龍は暁に啼く

高嶺 蒼

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第一部 幸せな日々、そして旅立ち

SS リインのお姉さんな日々

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 雷砂という存在を、リインは結構気に入っていた。

 最初に見たのは、一座が1匹の魔鬼に襲われた時。
 戦いを終えて、セイラやジェドと話している姿を離れた場所から見た。
 まだ幼い、姉の胸にやっと届くか届かないかの子供に見えた。
 あんな子供が何でこんなところにいるのだろうと、その時は心底不思議に思ったものだ。
 少し人と違った強い気を放っているが、ただの子供だと思っていたから。

 後でセイラから、雷砂の驚くような活躍を聞いたとき、ああなるほどなと思ったものだ。
 あの子は、普通ではない力と宿命を負った子なのだ、と。
 少し可哀想だと思った。
 まだあんなに小さいのに、あの子はただの子供のようには生きられない。
 同じ年頃の子供はまだ大人に甘え、守られているのに、きっとあの子はそうやって生きることは出来ないに違いない。それが、切ないと思った。




 次に見たのは、それから数日たった頃。
 セイラがお風呂に入ったので追いかけて入ろうと思ったとき、強い気配を感じた。
 あ、あの子だーと何故かそう思った。近くにあった窓から外を見ると案の定、宿の外にジェドと話す雷砂の姿があった。
 きっとセイラに会いに来たのだろうと思い、迎えに出た。今日のセイラは様子がおかしかった。雷砂が会いに来たと知れば、元気になるだろう。

 迎えに行くと、雷砂は目をまん丸くしていた。
 そうすると、きれいな容貌が一転して可愛くなる。
 近くに行くと、小さな身体に納まりきらない強大な力を感じたけれど、それはちっとも怖くなく、むしろ雷砂の色に染まった溢れる気はとても暖かかった。

 手を取ると、雷砂は素直についてきてくれた。可愛い子だ。
 お風呂に連れ込むと、ちょっと抵抗はしたけど、結局は言うことを聞いてくれた。セイラからは男の子だと聞いていたけど、脱がせてみたら男の子になきゃいけないものがなくてびっくりした。
 雷砂は、女の子だった。
 セイラもすごく驚いていた。

 でも、女の子だとわかってなんだか納得した。雷砂には男の子なら誰でももっている欲望が希薄だったから。
 いくら幼いとはいえ、彼女くらいの年頃の男の子となると、そういった欲望を感じさせるものだ。大人の男とは違い、可愛らしいと言える程度のものではあるが。

 見た目ももちろん綺麗だが、そう言う意味でも雷砂は綺麗だ。なんというか、汚れがなく透明な感じ。
 近くにいると、すごく心地がいいのだ。セイラもきっと、それを感じ取っているのだろう。

 お風呂の中で、セイラはすごく雷砂を甘やかしていた。
 ちょっと甘やかしすぎと思うが、でもその気持ちは分かる。
 雷砂は凛々しいのに何だか可愛くて、いつもセイラに甘える専門のリインでも、際限なく甘やかしてあげたいような、そんな気持ちにさせられるから不思議だ。

 その日、雷砂はセイラの部屋に泊まった。本当はリインも一緒に寝たかったが、ベッドが狭いから無理と却下された。



 そんなこんなで、今日まで色々あった。
 雷砂に楽器を教えたり、セイラと雷砂がずいぶん仲良くなったり。
 その間に命の危機的状況もあったみたいだが、気づいたときにはすべて終わっていた。
 雷砂とセイラは大変な思いをしたみたいだった。でも、2人の絆はそんな危機的状況を経て、ずいぶん深まった様に見えた。



 そして雷砂と一緒の旅が始まって、リインは雷砂を甘やかす権利を得た。姉として、昼間だけの権利ではあるが。
 本当は夜も一緒に寝てみたいけど、そっちの権利は恋人のセイラが優先だから今は我慢する。
 いつかは、と機会を狙ってはいるが、セイラのガードが厳しいので中々難しい。

 甘やかす、という行為に関しても難航していた。
 元々リインは人を甘やかすことに慣れていない。どちらかといえば、甘やかされる方が得意だ。
 ちなみにセイラは甘やかし上手で、いつもリインは甘やかしてもらっているのだが。
 馬車に揺られながら、リインはずっと考えていた。
 ここのところずっと続いている甘やかしの失敗例について。
 



 その時、リインはどうしても雷砂にご飯を食べさせてあげたかった。恋人達が良くやるような、甘々なあれである。
 時々セイラも雷砂にやっている。恋人でなく、お姉ちゃんがやったって良いはずだ。
 そう思って、ご飯の時に思い切って雷砂の隣に座った。


 「雷砂」

 「ん?なに?リイン」

 「おねーちゃんに、任せて」


 きりっとした表情で胸を叩いた。
 そんなリインをセイラも雷砂もなんだか微笑ましいものを見るような目で見ていたのはきっと気のせいだろう。
 緊張する必要などないのに何だか緊張してしまい、ぷるぷる震える手で、最初の一口を雷砂の口に運んだ。

 「あ、あーん」

 そうかけ声をかけると、雷砂は微笑んで大きく口を開けてくれた。
 目標を補足し、慎重に運ぶ。
 雷砂の顔の向こうにはらはらしているセイラの顔が見えて、手の震えが最高潮に達した。
 しかし、何とかブツを雷砂の口の中においてくる事に成功。雷砂はおいしいよと笑ってくれた。

 しかしー。

 震える手で運んだことで汁をまき散らし、雷砂の口元をこれでもかというくらい汚してしまった。
 気がつけば、自分の手もべとべとだった。

 「ご、ごめんなさい」

 青くなって謝ると、気にするなと雷砂は笑って、リインの汚れた手をとって綺麗に舐めてくれた。
 指の1本1本までも丁寧に舐めてくれるので、なんだか背中がぞくぞくした。

 最初は微笑ましそうにそんな2人を眺めていたセイラだが、だんだんと不機嫌になり、しまいには雷砂の顔をひっつかんでその汚れた口の周りをなめ回すという暴挙に出た。
 名誉挽回の機会をセイラに奪われ、リインはがっくりした。セイラはとても満足そうだった。



 それからしばらくは、リインも大人しくしていた。自分の不器用さにとても落ち込んでいたから。
 だがある時、川へ水くみへ向かう雷砂を見かけた。
 リインは名誉挽回とばかりにその後を追い、

 「雷砂、手伝う」

 そう言って、水の入った木のバケツに手を伸ばした。


 「リイン、重いからいいよ」

 「大丈夫。おねーちゃんに任せて」

 心配そうな雷砂を制して、バケツを持って慎重に進む。
 バケツは確かに重かった。だが、ゆっくり運べば運べない事もないーそう思った瞬間、足下の木の根に思い切りけつまづいた。

 倒れるリイン。宙を舞うバケツ。

 バケツだけは雷砂が何とか受け止めてくれたが、中に入っていた水はそうはいかない。
 水はリインと雷砂に等しく降り注ぎ、2人をびしょ濡れにした。

 「リイン、大丈夫?怪我はない?」

 雷砂は濡れたことなど気にせずに、急いでリインを抱き起こしてくれた。
 リインは少し膝をすりむいていて、それを見た雷砂は優しくリインを抱き上げて運んでくれた。

 「ごめん、雷砂」

 小さくなってリインが謝ると、雷砂はまた気にするなと笑ってくれた。
 雷砂は結局、リインの足の手当をした後、もう一度水くみに行った。




 (おねーさんらしいこと、全然出来てない)

 リインは1人、ため息をつく。
 馬車の中で、起きているのはリイン1人。雷砂も、セイラに寄りかかるようにして寝息をたてている。

 「私、雷砂に迷惑ばかり」

 ぽつりと呟いてうつむくと、誰かがリインの顔をのぞき込んできた。金色の短い髪がさらりと揺れる。雷砂だ。
 いつの間に起きたのだろうか。リインはびっくりした顔で彼女を見つめ、それから少し申し訳なさそうな顔をした。


 「ごめん。起こした?」

 「ううん。ちょうど目が覚めたんだ」


 いいながら雷砂はリインに近づいて、ぺたっと身体を寄せた。肩の辺りにトンと頭を乗せて、少し上目遣いにリインを見上げる。
 リインは雷砂の頭を撫でようとして、躊躇した。
 そんなリインの様子を見て取って、雷砂は更にリインに密着してきた。彼女の身体に腕を回して抱きついて、スリスリと頬をすり寄せる。

 「雷砂?なに?」

 雷砂の意図が読めずに、リインは戸惑った声を上げる。
 雷砂は更に密着度を上げようとリインの膝によじ登って彼女にぎゅっと抱きつく。よくセイラにそうして甘えるように。

 「なにって、おねーちゃんに甘えてるんだけど」

 いいながら少し伸び上がってリインの頬に自分の頬をすり寄せる。
 そしてそのまま彼女の肩にこてんと頭を預けた。


 「迷惑じゃ、ないよ?」

 「でも、上手にできない。セイラ、みたいに」

 「いいんだよ。リインはリインなんだから」

 「でも」

 「オレはリインに構ってもらって嬉しいよ?」

 「雷砂・・・・・・」

 「それじゃ、ダメ?」


 甘えるように、雷砂が問う。
 なんだかちょっと目頭が熱くなった。甘やかされているのはむしろ自分の方だと思う。
 だが、雷砂がそれで良いというのなら、それはそれでいいかとも思った。
 自分のやり方で、自分らしくつき合っていけばいいのだ。無理せず、自分のペースで。

 リインは微笑み、ぎゅっと雷砂を抱きしめた。
 いつもセイラがしていた抱っこ。実は、自分もやってみたかったのだ。

 「ね、リイン。歌、歌って?オレ、リインの歌、好き」

 甘えるように、ねだるように。少し眠そうな声で雷砂がささやく。
 リインは頷き、小さな声で歌い出す。雷砂にだけ聞こえるように、雷砂が気持ちよく眠れるように。
 すぐに可愛い寝息が聞こえてきて、雷砂の身体から力が抜ける。
 すべてをリインに預けて無防備に眠る様子が可愛くて、リインは雷砂を起こさないように気をつけながら、そっとその身体を抱きしめるのだった。



 ぐっすり眠って夕ご飯の時間。
 リインは「あーん」のリベンジをしようと闘志を燃やしていた。
 自分の目の前に並べられた料理をじっと睨む。今日の料理も汁気が多い。手で運ぼうとすれば、前回の二の舞だろう。

 だったらー。

 リインの頭の中には、画期的なアイデアが浮かんでいた。後はそれを実行に移すのみ。
 冷静に手を伸ばし、料理を口に運んだ。己の口に。
 そしてそれを口に含んだまま、彼女は雷砂の頬に手を伸ばす。

 ん?ーと首を傾げる雷砂。
 リインは雷砂の瞳をじっと見つめたまま、雷砂の唇に自分の唇を押し当てた。
 周囲の悲鳴を聞き流し、自分の口に含んだままの料理を、雷砂の口の中に流し込む。
 雷砂はびっくりした顔をしていたが、口移しで与えられた食物をしっかり咀嚼して飲み込んだ。

 「美味しかった?」

 コクンと首を傾げ問いかけると、

 「う、うん。美味しかった」

 雷砂はそう答えてくれた。リインはにっこり笑って、いそいそと次の「あーん」の準備をしようとした。
 しかし。

 「ちょっと、リイン。なにやってるのよ!?」

 セイラが赤い顔で割り込んできた。


 「雷砂に、ご飯」

 「そ、それは分かるけど、もっと普通に出来ない?」

 「普通は、上手じゃない」

 普通のやり方では上手にできないのだとリインがしょぼんとしたので、セイラは仕方ないわねぇとため息を一つ。

 「分かったわ。仕方ないからそのやり方でいいわよ」

 ぱああっとリインの顔が輝く。

 「だけど、私も混ぜてもらう!!」

 きっぱりそう宣言すると、セイラは猛然と料理をかき込んだ。そしてそのまま雷砂の唇を奪う。

 「今度は私」

 次は再びリインの唇が重なってくる。
 雷砂は次から次へ与えられる食事に目を白黒させた。食事の味もなにも分かるものではない。

 その光景は、雷砂の苦労を見かねたイルサーダが割ってはいるまで繰り広げられた。
 イルサーダはリインとセイラ2人に説教し、後日、口移しでの「あーん」は全面禁止とされた。
 リインとセイラはとっても不満顔だったという。

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