それはとても素晴らしい事のように、サイ・クーには感じられた。
「さて、お客人よ。ジルヴァン殿と名で呼ばせて頂いてもかまわんかの?」
「もちろんだ。好きなように呼んでくれ。私もあなたの事を名前で呼ばせて頂こう」
「ふむ。そうして貰えるとわしも嬉しい。お客人、ご主人と呼び合うのではいかにも他人行儀じゃからの」
答えてにこりと笑う。
それから、改めて姿勢を正し、ジルヴァンの瞳をしっかり見返した。
彼の口からまだ来訪の用件を聞いておらず、そろそろその事に触れるべきと考えたのだ。
いくら好感の持てる人物だからといって、いつまでも独り身の寂しい爺の茶飲み話につき合わせるわけにはいかぬだろうと。
「そろそろ夜も更けてきた。このまま朝まで語り合っても構わぬし、泊まって頂いても構わぬのだが、そういう訳にもいかんのじゃろう?」
「む……。そうだな。あなたは気持ちのいい人物だし、私も存分に語らいたいという気持ちもあるのだが、今日は偲びでここに来てしまったのだ。
夜明けまでに戻ってないと姪からの小言をくらう羽目になる。情けない話だが、私はどうも姪には頭が上がらぬのだ」
困ったようなハの字眉が妙に可愛らしい。
思わず笑ったら、「笑い事ではないのだ」と小さく睨まれた。
「いや、すまぬ。困り顔のあなたが妙に可愛らしくてのう。そうか、姪御に頭が上がらぬのか。
ならばなおの事、話を早く終えてしまわねばなるまいのう。ジルヴァン殿、今日はこの爺に何を尋ねに来たのじゃ?」
率直な問いかけに、少しひるんだ様に顔を俯かせ、それから再びぐっと顔を上げた。
真っ直ぐな眼差しがサイ・クーを捉える。
「サイ・クー殿。今日私は……」
言葉が途切れる。
「何じゃね」
サイ・クーは微笑み、促した。しかし、言葉は続かない。
彼の言いよどむ様子から、きっと訊き辛い事なのだろうと察した。だが、どんな事を問われても答えるつもりだった。
「大丈夫じゃよ。何を訊かれてもわしは正直に答えよう。あなたという人物への敬意として」
想いを言葉にして伝える。言葉を躊躇う彼の背中を押すように。
ジルヴァンは一瞬目を見開き、そして閉じた。そのまま数秒。それから目を開き、
「今日、私は……あなたの秘密を、ききに来た」
そう、言葉を紡いだ。
0
あなたにおすすめの小説
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
コミカライズ企画進行中です!!
2巻2月9日電子版解禁です!!
紙は9日に配送開始、12日ごろに発売となります。
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&2巻出版!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、コミカライズ決定いたしました!現在企画進行中!!そしてオリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~
松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。
異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。
「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。
だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。
牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。
やがて彼は知らされる。
その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。
金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、
戦闘より掃除が多い異世界ライフ。
──これは、汚れと戦いながら世界を救う、
笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる