龍は暁に啼く

高嶺 蒼

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第一部 幸せな日々、そして旅立ち

第七章 第二話

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 現場に着くと、自警団の面々が立ちふさがるようにその場を囲っていた。よほど凄惨な現場なのだろう。

 「ライ、村長ならむこうにいたよ」

 そう言って男が指さす先に、数人の男と何やら話をしている村長の姿が見えた。雷砂は1つ頷き、

 「ありがとう。行ってみる。その前に、ちょっと中を見せてもらってもいいかな?」

 微笑みそう言うと、男は少し困ったような顔をして、隣に立つ仲間と何やら相談をしている。
 現場が余りにひどく、まだ子供の雷砂に見せて良いものか、判断しかねたようだ。
 雷砂からしてみれば、ここに呼びつけられた以上、その場を見ずにすませられる訳がないのは分かっていたし、話を聞く前に自身の目で状況を確かめたいと思っただけなのだが、彼女も見た目だけなら立派な子供。
 それなりに常識を持った大人が判断に迷う気持ちも分かったので、雷砂は大人しく彼らの決定を待った。
 しばらくして。彼らは頷きあい、雷砂が通れるだけの隙間をあけると、

 「中はかなりひどい事になってるから気をつけてな?」

 そう、声をかけてくれた。雷砂は頷き、彼らの脇をすり抜ける。
 血の匂いは随分前から感じていた。かなり大量の血が流されただろう事は、何となく分かってはいたが、想像以上の惨状だった。

 まだ乾ききっていない血だまりに浮かぶように置かれている生首を見て目を細める。
 首の周りに落ちている骨を眺めながら、血に濡れた石畳を歩いて首の前にしゃがみ込むと、無造作に手を伸ばして首を傾け、傷口の断面を見た。
 ギザギザの断面は、犯人が刃物を使っていないことを伝えてくれる。
 犯人は牙の生えた獣だ。恐らくは。
 遺体の損壊状況を見ながらそう判断した雷砂は、半開きになった被害者の口元から血が流れ落ちている事に気づき、口を開いて中をのぞき込んだ。
 そこには舌がなく、誰かに噛みとられたような断面があった。
 だが、その断面から推測される犯人は獣ではなく・・・・・・

 「人に、擬態してるのか?」

 雷砂は周りを囲んでいる自警団に聞かれないようにひっそりと呟く。
 この現場にある歯形は2つの犯人像を示していた。
 1つは被害者の体をかみ砕き補職した小型の獣。
 そしてもう1つは、被害者の舌を噛みきった人型の何か。

 だが、これだけの事をしてのける犯人がただの獣である事は考えにくく、獣を使役する人の存在も考えられるが、可能性は薄い気がする。
 だとすると、1番高い可能性として浮かび上がってくる存在は、魔鬼の存在。一定以上の知性を持つ魔鬼は、人型をとることも少なくないという。
 今回の犯人も、きっとそうなのだろう。

 人の姿でこの男に近づき、そして殺した。
 今までに行方不明になった商人達の時もそうであったに違いない。
 だが、今回に限って何故、こんな目立つ行為をしたのだろうか?
 その理由が分かれば、この犯人の姿が見えてくるーそんな気がした。

 それからしばらく、男の顔周辺を見て回った雷砂は、2つの証拠品を拾い上げていた。黒い獣の獣毛と、濃い栗色の長い髪の毛。
 雷砂はそれをじっと見つめた後、布にくるんで胸元に収めた。その横顔は厳しく引き締まっていた。

 現場を離れ、村長の元へと向かう。
 村長は、困り果て疲れ果てたような顔で、自警団のガレスと何やら話し合っている。
 内容は恐らく、現場の処理と今後の警備についてか何かだろう。

 「身元はわかっているのか?」

 2人の元へ着くなり単刀直入に切り出す。
 雷砂が考えているとおりなら、次に騒動が起きるまであまり猶予はないだろう。被害を抑えるため、時間を無駄にしている余裕はなかった。
 村長は、そんないきなりの切り込みに少し驚いたような顔をしたが、すぐに真剣な顔で頷いた。


 「ああ。幸い頭が残っていたからな。商人達が宿泊している宿に人をやって不在の者を確認し、従者による顔の確認も済ませた。名前はスティーブンス・ガード。ガード商会という規模はさほど大きくはないが、まあ、中堅どころの商会を経営している・・・・・・いや、していた、か。家族は地元に残して、数人の従業員とこの村に滞在していたようだ。昨夜は、旅芸人の舞姫を呼びつけて豪遊すると言って宿をでたきり帰ってこなかったらしい」

 「ああ。そこの所はオレも良く知っている。昨夜、その男はジェシカの店を貸しきっていた。オレは舞姫の護衛も兼ねてその場にいたんだ。彼が酔いつぶれたので、店の2階の休憩部屋に寝かせて、オレと舞姫は宿に帰った。その辺のことや、その後彼がどうしたかは、ジェシカと娘のリリアに聞いてくれ。オレと舞姫は一緒に宿に帰って朝まで一緒だった。確認が必要なら・・・・・・」

 「いや、いい。雷砂のことは信用しているよ。ジェシカとリリアには、ガードさんがいつ頃店をでたか、どんな様子かを確認しておこう。出て行くときに連れはいなかったかも、な」

 「分かった。そう言えば殺された男は、この村に来るのは初めてだったのか?」

 「そうだな。祭の時期にはもしかしたら出入りがあったかもしれないが、あまり覚えがなくてな」

 「・・・・・・あの男は、キアルの父親だよ。たぶん、な」


 ガレスのそんな発言に、雷砂も村長も驚いて彼の顔を見た。
 ガレスは苦虫を噛み潰したような顔をして2人の視線を受け止める。


 「村長、覚えていませんか?あの男がかつて行商人としてこの村に長期滞在していた事。その時、奴は村の女に手をつけた。それが、キアルの母親、シェンナだったんですよ」

 「ああ、言われてみれば、そんな噂もあったな。本当だったのか?」

 「ええ。俺の家はシェンナの実家の近くだし、子供の頃は良く一緒に遊んでましたからね。あの頃、シェンナがのぼせ上がったようにあの男に夢中だったことはよく覚えてますよ。でも、あっさりと捨てられた」


 ガレスは淡々と語り続ける。
 雷砂は、どこか苦いものを含んだ様な彼の横顔を見上げながら、彼の話に耳を澄ませる。


 「男に捨てられた後のシェンナは哀れだった。男がいなくなって暫くして腹に子がいることが分かった。シェンナの両親は、堕胎させようとしたが、シェンナは頷かず、実家を出て村外れに1人移り住んだんだ。自分を捨てた男を信じ、1人で子供を産み、育てて・・・・・・ついには体をこわしちまった。可哀想な女なんですよ、シェンナは」

 「・・・・・・ガレスは、シェンナのことが好きだったんだね?」


 ガレスの話を最後まで聞いた後、雷砂はそっと問いかけた。
 無骨な顔の男はびっくりしたように雷砂を見て、それから寂しそうに笑った。


 「雷砂は本当に何でもお見通しだな。そうだな。俺は確かにシェンナを好きだったんだと思う。同情もあったが、家族からも見捨てられて1人で頑張るあいつを、支えてやりたいと思った。実際に言葉に出して伝えた事もある。振られちまったがね。ま、今は俺には嫁さんも子供もいるし、そんな大した手助けは出来てないが、たまに食料を持って行ってやったりはしてる」

 「最近、シェンナの様子に何か変わった事は?」

 「変わった事?いや、最近は俺が忙しいから、うちのに食べ物を差し入れさせてたからな」


 そう言ってから、ガレスは思い出すように腕を組んで首をひねる。
 それからはっとしたような顔をして、再び雷砂を見た。

 「そういえば、かみさんが言ってたな。最近、シェンナの体の調子が良くなったらしい。それに、綺麗になった、とも」

 まあ、役に立つ情報か分からんがーそう言ってガレスが頭をかく。

 「いや、話してくれて助かったよ。ありがとう」

 雷砂は微笑みガレスに礼を言うと、再び表情を引き締めて村長の不安そうな顔を見上げた。


 「遺族への連絡は?」

 「一応早馬を走らせた。東の街道沿いの、村から1番近い街だ。今日中には連絡が届くだろう」

 「そうだね。いい判断だ。一応オレも、後で行ってみる。少し確かめたいことがあるんだ。それから、現場はもう片づけていいよ。必要な情報は拾ったと思う。しばらくは危険なことはないとは思うけど、単独の行動を避けて、なるべく村の外へは出ないように通達を」


 雷砂の指示に、迷いなく村長が頷く。
 それを見た雷砂は安心させるように微笑んで、

 「絶対に大丈夫とは言い切れないけど、出来る限りの事はする。早ければ今日中に、長くかかっても明日中にはけりをつけるつもりだ。この事件には恐らく魔鬼が絡んでいると思うから、怪しい奴を見かけても、決して手を出さないように自警団の皆にも伝えて欲しい」

 村長と、ガレスの目を見ながらそう伝えた。
 そして、2人がしっかり頷くのを見てから、雷砂は行動を開始するのだった。



 村はずれの、小さな家の前に雷砂は来ていた。
 扉の前で、中の気配を探る。危険は感じない。
 雷砂は思い切って扉をノックした。
 家の中から、人の動く気配がする。まだ、寝ていたのだろうか。慌てた様子で扉に向かって来る様子が伝わってきた。
 扉が、開く。

 「おはよう、キアル」

 扉をあけた少年に微笑みかけ、空気の匂いを嗅ぐ。
 甘ったるい、少し不快な匂い。何かが腐ったような匂い。だが、匂いは薄い。恐らく残り香だろう。
 キアルは驚いたように雷砂を見ていた。それもそうだろう。雷砂がこうしてキアルの家を訪ねることは滅多にない。

 「お、おはよう。こんな早くからどうしたの?何か、あった?」

 普段通りの声。
 だが、その中にわずかに怯えや不安が混じっていることに雷砂は気づいていた。
 だが、その事を指摘することなく、あえていつも通りに話しかける。

 「ああ。ちょっとな。お母さんはいるか?」

 そう尋ねた瞬間、キアルの肩がびくりと震えた。通常の人では気づけないくらいのかすかな動きで。

 「えっと、母さんは出かけてるんだ」

 その言葉に不自然な所はなく、確かに彼の母親は不在なのだろう。
 雷砂は頷き、

 「そうか。朝早くから大変だな。なら、お母さんが帰ってきたら伝えてくれ。村に魔鬼が出て人が1人死んだ。何か困ったことがあれば、遠慮なくオレを頼ってくれ・・・・・・と」

 キアルの瞳をじっと見つめてそう伝えた。

 「人が、死んだの」

 何かを憂うようにキアルの瞳が揺れた。

 「ああ。殺されたんだ。だけど、オレがなんとかするから安心してろ。1人でいるのが怖いようなら、村長の家へ行くといい。あそこなら安心だから」

 言いながら、キアルの髪を撫でる。
 濃い栗色の髪の毛。長さは違うが、今朝現場で拾った髪の毛の色ととてもよく似た色の髪の毛を。

 「大丈夫。母さんがいつ帰ってくるか分からないし、ここで留守番してるよ」

 微笑むキアルの唇が震えていた。こらえきれない不安と恐怖に震える様に。

 「そうだな。キアル、オレのやった笛は持ってるな?」

 そう言いながら目線で確かめる。
 少年の細い首に、雷砂の与えた笛の紐がかかっていることを。
 雷砂の見ている前で、キアルはその笛を服の中から引っ張り出す。


 「うん。ちゃんと持ってるよ」

 「よし、良い子だ。何かあったら、遠慮なく吹くんだぞ?オレは、必ず来る」

 「分かった」

 「じゃあ、オレはもう行くな?朝早くから邪魔したな」


 ぐしぐしと柔らかな髪の毛をかき混ぜてからニッと笑い、雷砂は踵を返す。
 離れていく小さな背中。
 キアルは泣きたいような気持ちでその背中を見送った。
 頼りたいけど頼れなくて。どうしていいか分からなくて。

 「雷砂」

 すがるような声が漏れる。小さな小さな声。
 届かないだろうと思った声はきちんと雷砂の耳へと届いていて、随分離れた場所で、雷砂が振り返る。
 その色違いの瞳は真っ直ぐにキアルを見つめていた。

 「大丈夫だ。キアルはオレが守ってやる」

 良く響く、綺麗な声がキアルの耳に届く。
 キアルは泣き笑いの様に笑った。
 雷砂も微笑み、そして再びキアルに背を向けると、あっという間にその小さな背中は見えなくなった。
 残されたキアルは、ゆっくりと家の中へと戻る。1人きりの家の中、ベッドの上で膝を抱え、

 「ライ、お願い。母さんを、助けて・・・・・・」

 さっきは言えなかった言葉を、1人小さく呟いた。




 東の街道を、小さな影が走っていた。とても人とは思えないほどの早さで。だが、それでももっと早くと思ったのだろう。

 「ロウ、おいで」

 人影が小さくそう告げると、どこから現れたのか、銀色の大きな狼が現れ、その人物の横に並ぶ。小さな影は軽い身のこなしで、銀の獣にまたがった。
 1人と1匹は、更にスピードを上げて、どこかを目指して駆けて行くのだった。




 町の入り口でロウと別れて、中に入ろうとすると入り口を固めていた数人の男に呼び止められた。
 どこから来たのかと聞かれたので、サライから来たと素直に答えると、雷砂の幼い外見もあり、以外にすんなりと通してくれた。
 なにかあったのか?と尋ねたら、男達の内の1人が答えてくれた。
 ガード商会の商店が焼かれ、ガード家の奥方と子供が殺されたのだ、と。

 町を歩き、2つの現場をまわった。
 商店の方は文字通り焼き尽くされていて何の手がかりも残っていなかったが、ガード家の屋敷では、黒い獣の獣毛を屋敷の周辺数カ所で見つけた。
 残念ながら、殺された被害者達の遺体はすでに運び出され、屋敷は封鎖されていたのでそれ以上調べまわることは出来なかったが、周囲に住む住人達の噂話はそれなりに仕入れることが出来た。

 中でも気になった情報としては、子供達についての事。
 子供達は、まだ幼く、心臓が無くなっていたらしい。
 恐らく奴が喰ったのだろう。
 今まで大人の男の味しか知らなかった奴は、子供の味を覚えた。
 しかも、己の子供と同じ年頃の子供の味を。それは、とても危険なことに思えた。

 そんな細々とした事を確認し、雷砂はその町を離れた。
 帰りもロウにまたがり、人目を避けてサライへと急いだのだった。

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