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第一部 幸せな日々、そして旅立ち
第三章 第十話
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「それで?二人でその後、どんな話をしたの?」
雷砂は少し身を乗り出すようにして訊ねた。色違いの瞳が好奇心で輝いている。
「そんな大層な話はせんかったのう。
ジルヴァン殿はお主の素性についての推測をわしに話し、お主の為にわしの持つ異世界の知識が必要なのだと頭を下げた。
わしの秘密を聞きに来たのはその為だと。
わしは、彼の話を聞き、お主が異世界の生まれである可能性は高いじゃろうとお答えした。
彼は頷き、再びわしに頭を下げた。
いつかお主に異世界の話をしてやって欲しいと。それが必要になる時がきっと来るはずだから、とな」
そう言って、目を細めて目の前の少女を見つめた。
まだ生まれてから10年余りの細い体はまだまだ頼りなく、庇護してやらねばならぬと思わせる。
だが、彼女はそれを望まない。
少しでも早く独り立ちをしようと心に決め、その思いを忠実に実践しようとしている。
5年前、ジルヴァンと交わした約束をいつ実行するか……特に明確に定めていたわけではない。
ただ漠然と、その子供が成人した時にでも話してやればよいかと考えていた。
幼い子供が大人になるにはそれなりの時間がかかる。
獣人族の子供が独り立ちするのは人族の子供より早いと聞いてはいたが、それでもジルヴァンの養い子と出会い、異世界の話をするのはずいぶん先になるだろうと思っていた。
しかし、出会いの時は思っていた以上に早く訪れた。
ちょうど1年ほど前の事。
その少女はひょっこりとこの庵に顔を出した。養い親であるジルヴァンの病に効く薬草を求めて。
雷砂と名乗った獣人族の養い子は、小さな体に似合わない落ち着いた精神と強い意志の宿った瞳をしていた。
サイ・クーは一目で雷砂を好きになった。
それ以来、付かず離れずちょうど良い距離感で二人は付き合いを続けてきた。
時には店主と客、ある時は祖父と孫、そしてまたある時は年の離れた友人として。
だが、そうして付き合いを続けながらも、サイ・クーは自分の過去の話を雷砂にしようとしなかった。
ジルヴァンとはいつ雷砂に話をするという相談はしなかった。
だから、いつ話しても良かったはずだ。それこそ、会ったその日の内でも。
だが、話さなかった。
一年間の付き合いの中で、一度も話そうと思った瞬間はなかった。今日この日まで。
何故今日だったのか―それはサイ・クー本人にも良く分からない。
ただなんとなく、今だと感じた。今がその時なのだと。
「雷砂、お主は自分がどこから来たのか知りたいか?」
そんな事を問われるとは思っていなかったのだろう。
雷砂は両の瞳を真丸く開いてサイ・クーの顔を見上げた。それは久々に見る事の出来た年相応の表情だった。
「―知りたい」
少しだけ考えてから、答えた。
「本当に、心から?たとえ自分がどこから来たか知ったとしても、その場所へ戻れる可能性は万に一つもないんじゃぞ?
知ったところで辛い思いをするだけかもしれん。それでも、知りたいと思うかの?」
老人の言葉に雷砂は再び考え込んだ。
その時、ふと今朝見た夢の事を思い出した。
夢の中で青年が言った言葉。『己の源を探せ』彼は夢の終わりにそんな事を伝えてきた。
自分の生まれた所がすなわち己の源であるなどと、そんな単純な事ではないとは思う。
だが、自分のルーツを知る事は、これから先、自分が生きていく上で必要になるだろうと思った。
だから。
雷砂は顔を上げ、サイ・クーの瞳を見返した。
長い経験を経て深みを増したその瞳の奥に、彼の信頼と愛情を見て取る事が出来た。
彼は、雷砂がどんな選択をしても受け入れてくれる事だろう。きっと、心から。
「うん。―それでも、知りたいよ」
頷き、答えた。その瞳に迷いは無い。
「そうか―。ならばこれ以上の無駄話はせずに、お主の国の確認をしてみるとするかの」
「確認?サイ爺はオレの生まれた所を知ってるんじゃないの?」
「そうさな。広い意味で答えるなら知っていると言えるじゃろうの」
「広い意味?」
「そうじゃ。お主らの言う異世界と言うのは、この世界と同じくとても広い世界じゃ。
数十を越える国があり、様々な文化や人種がひしめいておる。
ま、この世界と違って人族以外の種族はおらんがの」
そこで一旦言葉を切り、サイ・クーは雷砂を見つめた。
じっと観察するように。雷砂はその眼差しを受け、居心地が悪そうに身じろぎをする。
「な、なに?」
「お主の生まれた国を推測しておるのさ。
ジルヴァン殿から聞いた話から、お主は十中八九異世界の生まれじゃとわしは確信しておる。じゃが、その先がまだ分からん」
「先って……?」
「お主が生を受けた国はどこかという事じゃ。
単純に見た目だけで言えばお主は西洋人の様に見える。
見た目だけで判断するのはちと乱暴かもしれんがの」
「西洋人???」
「うむ。大雑把な分類じゃがの。
ちなみにわしは中国という国の生まれで、その分類でいうと東洋人と呼ばれる。
東洋人とはわしの様に黒っぽい髪を持ち、肌も少し黄味がかっている者が多い。
逆に西洋人はお主の様に淡い色の髪や薄い肌の色をして、瞳も様々な色を持っている事が多いのじゃ」
「へぇ。じゃあ、オレは西洋人の可能性が高いんだね」
「ま、単純に言ってしまえばの。じゃが、そうとも限らぬ。
見た目は西洋人の様でも、生まれた国は西洋で無い者も多いからのう」
「見た目で分からないならどうやって生まれた国を判断すればいいのさ?」
「見た目でない判断材料のう。それは言葉じゃよ」
「言葉?」
「そうじゃ。見た目が西洋人で言葉も西洋の言葉なら、その者はほぼ西洋諸国の生まれといっていい。
逆に東洋の言葉を話すのであれば東洋の生まれじゃろう。
この世界でもそうであるように、あちらの世界でも国ごとに使う言葉はかなり細かく分かれておるんじゃよ」
「ふぅん。言葉か」
「そう、言葉じゃ。さ、いつでもいいぞい」
「いつでもって??」
サイ・クーの言葉に首を傾げる。そんな少女様子に老人は苦笑いを浮かべ、
「ジルヴァン殿から聞いておるぞ。
彼らに拾われた当初のお主は、どこの言葉とも知れない不思議な言語を話しておったと。
恐らくそれが、お主の生まれた場所の言葉なのじゃろう。
全ての国の言葉を知っているとは言えんが、ある程度の国の言葉の知識は持っておる。
こう見えて、わしはあちらの世界でも優秀じゃったからのう。
覚えている範囲で構わん。何かしゃべってみろ。
そうすればお主の国を言い当てる事も出来るじゃろうて」
「そう言われても……。あんまり良く覚えてないんだよ。子供の頃の事だし」
「まだ十分に子供の癖になに生意気言うとるんじゃ。物忘れをするにはまだまだ早い。さっさと話してみんか」
「う~~~。分かったよ。えーと……○○△□……だったかな」
「ほう!なるほどのう。他に分かる言葉はあるかの?」
老人は興味深そうに身を乗り出して訊ねた。
雷砂は頭をひねり、幼い頃の記憶を呼び戻しながら、更にいくつかの単語を口にした。
今となってはもう、それがどんな意味の言葉だったかも良く覚えていなかった。
草原でシンファに拾われてから今に至るまで、その言葉はなんの役にも立たなかったし、覚えていても仕方ないものだったから。
こちらの言葉を覚え、その言葉で会話し、生活していく中で、故郷の言葉は徐々に風化して、記憶の片隅に追いやられてしまっていたのだった。
だが、一度声に出してみると後は次から次へと言葉が口をついて出てきた。
この国の言葉とはまるで違う、変わった響きのその言葉は何ともいえない懐かしさを雷砂の胸に呼び起こした。
不意に一筋の涙が零れ落ちた。己でも気がつかないうちに。
切なくて、懐かしくて、慕わしい。
そんな色々な感情がごちゃ混ぜになって小さな胸を締め付ける。
故郷の事を、雷砂は覚えていない。
だがきっと、そこには幸せな時間があったのだろう。そうでなければこんな気持ちになるはずが無い。
溢れる涙を拭い、言葉を続けた。
忘れていたと思っていた言葉は不思議と途切れることなく口をついて出てくる。
雷砂は話し続ける。その懐かしい響きにじっと耳を澄ませながら。
雷砂は少し身を乗り出すようにして訊ねた。色違いの瞳が好奇心で輝いている。
「そんな大層な話はせんかったのう。
ジルヴァン殿はお主の素性についての推測をわしに話し、お主の為にわしの持つ異世界の知識が必要なのだと頭を下げた。
わしの秘密を聞きに来たのはその為だと。
わしは、彼の話を聞き、お主が異世界の生まれである可能性は高いじゃろうとお答えした。
彼は頷き、再びわしに頭を下げた。
いつかお主に異世界の話をしてやって欲しいと。それが必要になる時がきっと来るはずだから、とな」
そう言って、目を細めて目の前の少女を見つめた。
まだ生まれてから10年余りの細い体はまだまだ頼りなく、庇護してやらねばならぬと思わせる。
だが、彼女はそれを望まない。
少しでも早く独り立ちをしようと心に決め、その思いを忠実に実践しようとしている。
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しかし、出会いの時は思っていた以上に早く訪れた。
ちょうど1年ほど前の事。
その少女はひょっこりとこの庵に顔を出した。養い親であるジルヴァンの病に効く薬草を求めて。
雷砂と名乗った獣人族の養い子は、小さな体に似合わない落ち着いた精神と強い意志の宿った瞳をしていた。
サイ・クーは一目で雷砂を好きになった。
それ以来、付かず離れずちょうど良い距離感で二人は付き合いを続けてきた。
時には店主と客、ある時は祖父と孫、そしてまたある時は年の離れた友人として。
だが、そうして付き合いを続けながらも、サイ・クーは自分の過去の話を雷砂にしようとしなかった。
ジルヴァンとはいつ雷砂に話をするという相談はしなかった。
だから、いつ話しても良かったはずだ。それこそ、会ったその日の内でも。
だが、話さなかった。
一年間の付き合いの中で、一度も話そうと思った瞬間はなかった。今日この日まで。
何故今日だったのか―それはサイ・クー本人にも良く分からない。
ただなんとなく、今だと感じた。今がその時なのだと。
「雷砂、お主は自分がどこから来たのか知りたいか?」
そんな事を問われるとは思っていなかったのだろう。
雷砂は両の瞳を真丸く開いてサイ・クーの顔を見上げた。それは久々に見る事の出来た年相応の表情だった。
「―知りたい」
少しだけ考えてから、答えた。
「本当に、心から?たとえ自分がどこから来たか知ったとしても、その場所へ戻れる可能性は万に一つもないんじゃぞ?
知ったところで辛い思いをするだけかもしれん。それでも、知りたいと思うかの?」
老人の言葉に雷砂は再び考え込んだ。
その時、ふと今朝見た夢の事を思い出した。
夢の中で青年が言った言葉。『己の源を探せ』彼は夢の終わりにそんな事を伝えてきた。
自分の生まれた所がすなわち己の源であるなどと、そんな単純な事ではないとは思う。
だが、自分のルーツを知る事は、これから先、自分が生きていく上で必要になるだろうと思った。
だから。
雷砂は顔を上げ、サイ・クーの瞳を見返した。
長い経験を経て深みを増したその瞳の奥に、彼の信頼と愛情を見て取る事が出来た。
彼は、雷砂がどんな選択をしても受け入れてくれる事だろう。きっと、心から。
「うん。―それでも、知りたいよ」
頷き、答えた。その瞳に迷いは無い。
「そうか―。ならばこれ以上の無駄話はせずに、お主の国の確認をしてみるとするかの」
「確認?サイ爺はオレの生まれた所を知ってるんじゃないの?」
「そうさな。広い意味で答えるなら知っていると言えるじゃろうの」
「広い意味?」
「そうじゃ。お主らの言う異世界と言うのは、この世界と同じくとても広い世界じゃ。
数十を越える国があり、様々な文化や人種がひしめいておる。
ま、この世界と違って人族以外の種族はおらんがの」
そこで一旦言葉を切り、サイ・クーは雷砂を見つめた。
じっと観察するように。雷砂はその眼差しを受け、居心地が悪そうに身じろぎをする。
「な、なに?」
「お主の生まれた国を推測しておるのさ。
ジルヴァン殿から聞いた話から、お主は十中八九異世界の生まれじゃとわしは確信しておる。じゃが、その先がまだ分からん」
「先って……?」
「お主が生を受けた国はどこかという事じゃ。
単純に見た目だけで言えばお主は西洋人の様に見える。
見た目だけで判断するのはちと乱暴かもしれんがの」
「西洋人???」
「うむ。大雑把な分類じゃがの。
ちなみにわしは中国という国の生まれで、その分類でいうと東洋人と呼ばれる。
東洋人とはわしの様に黒っぽい髪を持ち、肌も少し黄味がかっている者が多い。
逆に西洋人はお主の様に淡い色の髪や薄い肌の色をして、瞳も様々な色を持っている事が多いのじゃ」
「へぇ。じゃあ、オレは西洋人の可能性が高いんだね」
「ま、単純に言ってしまえばの。じゃが、そうとも限らぬ。
見た目は西洋人の様でも、生まれた国は西洋で無い者も多いからのう」
「見た目で分からないならどうやって生まれた国を判断すればいいのさ?」
「見た目でない判断材料のう。それは言葉じゃよ」
「言葉?」
「そうじゃ。見た目が西洋人で言葉も西洋の言葉なら、その者はほぼ西洋諸国の生まれといっていい。
逆に東洋の言葉を話すのであれば東洋の生まれじゃろう。
この世界でもそうであるように、あちらの世界でも国ごとに使う言葉はかなり細かく分かれておるんじゃよ」
「ふぅん。言葉か」
「そう、言葉じゃ。さ、いつでもいいぞい」
「いつでもって??」
サイ・クーの言葉に首を傾げる。そんな少女様子に老人は苦笑いを浮かべ、
「ジルヴァン殿から聞いておるぞ。
彼らに拾われた当初のお主は、どこの言葉とも知れない不思議な言語を話しておったと。
恐らくそれが、お主の生まれた場所の言葉なのじゃろう。
全ての国の言葉を知っているとは言えんが、ある程度の国の言葉の知識は持っておる。
こう見えて、わしはあちらの世界でも優秀じゃったからのう。
覚えている範囲で構わん。何かしゃべってみろ。
そうすればお主の国を言い当てる事も出来るじゃろうて」
「そう言われても……。あんまり良く覚えてないんだよ。子供の頃の事だし」
「まだ十分に子供の癖になに生意気言うとるんじゃ。物忘れをするにはまだまだ早い。さっさと話してみんか」
「う~~~。分かったよ。えーと……○○△□……だったかな」
「ほう!なるほどのう。他に分かる言葉はあるかの?」
老人は興味深そうに身を乗り出して訊ねた。
雷砂は頭をひねり、幼い頃の記憶を呼び戻しながら、更にいくつかの単語を口にした。
今となってはもう、それがどんな意味の言葉だったかも良く覚えていなかった。
草原でシンファに拾われてから今に至るまで、その言葉はなんの役にも立たなかったし、覚えていても仕方ないものだったから。
こちらの言葉を覚え、その言葉で会話し、生活していく中で、故郷の言葉は徐々に風化して、記憶の片隅に追いやられてしまっていたのだった。
だが、一度声に出してみると後は次から次へと言葉が口をついて出てきた。
この国の言葉とはまるで違う、変わった響きのその言葉は何ともいえない懐かしさを雷砂の胸に呼び起こした。
不意に一筋の涙が零れ落ちた。己でも気がつかないうちに。
切なくて、懐かしくて、慕わしい。
そんな色々な感情がごちゃ混ぜになって小さな胸を締め付ける。
故郷の事を、雷砂は覚えていない。
だがきっと、そこには幸せな時間があったのだろう。そうでなければこんな気持ちになるはずが無い。
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