龍は暁に啼く

高嶺 蒼

文字の大きさ
17 / 248
第一部 幸せな日々、そして旅立ち

第三章 第九話

しおりを挟む
 「わしの、秘密?」

 「そうだ。あなたが隠している秘密を、私はどうしても訊かねばならぬ理由がある」

 「わしの秘密をのう。そんな大した秘密ではないと思うがの」


 秘密は、ある。
 だが、取り立てて隠しているつもりは無い。ただ、語らなかっただけだ。
 この世界で生きるのに、その事実を語る必要が無かったから自分から吹聴することはしてこなかった。
 だから、その事を知る物はほとんどいない。

 サイ・クーは顎をそろりと撫で、目の前の男の顔を改めて見つめた。
 是が非でも、このちっぽけな老人の秘密を聞かねばならぬというような真剣で切羽詰った顔をしている。
 そんな彼の顔を見ている内に、なんだか楽しくなってきた。

 彼になら秘密を語ってもいいと思った。
 そんな大した秘密ではないが、彼の期待に応えて大層もったいぶって重大な事のように答えてみようかとも考える。

 だが、答えを語るその前に、聞いてみたい事があった。
 それは、秘密を誰から聞きつけたのかと言う事。
 数える程の人にしか話すことの無かった事だ。秘密を知っている者はサイ・クーのごく親しい知人、あるいはその縁者に限られるはず。
 ということは、だ。サイ・クーの秘密の存在を知る目の前の男は、どこかでサイ・クーの知人とつながりを持っている可能性が高いという事だ。

 ごく平凡な老人と獣人の一部族を率いる長-まるでかけ離れた二人なのに、人間関係の一部が偶然にも重なり合っているのかもしれない。
 そんな不思議な可能性が見えて、なんだか年甲斐も無く興奮している自分がいた。
 さて、どうやって情報源を聞き出そうか―そんな事を考えていると、まるでその思いを読み取った様な言葉がジルヴァンの口から飛び出してきた。

 「なぜ、私が貴方の秘密を知ることが出来たのか―知りたいと思っているでしょうな」

 思わず目を丸くして声の主を見てしまった。
 彼は口元に苦い笑いを浮かべ、少し困ったような顔をして老人を見返した。

 「その事を、貴方が知りたいと思うのは当然だ。
 私も不躾な事を願い出た以上、その事を話さねばならぬとも思う。
 だが、申し訳ない事に私もその人物の事を良く知らないのだ」

 その言葉に、サイ・クーは思わず首を傾げた。

 「む?わしの話を聞いたというのなら、当然言葉を交わされたのじゃろう?ならば……」

 その相手を知らないというのは理にかなうまいと続けようとした言葉を、皆まで言うなとばかりに遮り、苦虫を噛み潰したような渋い顔をした。


 「確かに言葉を交わした。しかし、そのお方の名前すら分からぬ。
 かの方は、わが部族の拾い子の噂をどうやってだか耳にして、わざわざ私の元へやって来られたのだ。
 ほんのひと時立ち寄られ、あっという間に去ってしまわれた。
 去り際に貴方の話をし、名を知りたければ貴方に訊ねよと、そう言い残して。
 だから、私に分かるのはせいぜいその方の種族くらいのものなのだ」

 「種族……のう。その言いようだと、少なくともこの世に溢れかえる人族やあなた方獣人族ではなさそうじゃのう」

 「そうだ。かの人は高貴なる姿で我らが集落を訪れた。
 我が部族の誰もが例外なく度肝を抜かれた。腰を抜かして立てなくなった者もいたくらいだ」

 「ほう。それ程に珍しい種族となると」

 「うむ。もはや貴方にも想像がついているとは思うが、私がお会いしたのはこの大陸で尤も神に近いとされる種族。
 守護聖龍の命にのみ従い、その尊き身を守るために存在しているという幻の種族……」

 「―龍神族か」

 「いかにも」


 短く答え、重々しく頷いた。
 龍神族―それはこの大陸で生まれた尤も古い種族だと伝えられている。
 大陸の守護者・美しき神龍に継ぐ力を持ち、同じ姿を与えられし種族。
 彼らは険しき山の頂きや深い谷に隠れ住み、ほとんど他の種族と交流を持たない謎多き種族であった。

 だが、サイ・クーは彼らを知っていた。
 人の噂や文献で得た薄っぺらい情報のみではなく。

 昔―サイ・クーの髪がまだ黒々していた頃の事。一度だけ、龍神族に連なる者に会ったことがあるのだ。
 彼は龍の姿ではなく、人の姿をしていた。
 長い旅の途中、サイ・クーは偶然怪我をしたその青年と出会い、傷の治療を施しながらしばらく共に旅をした。
 彼が龍神族である事を知らないまま。

 その事実を知ったのは別れの時。
 サイ・クーに別れを告げた青年はその姿を龍身に変え、大空に舞い上がり、遥かかなたへ去ったのだ。
 それは何とも言えず荘厳で美しい光景だった。
 長い時を過ごし、年老いた今でもはっきりと脳裏に思い描けるほどに。

 「そうか、貴方の元を訪れたのはやつでしたか。昔から人を驚かせるのが好きな奴でしたが、それは今でも変わらんようじゃの」

 懐かしそうに目を細め、老人は笑みを浮かべた。


 「かの種族に連なる方をそんな風に語れるとは……。よほど親しい付き合いをされていたのだな」

 「いや、それほど長く共にいた訳でもないし、さして親しくも無かったと思うがの。
 まぁ、彼らは元々他の種族とは親しく交わらん種族じゃ。
 さしずめわしは、奴にとって数少なく珍しい異種族の知り合いといったところじゃろうのう」


 そう言って呵呵と笑った。

 「さてさて、奴の紹介であれば話してやらねばなるまい。大して面白くも無い老人の昔話じゃがのう」

 老人は姿勢を正し、目の前の男を改めて見つめた。

 「そうじゃ。昔話の前に、奴の名前をお教えしましょうかの。もし、望まれるのであれば」 
   
 その申し出に、ジルヴァンは首を横に振った。


 「それは私が知る必要がない事だ。遠慮しよう。
 ただ、いつか貴方の前に我らが養い子が現れてその事を知りたいと言った時……あるいは、伝えた方が良いと貴方が判断された時は、ぜひ教えてやって頂けないだろうか?」

 「よかろう。その頃までにわしがもうろくしていなければの話じゃがの」


 頷き、老人は思いを馳せる。
 獣人族の長がこれほど気に掛け、噂を聞きつけた龍神族が会いに来たというその幼子について。
 まだなにも、名前すら知らないその子供の事が何故だかとても気になった。
 だが、今はその子について思いを巡らせる時ではない。

 目の前の男に、己が歩んできた不思議な半生の話をしてやらねばならない。
 そんな事を思いながら老人は片手で顎の髭をなでた。
 さて、何から話そうかと考えながら。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

『召喚ニートの異世界草原記』

KAORUwithAI
ファンタジー
ゲーム三昧の毎日を送る元ニート、佐々木二郎。  ある夜、三度目のゲームオーバーで眠りに落ちた彼が目を覚ますと、そこは見たこともない広大な草原だった。  剣と魔法が当たり前に存在する世界。だが二郎には、そのどちらの才能もない。  ――代わりに与えられていたのは、**「自分が見た・聞いた・触れたことのあるものなら“召喚”できる」**という不思議な能力だった。  面倒なことはしたくない、楽をして生きたい。  そんな彼が、偶然出会ったのは――痩せた辺境・アセトン村でひとり生きる少女、レン。  「逃げて!」と叫ぶ彼女を前に、逃げようとした二郎の足は動かなかった。  昔の記憶が疼く。いじめられていたあの日、助けを求める自分を誰も救ってくれなかったあの光景。  ……だから、今度は俺が――。  現代の知恵と召喚の力を武器に、ただの元ニートが異世界を駆け抜ける。  少女との出会いが、二郎を“召喚者”へと変えていく。  引きこもりの俺が、異世界で誰かを救う物語が始まる。 ※こんな物も召喚して欲しいなって 言うのがあればリクエストして下さい。 出せるか分かりませんがやってみます。

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
コミカライズ企画進行中です!! 2巻2月9日電子版解禁です!! 紙は9日に配送開始、12日ごろに発売となります。 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&2巻出版!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、コミカライズ決定いたしました!現在企画進行中!!そしてオリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~

松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。 異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。 「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。 だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。 牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。 やがて彼は知らされる。 その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。 金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、 戦闘より掃除が多い異世界ライフ。 ──これは、汚れと戦いながら世界を救う、 笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...