龍は暁に啼く

高嶺 蒼

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第一部 幸せな日々、そして旅立ち

第七章 第三話

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 カタン・・・・・・

 入り口の方から音がした。
 ベッドの中でうとうとしていたキアルは、その物音に気づいて目を覚ます。ゆっくりと起きあがり、様子をうかがった。

 だが、それ以上音がすることはなく、人の気配もない。
 キアルは首を傾げ、何気なく窓の外を見て目を見張った。

 窓から見えるのはキアルが管理している小さな畑。
 その畑の隅に植えたまだ小さい果樹の根本の辺りの地面を掘っている人がいる。
 古ぼけたシャベルを使い、すごい勢いで土を掘る後ろ姿は何だか鬼気迫る様子だった。

 このところ、ずっと綺麗にしていた髪の毛がバサバサに乱れていた。服もしわくちゃだ。それに汚れている。

 一心不乱に、彼女は地面を掘っていた。
 さっきの物音は、玄関脇のシャベルを取りに来た音だったのだろう。
 でも、なんであんなに一生懸命地面を掘っているのだろう?
 その理由が思いつかず考え込んでいる内に、土を掘り返す音が止まった。

 はっとして、畑の脇の母親の後ろ姿へ目を向けると、今度は地面にかがみ込んで穴の中をのぞき込むように身を乗り出す彼女の姿があった。
 のぞき込む、あるいは穴に何かを入れているのかもしれない。
 暫くそうして作業した後は、再び立ち上がると、シャベルを手に猛然と穴を埋め始めた。
 穴を埋め終わると、彼女はシャベルを放り出し、何かを探すようにその場を離れる。

 何を探しに行ったのだろう、と好奇心のままに見守っていると、どこからともなく一抱えもある大きな岩を抱えて戻ってきた。
 岩の重さはかなりのものであるはずなのに、まるで危なげなくすたすたと歩き、掘り返され埋め直されたその場所にその岩をどしんと置いた。
 そして、その岩を見つめたまま、

 「キアル、見ていたんでしょう?」

 振り向かずにキアルにそう声をかけた。
 ばれていた事に少し驚きを感じながら、

 「うん」

 と、声に出して答え、母の背中を見つめた。彼女はこちらを振り向かない。


 「これから先、もしあなたが何かに困ったらここを掘り返しなさい。あなたの為になるものを埋めてあるわ」

 「おれの、為になるもの?」

 「ええ。それまでは、誰にも言っちゃだめよ?秘密にするの」

 「秘密に?」

 「そう。決して、他の人に話しちゃだめ。良いわね?」

 「・・・・・・わかった。誰にも話さないよ」

 「良い子ね」


 母親の、微笑む気配が伝わってくる。だが、彼女はこちらを振り向かない。
 いつもであれば、誉めるときは必ずキアルを抱きしめ、目を見つめて誉めてくれるのに。
 今日の彼女は、なんだかおかしかった。
 なんの根拠もなく、不安な気持ちが沸き上がってくる。


 「母さん?」

 「・・・・・・なぁに?」


 呼びかけても、彼女は振り返らない。声だけはいつもと同じ、優しい声。
 でも、決して振り返らない。
 沸き上がる焦燥感に背中を押され、キアルは言葉を紡ぐ。
 沈黙が怖かった。母親に、こちらを見てほしかった。


 「あの、あのさ。今日の朝、雷砂が来たんだ」

 「雷砂?」

 「ほら、母さんも知ってるだろう?おれの友達。すごく強いんだぜ?」

 「強いって、どれくらい?」

 「どれくらいって、ものすごくだよ。この間、旅芸人の一座を襲ったっていう魔鬼も倒したんだ。すごーく、大きいやつ」

 「魔鬼を、倒した?」

 「そうさ。すごいだろ?で、その雷砂が、母さんに伝言だって言って・・・・・・」

 「伝言?なんて?」

 「えっと、村で人が殺されたから気をつけるようにってのと、後は困ったら頼ってくれって・・・・・・」

 「困ったら、頼れと・・・・・・そう言ったのね?」

 「うん。あと、おれの事を守ってくれるって」

 「そう・・・・・・そうなの・・・・・・」


 そう呟くように答えた彼女の声は、何だか嬉しそうだった。その声を聞いて、何だかキアルもつられて嬉しくなる。

 「いい、友達なのね。・・・・・・ねえ、キアル?」

 言いながら、やっと母親が振り向いてくれた。
 微笑んでいる母親は変わらず美しかったが、何だか辛そうに見えた。

 「母さん?なんだか辛そうだよ?おれ、そっちに・・・・・・そばに行ってもいい?」

 心配で、思わずそう尋ねるキアルを制するように、彼女は首を横にふる。キアルの顔がゆがむのを、彼女は申し訳なさそうに、悲しそうに見つめた。


 「キアル、雷砂に伝えて。村はずれの、小川のある林で待っていると」

 「母さん、林に行くの?でも、今は色々物騒だっていうし、危ないよ」

 「母さんは大丈夫。雷砂にお願いがあるの。キアル、必ず雷砂に伝えてちょうだい。そして、あなたは雷砂と一緒に来ちゃだめよ?」

 「どうして!?おれも雷砂と一緒に行くよ」

 「いいえ。あなたは来ちゃだめ。お願い。雷砂に、伝えてね」


 泣き笑いのように、彼女が笑った。

 「愛してるわ、キアル。その事だけは、覚えておいて」

 そう言って、彼女はキアルの返事も待たずに踵を返した。
 そして、キアルでは決して追いつけないスピードで駆け去り、視界の彼方へ消えた。人間では、決して追いつけないであろうスピードで。

 「母さんっ!!!」

 キアルは叫ぶ。
 だが、当然の事ながら返事はなく。
 キアルは拳を握りしめ、母親の消えた地平を睨む。
 そして意を決したように家を飛び出して村の方へと駆けていった。

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