210 / 248
第二部 旅のはじまり~小さな娼婦編~
SS 探偵ごっこ!?~リイン、奮闘するの巻~②
しおりを挟む
水汲み用の容器を抱えて、雷砂は森の中を歩いていく。
だが、川に向かう途中で、木々の向こうから聞こえる剣戟の音に気がつき、向かう方向をわずかに微修正した。
そのまま進むと、木々が開けてちょっとした広場の様になった場所へたどり着く。
そこには、互いに練習用の剣を構えたアジェスとミカの姿があった。
雷砂は己の気配を極力消したまま、二人の打ち合いしばし眺めた。
だが、それほど長く続くことなく、二人は示し合わせて剣を納め、互いに汗を拭いつつ、談笑をはじめる。
わざと足音をたてて近づいていくと、ミカが振り向き、ぱっと顔を輝かせた。
「雷砂!!」
「ミカもアジェスもお疲れさま。どう?アジェス。ミカは強いだろ?」
抱きつこうとするミカを上手にいなしつつ、雷砂はにやりと笑ってアジェスを見上げる。
アジェスも精悍な顔を微笑ませ、
「そうだな。さすがはB級の冒険者といったところか。技としての荒さは目立つが、パワーがすごい。力押しでは、俺の方の分が悪いだろうな」
素直にそう賞賛した。だが、パワーがすごい、という所に引っかかりを覚えたのか、ミカが唇を尖らせる。
「んだよ、アジェス。技は荒えがパワーがすごいって、オレが筋肉バカだとでもいいてぇのか?」
「そうはってないだろう?俺は、ただパワーがすごいと誉めただけではないか」
「技は自分の方が勝ってるっていいてぇんだろ?」
「まあ、そこはな。じゃあ、逆に質問するが、ミカは技で俺に勝ってると胸を張れるのか?」
「う、それをいわれると」
「だろう?」
ミカとアジェスのじゃれ合うような言い合いを、雷砂はニコニコ笑って眺める。
純粋に二人が仲良くしているのが嬉しかったのだが、ミカはそんな雷砂を見て、
「あ!アジェスと二人っきりだったからって、変な誤解すんなよ、雷砂。アジェスなんてまるで好みじゃねぇし、ただ剣の稽古に付き合って貰っただけだから。な!?」
慌てたように言い募る。
その余りの必死さに苦笑した雷砂が、分かってると返す前に、
「こちらの方こそ、ミカはまるで好みじゃないから安心しろ。乱暴なだけの女など、こちらから願い下げだ」
ニヤリと笑ってアジェスがチクリとやり返す。
「なっ!!乱暴なだけなんかじゃねーし」
ミカが唇を尖らせれば、
「ほほう。じゃあ、ミカはなにが出きる?もしやそうは見えんが料理が得意とか?」
「りょ、料理はできねーな……」
アジェスが質問を切り返し、ミカが肩を落とす。
ちらちらと、雷砂の方を伺いながら。
雷砂を幻滅させたのではないかと心配している様だが、今更これくらいの事で幻滅のしようもない。
第一、ミカが料理下手な事など、以前からよーく知っている。その壊滅的な料理を、食べたことだってあるのだから。
「じゃあ、力以外のなにがあるんだ?」
「ち、力以外か?うーんと、えーっと……」
問われて考え込むミカ。しばらくそうして頭を捻り、はっとしたように顔を上げる。
チラリと横目で雷砂を見て、それからアジェスに向かって胸を張った。
「むっ、胸だ!やっぱ女の魅力っつったらでっけぇおっぱいだろ!?」
「いや、俺は無くても。むしろない方が好みだ」
「オレも、胸にこだわりは特に無いなぁ」
アジェスと雷砂の反論に、ミカは打ちのめされたような顔をする。
ちょっと涙目になり、だが再びはっとしたようにアジェスの顔を見た。
そして雷砂を抱き上げ、アジェスから遠ざける。
「ミカ?」
雷砂が不思議そうにミカの名を呼び、
「ん?それはなんのまねだ??」
アジェスもミカの行動の真意が読めずに首を傾げる。
そんなアジェスに向かってミカが吠えた。
「胸がない方がいいってことは、アジェス、てめぇ、雷砂のことを狙ってやがるな!?」
「あ~~~……そうきたか」
「言っておくが、雷砂に手ぇ出そうとしてもダメだかんな!!」
毛を逆立てた犬の様にきゃんきゃん吠えるミカを前に、アジェスは額に手を当てて、なんて説明しようかと困ったように考える。
「まあ、落ち着け、ミカ。確かに雷砂に胸はないが、俺は至ってノーマルなのだ。子供を恋愛対象に選ぶ趣味はない。ちゃんとした大人の、ぺったんこが好みなだけだ」
「……ほんとか?」
「本当だ」
「……うそじゃねぇな?」
「うそじゃない」
「じゃあ、まあ、とりあえずは信じてやる。ったく、紛らわしいこと言うなよな」
ぶつぶつ言いながら雷砂を地面にそっと降ろし、へにゃりと眉尻を下げて雷砂の顔をのぞき込む。
「急に抱き上げてごめんな?雷砂。痛くなかったか??」
「平気だよ。オレが頑丈なの、ミカだってよく知ってるでしょ?」
うん、と頷きながら、ミカは落ち着かない感じでちらちらと雷砂の目を見ている。
ちょっと不安そうに。
「その、さ、雷砂は嫌いなのか?」
「なにが??」
思い切ったように口を開いたミカの質問に、雷砂は首を傾げた。
「え、と、おっきいの」
「おっきいの??」
諦めずに問いを重ねるミカの顔が徐々に赤くなってくる。
だが、この時点でも雷砂はミカの質問の意図が読めない。
首を傾げる雷砂を困ったように見つめ、ミカは赤い顔のまま、虫の鳴くような声でその言葉を告げた。
自分の胸に二つある、凶悪な大きさの肉の塊を示す単語を。いつものミカからは考えられないくらい、恥ずかしそうに。
「ああ、そのことか」
それを聞いた雷砂がやっと合点が行ったとばかりにぽんと手を叩く。
「その、やっぱり、嫌いなのか?大きいのは」
「別に嫌いじゃないよ。大きくても小さくても、どっちでもいいと思ってるだけで。それが好きな人のなら、どっちでも問題ないでしょ?」
おずおずと重ねられた問いに、雷砂はやっと明確な答えを返す。
それを聞いたミカがほっとしたように強ばっていた顔を緩めた。
「大きくても平気なんだな!?そっかぁ。よかったぁ」
まじで焦ったぜと、ミカは左手で胸をなで下ろした。
雷砂はその手をみて、
「ミカ、左手、ちょっと怪我してるよ?血、出てる」
「ん??ああ、さっきアジェスの攻撃を左手ではじいたときにやっちまったかな??ま、このくらい平気だよ。なめときゃ……」
治ると続けようとした声は言葉にならなかった。
ミカの言葉を最後まで聞かず、雷砂がミカの左手をとって口元に運んだからだ。
彼女の手の甲についた傷の上を、雷砂の舌が優しく舐めた。
丁寧に乾きはじめた血をぬぐい取り、その傷から新たに血があふれないのを確認してからそっと唇を落とす。
「ん。もう大丈夫そうだ。でも、もし痛かったら、ロウに舐めて貰うといいよ。そうすれば、綺麗に治るから」
にっこり笑って雷砂が告げるも、その声はミカの耳には届いていないようだった。
ミカは赤い顔をしたまま、左手をそっと胸元に引き寄せて、
「今日はもう、絶対手を洗わねぇぞ……つーか、もったいなくて洗えねぇ」
「いや、手はちゃんと洗おうな?ミカ」
雷砂の言葉も耳に入らないようで、そんなことをぶつぶつと呟いている。
アジェスはそんなミカをあきれたように眺め、雷砂は苦笑混じりにミカのことをアジェスに頼むと、水汲みの為にその場を後にした。
「怪我をすると、良いことがある。なるほど。勉強になる」
何が勉強になるのかは良く分からないが、非常に丁寧にメモを取りつつ、リインは頷く。
これならばすぐにでも実践に移せそうだ。
なにしろ、リインは運動神経が鈍いせいか、驚くほどよく転ぶのだ。
今度転んだら、即座に雷砂の元に行くことにしよう。
その考えにうんうんと頷き、リインは再び雷砂を追って森の中に分け入った。
水辺で水を汲み、容器のふたをきっちり閉めた雷砂は、肩越しにチラリと背後を伺った。
草むらが不自然に揺れるのを見て小さく微笑み、雷砂はその場に寝転がると、
「なんだか疲れて眠くなったな~。ちょっとだけ、休んでいくか」
そんな風にわざと大きめの声で独り言を呟いてからそっと目を閉じた。
後はただ、相手が罠にかかるのをじっと待つだけだ。
リインは、隠れた草むらから、眠ってしまった雷砂の様子を伺っていた。
すぐに起きるかと思ったが、そんなこともなく、しばらく様子を見ていたが起きる気配はない。
そろそろと、音を立てないように気をつけながら、草むらを出て雷砂のそばへと歩み寄る。
横になった彼女のそばに膝を付き、そっと雷砂の顔を見下ろした。
その天使のような寝顔に目を細め、見とれていると、雷砂の瞳が不意にぱちっと開いてリインを見上げた。
あまりの事に驚いて固まったリインに雷砂の腕が伸びてきて、その体を優しく引き寄せた。
抵抗するまもなく雷砂の上に倒れ込むように覆い被さり、さっきよりもずっと近くで雷砂の顔を見つめる。
雷砂の顔が、いたずらに成功した子供のように、笑っていた。
その顔を見て、リインは悟る。最初から、自分の尾行は気付かれていたのだ、と。
「気付いてたのに、どうして?」
「ん~。一生懸命についてくるリインが、可愛かったから、かな」
問いかけに笑みで返して、雷砂はリインの頬に唇を寄せる。
柔らかな頬についばむようなキスを送れば、リインは可愛らしく頬を膨らませて、もう、とその目元を赤く染めた。
そんな彼女を見つめ、笑みを深めた雷砂は、リインを抱き寄せて自分の傍らで横にならせる。
その頭の下に自分の手を差し入れると、彼女の頭を自分の近くにそっと引き寄せ、銀色の髪に頬を寄せた。
「雷砂?」
「もう少しだけ、ここで休んでから帰ろう?せっかくいい天気だし、それに……」
「それに?」
「なにより、二人きりだ。たまにはこういう時間も、いいよね」
雷砂は微笑み、リインは更にその顔を赤くする。
その表情は、普段のリインの表情の乏しさを知る人なら誰でも驚くくらい、乙女らしくも可愛らしいものだった。
二人はそのまましばしの間、互いだけを感じ、静かな時を過ごすのだった。
その夜、貴重なろうそくの火をともして、リインは一心不乱に書き事をしていた。
その様子を見ていたセイラが、一体なにをそんなに一生懸命に書いているのかと問うと、リインはチラリとセイラを見て、
「セイラにだけ、教えてあげる」
そう言って姉をそっと手招いた。
近づき、彼女の書いていた紙の束をのぞき込み、
「なになに?雷砂に甘えるための100の方法??」
その題名を読み上げたセイラは何とも言えない顔で、双子の妹を見た。
リインは何とも得意げに胸を張っている。
「これさえ完成すれば、いつでも好きなときに雷砂に甘え放題」
「な、なるほどね……まだ、4つくらいしか書いてないけど」
「今日一日でも、だいぶ情報収集が出来た。100個なんてきっとあっという間」
リインはうんうんと頷き、ちょっと引き気味の姉を再び見上げた。
「完成したら、セイラには特別に見せてあげる」
「そ、そう。楽しみにしてるわね~……」
「期待して待ってて!」
リインは力強く頷いて、再び執筆作業に移っていく。
そんな妹をしばし見つめ、
「じゃ、じゃあ、私はもう寝るわよ?リインも程々にしなさいね?」
そう言いおいて、セイラは自分の寝床に潜り込んだ。
隣で眠る雷砂を、忘れずに己の腕の中に引き込んで。
リインはそんなセイラと雷砂の様子を見て、ふむと一つ頷くと、更に新たな文章を書き足した。
その内容はこうだ。
夜は早いもの勝ち。強気に出るが吉……と。
このリインの超大作が完成するか否か、それはまだ誰にも分からない。
とりあえず、この日の夜のリインはかなり夜更かしをして、翌日、それはもう盛大に寝坊して雷砂に起こされ、新たな文章が再び書き記されることになるのだった。
だが、川に向かう途中で、木々の向こうから聞こえる剣戟の音に気がつき、向かう方向をわずかに微修正した。
そのまま進むと、木々が開けてちょっとした広場の様になった場所へたどり着く。
そこには、互いに練習用の剣を構えたアジェスとミカの姿があった。
雷砂は己の気配を極力消したまま、二人の打ち合いしばし眺めた。
だが、それほど長く続くことなく、二人は示し合わせて剣を納め、互いに汗を拭いつつ、談笑をはじめる。
わざと足音をたてて近づいていくと、ミカが振り向き、ぱっと顔を輝かせた。
「雷砂!!」
「ミカもアジェスもお疲れさま。どう?アジェス。ミカは強いだろ?」
抱きつこうとするミカを上手にいなしつつ、雷砂はにやりと笑ってアジェスを見上げる。
アジェスも精悍な顔を微笑ませ、
「そうだな。さすがはB級の冒険者といったところか。技としての荒さは目立つが、パワーがすごい。力押しでは、俺の方の分が悪いだろうな」
素直にそう賞賛した。だが、パワーがすごい、という所に引っかかりを覚えたのか、ミカが唇を尖らせる。
「んだよ、アジェス。技は荒えがパワーがすごいって、オレが筋肉バカだとでもいいてぇのか?」
「そうはってないだろう?俺は、ただパワーがすごいと誉めただけではないか」
「技は自分の方が勝ってるっていいてぇんだろ?」
「まあ、そこはな。じゃあ、逆に質問するが、ミカは技で俺に勝ってると胸を張れるのか?」
「う、それをいわれると」
「だろう?」
ミカとアジェスのじゃれ合うような言い合いを、雷砂はニコニコ笑って眺める。
純粋に二人が仲良くしているのが嬉しかったのだが、ミカはそんな雷砂を見て、
「あ!アジェスと二人っきりだったからって、変な誤解すんなよ、雷砂。アジェスなんてまるで好みじゃねぇし、ただ剣の稽古に付き合って貰っただけだから。な!?」
慌てたように言い募る。
その余りの必死さに苦笑した雷砂が、分かってると返す前に、
「こちらの方こそ、ミカはまるで好みじゃないから安心しろ。乱暴なだけの女など、こちらから願い下げだ」
ニヤリと笑ってアジェスがチクリとやり返す。
「なっ!!乱暴なだけなんかじゃねーし」
ミカが唇を尖らせれば、
「ほほう。じゃあ、ミカはなにが出きる?もしやそうは見えんが料理が得意とか?」
「りょ、料理はできねーな……」
アジェスが質問を切り返し、ミカが肩を落とす。
ちらちらと、雷砂の方を伺いながら。
雷砂を幻滅させたのではないかと心配している様だが、今更これくらいの事で幻滅のしようもない。
第一、ミカが料理下手な事など、以前からよーく知っている。その壊滅的な料理を、食べたことだってあるのだから。
「じゃあ、力以外のなにがあるんだ?」
「ち、力以外か?うーんと、えーっと……」
問われて考え込むミカ。しばらくそうして頭を捻り、はっとしたように顔を上げる。
チラリと横目で雷砂を見て、それからアジェスに向かって胸を張った。
「むっ、胸だ!やっぱ女の魅力っつったらでっけぇおっぱいだろ!?」
「いや、俺は無くても。むしろない方が好みだ」
「オレも、胸にこだわりは特に無いなぁ」
アジェスと雷砂の反論に、ミカは打ちのめされたような顔をする。
ちょっと涙目になり、だが再びはっとしたようにアジェスの顔を見た。
そして雷砂を抱き上げ、アジェスから遠ざける。
「ミカ?」
雷砂が不思議そうにミカの名を呼び、
「ん?それはなんのまねだ??」
アジェスもミカの行動の真意が読めずに首を傾げる。
そんなアジェスに向かってミカが吠えた。
「胸がない方がいいってことは、アジェス、てめぇ、雷砂のことを狙ってやがるな!?」
「あ~~~……そうきたか」
「言っておくが、雷砂に手ぇ出そうとしてもダメだかんな!!」
毛を逆立てた犬の様にきゃんきゃん吠えるミカを前に、アジェスは額に手を当てて、なんて説明しようかと困ったように考える。
「まあ、落ち着け、ミカ。確かに雷砂に胸はないが、俺は至ってノーマルなのだ。子供を恋愛対象に選ぶ趣味はない。ちゃんとした大人の、ぺったんこが好みなだけだ」
「……ほんとか?」
「本当だ」
「……うそじゃねぇな?」
「うそじゃない」
「じゃあ、まあ、とりあえずは信じてやる。ったく、紛らわしいこと言うなよな」
ぶつぶつ言いながら雷砂を地面にそっと降ろし、へにゃりと眉尻を下げて雷砂の顔をのぞき込む。
「急に抱き上げてごめんな?雷砂。痛くなかったか??」
「平気だよ。オレが頑丈なの、ミカだってよく知ってるでしょ?」
うん、と頷きながら、ミカは落ち着かない感じでちらちらと雷砂の目を見ている。
ちょっと不安そうに。
「その、さ、雷砂は嫌いなのか?」
「なにが??」
思い切ったように口を開いたミカの質問に、雷砂は首を傾げた。
「え、と、おっきいの」
「おっきいの??」
諦めずに問いを重ねるミカの顔が徐々に赤くなってくる。
だが、この時点でも雷砂はミカの質問の意図が読めない。
首を傾げる雷砂を困ったように見つめ、ミカは赤い顔のまま、虫の鳴くような声でその言葉を告げた。
自分の胸に二つある、凶悪な大きさの肉の塊を示す単語を。いつものミカからは考えられないくらい、恥ずかしそうに。
「ああ、そのことか」
それを聞いた雷砂がやっと合点が行ったとばかりにぽんと手を叩く。
「その、やっぱり、嫌いなのか?大きいのは」
「別に嫌いじゃないよ。大きくても小さくても、どっちでもいいと思ってるだけで。それが好きな人のなら、どっちでも問題ないでしょ?」
おずおずと重ねられた問いに、雷砂はやっと明確な答えを返す。
それを聞いたミカがほっとしたように強ばっていた顔を緩めた。
「大きくても平気なんだな!?そっかぁ。よかったぁ」
まじで焦ったぜと、ミカは左手で胸をなで下ろした。
雷砂はその手をみて、
「ミカ、左手、ちょっと怪我してるよ?血、出てる」
「ん??ああ、さっきアジェスの攻撃を左手ではじいたときにやっちまったかな??ま、このくらい平気だよ。なめときゃ……」
治ると続けようとした声は言葉にならなかった。
ミカの言葉を最後まで聞かず、雷砂がミカの左手をとって口元に運んだからだ。
彼女の手の甲についた傷の上を、雷砂の舌が優しく舐めた。
丁寧に乾きはじめた血をぬぐい取り、その傷から新たに血があふれないのを確認してからそっと唇を落とす。
「ん。もう大丈夫そうだ。でも、もし痛かったら、ロウに舐めて貰うといいよ。そうすれば、綺麗に治るから」
にっこり笑って雷砂が告げるも、その声はミカの耳には届いていないようだった。
ミカは赤い顔をしたまま、左手をそっと胸元に引き寄せて、
「今日はもう、絶対手を洗わねぇぞ……つーか、もったいなくて洗えねぇ」
「いや、手はちゃんと洗おうな?ミカ」
雷砂の言葉も耳に入らないようで、そんなことをぶつぶつと呟いている。
アジェスはそんなミカをあきれたように眺め、雷砂は苦笑混じりにミカのことをアジェスに頼むと、水汲みの為にその場を後にした。
「怪我をすると、良いことがある。なるほど。勉強になる」
何が勉強になるのかは良く分からないが、非常に丁寧にメモを取りつつ、リインは頷く。
これならばすぐにでも実践に移せそうだ。
なにしろ、リインは運動神経が鈍いせいか、驚くほどよく転ぶのだ。
今度転んだら、即座に雷砂の元に行くことにしよう。
その考えにうんうんと頷き、リインは再び雷砂を追って森の中に分け入った。
水辺で水を汲み、容器のふたをきっちり閉めた雷砂は、肩越しにチラリと背後を伺った。
草むらが不自然に揺れるのを見て小さく微笑み、雷砂はその場に寝転がると、
「なんだか疲れて眠くなったな~。ちょっとだけ、休んでいくか」
そんな風にわざと大きめの声で独り言を呟いてからそっと目を閉じた。
後はただ、相手が罠にかかるのをじっと待つだけだ。
リインは、隠れた草むらから、眠ってしまった雷砂の様子を伺っていた。
すぐに起きるかと思ったが、そんなこともなく、しばらく様子を見ていたが起きる気配はない。
そろそろと、音を立てないように気をつけながら、草むらを出て雷砂のそばへと歩み寄る。
横になった彼女のそばに膝を付き、そっと雷砂の顔を見下ろした。
その天使のような寝顔に目を細め、見とれていると、雷砂の瞳が不意にぱちっと開いてリインを見上げた。
あまりの事に驚いて固まったリインに雷砂の腕が伸びてきて、その体を優しく引き寄せた。
抵抗するまもなく雷砂の上に倒れ込むように覆い被さり、さっきよりもずっと近くで雷砂の顔を見つめる。
雷砂の顔が、いたずらに成功した子供のように、笑っていた。
その顔を見て、リインは悟る。最初から、自分の尾行は気付かれていたのだ、と。
「気付いてたのに、どうして?」
「ん~。一生懸命についてくるリインが、可愛かったから、かな」
問いかけに笑みで返して、雷砂はリインの頬に唇を寄せる。
柔らかな頬についばむようなキスを送れば、リインは可愛らしく頬を膨らませて、もう、とその目元を赤く染めた。
そんな彼女を見つめ、笑みを深めた雷砂は、リインを抱き寄せて自分の傍らで横にならせる。
その頭の下に自分の手を差し入れると、彼女の頭を自分の近くにそっと引き寄せ、銀色の髪に頬を寄せた。
「雷砂?」
「もう少しだけ、ここで休んでから帰ろう?せっかくいい天気だし、それに……」
「それに?」
「なにより、二人きりだ。たまにはこういう時間も、いいよね」
雷砂は微笑み、リインは更にその顔を赤くする。
その表情は、普段のリインの表情の乏しさを知る人なら誰でも驚くくらい、乙女らしくも可愛らしいものだった。
二人はそのまましばしの間、互いだけを感じ、静かな時を過ごすのだった。
その夜、貴重なろうそくの火をともして、リインは一心不乱に書き事をしていた。
その様子を見ていたセイラが、一体なにをそんなに一生懸命に書いているのかと問うと、リインはチラリとセイラを見て、
「セイラにだけ、教えてあげる」
そう言って姉をそっと手招いた。
近づき、彼女の書いていた紙の束をのぞき込み、
「なになに?雷砂に甘えるための100の方法??」
その題名を読み上げたセイラは何とも言えない顔で、双子の妹を見た。
リインは何とも得意げに胸を張っている。
「これさえ完成すれば、いつでも好きなときに雷砂に甘え放題」
「な、なるほどね……まだ、4つくらいしか書いてないけど」
「今日一日でも、だいぶ情報収集が出来た。100個なんてきっとあっという間」
リインはうんうんと頷き、ちょっと引き気味の姉を再び見上げた。
「完成したら、セイラには特別に見せてあげる」
「そ、そう。楽しみにしてるわね~……」
「期待して待ってて!」
リインは力強く頷いて、再び執筆作業に移っていく。
そんな妹をしばし見つめ、
「じゃ、じゃあ、私はもう寝るわよ?リインも程々にしなさいね?」
そう言いおいて、セイラは自分の寝床に潜り込んだ。
隣で眠る雷砂を、忘れずに己の腕の中に引き込んで。
リインはそんなセイラと雷砂の様子を見て、ふむと一つ頷くと、更に新たな文章を書き足した。
その内容はこうだ。
夜は早いもの勝ち。強気に出るが吉……と。
このリインの超大作が完成するか否か、それはまだ誰にも分からない。
とりあえず、この日の夜のリインはかなり夜更かしをして、翌日、それはもう盛大に寝坊して雷砂に起こされ、新たな文章が再び書き記されることになるのだった。
0
あなたにおすすめの小説
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
コミカライズ企画進行中です!!
2巻2月9日電子版解禁です!!
紙は9日に配送開始、12日ごろに発売となります。
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&2巻出版!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、コミカライズ決定いたしました!現在企画進行中!!そしてオリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~
松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。
異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。
「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。
だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。
牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。
やがて彼は知らされる。
その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。
金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、
戦闘より掃除が多い異世界ライフ。
──これは、汚れと戦いながら世界を救う、
笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる