龍は暁に啼く

高嶺 蒼

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第一部 幸せな日々、そして旅立ち

第八章 第十二話

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 声がした気がした。良く知る声が。

 「シンファ?」

 その声の主の名前を呟いて、窓の外を見た。まだ姿は見えない。でも感じる。彼女がすぐ近くまで来ていることを。


 「雷砂、どうしたの?」

 「たぶんだけど、シンファが近くに来てる」

 「シンファって、雷砂の育ての親よね?」

 「そう。ちょっと見てくるよ」

 「あ、じゃあ馬車を止めるわ・・・・・・って、雷砂!?」


 セイラの悲鳴を背に、雷砂は馬車の小窓から外へ飛び出していた。
 危なげなく地面に降り立ち、後続の馬車をよけて走り出す。
 後ろからセイラの悲鳴の様な声が聞こえてくるが、後で謝ればいい。
 今はシンファを探すのが先だと、足を早めた。

 だが、思ったより早く彼女を見つけることが出来た。思いもよらなかった姿の彼女を。
 一座の馬車に乗る人を驚かせないように配慮したのだろう。
 彼女は獣身を解いていた。
 獣身を解くのはいい。だが、その後がいけない。
 恐らく身につける服を持っていなかったのだろうとは思う。
 だが、それでももう少し何とかならなかったのかと雷砂は頭を抱えるような思いで足を早めた。

 「ったく、なんて格好だ」

 そんな言葉が思わず口をついて出る。
 獣身を解いたシンファは、なにも身につけてなかった。
 つまり、生まれたままの姿。裸、ということだ。

 鍛えられ引き締まった裸身を隠すことなく走る姿は、状況が異様すぎて色っぽいとは言い切れないが、それでも男の情欲を刺激するには十分なのだろう。
 後続の馬車に道具類と共に乗っている男達が、裸で全力疾走している彼女に注目しているのが分かった。
 冷やかすような口笛や歓声が聞こえて、雷砂は反射的にそちらを睨む。
 が、裸の女に夢中な奴らは気がつかない。自分たちが明らかに雷砂の逆鱗を刺激しているということを。

 「雷砂」

 走りながら、シンファが雷砂の名を呼んだ。やっと見つけたと言わんばかりに。
 嬉しそうに輝いた顔に、彼女の非常識な格好に抱いていた怒りが少しだけ静まる。
 今現在の彼女の格好は頂けないが、きっとそうしなきゃいけない位に急いでくれたのだ。
 そうでなければ、今ここに彼女の姿があるはずがない。
 それだけ、雷砂の為に頑張ってくれた。不謹慎だが、その事がすごく嬉しかった。

 気がつけば、笑っていた。まるで小さな子供のように。
 そんな雷砂を、両腕を広げたシンファが待ち受ける。
 さあ、来いーそんな声が聞こえた気がした。

 走る勢いのまま、シンファに飛びつく。シンファなら、しっかりと受け止めてくれると分かっていた。
 彼女の首に腕を回すように抱きついて、足をしっかり彼女の尻に回す。
 なんとか自分の身体で彼女の大事なところを全て隠せるように。
 シンファは嬉しそうにそんな雷砂を抱き留めて、

 「珍しく情熱的じゃないか、雷砂」

 そんな見当違いの事を言ってくる。
 文句を言ってやろうと顔を上げれば、愛しそうに雷砂を見つめる彼女の黒い瞳がすぐ近くにあって言葉を失う。


 「会いたかったぞ、雷砂」

 「・・・・・・うん、オレも。会いたかった」


 素直に、言葉が滑り出た。
 シンファの頬に自分の頬をすり寄せ、ぎゅっと抱きつく。
 滅多にない、養い子のそんな甘えた様子に内心大いに感動しながら、シンファも黙って雷砂を抱き返した。


 「すごく、急いで来てくれたんだね」

 「ああ。もの凄く頑張ったぞ?急ぎすぎて服も持って来損ねた」

 「びっくりしたよ。みんなに、見られちゃったよ?」

 「別に見られたって構わん。それより雷砂に会う方が大事だ」

 「嬉しいけど、オレはやだよ」

 「ん?」

 「その、シンファの裸、他の人に見られるの」


 にまーっと、シンファが笑った。雷砂はうっとひるむ。

 「なんだ?やきもちか?」

 からかうように問われ、頬が熱くなる。


 「やきもちじゃ、ないけど。知らない男にシンファの裸を見せるのは嫌だ。シンファの選んだ男なら文句は無いけど、こんな風に、色々な奴がシンファを嫌らしい目で見るのは、オレは嫌だよ」

 「そうか。ありがとな、雷砂。私の事を、大事に思ってくれてるんだな」


 シンファに微笑まれ、雷砂は自分の顔が赤くなるのが分かった。なんというか、照れくさい。

 「そりゃ、そうだよ。シンファは大事だよ。大好きで、大切なんだ。離れても、ずっと」

 雷砂はじっと、シンファの目を見つめた。シンファも真剣な顔で雷砂を見返す。


 「そうだな。離れていても、お前は大切な私の子供だ。困ったら、いつでも頼れ。お前に呼ばれたら、私はいつでも駆けつける」

 「うん」

 「嘘じゃないぞ?本当に、そうするからな?」

 「うん。ちゃんと、分かってる」

 「愛してる、からな?」

 「オレも、愛してるよ」


 お互いの頬に口づけをして、それから笑いあう。お互いの顔を目に焼き付けるように、じっと見つめ合いながら。


 「さよならは、言わないよ?」

 「ああ、当然だ。また、会えるからな」


 一座の馬車は、雷砂を待つように進行を止めていて。すぐ後ろから、セイラが近づいてくるのが分かった。
 雷砂はシンファから離れ、セイラが持ってきてくれた大きな布を、背伸びしてシンファの身体に巻き付ける。
 それからもう一度、彼女の身体を抱きしめた。

 「シンファ、身体に気をつけて。あんまり無茶はしないでね」

 シンファが笑う。

 「それは私の言葉だ、雷砂。身体に気をつけろ。何でも自分で解決しようとするな。人を頼れ。私はいつだって、お前が頼ってくれるのを待ってるぞ」

 雷砂も笑った。
 ちょっと泣きそうになって、泣き笑いのようになってしまったのはご愛敬だ。

 「じゃあ、もう行くよ。元気で」

 後ずさりするように、一歩下がる。

 「ああ。お前も、元気でな」

 愛おしむように、雷砂を見つめる。
 雷砂は、最後にもう一度微笑み、それからセイラと共に馬車に戻っていった。
 止まっていた馬車が一斉に動き出す。
 シンファは動かない。
 じっとそこに立ち、雷砂を見送った。馬車の一団が街道の先に消えて、見えなくなってしまうまで。

 5年間。長いようで短かった。
 見知らぬ者同士だったのに、5年という歳月がいつの間にか2人を親子にしてくれた。
 離れていても、絆は切れないと確信できるほどに。

 シンファは微笑み、踵を返す。
 寂しくないと言えば嘘になる。だが、必ずまた再開できるとの確信がある。
 だから、悲しくは無かった。
 シンファは雷砂との思い出を噛みしめながら、朝日に照らされた道を1人、ゆっくりと歩くのだった。



 それは旅立ちの朝の出来事。
 雷砂の長い長い旅路の始まりだった。

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