龍は暁に啼く

高嶺 蒼

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第二部 旅のはじまり~小さな娼婦編~

SS 探偵ごっこ!?~リイン、奮闘するの巻~①

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 「あれ?エマは??」


 事件はそんな、セイラの他愛のない一言から始まった。


 「ん?エマならさっき外に出てったけど、何か用事??」

 「そっかぁ。別に、急ぎじゃないんだけど、お気に入りの舞台衣装の補修をお願いしようと思ったの。チェックしてたら、ちょっと派手なほつれを見つけちゃったから」


 雷砂の問いに、セイラが答える。
 移動途中の野営地で、セイラは舞台衣装の確認を行っていた。
 こういったものは、こまめにチェックしておかないと、いざという時に使えなくて困ることになったりするものだ。
 そんな訳で、セイラはこの日あいた時間を利用して衣装のチェックをしていたわけだが、いざ衣装の不具合を見つけ、さっきまで傍らで同じ作業をしていたはずのエマに補修を頼もうと顔を上げたら、肝心の彼女の姿が無かったと言うわけだ。


 「でも、まあ、いないなら仕方ないわね。後で頼むことにするわ」


 そう言ってセイラが手にしていた衣装を脇に置くのを見て、雷砂は身軽に立ち上がる。


 「雷砂?」


 名を呼び見上げてくるセイラに笑みを投げかけて、


 「散歩のついでにエマを捜してくるよ」


 言いながら外へと向かう。


 「いいの?後でも平気よ?」


 追いかけてくるセイラの声に、


 「ついでだよ。ついで」


 そう答えて笑みを深めると、その小さな背中は天幕の外へと消えていった。
 リインは姉と同様に衣装をチェックしていた手を止めて、その背中をぼーっと見送る。
 それからはっとしたように、広げていた衣装の中から黒っぽいショールをつかみ取ると、それを頭からかぶって雷砂の後を追って天幕の外へと向かった。
 その姿は、傍から見ていて胡散臭いことこの上ない。


 「リイン?」


 その格好で一体なにするつもり?とセイラが問うと、リインはきりりとしたどや顔で振り返り、


 「雷砂の素行調査を少々」


 そんな答えを返してくる。


 「そ。とりあえず、みんなに迷惑かけないようにね?」


 突っ込みたいことは色々あるが、とりあえずはスルーして、セイラは笑顔で妹を送り出す。
 リインはぐっと親指を突きだしてから、無表情ではあるが意気揚々と出ていった。
 そんなリインを見送りながら、セイラは思う。我が妹ながら、時々訳の分からない事をやるわよね~と。




 リインは常々思っていた。雷砂は色々なところで女の子にモテ過ぎじゃないか。
 そして、真剣に考えていた。その傾向と対策をきちんと練らねばなるまい、と。
 この度、リインは雷砂の恋人の一人と相成ったわけで、これはちょうどいいきっかけであるとも言えた。
 恋人として、雷砂が無闇矢鱈と魅力を振りまくのを防ぐ義務というか、権利がある!ような気がしないでもない。

 まあ、なんというか、退屈していたので、ただ暇つぶしの為という側面もあったりするのだが。
 リインはそんなことはおくびにも出さずに、無言のまま、雷砂の後ろを追っていく。

 雷砂の足取りは軽やかで、運動音痴のリインがついて行くのは大変だったが、物陰に隠れながら必死について行く。
 一座の仲間達は、黒い格好をして雷砂の後をつけ回すリインを、なま暖かい眼差しで見守る。ああ、またリインが何かをやっているな、と。
 本人は全く気付いてないが、仲間達からははっきりと変わり者認定をされているリインなのであった。




 エマを探して歩く雷砂の前に最初に現れたのはロウとクゥだった。
 仲良く連れ立って歩く二人の様子に雷砂は笑みを深める。
 人の社会での生活にまだ不慣れなクゥの面倒をしっかり見るようにロウに頼んではいたが、それはしっかり守られているようだった。


 「マスタ!」

 「雷砂!」


 二人が揃って雷砂を見つけ、駆け寄ってきた。
 ロウのしっぽは千切れんばかりに振られ、クゥはきらきらした目で雷砂を見上げてくる。
 雷砂は自分より上にあるロウの頭を撫でてから、クゥの頭も撫でてやった。


 「二人とも、仲良くしてて偉いぞ。ロウ、クゥの面倒をしっかり見てくれてありがとな」

 「クゥは素直。だから、ロウは大変じゃない」


 雷砂の労いに、ロウはうれしさをかみ殺して何でもない顔を装うが、そのしっぽの振りが激しさを増して感情をまるで隠せていないところがまた可愛くて、雷砂は再びロウの頭に手を伸ばす。
 ロウはぱっと顔を輝かせ、もっと撫でて欲しいとばかりに、ひざを曲げてしゃがみ込み、じっと雷砂の顔を見上げた。


 「ん?もっと??」

 「……もっと」


 そのおねだりに雷砂は微笑み、乞われるままロウの頭や耳をなで回す。
 ロウは気持ちよさそうにとろーんと目を細めた。
 それを間近で見ていたクゥは、なにを思ったのか、ロウのまねをして地面にしゃがむと上目遣いに雷砂を見る。


 「雷砂、雷砂」

 「どうした?クゥ」

 「えっとね、クゥの頭も、撫でて良いよ?」


 名前を呼ぶので、小首を傾げて問いかければ、そんな可愛い返事が返ってくる。
 仕方ないなぁと、空いているほうの手を伸ばしてクゥの頭を撫で始めれば、今度はロウが物言いたげにこちらを見つめてくるので、


 「ロウ?なに??」


 と促せば、


 「マスタ、ロウも、もっと」


 唇を尖らせたロウから返ってきたのはそんな主張。
 雷砂は苦笑しつつ、ロウの頭を撫でる手も再度動かし、二人同時に撫でていると、ロウがなぜかコロンと地面に寝転がった。


 「ロウ??」


 問うように名前を呼べば、ロウはなぜか上着の裾をおずおずとまくり上げて白いお腹を露出すると、


 「マスタ、お腹も」


 その口から飛び出したのはそんなお願いだ。
 そのお願いに、どうしたものかと雷砂はしばし考える。
 確かに、狼の姿の時は良くやってあげていた事だ。
 頭を撫でてあげると、ロウはもふもふのお腹を雷砂にさらし、もっと撫でて欲しいとおねだりしたものだ。
 ちょうど今のように。

 ただ違うのは、狼か少女か、その姿の違いだけ。
 姿が違うだけの同じ存在なのに、いつもやってあげていることを拒否するのもどうかと思い、雷砂はしゃがみ込んでロウの白いお腹に手を伸ばした。
 そっと触れると、いつものもふもふの感触とはもちろん違うが、なめらかな皮膚の質感は、手のひらにとても心地よく感じられた。


 「ふぁ……んっ……マスタ、気持ちい……」


 うっとりと目元を赤く染め、息をわずかに乱れさせながらこちらを見ているロウを見ていると、なんだかいかがわしい事をしているような気持ちにさせられる。
 決してそんなつもりはないのだが。

 ロウが気持ちよさそうにするものだから、止め時を失って何となく撫で続けていると、それを興味深そうに見ていたクゥが、なにを思ったのかロウの隣に並ぶようにコロンと仰向けに転がった。

 雷砂がきょとんと見つめるその前で、クゥもロウと同じように洋服をめくりあげる。
 だが、困ったのはクゥが来ていたのがワンピースタイプの服だった事だ。
 クゥが豪快にめくりあげるものだから、子供らしいパンツも、雷砂と違ってそれなりに育っている胸までもが空気にさらされてしまっている。
 さすがにこれには雷砂も慌てた。


 「クゥ、それはさすがに出しすぎだ。しまっとけ」


 いいながらクゥのワンピースを引き下げると、クゥは不満そうに雷砂を見上げる。


 「クゥもお腹……」

 「わかった。ちゃんと撫でてやるから。クゥは女の子なんだから、人前でパンツを見せちゃダメだぞ!?」


 再び服をまくり上げようとするのを何とか宥めつつ、手を伸ばして腹をさすってやると、クゥは満足そうに顔をゆるめた。
 雷砂は困った奴めと苦笑い。
 そうして、恍惚としているロウと、眠そうにし始めたクゥの腹を、二人が満足するまで撫でてやった。
 しばらくして、すっかり寝落ちしてしまった二人をまとめて木陰へ運んでそのまま寝かせると、雷砂はようやくその場を後にするのだった。





 「ふむふむ。雷砂に頭を撫でて貰うには、しゃがんでおねだりが有効。更に寝転がってお腹を見せれば、眠りにつくまで撫でてもらえる……と」


 物陰からその様子を見ていたリインは、ぶつぶつと呟きながら、どこからか取り出した紙の束にメモをとる。
 そして、さっそく後で試してみようと思いつつ、移動を始めた雷砂の後を、つたない尾行で追いかけていった。





 「あ、エマ。見つけた」


 雷砂のそんな声に、前を行くエマが振り返る。そして駆け寄ってくる雷砂を見つめて、不思議そうに首を傾げた。


 「雷砂?私に何か用??」

 「オレじゃなくて、セイラがエマに頼みたいことがあるんだって」

 「そうなんだ。じゃあ、こっちの用事が済んだらすぐ戻るわね?」

 「用事って?」


 雷砂の問いに、エマは抱えていた水汲み用の容器を掲げて見せる。


 「今日は私が水汲み当番なのよ。だから、ちょっと川まで」

 「なんだ。それなら、そっちはオレがやるよ。エマはセイラの所に行ってあげて?」

 「えっと、いいの?」

 「構わないよ。オレの方がエマより力があるし、セイラの用事はエマじゃなきゃダメだし、適材適所ってやつ、でしょ?」


 エマは申し訳なさそうに雷砂を見たが、セイラの用事も気になったのだろう。
 最後には頷き、雷砂に手をあわせた。


 「じゃあ、申し訳ないけどお願いしちゃうね?その代わり、セイラさんの用事の方は任せて。すぐに行ってくる」

 「うん。任された。水を汲んだらいつもの所に持って行けばいいんだよね?」

 「うん。そう。重くて大変だけど……」

 「オレにとっては大した重さでもないよ。でも、そうか。女の子連中には結構な重さだよな。もしよければ、水汲み当番の時はなるべくオレが代わるよ。他の子達にも、そう伝えといて?」

 「そんな。悪いよ」

 「いいんだよ。その代わり、細かい仕事とかはみんなに頼むから、その時はお願い」


 雷砂がいたずらっぽく片目をつむると、エマはやっと微笑んだ。
 そんな彼女を見上げて雷砂も微笑む。


 「ありがとう、雷砂。じゃあ、言葉に甘えてみんなにも伝えておくね?」

 「うん。そうして。ま、男連中は別としてだけどね。男の面倒までは見切れないもんな」


 その言葉に、エマがはじけるように笑うと、それをまじまじと見つめて、


 「やっぱり、エマは笑ってた方が可愛いな」


 にこっと笑うと、じゃあ行ってくるねとエマに背を向けて駆け出す雷砂。
 そんな彼女の後ろ姿を見つめながらエマは思う。雷砂の笑った顔の方が、よっぽど可愛いじゃないか、と。
 ぽや~っと赤い頬のまましばらく雷砂の背中を見送り、その背が見えなくなった辺りではっとしたように正気に戻り、慌ててセイラの待つ天幕へと向かうエマなのであった。




 「なるほど。大変な仕事をしてると、雷砂が手伝ってくれる、と。すごく可愛い笑顔付き大サービスで」

 リインは抜かりなく情報を書き込みながらうんうんと頷いている。
 歌姫であるリインに大変な仕事を押しつけてくる相手などいないから、自分から仕事を探しに行く必要があるだろう。
 が、そんな手間などどうって事はない。
 雷砂が優しく労り、手伝ってくれるのなら、大変そうな仕事を探し歩くのも悪くはない。
 リインは、雷砂に構ってもらえるのならどんな苦労もきっと楽しいだろうと思いつつ、再び雷砂の後を追った。
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